炎上論点スタンプラリー【TOZ】   作:Moa

56 / 57
0:不可視性豪雨、回避

四つの試練を終えた一行がペンドラゴへ戻ってくる、少し前。

ユトは大通りの真ん中で足を止め、雲一つない空を見上げていた。

アイゼンはすでに船で海へ旅立っている。隣にいるのは、ザビーダとサイモンだけだった。

 

「丁度この時期でした。ザビーダさんの不可視性豪雨が発生したのは」

ザビーダの肩が、ほんのわずかに揺れた。

サイモンが面白そうに尋ねる。

「本当にその雨は降るのか?」

「わかりません。だから準備します」

ユトは即答した。

「俺様は降らないと思うぜ」

「根拠はありますか?」

「……さあな」

「では実験を続行します」

ユトは手元の記録へ何かを書き加えた。

サイモンは堪えきれないように笑っている。

「本当の事を伝えてやったらどうだ?」

ザビーダはサイモンを横目で睨む。

「雨だったぜ、きっとな」

「過去の事象が降雨だったという認識ですね。記録と一致します」

「そういう意味じゃねえんだけどなあ」

 

そのとき、人混みの向こうから声がした。

「ユト!」

振り向くと、スレイたちがこちらへ駆けてくるところだった。

「スレイさん、お久しぶりです」

「久しぶり! ユトもペンドラゴに来てたんだな」

再会を喜ぶスレイの後ろから、ミクリオ、ライラ、エドナ、ロゼ、アリーシャ、そしてデゼルが続く。

 

ユトは全員が揃っていることを確かめると、すぐに説明を始めた。

「皆さんにも共有します。今後、ザビーダさんが突発的な視界不良を訴える可能性があります」

 

「記録上、この時期のザビーダさんは『雨で前が見えない』と訴えています。しかし、周辺で通常の降雨は確認されていません。したがって、本人の周囲にのみ発生する不可視性豪雨、あるいは未知の視覚異常である可能性があります」

全員の視線がザビーダへ集まった。

ザビーダは爽やかに笑ってみせた。

「知らねえなあ」

サイモンの笑みが深くなった。

 

スレイとミクリオは顔を見合わせた。

二人には、すでに一つの仮説があった。

おそらく、雨ではない。

そして、今回は降らないと考える理由も、今ここに立っている。

 

「でも、今回は降らないんじゃないかな」

スレイが言った。

「僕もそう思う」

ミクリオも同意する。

ユトは二人へ向き直った。

「そう判断する理由は?」

「それは……」

スレイの視線が一瞬、デゼルへ向かう。

 

デゼルはますます険しい顔になった。

「何で俺を見る」

「いや、何でもない」

「何でもないことはないだろう」

ミクリオが咳払いをした。

「発生条件が、以前とは変わっている可能性がある」

「どの条件ですか?」

「それは……」

今度はミクリオが黙った。

二人に根拠がないわけではなかった。

ただし、その根拠を説明するには、ザビーダが何を失い、誰のために、どのような顔をしたのかまで話さなければならない。

本人が隠そうとしているものを、勝手に観測記録へ変えるつもりはなかった。

 

「説明できない」

ミクリオは結局そう答えた。

「では、現段階では予測の根拠として採用できません」

「そうなるよな……」

 

「念のため、視界補助術を施します。ザビーダさん、よろしいですか?」

「好きにしな。何も起きねえけどな」

ユトが術式を展開すると、淡い光がザビーダの目元を覆い、そのまま溶け込むように消えた。

ザビーダが何度か瞬きをする。

「どうですか?」

「良好すぎるくらいだぜ。城壁の傷まで見える」

「異常な光、霞み、視野の欠損などは?」

「ねえよ」

「湿潤感は」

「ねえって」

「目元への降水は?」

「質問を変えても答えは同じだ、坊主」

 

ユトとユイが都にいるあいだ、知覚共有の加護が自動的に周囲へ広がっているため、天族たちの姿は道行く人々にも見えていた。

大勢で街を巡れば、自然と人目を引く。

スレイは古い建築を見つけるたびに立ち止まり、アリーシャがその由来を説明する。ロゼは露店を覗き、ライラは見慣れない菓子に目を輝かせた。エドナの傘を見た子供が、雨が降るのかと尋ねる。

「降るらしいわよ。そこの人の周りだけ」

エドナがザビーダを指した。

「広めるんじゃねえ」

 

「でも、雨雲一つないぞ」

デゼルが空を見上げる。

「不可視性豪雨ですので、雲も不可視である可能性があります」

「便利な言葉ね」

「未確認の現象を、確認前に否定すべきではありません」

「ほらな。こいつ、まだ諦めてねえぞ」

ザビーダがスレイたちへ訴える。

「ユトは心配してるんだよ」

「心配の仕方が重いんだよなあ」

 

歩いている間も、ユトは一定の間隔でザビーダの視界を確認した。

ザビーダはそのたびに「見えてる」「降ってねえ」「濡れてねえ」と答えた。

サイモンは終始、楽しそうに笑っていた。

やがて日が暮れ、記録上もっとも発生可能性が高かった時刻も過ぎた。

 

ユトは時刻を確かめ、ザビーダの顔を見た。

雨はない。

視界不良もない。

デゼルも、変わらず皆の隣に立っている。

「予定されていた発生時期を通過しました」

ユトの表情が、わずかに緩んだ。

「現時点で異常は確認されていません。視界補助術を一旦解除します」

目元を覆っていた術が消える。

 

「解除後の視界は?」

「良好。雨もなし。これで満足か?」

「ひとまず安心しました」

その言葉に、ザビーダが少しだけ目を見開いた。

「ただし、発生しなかった理由は判明していません。経過観察は継続します」

「まだやるのかよ!」

スレイとミクリオは、また顔を見合わせた。

サイモンが声を立てて笑う。

デゼルだけが、なぜ自分を見る者がいるのか分からないまま眉をひそめていた。

 

ユトは記録の末尾へ、正確な字で書き加えた。

《不可視性豪雨、予定日には発生せず。視界補助術を解除。引き続き経過観察》

誰も訂正しなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。