炎上論点スタンプラリー【TOZ】   作:Moa

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-8~-6:ハイランド革命編

アリーシャと初めて会ったユトは、挨拶を終えて間もなく、鞄から紙の束を取り出した。

「アリーシャさんへお願いがあります」

「私に?」

「正確には、アリーシャさんの立場を利用して、マルトランさんへ検討していただきたい事項があります」

「私の立場を利用する、と本人の前で言う者は珍しいな」

 

隣に立つ女騎士が、わずかに眉を動かした。

ユトは否定しなかった。

「通常の手順では、身元の明確でない十三歳の子供が王族と騎士団へ計画書を提出しても、内容を確認される前に却下される可能性があります」

 

「それはそうだろう」

「ですから、確認されるところまでアリーシャさんに運んでいただきたいのです。採用を求めているわけではありません」

差し出された紙束を、アリーシャが両手で受け取る。

表紙には、整った字で題名が記されていた。

 

『ハイランド王国内における災害発生前後の情報収集、避難誘導、救援及び復旧体制に関する計画書案・第一版』

 

「……災害?」

「洪水、土砂崩れ、火災、疫病、憑魔の発生その他、地域住民のみでは対応困難な事態を対象としています」

「これを、お前が書いたのか」

 

マルトランが紙束を受け取り、立ったまま最初の頁を開いた。

最初に書かれていたのは、英雄の配置でも騎士団の戦術でもなかった。

 

一、救援依頼がないことを、安全の根拠としてはならない。

二、救援依頼を発する責任者が死亡、負傷、拘束または通信不能となる場合を想定する。

三、一定期間報告のない地域については、上位機関から状況確認を開始する。

四、避難命令を発する者と、避難誘導を実施する者を分け、いずれか一方が欠けても機能する体制を作る。

五、導師、王族、騎士団長その他特定個人の到着を、避難開始の条件としてはならない。

 

マルトランの指が止まった。

「なぜ、救援を求めていない村へ人員を送る」

「救援を必要としていない場合と、救援を求められる者が残っていない場合は、外部から見ると同じだからです」

「確認のたびに兵を動かせば、費用も人員も足りなくなる」

「はい。そのため、現地派遣より先に、定時報告、周辺地域からの確認、天族による観測、商人や旅人からの情報収集を組み合わせる案を記載しました」

 

マルトランは頁をめくった。

 

報告の期限。

伝令が一人戻らなかった場合の対応。

橋が落ちた場合の迂回路。

備蓄庫を一か所へ集中させない理由。

村長が避難を拒否した場合、住民が個別に逃げられる経路。

 

子供が考えたにしては、異様だった。

 

しかし完成された計画ではない。

兵士一人が一日に運べる物資量は空欄になっている。地域ごとの人口も、馬車の通行可能な道も不足している。実行に必要な予算については、「現時点では資料不足」と明記されていた。

「ずいぶん細かい割に、肝心なところが抜けているな」

「はい」

ユトは平然と認めた。

 

「私は軍隊を指揮した経験がありません。救援物資を配分した経験もありません。現場の情報を持たないまま数値を記入すれば、計画書の体裁を整えるための虚偽になります」

「では、これは役に立たない」

「現在のままでは、実施できません」

「それを私に渡してどうする」

 

「実施可能な形へ修正してください」

あまりにも当然のように言われ、マルトランは初めて、明確に言葉を失った。

「私に、か」

「アリーシャさんは、民を守ることを望んでいます。しかし、現時点では人員と物資の運用経験が不足しています」

「ユト様!」

アリーシャが焦った声を上げる。

 

「事実を述べています。マルトランさんには、その経験があります」

ユトは女騎士を見上げた。

「この案の欠点を最も多く発見できるのは、貴方だと判断しました」

「褒めているつもりか?」

「能力を評価しています」

「同じことではないのか」

「好意的な感情を伝えることと、適性を判断することは異なります」

「……そうか」

マルトランは、もう一度表紙を見た。

 

第一版。

子供の思いつきを記した紙ではない。最初から、他人に修正され、運用されることを前提としている。

 

「これを考えるのに、どれほどかかった」

「八年です」

「八年?」

「五歳から考え始めました」

 

今度こそ、マルトランは紙束から顔を上げた。

 

「お前は現在、十三歳だったな」

「はい」

「つまり、人生の半分以上をこれに使ったのか」

「これだけではありません。複数ある対応事項の一つです」

「他にもあるのか?」

 

「あります」

ユトは鞄へ手を伸ばしかけた。

マルトランが反射的に止めた。

「待て。今日はこれだけにしろ」

「承知しました」

鞄の中には、浄化機能の早期獲得、死亡後転生の促進、風の傭兵団への介入などが並んだ十六年計画書が入っている。

 

