炎上論点スタンプラリー【TOZ】   作:Moa

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0:四つの試練と、先回りした注意書き

火の試練神殿イグレインは、噂どおり暑かった。

 

火を灯し、襲いかかる憑魔を浄化しながら進む。道中の仕掛けは複雑だったが、古代遺跡を前にしたスレイが妙に元気だったため、さほど時間はかからなかった。

 

問題は、最奥の祭壇だった。

 

火の護法天族エクセオの前に、炎をまとった剣が突き立っている。

それを引き抜いたスレイは、こう告げられた。

『簡単なこと。その炎で自分か、火の契約天族の顔を焼けばよい』

 

スレイはその切っ先を自分へ向けた。

だが、刃が届く前に、白い手が剣身を掴んだ。

「ライラ!」

「離しません」

ライラは炎をものともせず、両手で剣を押し返した。

「でも、ライラを焼くわけにはいかないだろ!」

「だからといって、あなたを焼いてよい理由にはなりません!」

普段の柔らかな声音ではなかった。

「オレなら、オレが決められるから」

「それは、ご自分だけなら傷つけてよいという意味ではありません!」

ライラの声が、炎の音を押しのける。

 

「主神契約緊急時対応手順、第三項。契約者が自己犠牲を唯一の選択肢として即断した場合、契約を一時停止します」

次の瞬間、剣を覆っていた炎が消えた。

スレイが目を瞬かせる。

「……そんな条項、あったっけ」

「読んだだろう!」

ミクリオの怒声が飛んだ。

「僕と一緒に最後まで読んだだろう! 負荷の隠蔽禁止も、自分だけで決めないことも!」

「いや、覚えてはいたんだけど……」

「覚えていて、なぜ焼こうとする!」

「時間をかけて決めればよいという話ではないぞ」

アリーシャも険しい顔をしていた。

「スレイ。守るべき者の中に、自分自身も数えてくれ」

 

「選ぶのも早すぎ」

ロゼが呆れたように腰へ手を当てる。

「こういうときは、まず二択を出した奴から疑えって」

「天然って、自分を薪にするのね」

「笑えねえぞ」

エドナとデゼルにまで言われ、スレイは小さくなった。

 

その横で、ミクリオが祭壇の下にある金属板を見つけた。

 

《生命または身体への重大な侵害を含む二択について、代替案の検討を認めない場合、当該二択は無効とする》

 

「……ユトだ」

ミクリオが言った。

「ユトだね」

ロゼも頷いた。

 

エクセオはしばらく黙っていたが、やがて炎を揺らして笑った。

『前に来た者にも、同じことを言われた。試練とは選ばせることではなく、誤った問いを見抜かせるものだとな』

 

スレイは消えた剣を見下ろし、それからライラを見る。

「……ごめん」

「はい。あとで、もう一度お話ししましょう」

笑顔だった。

笑顔ではあるが、逃げられそうにはなかった。

スレイは剣を握り直し、今度は自分でもライラでもなく、二人へ選択を強いていた祭壇へ向けた。

 

「ライラ。一緒にやろう」

「ええ。焼くなら、こちらですわ」

二人の炎が重なり、偽りの二択だけを焼き尽くした。

 

こうして、火の試練は終わった。

 

***

 

地の試練神殿モルゴースでは、石床を動かし、転がる岩を避け、何度かスレイが穴を覗き込もうとしてエドナに傘で引き戻された。

 

だが、最奥の広間へ到着しても、試練を担うはずのミノタウロスは現れなかった。

代わりにあったのは、小さな慰霊碑だった。

 

幾つもの名前と、避難路を示す地図。周囲には憑魔の動きを記録する観測術式が張られている。

地の護法天族パワントが、静かに告げた。

 

『何事も事象の前には原因がある』

一行は慰霊碑を見た。

『目の前で起きたことだけを追うな。起きなかったことにも、そうならなかった原因がある』

 

慰霊碑の横には、また金属板があった。

《確認対象は複数の犠牲者を起源とする複合憑魔》

《追跡及び包囲は禁止》

《当該憑魔を“試練対象”と呼称しないこと》

《被害者の氏名、遺骨及び発生記録を回収し、再発防止を優先すること》

 

アリーシャが、刻まれた名前を一つずつ目で追う。

「倒すべき怪物としてではなく、被害を受けた人々として記録したのか」

『以前ここを訪れた者がな』

パワントは答えた。

『追い立てれば穢れが増すと見抜き、避難経路を整え、最後の一人が浄化されるまで見守った。ゆえに、今ここで暴れる者はいない』

スレイは、誰もいない広間を見回した。

「今までもあったな……」

「何がだ?」

ミクリオが尋ねる。

 

