セキレイの羽の商隊を訪ねると、ロゼは荷物の確認をしているところだった。
ユトについて尋ねたスレイへ、彼女は深く考えることもなく答えた。
「恩人だよ」
それから、何かを思い出したように眉を寄せる。
「なんか、未来が見えてるみたいな、変なやつだった」
「未来が見える?」
スレイが聞き返す。
「本人は、知ってる未来と同じことが起きるとは限らない、とか言ってたけどね」
「未来を知っていたのに?」
ミクリオの問いに、ロゼは肩をすくめた。
「もう変えちゃったから、だってさ」
過去へ手を加えた時点で、その先も同じ順序で進む保証はない。
だからユトは、知っている未来を正解として押しつけるのではなく、起こり得る危険への対策として扱っていた。
「レオン皇子の殺害未遂事件については聞いてる?」
「いや」
「あたしたち風の傭兵団が、皇子を殺そうとしたことにされかけたんだ」
スレイの表情が強張った。
「やってないんだよな?」
「もちろん」
「なら、どうして疑われたんだ?」
「罪を被せるのに、ちょうどよかったんじゃない? 武器を持った傭兵団だし、皇子の近くにもいたから」
だが、告発は成立しなかった。
風の傭兵団が犯行時刻にどこにいたのか、複数の人間が証言できたからだ。
王族や貴族だけではない。料理を運んだ使用人、酒を納品した商人、警備を担当した兵士、会場の外で見物していた民衆。
互いに利害の異なる多数の目撃者が、同じ事実を証言した。
「それなら、罪を被せるのは無理だな」
「ユトもそう言ったよ。『複数の独立した目撃証言が存在するため、風の傭兵団を実行犯とすることは不可能です』って」
ミクリオは少し考えた。
「だが、なぜ傭兵団にそれほど多くの目撃者がいたんだ?」
「豪華な披露宴をやったから」
「披露宴?」
「そ。とにかく大勢を呼んで、盛大に祝おうって言い出したのがユト」
披露宴の会場は広く開かれ、普段なら招かれない階層の人間まで集められた。
費用はかかった。警備も、食料も、会場への移動手段も必要だった。
表向きは皇子を祝うための華やかな催しだった。
しかしユトは、招待客の一覧、使用人の配置、物資の搬入記録、警備の交代時刻まで、すべて書面に残していた。
「つまり、その披露宴自体が……」
ミクリオが途中で言葉を止める。
「風の傭兵団の目撃者を増やすために企画されたのか?」
「たぶんね」
「たぶん?」
「本人は、『暗殺の予防及び発生後の事実確認に有効です』としか言わなかったから」
「お祝いの披露宴を、アリバイを作るために使ったのか……」
スレイは感心しているようだった。
ミクリオは額へ手を当てている。
「もっと他に言い方があるだろう」
「でしょ? 変なやつだったんだよ」
ロゼは笑った。
豪華な宴を開いて人を集める。
普通なら、権威を示すためか、人々に喜んでもらうためだ。
ユトにも、おそらくその意図はあったのだろう。
ただし同時に、そこで働いた者、参加した者、偶然見かけた者のすべてを、将来の冤罪を防ぐ独立した証人として数えていた。
結果としてレオン皇子は生き残り、風の傭兵団も罪を着せられずに済んだ。
「もしユトがいなかったら、どうなってた?」
スレイが尋ねる。
ロゼの笑みが、少しだけ薄くなった。
「団長が処刑されてたらしいよ」
「らしい?」
「ユトの知ってる未来ではね」
団長を失った風の傭兵団は、暗殺を請け負う風の骨へ変わっていた。
ロゼたちが悪人を裁くために始めた道だったとしても、その始まりには、逃げ場を失った者たちの破滅があった。
ユトは、その入口を消した。
「それだけじゃないよ。デゼルに会わせてくれたのもユト」
「デゼル?」
ミクリオが反応する。
「風の天族。ちょっと面倒だけど、悪いやつじゃない」
「ロゼには見えるのか?」
「今はね。最初はほとんど分からなかったけど」
ユトはデゼルをロゼの力として与えたわけではなかった。
ロゼをデゼルの器にすると勝手に決めたわけでもない。
互いが相手の存在を知り、話し合える場所を用意しただけだった。
その後、共にいるかどうかは二人へ委ねた。
「ユトは、スレイの旅についても話してたよ」
「オレの?」
「うん。いつか二人目の導師が旅に出るって」
ロゼはスレイを上から下まで眺めた。
本人が本当にそこへ現れたことを、改めて確認するように。
「それで、あたしはその旅についていくこともできますし、いかないこともできます、だって」
「それだけ?」
「それだけ」
スレイは目を丸くした。
「どっちがいいとか、言わなかったのか?」
「言わなかった。ついていけば役に立てる可能性がある。いかなければ、商隊と傭兵団を守れる。どちらにも利益と危険があるから、自分で決めてくださいって」
「ユトは未来で、ロゼがどちらを選んだか知っていたんじゃないのか?」
ミクリオが尋ねた。
「知ってたみたいだよ」
「それでも、同じ選択をさせようとはしなかった?」
「今のあたしは、未来のあたしとは違うかもしれないから、だってさ」
ロゼは呆れたように笑った。
「冤罪は防ぐ。団長も助ける。デゼルにも会わせる。あたしがどこへでも行けるようにしておく」
そこで彼女は、少しだけ目を細めた。
「なのに、どこへ行けとは言わないんだ」
スレイは黙ってその言葉を聞いていた。
ユトは、未来を知っていた。
だからロゼが何を失い、誰と出会い、どの旅へ加わったのかも知っていた。
だが、その知識を命令には使わなかった。
失われるはずだったものを守り、選べる道を増やし、その先から手を離した。
「それで、ロゼはどうするんだ?」
スレイが尋ねる。
ロゼは少し考えてから、いたずらっぽく笑った。
「それを確かめるために、まずあんたたちのことを見せてもらおうかな」
「ついてくるのか?」
「まだ決めてない」
「そうか」
スレイは、それ以上急かさなかった。
横でミクリオが小さく息を吐く。
「アリーシャにも、同じことをしていた」
「同じこと?」
「望んだ道へ進めるように準備して、それでも、その道を選べとは言わなかった」
ロゼは頷いた。
「そ。恩人だよ」
それから、最初と同じ言葉を付け加える。
「未来が見えてるみたいな、変なやつだった」
アリーシャには、国に残ることも旅立つことも許した。
ロゼには、スレイへ同行することも、今の仲間たちと生きることも許した。
ユトは未来を変えた。
けれど、変えた未来の配役へ誰かを押し込むことはしなかった。
悲劇の役だけを取り除いて、その後に何を演じるかは本人へ返した。