炎上論点スタンプラリー【TOZ】   作:Moa

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0:ゼンライ救出作戦

最終決戦の日。

 

アルトリウスの玉座へ踏み込む直前、イズチ外縁に設置されていた監視術式が一斉に警報へ転じた。

一つずつ突破されたのではない。すべての観測点がほぼ同時に黒く染まり、退避経路が起動を完了するより先に、ゼンライの反応が消失した。

 

最初の警報から反応消失まで、三秒にも満たない。

接近も、戦闘も記録されていなかった。

 

「警報が遅れたのではありません」

ユトは途切れた経路を確認しながら告げた。

「警報が発生した時点で、捕獲はほぼ完了していました」

 

退避手順は用意していた。

だが、退避という行動が成立するだけの時間を与えられなかった。

 

一行が玉座の間へ駆け込むと、

ヘルダルフの巨体が、ゆっくりと腕を持ち上げた。

 

黒く歪んだ手のひらに、光が浮かぶ。

最初は、穢れが凝集しただけに見えた。

だが、その光は次第に人の輪郭を取った。

 

白い髪。

長い髭。

苦痛に歪んだ顔。

 

「ジイジ……?」

スレイの声が掠れた。

ヘルダルフの手のひらに、ゼンライの姿が映っている。

 

外側から映像を投影しているのではない。

輪郭の端から黒い穢れが伸び、ヘルダルフの腕へ溶け込んでいた。

 

ゼンライは、既に取り込まれている。

「そんな……」

ミクリオが息を呑む。

 

スレイは反射的に剣を構えた。

だが、振り下ろす直前で止まった。

 

ヘルダルフを斬れば、ゼンライまで傷つける。

その可能性を理解した瞬間、腕が動かなくなった。

 

「どうした、導師」

ヘルダルフが嗤う。

「我を討つのではなかったか」

 

掌の中で、ゼンライの表情が苦痛に歪んだ。

「やめろ!」

スレイが叫ぶ。

 

踏み込めない。

攻撃できない。

 

ヘルダルフは、それを確認するように指を閉じた。

 

掌のゼンライが、黒い穢れの内側へ沈んでいく。

「ジイジを放せ!」

「ならば奪ってみせよ」

 

ヘルダルフが一歩進む。

 

圧縮された穢れが押し寄せ、地面が軋んだ。

スレイたちは後退を余儀なくされる。

 

ユトは響筆を構えたまま、ヘルダルフの手を見ていた。

 

ゼンライが穢れを引き受け続け、ドラゴン化する可能性は想定していた。

封印の負荷を外部から観測する術式も設置した。定期的な浄化も行った。異常が発生した場合に備え、退避経路も定めた。

 

だが、ヘルダルフがゼンライを取り込み、人質として利用する可能性までは予測できなかった。

 

未来が変化した結果なのか。

過去にも起こり得たが、自分が知らなかっただけなのか。

 

今は判断できない。

そして、判断している時間もない。

 

「通常浄化は使用できません」

ユトは短く告げた。

 

「ゼンライさんとヘルダルフの霊的構造が接続されています。対象を分離せずに浄化を実施した場合、ゼンライさんにも影響が及ぶ可能性があります」

「じゃあ、どうするんだ!」

「検討しています」

「急いでくれ!」

「はい」

 

ユトはヘルダルフの輪郭を観察した。

 

完全に一体化しているわけではない。

手のひらに映るゼンライの輪郭は、ヘルダルフの動きにわずかに遅れて揺れている。

 

異なる存在が、強引に接続されている。

ならば、接続そのものへ干渉できれば。

 

ユトは一度、ザビーダの腰へ視線を向けた。

異海の銃。

天族を憑魔から引き剥がす性質を持つ、限られた弾丸。

 

「ザビーダさん」

「なんだ」

「ジークフリートで、ゼンライさんをヘルダルフから引きはがすことはできますか」

 

ザビーダは掌のゼンライを見た。

いつもの軽い笑みは消えている。

「やったことはねえ」

「成功可能性はありますか」

「試す価値はあるな」

「失敗した場合は」

「そいつまで消し飛ばすかもしれねえ」

 

スレイが振り返った。

「待ってくれ!」

 

叫んだ直後、言葉を失う。

他に方法があるのかと問われても、答えられない。

 

攻撃しなければ、ゼンライはヘルダルフへ完全に取り込まれる。

攻撃すれば、ゼンライを傷つけるかもしれない。

 

ユトはスレイを見た。

 

「安全な手段ではありません」

「……分かってる」

「ですが、時間の経過によって状況が悪化します」

 

掌の中で、ゼンライの輪郭がさらに薄くなる。

スレイは歯を食いしばった。

「助けたい」

「はい」

 

「ジイジを助けてくれ」

「承知しました」

 

そもそも、ジークフリートの弾丸には限りがあった。

 

本来の未来では、導師となったスレイの実力を確認するために一発。

デゼルの力をジークフリートに乗せ、サイモンの領域を破るために一発。

 

そこで使い切るはずだった。

 

だが、最初の一発は使わせなかった。

再現可能な実力確認へ、再取得不能な資源を使用することに反対したからだ。

 

もう一発が必要となる未来も、既に消えている。

 

デゼルはここにいる。

撃ち抜かれる理由もない。

 

その結果として、今ここに弾丸は二発残っていた。

 

