炎上論点スタンプラリー【TOZ】   作:Moa

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ベルセリア10周年おめでとうございます!


0:導師スレイ、誕生する

聖剣祭の会場は、朝から人で埋め尽くされていた。

 

長いあいだ誰にも抜かれなかった聖剣。

その前には火の天族ライラが立ち、少し離れた場所では、もう一人の導師が人々に囲まれている。

 

「導師ユト様、こちらを向いてください!」

「先日の避難計画について、村を代表してお礼を――」

「握手だけでも!」

ユトは逃げてはいなかった。

一人ずつ話を聞き、必要なものには返答し、後日の確認が必要なものは紙へ記録している。

 

ただし、少し困っていた。

 

「本日は、二人目の導師候補を探すために来ています」

「二人目?」

「はい。導師はいくらいても困りません」

周囲がざわめく。

「導師様は、お一人で充分なのでは?」

「不充分です。私は一人しかいません」

ユトは当然のように答えた。

「同時に複数の地域で浄化が必要となった場合、私一人では対応できません。負傷、病気、拘束その他の事情によって活動不能となる可能性もあります。浄化能力を一人へ集中させることには反対します」

 

聖剣祭の祝祭的な空気の中で、導師は人員不足を訴えていた。

 

少し離れた場所からその様子を見ていたスレイが、目を輝かせる。

「あの人だ!導師ユト!」

「見れば分かるよ」

隣でミクリオが答えた。

「子供の頃と、あまり変わってないな」

「背は伸びてるぞ」

「そういう意味じゃない」

 

二人が人混みを抜けて聖剣へ近づくと、ライラが気づいて振り返った。

ユトとユイが会場にいるため、知覚共有の加護が周囲へ自動的に広がり、彼女の姿は周囲の人間にも見えている。

だが、スレイの視線は、祭りで初めて天族を見た者のそれではなかった。加護の届く会場へ足を踏み入れる前から迷わずライラを追い、最初からそこにいる一人として見ていた。

「ユトさんの加護が届かない場所でも、天族の姿が見えるのですか?」

「うん。声も聞こえる」

ライラの瞳が大きく開かれる。

 

ユトも人々の間から顔を上げた。

十一年前から待っていた人物が、ようやく現れた。

 

しかし、駆け寄ることはしなかった。

 

未来で知っている相手だからといって、現在のスレイが自分を知っているとは限らない。導師になる意思があるとも限らない。

 

ユトは人々へ頭を下げ、ようやく輪の外へ出た。

「スレイさんですね」

「遺跡にすごい量の荷物を持ってきた人?」

「概ね合っています」

「罠があるか分からないからって、先に術を置いてた人だろ!」

「はい」

 

ミクリオが小さく息を吐いた。

導師という言葉から想像していた荘厳な再会ではなかった。

それでもスレイは嬉しそうだった。

「オレ、導師に会ってみたかったんだ。外の世界で天族と話してる人間がいるって、アリーシャから聞いて」

「ありがとうございます」

「導師って、何をするんだ?」

ユトは少し考えた。

「各地の穢れを浄化します」

「それだけ?」

「それだけではありませんが、主要な業務です。最終的には災禍の顕主までたどり着ければ理想ですが、焦ってはいけません」

「災禍の顕主……」

「現時点の能力を確認せず、高度な対象へ接触することには反対します。まずは通常の憑魔に対する浄化、移動中の負荷、天族との連携及び撤退判断を学んでください」

 

スレイは何度か頷いた。

「じゃあ、導師になるには、あの聖剣を抜けばいいのか?」

「その前に、説明を受けてください」

「説明?」

「はい」

ユトが鞄へ手を入れた。

 

机の上へ、重い音を立てて書類が置かれた。

表紙には、整った文字で題名が記されている。

 

『聖剣抜去、主神契約及び導師活動開始に関する事前説明書』

その下には、

『本文、用語定義、別紙、緊急時対応手順、契約解除手続及び附則』

とある。

 

