現実では、七人とも眠っていた。
スレイも、ミクリオも、ライラも、アリーシャも、ロゼも、デゼルも、ユトも。
ユトの内側では、ユイも同じ夢を見ている。
誰一人目覚めない静かな時間の中で、七人の旅は五日目の朝を迎えていた。
夢の中の野営地には、昨夜と同じ川が流れている。
ライラが鍋を温め、アリーシャが人数分の器を並べていた。ロゼは配られる前の干し果物へ手を伸ばし、その手をアリーシャに軽く叩かれている。
デゼルが風を起こすと、草の上に広げていた毛布から朝露が飛んだ。
「便利だね、それ」
「そのための力じゃねえ」
そう言いながら、デゼルはロゼの毛布まで乾かしていた。
少し離れた場所では、スレイとミクリオが地図を挟んでしゃがみ込んでいる。
「この印、昨日見つけた石碑と同じだよな」
「形は同じだ。方角も合っている。おそらく、この道を北へ進めば――」
「遺跡!」
「まだ遺跡とは言っていない!」
丘の向こうには、昨日まで見えなかった古い石橋の先端が覗いていた。
そこへ続く道は、昨夜休んだ場所から途切れることなく伸びている。
ユトは響筆を止め、手元の記録と地図を見比べた。
「やはり、連続しています」
ミクリオが振り返る。
「何がだ?」
「この夢です」
ユトの記録には、一日目からの道程が残されていた。
最初に目覚めた草原。
二日目に立ち寄った村。
三日目に渡った浅瀬。
昨日見つけた石碑と、まだ辿り着いていない石橋。
歩いた距離も、方角も、道中で交わした会話も消えていない。
「私たちは、幸福な場面を順番に見せられているのではありません。一つの時間の中を、継続して移動しています」
「夢なんだから、続いていてもおかしくないんじゃない?」
ロゼが干し果物を一つ確保しながら尋ねた。
「不可能ではありません。しかし、《幸せな夢》という加護だけでは、継続する必要性を説明できません」
ユトは、湯気の立つ鍋と、朝日に光る川を見た。
「食事に味があること。休めば疲れが取れること。全員が穏やかに同じ景色を共有できること。これらは、サイモンさんの《幸せな夢》によるものと考えられます」
サイモンの姿も声も、夢の中にはない。
ただ、その加護だけが、七人の過ごす世界を静かに包んでいた。
「ですが、幸福であるために、昨日の道程を保存する必要はありません。過ぎた村を地図へ残し、まだ知らない土地を丘の先へ用意することは、《幸せな夢》の性質から外れています」
ユトの視線が、デゼルへ向く。
「それを担っているのが、デゼルさんの《続く旅》です」
「勝手に俺のせいにするな」
「原因であって、責任を問うているわけではありません」
「言い方を変えただけだろうが」
ミクリオは地図へ目を落とした。
「なるほど。《続く旅》が、夢の中でも昨日から今日へ道を繋いでいるのか」
「はい。ただし、《続く旅》だけでは、その旅が幸福である保証はありません。道が続くことと、安心して歩けることは別です」
ライラが微笑んだ。
「《幸せな夢》が、旅へ休める夜を与えた。そして《続く旅》が、夢へ次の朝を与えたのですね」
「そういうことか」
アリーシャが、丘の向こうへ続く道を見る。
「立ち止まらなくても、幸せでいられる。そして、幸せだからといって、同じ場所へ立ち止まり続ける必要もない」
「互いの加護が定めていない部分を、もう一方が満たしています」
ユトは記録へ新しい一行を書き加えた。
「事前の協議も、契約による調整もありません。少なくともデゼルさんは、ご自身の加護がサイモンさんの夢へ作用することを想定していなかった」
「するわけねえだろ」
「それにもかかわらず、二つの加護は衝突せず、互いの作用を安定させています。偶然としては、かなり稀な――」
ユトが不意に言葉を切った。
内側の声を聞くように、わずかに目を伏せる。
「ユイは、それを奇跡と呼ぶのではないかと言っています」
スレイが笑った。
「オレもそう思う」
「現象として未解明な部分が多いため、奇跡という分類を完全には否定できません」
「そこまで考えてから認めるものなのか?」
ミクリオが呆れる。
ロゼはデゼルの肩を叩いた。
「よかったじゃん。加護の相性は最高だって」
「加護の、は余計だ」
「本人より加護の方が素直なのかもね」
「喧嘩売ってんのか」
「朝から元気だなあ」
スレイが楽しそうに笑う。
その声を合図にしたように、丘から風が下りてきた。
地図の端がめくれ、石橋へ続く道の上を草の波が走っていく。
デゼルは乾いた毛布を拾い上げた。
「いつまで話してやがる。行くぞ」
「朝食が先です!」
ライラの声が飛ぶ。
「それから遺跡だな!」
「まだ遺跡と決まったわけではないと言っているだろう!」
スレイが器を受け取り、ミクリオがその隣へ座る。
アリーシャも腰を下ろし、ロゼは何食わぬ顔でもう一つ干し果物を取った。デゼルは文句を言いながら戻ってきて、ユトは響筆を置く。
記録の最後には、こう書かれていた。
《全員、引き続き同行》
《次の目的地は、丘の向こう》
夢の中で、一日は昨日の続きとして始まり、今日の出来事を抱えたまま明日へ渡されていく。
《幸せな夢》は、続く旅を苦行にしなかった。
《続く旅》は、幸福な夢を檻にしなかった。
互いの存在を前提とせずに生まれた二つの加護が、七人の眠る場所で奇跡のように噛み合っていた。
いつか夢から目覚める朝も、この旅の終着点ではない。
その先でも、七人の旅は続いていく。
だから今は、夢の中の道を歩けばよい。
誰一人欠けることなく。
次の朝へ向かって。