マルトランは、まだそれを知らない。

 

アリーシャは最初の頁へ戻り、そこに書かれた一文を指でなぞった。

『本当に救助が必要な者は、救助要請すら出せない可能性がある』

「私は、助けを求める声を聞けば、必ず向かおうと思っていた」

「それは必要です」

「だが、声を上げられない者もいるのだな」

「はい。ですから、聞こえないことを理由に、存在しないものとして扱ってはいけません」

 

幼い王女は、紙束を抱え直した。

「私はこれを実現したい」

「子供の理想論だ」

ユトは否定しなかった。

「同時に、検証可能な仮案です」

「……可愛げのない子供だな」

「計画書に可愛げは必要ですか」

「必要ない。だから困っている」

 

マルトランは深く息を吐き、空欄の多い頁を開いた。

「まず、兵士一人が運べる物資量から修正する。街道の状態も、お前の想定ほど良くない」

「記録します」

「お前も同席するつもりか?」

「修正理由を理解しなければ、別の地域へ転用した際に同じ誤りを繰り返します」

「十三歳の子供が、別の地域への転用まで考えるな」

「既に考えています」

 

マルトランは、この日初めて笑った。

呆れたような、しかし完全には不快でもない笑いだった。

 

「こんなものを考える子供がいるとはな」

「子供が考えてはいけない理由がありますか」

「ない。ないから、なおさら困る」

 

後世、ハイランド初の広域災害対策計画には、三人の名が残ることになる。

 

原案作成――ユト。

政策承認――アリーシャ。

実施設計――マルトラン。

 

ただしユトは、自分の名前より先に、こう記すよう求めた。

 

『本計画は、作成者が不在となった場合も継続して改訂されなければならない』

 

十三歳の時点で既に、ユトは自分がいなくなる場合を想定していた。

 

***

 

災害対策計画の修正を始めてから数か月。

三人の前には、当初の計画書とは別の紙束が積み上がっていた。

 

救援物資の輸送記録。

地方から王都へ送られた被害報告。

騎士団の派遣命令。

実際に現地へ到着した人数。

 

数字が合わなかった。

 

「南部へ送られたはずの食料が、倉庫へ到着していない」

アリーシャが帳簿を見比べる。

「途中で盗賊に奪われた可能性は?」

「ありません」

ユトは別の記録を示した。

「護衛隊は襲撃を受けず、予定どおり王都へ帰還しています」

 

「では、倉庫側の記録漏れか」

「同じ期間、三つの地域で同様の不足が発生しています。偶発的な記入漏れとして扱うには件数が多すぎます」

 

マルトランは黙って紙を奪い取った。

 

輸送を命じた貴族。

物資を管理した商会。

報告を受理した官吏。

 

複数の記録に、同じ名前が並んでいる。

「バルトロ派か」

「現時点では、関係者が重複していることしか確認できません」

「お前はまだ偶然だと言うのか」

「いいえ。疑う根拠はあります。しかし、有罪と判断するための証拠は不足しています」

 

マルトランが鼻で笑った。

「未来では、こいつらが何をしたか知っているのだろう」

「はい」

「ならば、なぜ今さら証拠を集める」

「未来の記憶は、私にとってのみ確認可能な情報です。裁判へ提出できません」

「間違っている可能性もあると?」

「既に未来は変化しています。過去に発生したことが、今回も発生する保証はありません」

 

ユトは、疑わしい者たちの名簿を閉じた。

「実行していない罪で裁くことはできません」

 

アリーシャは安堵したように息を吐いた。

「ならば、まずは父上へ報告しよう。調査を正式に命じてもらえれば――」

「報告先に関係者が含まれている可能性があります」

 

ユトは即座に答えた。

「証拠が破棄される危険があります」

 

「では、誰に訴えればいい」

「それを検討しています」

 

三人は、しばらく黙った。

 

最初に口を開いたのはアリーシャだった。

「内部から変える方法はないのか」

「あります」

 

ユトは新しい紙を取り出した。

「第一案。国王へ直接報告し、王命による独立調査を求めます」

「それが最も正当だ」

「ただし、国王本人または側近が調査を停止した場合、失敗します」

 

「第二案は?」

「騎士団内に、既存の指揮系統から独立した調査班を設置します」

マルトランが首を振る。

「設置を承認するのは上層部だ」

 

「はい。第三案。証拠の写しを地方領主、商会、教会及び複数の騎士団へ同時に送付します」

「公表するのか?」

「証拠隠滅を困難にできます。ただし、王国の信用低下、暴動及び報復行為が予想されます」

 