スレイは紙束を持ち上げ、厚みを確かめた。

 

「……これ、全部読むのか?」

「はい」

「聖剣を抜く前に?」

「抜いた後では、説明を聞いたうえで拒否することが困難になります」

「でも、祭りが始まってるぞ」

「祭りの進行は、契約者の同意より優先されません」

 

ユトは即答した。

 

周囲では、聖剣を抜く瞬間を待つ人々が期待に満ちた目を向けている。

しかしユトには、待たせることへの迷いがなかった。

ライラが、少し申し訳なさそうに微笑む。

「お時間はあります。どうか、よくお読みになってください」

スレイは書類とライラを見比べた。

「ライラがこれを作ったの?」

「いいえ」

ライラはユトを見た。

「ユトさんです」

「やっぱり」

ミクリオが呟いた。

 

「ただし、契約内容についてはライラさんにも確認していただいています」

「確認には三日ほどかかりましたわ」

「当初案に問題があったため、四度修正しました」

「それを含めますと、もっと長かったですけれど」

ライラの笑顔がわずかに遠い。

 

スレイは最初の頁を開いた。

 

導師が得る浄化能力。

主神との関係。

霊力の負荷。

神依の条件。

従士契約によって発生し得る影響。

 

浄化できない対象が存在すること。

導師になったからといって、すべての人を救えるわけではないこと。

 

政治的、宗教的な象徴として利用される可能性。

導師本人が、自らの不調を隠して活動を続ける危険。

 

休養基準。

契約の一時停止。

辞任と解除の手順。

 

スレイは、思っていたよりも真剣な顔で読み進めた。

 

時折、ミクリオへ紙を見せる。

「この、主神側の負荷って?」

「私が導師へ力を与える際にも、当然ながら影響はあります」

「ライラが危険になることもあるのか?」

「可能性はあります」

答えたのはユトだった。

「そのため、導師または主神の一方のみが負荷を隠すことを禁止しています。異常が発生した場合は、相手の希望にかかわらず契約を一時停止できる条項があります」

「希望にかかわらず?」

「自己犠牲を希望する者が、常に適切な判断をしているとは限りません」

 

スレイはしばらくその条項を見つめ、次の頁へ進んだ。

 

祭りの参列者たちは、次第に落ち着きを失い始めた。

「まだ抜かないのか?」

「何を読んでるんだ?」

「導師になる覚悟を試されているんじゃないか?」

 

ユトは一度だけ群衆へ振り返った。

「覚悟を試しているのではありません。契約内容を説明しています」

「導師になる者なら、その程度はすぐに決断するべきでは?」

「早く決断することと、適切に決断することは異なります」

それ以上、急かす者はいなくなった。

 

スレイは読み続けた。

 

昼を過ぎた。

 

途中で食事と休憩を挟んだ。

 

ミクリオは用語定義の曖昧な箇所を何度も確認し、ライラは質問へ一つずつ答えた。ユトは過去の事例を挙げ、危険を小さく見せることも、必要以上に恐れさせることもしなかった。

 

やがて、最後の頁へたどり着く。

そこには、署名欄があった。

 

『上記の説明を受け、内容を確認したことを認めます』

 

スレイは筆を持ったまま、まだ署名しなかった。

「一つ、聞いていいか?」

「はい」

「オレが導師にならなかったら、どうなる?」

 

「現在の体制が直ちに崩壊することはありません」

ユトは答えた。

「私が活動を継続します。各地の浄化も、可能な範囲で実施します。貴方が導師以外の方法で、人と天族の共存へ関わることもできます」

 

「オレが聖剣を抜かなくても、誰かがすぐ死ぬわけじゃない?」

「少なくとも、現在確認されている範囲では」

「そうか」

 

スレイは聖剣を見た。

 

危険に追われているわけではない。

誰かに、今すぐ選べと迫られているわけでもない。

 

