炎上論点スタンプラリー【TOZ】   作:Moa

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0:vsヘルダルフ(完結編)

ゼンライを安全圏へ退避させた後、作戦はマオテラスの分離へ移った。

 

通常弾は、ゼンライ救出で二発とも使い切っている。

だが、ここでジークフリートへ込めるのは通常弾ではない。

帰還経路を結んだ四柱の天族自身が、マオテラスとヘルダルフの接続を内側から断つための弾丸となる。

 

本人たちの最終同意を確認した上で、スレイはライラ、エドナ、デゼルを順に撃ち込んだ。

火、地、風。

三筋の光はマオテラスの内側へ届き、いずれの帰還経路も青色を保っている。

 

残る一柱は、ミクリオだった。

 

空になったはずの銃身へ、水色の霊力が収束する。

これは通常弾の続きではない。

四柱を送り込む作戦上の、最後の一発だった。

 

四発目の轟音が、玉座の間を揺らした。

 

水色の光がジークフリートの銃口から放たれ、まっすぐにマオテラスの胸元へ吸い込まれていく。

引き金へかけたスレイの指が、わずかに震えた。

撃つ直前まで聞こえていたミクリオの声は、もう届かない。

それでも、名を呼びはしなかった。

これは別れではない。

ミクリオ自身が選んだ役割であり、全員で帰還するための作戦だった。

 

白金の光が膨れ上がった。

ヘルダルフとマオテラスを結んでいた穢れが、内側から引き裂かれる。火、地、風。先に撃ち込まれた三筋を追うように、最後の水色が楔となって食い込んだ。

獅子の咆哮が上がる。

だがそれは、先ほどまでの圧倒的な響きではなかった。

苦痛と怒り、そして長い夢から無理やり引きずり出された者の声だった。

マオテラスの巨体が光へ還り、ゆっくりとヘルダルフから離れていく。

ユトの響筆が空中を走った。

 

何もない空間に、四本の細い線が浮かび上がる。

赤ではない。

すべて、淡い青色を保っていた。

「マオテラスの分離を確認。四柱とも反応あり。帰還経路、維持されています」

スレイは息を吐いた。

「みんな、生きてるんだな」

「はい」

「帰せるんだな」

「帰します」

ユトは断言した。

 

「ただし、まだ作戦は終了していません」

崩れた玉座の前で、黒い穢れがうごめいた。

巨大な獅子の輪郭が崩れ、その中心から一人の男が姿を現す。

灰色の髪。深く刻まれた皺。騎士であった頃の面影を、わずかに残した顔。

ゲオルク・ヘルダルフは膝をつきながら、それでも眼前に立つ者たちを睨みつけていた。

「天族を弾丸とし……自らの力まで捨てて、なお立つか」

スレイは空になったジークフリートを下ろした。

「捨ててない」

「もはや姿も声も届かぬ」

「みんな、自分で届きにいったんだ」

 

ヘルダルフの視線が動いた。

倒れた柱のそばで幻術を維持しているサイモンへ向けられる。

「サイモン」

呼ばれたサイモンは、顔を上げた。

「何故、その男についた」

その視線の先にいるのが誰なのか、確かめるまでもなかった。

サイモンはユトを一瞥した。

「……あの男が、変だったからだ」

ヘルダルフの眉が動く。

「何?」

「誰にも見えない雨が降ると言って本気で研究を始めた。十年以上もな」

「そのような戯れのために、ワシへ刃向かうか」

「戯れではない。いまだ原因が判明していない」

サイモンの周囲で、幾重もの幻が花弁のように開いた。

「共同研究を、途中で放り出す気はない」

「研究協力は、いつでも撤回できます」

ユトが即座に訂正した。

サイモンは黙った。

やがて、呆れたような、けれどどこか愉快そうな息を漏らす。

「知っている。だから、撤回しないと言っている」

ヘルダルフには、理解できないものを見る目が残った。

脅迫も、呪いも、恩義さえもない。

いつでも去ることのできる者が、自分の意思で十年以上も残り続けた。その事実だけが、彼の知るどの拘束よりも強固に見えた。

 