「何も起きなかった場所にも、起きなくした原因があった」

ゴドジンの学校。

毒の臭いが消えた工房。

誰も売られなくなった薬。

目の前にないものほど、それを消すために誰かが動いた痕跡は見えにくい。

 

ロゼが嫌そうに目を細める。

「つまり、原因を辿るとまたユト?」

「たぶん」

「それは原因というより犯人ね」

エドナが言った。

 

『目に映る敵だけを答えとしなかった。それでよい』

パワントの力が大地から立ち上り、スレイたちを包む。

 

戦いのないまま、地の試練も終わった。

 

***

 

水の試練神殿ルーフェイは、あちこちから見られていた。

壁に刻まれた目。

柱に埋め込まれた目。

振り返った先にも目。

「これ考えた奴、性格悪くない?」

ロゼが壁へ背をつけながら言う。

「視線の動きには規則がある。文句を言う前に観察しろ」

ミクリオはそう答えたが、三度目に入口へ戻された頃には、彼も無言になっていた。

 

仕掛けを抜け、アシュラを浄化し、その記憶を水面に見届けたあと。

 

最奥には一本の剣と、壁一面を埋める文章が残されていた。

 

《危険性が確認されている剣について、その使用を一律に禁止すること、または使用を義務づけることはいずれも適切ではない。使用者の判断能力、使用目的、脅威の切迫性、代替手段の有無、非使用時に予見される被害、使用時に生じる影響、使用中止及び意思撤回の可能性、使用後の回収、封印、治療並びに第三者へ転嫁される負担を――》

 

文章は、まだ下へ続いていた。

ミクリオはしばらく無言で読み進めた。

 

そして、最後まで辿り着く前に水の護法天族アウトルを振り返った。

 

「で、剣を使用するかどうかの異様に長い文章は何なんだ」

『以前ここへ来た者の補足だ』

「ユトか」

『名乗りはそうだった』

「やっぱりか……」

 

アウトルによれば、ユトは元の教えである《危険な剣を用いるな》という一文に異議を唱えたらしい。

 

使わずに誰かが死んだ場合、その責任を誰が負うのか。

使えと命じて害が生じた場合、それを使用者一人の罪にするのか。

危険性も代替手段も告げず、後から正解だけを示すのは試練と呼べるのか。

 

一通り聞いたミクリオは額を押さえた。

「要するに、自分で考えろ。ただし、考えるための情報を隠すな、ということか」

「ミクリオ、短くできるじゃん」

「僕が書いたんじゃない!」

「その表現では、誰が情報を提示する責任を負うのか不明確ですわね」

ライラが困ったように微笑む。

 

全員が壁を見た。

「……ユトならそう言うな」

 

スレイは祭壇の剣へ手を伸ばし、しかし抜かずに鞘ごと持ち上げた。

「今は使わない。もう戦いは終わったし、ここで封印できるから」

『今は、か』

「うん。今日使わないと決めたことを、明日どんな状況でも使わないって誓いにはしたくない」

アウトルは満足そうに水面を揺らした。

『ならば、その答えを持って進むがよい』

 

水の力がスレイへ宿る。

その間も、ミクリオは壁の文章を睨んでいた。

 

***

 

風の試練神殿ギネヴィアは、登る以前に入れなかった。

 

塔の入口には巨大な石扉が立ちはだかっている。取っ手も鍵穴もなく、スレイとロゼが押しても、ミクリオが術式を調べても、わずかにも動かなかった。

 

「本当にここが入口なんだよな?」

スレイが見上げる横で、デゼルが扉脇の壁を指した。

「何かあるぞ」

 

掌ほどの丸い石板が埋め込まれていた。

その下には、小さな文字が刻まれている。

 

《来訪者は、石板を一度押して応答を待つこと》

《本装置は、風の護法天族ワーデルへ来訪者の存在を通知する》

《用件の判定、通訳、入場許可の代行及び扉の自動開放は行わない》

《繰り返し押しても応答は早まらない》

 

二度目を押しかけていたロゼの指が止まった。

「……要するに、呼び鈴?」

「試練神殿に?」

スレイが首を傾げる。

「天族用の、だな」

デゼルが答えた。

 

ミクリオは文章を最後まで読み、深く息を吐いた。

「水の神殿より短いだけ、まだましか」

「比較するものなの?」

「僕に聞くな」

スレイが石板を一度押した。

 