ゼンライが人質に取られることを予測して、温存したわけではない。

 

その弾丸でなければ解決できない事態が、今後発生する可能性がある。

そう考えて、残しただけだった。

 

「ザビーダさん。二発とも使用してください」

「いいのか?」

「一発で分離が完了する保証はありません」

「前にあれだけ使うなって言ってたくせによ」

「現在は、他の手段で代替できません」

 

ユトは響筆を持ち直した。

「使用条件を満たしています」

ザビーダが笑った。

「そうかよ」

 

銃口がヘルダルフへ向けられる。

 

だが、すぐには撃たない。

 

ヘルダルフの周囲を濃密な穢れが覆っている。

そのまま撃てば、弾丸が到達する前に軌道を逸らされる可能性がある。

 

「動きを止めます」

ユトの響筆が宙を走った。

 

一つ。

二つ。

三つ。

 

何もない空間へ、淡い文字が刻まれる。

 

術は発動しない。

 

ヘルダルフが嘲るように腕を振るった。

黒い衝撃が地面を削る。

 

スレイとミクリオが左右へ跳んだ。

ユトは動かない。

 

ヘルダルフがユトへ向き直る。

「小賢しい」

一歩、踏み込んだ。

 

その足が、先ほど刻まれた文字の上へ入る。

 

術式が発動した。

 

地面から光の線が立ち上がり、ヘルダルフの足首へ絡みつく。

続いて左右の術式が起動し、両腕を引いた。

 

完全には止まらない。

 

ヘルダルフの力に耐えきれず、光の線が次々と軋む。

 

「今です」

 

銃声が響いた。

 

一発目。

 

弾丸が穢れを貫き、ヘルダルフの掌へ命中する。

黒い光が弾けた。

 

ヘルダルフの身体から、別の輪郭が僅かに浮かび上がる。

 

ゼンライ。

 

完全には分離していない。

だが、ヘルダルフとの間に細い綻びが生じた。

 

「ミクリオ!」

「分かってる!」

 

スレイとミクリオが神依し、弓を引く。

二人の霊力が重なり、一本の巨大な水の矢となった。

狙うのはヘルダルフではない。

 

ヘルダルフとゼンライの間に生じた、ほんの僅かな隙間。

「行け!」

矢が放たれる。

 

水の光が綻びを貫き、接続を押し広げた。

 

ゼンライの上半身が、ヘルダルフの掌から浮かび上がる。

だが、まだ下半身が黒い穢れにつながれている。

 

ヘルダルフが腕を引く。

光の拘束が一本、砕けた。

 

「もう一発行っとくか!」

「お願いします」

二発目の銃声。

 

弾丸が、スレイとミクリオの作った亀裂へ撃ち込まれる。

今度こそ、接続が断ち切られた。

 

ゼンライの身体がヘルダルフから剥がれ、宙へ放り出される。

「ジイジ!」

スレイが駆け出した。

 

だが、ヘルダルフも同時に腕を伸ばす。

取り戻そうとしている。

 

ユトの響筆が、最後の文字を書き終えた。

「……任せましたよ」

誰へ向けた言葉なのか、スレイには分からなかった。

 

スレイたちが矢を放った瞬間。

ザビーダが二発目を撃つ直前。

 

ユトは、その攻撃によって生じるはずの空間へ術式を置いていた。

今はまだ何もない場所へ。

ゼンライが引きはがされた場合にのみ、発動するように。

 

遅れて、爆ぜる。

 

ヘルダルフとゼンライの間に光の壁が噴き上がった。

 

伸ばされた腕が弾かれる。

同時に、別の術式がゼンライの身体を受け止め、地面へ落下する速度を緩めた。

スレイが滑り込み、その身体を抱き留める。

 

「ジイジ!」

腕の中に、確かな重みがある。

掌に映った幻ではない。

ヘルダルフの一部でもない。

 

ゼンライだった。

 

「スレイ……」

掠れた声が、名を呼ぶ。

「ジイジ、よかった……!」

 

スレイが顔を近づける。

 

「下がっていてください」

ユトの声が飛んだ。

スレイは振り返った。

「でも、ジイジが!」

「次の救出手段が確保されていません」

 

ジークフリートの弾丸は、もうない。

再び取り込まれれば、同じ方法は使えない。

 

ユトはヘルダルフへ響筆を向けたまま、一歩も退かなかった。

 

「ゼンライさんを連れて、射程外へ移動してください。状態確認はその後です」

「……分かった」

 

スレイはゼンライを抱き上げる。

ミクリオがその隣へつき、退路を確保する。

 

ザビーダは空になった銃を下ろし、ユトの横へ並んだ。

「二発とも使っちまったな」

「はい」

「後悔してるか?」

「いいえ」

ユトは即答した。

 

「現在確認されている手段の中で、最も適切な使用でした」

「相変わらず固いねえ」

「はい」

スレイがゼンライを安全な場所へ運び終える。

ユトはそれを視界の端で確認した。

 

ドラゴン化への対策はしていた。

人質に取られることは予想できなかった。

最初の対応は遅れた。

 

計画どおりではない。

未来で知っていた展開とも違う。

 

それでも、過去に残した二発があった。

スレイとミクリオが綻びを広げた。

ザビーダが撃った。

遅延術式が、必要な時刻に発動した。

 

想定とは大幅に違ったものの。

 

ゼンライ救出作戦、完了。

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