ヘルダルフの視線が、今度はアリーシャへ移る。

「王となる者よ。ここで死ねば、貴様の国もいずれ腐る。それでも抗うか」

アリーシャは槍を構え直した。

鎧は砕け、額から流れた血が片目を濡らしている。それでも、その穂先は揺らがなかった。

「私がいなければ立ちゆかぬ国にはしてこなかった。託すべき者へ託し、正すべき仕組みを残してきた」

「仕組みなど、やがて綻ぶ。人はまた過つ」

「ならば、また正す」

アリーシャは静かに答えた。

「人も、国も、何度でも誤るだろう。だが、一度の過ちを永遠の結論にはさせない。そのために、後へ続く道を作ってきた」

「貴様が死んだ後も、同じことができると?」

「できるようにするのが、私の役目だ」

ヘルダルフの口元が歪んだ。

嘲笑だったのかもしれない。

 

だが、それが形になるより先に、ロゼが双剣を回した。

「次はあたし?」

「貴様には、ワシと争う理由すらない」

「そうだね」

「ワシは貴様から何も奪っておらぬ」

「うん。何も奪われてない」

ロゼはあっさり認めた。

ヘルダルフの目が細くなる。

「ならば、何故ここへ来た」

「何も奪われてないからだよ」

「……何?」

「団長も、仲間も、あたしの道も、今ちゃんとある。だったら、失ってから怒るより、失う前に守った方がいいでしょ」

「恩を返すためか」

「違う」

ロゼの返事には、一瞬の迷いもなかった。

「来ても来なくてもいいって言われた。危ないから残ってもいいし、途中で帰ってもいいって」

ちらりとユトを見る。

「だから、あたしが来るって決めたの」

「その程度の理由で、命を懸けるか」

「理由の重さまで、あんたに決められる筋合いないし」

ロゼは笑った。

「それに、何か勘違いしてない?」

「何をだ」

「これは、生きて帰る作戦なんだけど」

その言葉を聞いたヘルダルフの顔に、初めて明確な苛立ちが浮かんだ。

死を覚悟しているのではない。

死ぬつもりがないのだ。

誰も彼も、自分の命を差し出す悲壮な殉教者ではなく、その先の生活へ帰ることを当然の前提として立っている。

 

ヘルダルフの視線が、少し離れて立つザビーダへ移った。

「そして、貴様か」

ザビーダは肩をすくめた。

「俺様までご指名とは、モテる男はつらいねえ」

「憑魔を撃ち、憑魔に取りつかれた人間さえ躊躇なく殺してきた風の天族」

ザビーダの笑みが、わずかに薄れた。

「貴様だけは知っていよう。救えぬ者がいることを。終わりだけが救いとなる者がいることを」

「いるさ」

あまりにもあっさり認めたため、ヘルダルフの目が細くなった。

「殺すしかねえ奴はいる。そいつは誤魔化さねえ」

「ならば、何故こやつらの甘言に付き合う」

「順番が逆だからだよ」

「何?」

「戻れる道を探す。待てるなら待つ。本人が答えられるなら、どうしたいか聞く」

「そいつを全部やって、それでも終わりしか残らねえなら――その時は、俺がやる」

 

「先ほども同胞を弾丸とする策に加わったではないか」

「見送っちゃいねえよ」

ザビーダは、空中に残る四本の青い線を顎で示した。

その目が、うち一本へ、ほんの一瞬だけ長く留まる。

「あいつらは、自分で中へ行った。帰る道も残ってる。俺は迎える側に残った。それだけだ」

「戻らぬなら?」

「そん時に考えるさ」

軽い調子は変わらない。

だが、その目だけは笑っていなかった。

「まだ帰り道が残ってる奴らの葬式を、勝手に始める趣味はねえんでな」

「希望に縋るか」

「違うな。道が残ってるって、ユト坊が確認した。なら、使える道を使い切る。それだけだ」

「いずれ、その道も尽きる」

「そうかもな」

ザビーダは否定しなかった。

 