「第四案は」

「関係貴族を別件で職務から外し、その間に調査します」

アリーシャの顔が曇った。

「罪を証明する前に排除するのか」

「そのため、推奨しません」

 

「第五案」

ユトは一度、マルトランを見た。

「現在の統治機構が自浄能力を失っていると確認された場合、別の統治体制へ移行します」

部屋が静まった。

 

アリーシャが、ゆっくりと問い返す。

「それは……革命ということか」

「名称は結果によって決まります」

「言葉を変えても同じだ」

「はい」

ユトは否定しなかった。

 

「ただし、現時点では第五案を採用しません」

マルトランが眉を上げる。

「なぜだ」

「第一案から第四案まで、実行可能性の検証が終わっていないためです」

「上の連中へ猶予を与えるつもりか」

「違います」

ユトは、積み上がった記録へ手を置いた。

「革命は腐敗への罰ではありません。現行制度では民を保護できない場合に、代替制度へ移行する手段です」

「同じことだろう」

「罰を目的とした場合、対象を排除した時点で完了します」

ユトは首を横へ振った。

「制度の移行を目的とする場合、排除した後に行政、治安、食料供給、裁判及び権限継承を維持できなければ失敗です」

 

アリーシャが目を伏せた。

「革命を起こして、国を今より悪くする可能性もある」

「はい」

「それでも、必要になると思っているのか」

「分かりません」

ユトは答えた。

「ですから、確認します」

 

マルトランが低く笑った。

「お前は、革命を起こしたいわけではないのだな」

「はい」

「王国を救いたいのか」

ユトは少し考えた。

 

「救援を必要とする者が、報告書ごと消される状態を停止したいと考えています」

 

アリーシャは、最初の計画書に書かれた一文を思い出した。

『本当に救助が必要な者は、救助要請すら出せない可能性がある』

 

声を上げられない村がある。

そして今、その声を握り潰している者が、王国の上層部にいる。

 

「調べよう」

アリーシャは言った。

「この国が、自分で変われるのか」

 

マルトランは腕を組んだ。

「変われなかった場合は?」

 

ユトは、机の端に伏せて置かれた紙束を見た。

「その場合に備えて、革命完了後の計画を作成します」

「革命そのものではなく?」

「革命中の計画も作成します。ただし、完了後の方が長期間続きます」

マルトランは深く息を吐いた。

 

「お前はもう、作り始めているな」

「はい」

「何頁だ」

「現在、百三十二頁です」

 

「まだ革命を実行すると決めていないのだろう」

「決定後に作り始めた場合、間に合いません」

 

アリーシャは何か言おうとして、やめた。

 

マルトランも、しばらく何も言わなかった。

やがて彼女は、ユトへ手を差し出した。

「見せろ」

「第一案から第四案の検証が先です」

「分かっている。第五案に不備がないか確認するだけだ」

ユトは紙束を渡した。

 

表紙には、既に題名があった。

『ハイランド王国における現統治機構の停止及び暫定統治体制への移行に関する計画書案・第一版』

 

「革命計画とは書かないのだな」

「革命は法的手続きの名称ではありません」

「可愛げがない」

「計画書に可愛げは――」

「それはもう聞いた」

 

***

 

その後、三人は第一案から第四案までを順に検証した。

 

国王への報告は、調査命令が正式に発せられる前に側近によって握り潰された。独立調査班の設置案は、騎士団の指揮系統を乱すとして却下された。分散して保管した証拠の一部は押収され、関係貴族を職務から外す提案は、アリーシャによる越権行為として利用された。

 

現在の統治機構には、自らの腐敗を調査し、是正する能力がない。

 

三人は、それを確認した。

 

第五案が正式に採用された。

 

 

マルトラン主導のもと、導師ユトと王女アリーシャはハイランド王国に革命を起こした。

腐敗した貴族たちへ収集した証拠を突きつけ、民衆の支持を得た。

 

これが、導師ユトにとって最初の表立った功績である。

 

ただし、土産物のような細長い棒を振り回し、不可思議な術を発動させる彼の姿を目撃した者たちの感想は、概ね一致していた。

 

『どうして、それでそうなるのか分からない』

 

「変な棒を振っていた。なぜか勝った」

「振った直後には何も起きなかった。少し経ってから敵が倒れた」

「何もない場所へ文字を書いていた。直後、騎士たちが動けなくなった」

「あれは武器なのか?」

「分からない」

「あいつは、なんなんだ」

 

こうして導師ユトの名は、初めて広く知られることとなった。

ただし、その名より先に、

 

『変な棒を使う、よく分からない男』

 

という評判が広まった。

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