導師にならなくても、イズチへ帰ることはできる。

ミクリオと遺跡を巡り、別の方法を探すこともできる。

 

それでも。

 

「オレは、人と天族が一緒に暮らせる世界を作りたい」

ライラが静かにスレイを見る。

「導師になれば絶対できる、とは思ってない。これを読んで、導師だけで全部できるわけじゃないって分かった」

 

スレイは紙束へ手を置いた。

 

「でも、できることは増えるんだろ?」

「はい」

「だったら、オレはやってみたい」

 

ミクリオがスレイの横顔を見つめる。

 

「本当にいいんだな?」

「ああ」

「途中で一人で抱え込むなよ」

「ミクリオが止めてくれるだろ?」

「最初から僕任せにするな」

そう言いながら、ミクリオは笑っていた。

 

スレイは署名欄へ、自分の名前を書いた。

 

ユトが文書を確認する。

「最後に確認します」

「まだあるのか?」

「重要です」

 

スレイは姿勢を正した。

 

「導師にならないことを選択しても、貴方の価値、権利及び人と天族の共存を望む資格は失われません。そのうえで、導師契約を希望しますか」

スレイは迷わなかった。

「希望する」

「承知しました」

 

ユトは書類を閉じた。

 

「では、聖剣を抜いてください」

「やっとだな!」

スレイが聖剣の前へ立つ。

 

ライラも向かい合った。

 

「スレイさん。改めて、私の力を受け入れてくださいますか?」

「ああ。ライラも、オレを選んでくれる?」

「もちろんです」

 

スレイは聖剣の柄を握った。

炎のような光が、指先から腕へ走る。

重い。

 

ただ地面へ刺さっている剣ではない。

人と天族の間に結ばれる、新しい関係そのものが形を持っているようだった。

 

スレイは両足へ力を込める。

 

ライラの霊力が重なる。

ミクリオの声が背中を押す。

「行け、スレイ!」

 

聖剣が抜けた。

 

一瞬の静寂。

 

そして、大歓声が上がった。

 

「聖剣が抜けた!」

「新しい導師だ!」

「二人目の導師が誕生したぞ!」

 

鐘が鳴る。

人々が手を叩き、互いに抱き合う。

 

誰かがスレイの前へ跪こうとした。

 

だが、アリーシャが静かに手を上げる。

「導師は、我々に代わって国を治める者ではない」

歓声が少しだけ静まった。

「この国を守る責任は、これまでどおり我々にある」

アリーシャは聖剣を手にしたスレイと、その隣に立つユトを見た。

「ただ今日、人と天族の間に、もう一つ新しい道が開かれた。そのことを共に祝おう」

今度こそ、広場全体が沸き立った。

 

スレイは驚きながら、嬉しそうに笑った。

「すごいな、ミクリオ!」

「剣を振り回すな。危ないだろ!」

「ごめん!」

 

ユトは歓声の中で、署名済みの契約書を丁寧に鞄へ収めた。

 

未来と同じように、スレイは導師になった。

だが、未来にそうなったからではない。

危険に迫られたからでも、誰かの命を人質に取られたからでもない。

 

説明を読み、質問し、断れることを確認したうえで。

 

それでも、自分の夢を選んだ。

 

「導師スレイ」

ユトが呼ぶ。

スレイが振り返った。

「はい。よろしくお願いします」

 

「まず、どこへ行けばいい?」

「その前に、聖剣及び契約後の身体状態を確認します」

「今から?」

「はい」

「祭りは?」

「検査後に参加してください」

 

スレイは少しだけ肩を落とした。

ミクリオが笑う。

「導師になった実感が湧いただろ?」

 

「こういう感じなのか……」

「ユトさんの場合は、概ねこのような形ですわ」

ライラが穏やかに答えた。

 

二人目の導師は、大歓声の中で誕生した。

 

そして誕生直後、健康状態の確認へ連れていかれた。

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