「俺様は、終わりがないなんて言ってねえ。終わらせるしかねえ奴と、お前が道を潰して終わりしか残らねえところまで壊した奴を、一緒にすんなって言ってるのさ」

「貴様もまた、残される側であろう。いつまで見送るつもりだ」

「さあな」

ザビーダの口元へ、いつもの笑みが戻った。

「だが、見送った奴らを言い訳に、まだ生きてる奴らまで道連れにするほど落ちぶれちゃいねえよ」

 

ヘルダルフは、四人の答えを反芻するように黙り込んだ。

去ることのできる者が、自分で残る。

王一人が倒れても、国は止まらない。

何も奪われていない者が、失う前に刃を取る。

終わらせることを知る者が、終わりを急がない。

 

やがて、その視線がユトへ止まった。

「……妙だった」

低い声が、玉座の間に響いた。

「災いを落としても、死者が出ぬ。争いの種を蒔いても、戦は起こらぬ。悲劇が実らず、穢れが増えぬ」

ユトは答えなかった。

「憑魔どもを各地へ放ち、原因を調べさせた」

ヘルダルフの足元で、黒い穢れが低く波打つ。

 

彼が次に語った村は、アイゼンの周囲で災害が続いた三つの村とは、場所も時期も一致しなかった。

死神の呪いの観測例ではない。

ヘルダルフが憑魔を介して人為的に起こした、別の災害だった。

 

「ある村へ災害を起こした。家々が壊れ、道は断たれた。だが、住民は既に避難先を決め、物資を分け、負傷者を運ぶ手順まで備えていた。死者は出ず、絶望も生まれなかった」

響筆を握るユトの指は動かなかった。

「報告には、奇妙な証言が残っていた。灰色の髪。文字を刻むように振るう、筆とも槍ともつかぬ武器。そして、未来を知っていると言い張る少年」

ヘルダルフの目が、ユトの響筆へ落ちた。

「戯言だと思った。未来を知る者などいるものかとな」

黒い指が、割れた床を掴む。

「だが、その後も同じことが続いた」

ハイランドとローランス。

積み上げてきた憎悪へ火を放てば、いくらでも穢れを生み出せるはずだった二つの大国。

「両国の要人を憑魔へ堕とした。一人が命じれば軍が動き、一人が煽れば民が憎み合う。そのはずだった」

ヘルダルフの声に、抑えきれない苛立ちが滲んだ。

「だが、一人の命令では兵が動かぬ。一つの記録を消しても別の場所から写しが出る。要人が狂えば、周囲の者が権限を止める。戦は起こらず、我が駒だけが一つずつ取り除かれた」

アリーシャの槍の穂先が、わずかに上がった。

「古い報告まで洗わせた。災害、政変、国境の争い。互いに無関係なはずの失敗に、同じ備えが潜んでいた」

被害を一か所へ集めない。

一人の判断へすべてを委ねない。

記録を残し、手順を残し、当事者がいなくなっても続けられる形にする。

「名は残っておらぬ。姿を見た者さえ僅かだ。だが、やり方だけは、十余年の歴史のそこかしこに残っていた」

ヘルダルフが、ゆっくりと顔を上げた。

これまで別々のものとして積み上がっていた失敗報告が、ようやく一人の男へ収束する。

「……貴様か」

ユトは否定も肯定もしなかった。

「全部、貴様のせいか」

「いいえ」

即答だった。

 