音は鳴らなかった。

代わりに一筋の風が石板から生まれ、扉の隙間へ吸い込まれていく。そのまま塔の内部を駆け上がっていった。

 

しばらく待つ。

何も起きない。

ロゼがもう一度石板へ手を伸ばしたところで、扉の向こうから風が降りてくる気配がした。

『来訪者よ。名と用件は?』

声が、石扉越しに響いた。

 

スレイが扉へ向き直る。

「導師スレイです。風の試練を受けに来ました」

『一人か』

「仲間も一緒です」

『ならば、全員が答えよ。代理応答は認められない』

一行は顔を見合わせた。

「全員?」

ロゼが尋ねる。

『直接言葉を交わしていない者を、領域へ入れることはできない』

「徹底してるわね」

エドナが言った。

一人ずつ名乗り、試練へ同行する意思を告げていく。

最後にアリーシャが答えると、扉の向こうで何かが外れる音がした。

 

石扉が、ゆっくりと内側へ開く。

その先には、風の護法天族ワーデルが立っていた。

『全員との会話成立を確認した。入場を許可する』

「今の、扉が判断してたわけじゃないんだな」

スレイが尋ねる。

『扉に意思はない。通知を受けたからここへ来て、自分の判断で開けた』

「本当に、ただの呼び鈴だった」

ロゼが丸い石板を見る。

『以前ここを訪れた者も、そう呼んでいた』

「ユトか」

ミクリオが即座に言った。

『名乗りはそうだった』

やはり、と全員の顔に書いてあった。

ワーデルは一人ずつに小さな風の印を与えた。印を受けると、何もなかった塔の内壁に、上へ続く階段が姿を現す。

『この風印を持たぬ者に、階段は道を示さない』

 

「どうしてこんな仕様にしたんだ?」

スレイの問いに、ワーデルはしばらく黙った。

『かつて、風の試練には生贄が必要だという話が広まった』

塔を巡る風が、低く唸る。

『確認することなく、仲間を塔へ残そうとする者もいた。天族が命を求めているのだと、誰かから聞いたという理由でな』

「生贄を必要としているのか?」

『必要としていない』

返答に迷いはなかった。

『ユトも、最初に同じことを尋ねた。必要としていないと答えると、彼は入口まで戻り、この連絡設備と扉を作った』

「わざわざ塔を下りて?」

『本人へ確認できない者が、本人のためだと言って他者の命を差し出すことを防ぐには、入口で止めるのが最も確実だと言っていた』

「ユトらしいな……」

スレイは呟いた。

 

最上階では、激しい風が石台までの道を覆っていた。

 

ここまで登れれば合格らしい。

 

身投げを禁止するために柵が建てられている。

どうせこれもユトだ。

 

『これからの道程に何が訪れるか』

『いかなる可能性も想像しておくことだ』

ワーデルの言葉だ。

何故か一同はやたら長い条文を持ってくる男を思い出した。

 

***

 

四つの試練を終えた夜。

 

焚き火を囲みながら、ロゼが指を折った。

「火で二択無効。地で追跡禁止。水で異様に長い剣の注意書き。風で生贄禁止」

「最後は必要性の確認と安全設備だ」

アリーシャが訂正する。

「細かいなあ」

「正確性は重要だ」

「アリーシャまでユトみたいになってるぞ」

ミクリオが深く息を吐いた。

「試練神殿は、ユトの注意書きを集めて回る場所じゃないんだが」

「四つ揃ったわね」

エドナが言う。

「何か景品でも出るのかしら」

「既に四属性の力を授かっている」

「景品まで出やがったな」

デゼルが低く笑った。

 

スレイは自分の中に宿った四つの力を感じながら、焚き火を見つめた。

 

「ユトは、試練の答えを先に決めたんじゃないんだな」

皆がスレイを見る。

 

「誰かが死なないと選べない二択とか、原因を無視して敵だけを追うこととか、何も知らないまま剣を選ばせることとか、生贄が必要だって勝手に決めることとか」

スレイは炎の向こうにいる仲間たちを順に見た。

「オレたちが、自分で考えて選べるところまで戻すために」

「ええ」

 

ライラが微笑む。

「ですから次は、考える前にご自分を焼こうとなさらないでくださいね」

スレイの笑顔が固まった。

 

「まだ怒ってる?」

「もちろんですわ」

「反省文だな」

 

ミクリオが即答する。

「ユト式で書けば?」

ロゼが笑う。

「異様に長いやつ!?」

 

焚き火の向こうで、皆の笑い声が重なった。

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