ヘルダルフの目が見開かれる。

「何?」

「事実と異なります」

ユトはいつもと変わらない声で訂正した。

「あの村で避難したのは、村の方々です。物資を管理し、負傷者を救護したのも、現地の方々です」

響筆の先が、空中の四本の青い線を確かめる。

「開戦命令を止めたのは両国の官吏です。憑魔化した要人から権限を切り離し、命令を再確認したのは、兵士と文官と、それぞれの責任者です」

「貴様が備えさせたのであろう!」

「私は危険性を通知し、対策案を提出しました。実行を選んだのは、私ではありません」

「同じことだ!」

「違います」

ユトの声には、わずかな揺らぎもなかった。

「私が命令したのではありません。私を信じるよう強制したのでもありません。説明を聞いた方々が、それぞれ必要だと判断し、自分たちで継続できる形へ改めました」

「ならば、貴様一人を殺しても……」

ヘルダルフの言葉が止まった。

 

ユトは、その先を引き取った。

「はい。既にある避難経路は消えません。複製された記録も、分散された権限も元には戻りません」

響筆が淡い光の文字を残す。

「現在の対策の大半は、私が不在でも運用できます」

その言葉は、ヘルダルフが十余年かけて集めた失敗報告すべてへ、最後の答えを与えていた。

世界が壊れなかったのは、この男があらゆる災厄を一人で退けたからではない。

この男を失っても壊れないよう、人々が備えを受け取っていたからだ。

「ならば何故だ」

ヘルダルフの周囲で、穢れが膨れ上がった。

「企ては既に潰れた。貴様を殺しても元には戻らぬ。ならば何故、なおワシへ刃を向ける!」

「貴方に抗っているのではありません」

「詭弁を!」

黒い奔流が放たれる。

 

アリーシャの槍が軌道を逸らし、ロゼの双剣が残滓を切り裂いた。ユトは一歩も退かず、響筆で術式を書き続ける。

「備えがあることと、被害を起こしてよいことは別です」

「同じことだ!」

「違います」

ユトの声は、奇妙なほど平坦だった。

 

「貴方が自分の生死を選べないまま、他者の生死まで奪う状態を停止しています」

「ワシへ選択を返すとでも言うか」

「はい」

ユトは響筆を下ろした。

「そのために、貴方を人間へ戻しました」

ヘルダルフの穢れが、一瞬だけ止まった。

「災禍の顕主ではなく、ゲオルク・ヘルダルフとして回答できる状態へ」

沈黙が落ちた。

砕けた天井から、夜明け前の冷たい風が入り込む。

 

最後にヘルダルフは、スレイを見た。

「導師よ」

「うん」

「天族の力を失い、なおワシを倒すか」

「失ってない」

スレイはもう一度、同じ言葉を口にした。

「ライラも、エドナも、デゼルも、ミクリオも、自分で行くと決めた。オレたちは、みんなを撃ち出して勝つ作戦を選んだんじゃない」

 

空になったジークフリートを握り直す。

「全員で帰る作戦を選んだんだ」

「何のために」

「この先を一緒に生きたいからだ」

ヘルダルフは、わずかに目を見開いた。

「世界のためではないと?」

「世界も守りたい。でも、それだけじゃない」

スレイは儀礼剣を抜いた。

「ミクリオと世界中の遺跡を巡りたい。ライラに昔の話を聞きたい。エドナとまたくだらない言い合いをして、デゼルやロゼたちと旅をしたい。アリーシャが作る国も見たい」

そして、ヘルダルフをまっすぐに見た。

「オレが、みんなとの未来を生きたいんだ」

「その未来のために、ワシを殺すか」

「その前にお前に聞く」

スレイが見ているのは、獅子ではなかった。

災禍の顕主でもない。

長い呪いの果てに、自分の意思すら穢れへ呑まれていた一人の人間だった。

 

「生き直したいのか、今度こそ終わりたいのか。ゲオルク・ヘルダルフの答えを聞くために、オレたちはここまで来た」

ヘルダルフは答えなかった。

ユトが一歩前へ出る。

「さて、最終確認です」

その口調は、あまりにもいつも通りだった。

まるで長い協議の最後に、記入漏れを一つ見つけたかのように。

「貴方の死後、天族への転生措置を試みることができます。ただし、成功は保証できません。希望しますか?」

ヘルダルフが顔を上げた。

「……ワシに生きろと言うのか」

「いいえ。選択肢を提示しています」

「拒めば?」

「適用しません」

「説得はせぬのか」

「しません。生きることを選べますが、生きることを強制はしません」

 

ヘルダルフは、そこに立つ者たちを順に見た。

ここへ至るまで、自分へ刃を向けた者たち。

自分の意思で残った者。

国を一人へ依存させなかった者。

失う前に守ることを選んだ者。

終わりを知りながら、終わりを急がなかった者。

誰の選択も、自分一人の功績へ変えなかった者。

そして、自分自身の未来を望んだ導師。

 

誰も、彼を赦すとは言わなかった。

誰も、その加害をなかったことにはしなかった。

それでも最後の選択だけは、彼自身へ返された。

「……断る」

やがて、ヘルダルフは言った。

「理由は必要ありません」

「永らえることには、もう飽いた」

彼の周囲でうごめいていた穢れが、静かに沈んでいく。

「今度こそ、終わらせろ」

ユトはヘルダルフの顔を見つめた。

「それが貴方自身の意思ですか」

「ああ」

「承知しました。転生措置は適用しません」

ユトは最後の回答を記録する。

 

スレイは初めて真剣を構えた。

ヘルダルフは逃げなかった。

スレイも目を逸らさなかった。

「分かった」

静かな声だった。

「おやすみ、ヘルダルフ」

刃が、男の胸を貫いた。

黒い穢れが天井へ昇り、朝の光へ溶けていく。

断末魔はなかった。

ただ、止まることを許されなかった男が、ようやく息を吐く音だけがした。

その身体が光へほどけていくのを、彼らは最後まで見届けた。

 

やがてユトが、空中に残る四本の青い線を確認する。

「全経路、維持されています」

スレイは顔を上げた。

ミクリオの声は、まだ聞こえない。

けれど、そこへ続く道は確かに残っている。

「みんなを迎えに行こう」

 

 

四人を迎え戻したあとも、ユトはすぐに次の術式を起動しなかった。

応急処置を終えると、これから眠りへ入る七人に、一人ずつ、自分の名、現在地、直前に起きたこと、これから行う処置を尋ねていく。

「尋問?」

ロゼが眉を上げる。

「判断能力の確認です」

全員の受け答えに混乱はなく、痛みや穢れによる判断力の低下も見られなかった。

 

分離されたマオテラスは、その間、仮設の封印領域へ移された。

浄化を開始するための接続ではない。外部から状態を観測し、再びヘルダルフの残留穢れや地脈へ結びつくことだけを防ぐ、一時隔離だった。

長期浄化への正式な同意と誓約が揃うまで、ユトは次の段階を開始しなかった。

 

***

 

後日、ユトは告げた。

「決戦前の回答は、すべて仮回答です。ここから先は、改めて同意を確認します」

マオテラスを浄化するため、七人が眠り、ユイを含む各契約者が力を分担すること。

眠りが長期間に及ぶ可能性があり、正確な覚醒時期は保証できないこと。

今ここで撤回しても、不利益はなく、残った者で計画を組み直すこと。

ユトは同じ説明を、一人ずつに繰り返した。

「撤回しますか?」

同じ問いに、スレイも、ミクリオも、ライラも、アリーシャも、ロゼも、デゼルも、撤回しないと答えた。

最後はアリーシャが確認事項を読み上げ、ユトへ尋ねた。

「ユト様。あなたは、この同意を撤回しますか?」

「撤回しません」

 

ユトは一度言葉を切る。

「ユイも同じ回答です。ただし、別の回答として記録してください」

誰一人、仮回答を覆さなかった。

 

次に、新たな誓約を必要とする二つの経路について、発効前の最終確認が行われた。

 

ミクリオとスレイには、互いのいない場所で同じ文面を読み上げた。

自然寿命の長さだけを同期させ、事故、病、呪い、憑魔化、自死及び他殺を共有しないこと。

生活、居場所、交友、家族形成及び別離の自由を拘束しないこと。

どちらか一方でも撤回した場合、誓約を発効させないこと。

 

二人はそれぞれ、撤回しなかった。

 

デゼルには、本人の意思に反して身体、認識、行動または霊力を支配する手段を、保護や緊急事態を理由に例外化せず放棄することを確認した。

本人が説明を受けた上で同意し、いつでも撤回できる共同作業は対象外となる。

 

デゼルも、撤回しなかった。

 

ユトは、二つの文面を一つずつ術式へ入力した。

 

《ミクリオ及びスレイ間の寿命同期誓約、正式発効》

《デゼルの他者支配手段放棄誓約、正式発効》

 

ライラには、新たな誓約を設定しなかった。

彼女は既にスレイの主神であり、その契約によって主神としての在り方と自他の境界が定められている。

確認されたのは、既存の主神契約を破棄せず、長期浄化中の固定点として用いること。そして、スレイへ繋がる経路だけを一時的に停止し、浄化専用の経路へ組み替えることだった。

 

ライラとスレイは、それぞれ同意した。

 

《ライラ――既存主神契約による固定点を使用。追加誓約なし》

 

最後に、長期浄化中の主神経路を確定する。

 

「既存の契約を破棄するわけではありません」

ユトは四本の経路を示した。

「長期浄化中に限り、それぞれを独立した主神経路として再構成します」

 

《ユト――ユイ》

《スレイ――ミクリオ》

《アリーシャ――ライラ》

《ロゼ――デゼル》

 

ユトとユイの経路には、十一年前から発効している二人の誓約をそのまま用いる。生命と意思を別々に扱い、一方だけの判断で接続を継続しないという条件にも変更はない。

 

スレイとライラの主神契約は破棄しない。契約によって確立されたライラの主神としての在り方は固定点として維持し、スレイへ繋がる経路だけを長期浄化中、一時停止する。

スレイとアリーシャ及びロゼの従士契約も、同じ期間は一時停止する。

長期浄化専用の接続は、浄化の完了または作戦中止によって解除される。

既存契約を再開する場合は、覚醒後に当事者全員の状態と意思を改めて確認する。

 

「これで、四本の経路は互いへ負荷を還流させず、独立してマオテラスへ接続できます」

「ミクリオが、オレの主神になるんだな」

スレイが隣を見る。

「長期浄化中の役割だ。僕が君の行動を決めるという意味ではない」

「分かってる。一緒に帰るための役割だろ」

「ああ」

 

アリーシャとライラ、ロゼとデゼルも、それぞれの経路を確認した。

誰かの所有物になるための組み合わせではない。

負荷と責任の所在を曖昧にせず、異常が起きた経路だけを切断できるようにするための組み合わせだった。

 

ライラ、ミクリオ、デゼルは、浄化を内側から支えるため、スレイたちとともに眠る。

対してエドナ、ザビーダ、サイモンは外に残り、眠りの状態と浄化の進行、帰還経路を監視することになった。

「全員で中に入ったら、外から異常を見つける奴がいなくなるでしょ」

エドナが当然のように言う。

「長い夜番になりそうだな」

ザビーダが肩をすくめた。

 

サイモンは七人を見渡した。

「夢は私が外から維持する。私自身が、その中へ入る必要はない」

役割をもう一度確認してから、七人は術式の内側へ横たわった。

 

外には三人の見張りが残った。

 

それを確かめて初めて、ユトは響筆を動かした。

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