炎上論点スタンプラリー【TOZ】   作:Moa

66 / 89
+20:この先を生きる

目覚めてから七日目。

七人は、それぞれの場所へ戻り始めた。

二十年前へ戻るためではない。

二十年後の世界で、もう一度、自分の行き先を選ぶために。

 

***

 

アリーシャは、ライラと共にレディレイクの城門をくぐった。

城壁には新しい補強が加えられ、街へ入る橋も架け替えられている。

兵士たちの制服も、二十年前とは違っていた。

それでも、水路を流れる音は同じだった。

 

「知らない街のように見えますか?」

ライラが尋ねる。

アリーシャは、通りを行き交う人々を見た。

自分が眠りについた時には、まだ生まれていなかった者たち。

二十年前のアリーシャを知っていても、歴史書の中でしか知らない者たち。

「いや」

アリーシャは答えた。

「知っている街が、私の知らない時間を生きてきたのだと思う」

 

王城の会議室には、二十年分の記録が用意されていた。

東部河川の氾濫。

二年続いた凶作。

国境付近での疫病。

大臣の急死に伴う、権限の移行。

 

問題は、何度も起きていた。

そのたびに、最初の報告があり、担当者が定められ、対応が実施されている。

対応後には検証が行われ、次に同じことが起きた時のために、規定が書き直されていた。

 

アリーシャは一冊ずつ、時間をかけて読んだ。

「この中に、導師の帰還を待った記録はあるか?」

現在の王が答える。

「ありません」

「では、私の帰還を待って判断を保留した記録は?」

「それも、ありません」

「そうか」

アリーシャは報告書を閉じた。

「よかった」

王が、わずかに目を見開いた。

 

「待たれていなかったことを、喜ばれるのですか?」

「待たせないために、仕組みを残した」

アリーシャは机の上へ手を置いた。

 

「責任者が不在なら、定められた者へ権限を移す。定時報告が途絶えた地域は、異常なしと扱わず、確認する。誰か一人の判断が遅れても、国全体が止まらないようにする」

「はい。現在も、その規定が運用されています」

「私がいなくても、正し続けられたのだな」

「何度も誤りました」

王は答えた。

 

「対応が遅れたこともあります。判断を誤り、被害を広げたこともありました。そのたびに記録し、責任を確認し、手順を改めました」

「それでいい」

アリーシャの声から、わずかに力が抜けた。

「人も、国も誤る。だが、一度の過ちを永遠の結論にはしなかった。それで十分だ」

 

かつて、先代導師が去った後の二十年。

人々は災厄の時代を終わらせる、次の導師を待った。

 

今度の二十年も、導師はいなかった。

だが、誰もそれを動かない理由にはしなかった。

 

「アリーシャ殿下」

王が慎重に切り出す。

「御帰還に伴う、王位継承権の扱いについてですが」

「帰還のみを理由として、現在の統治権を移してはならない」

アリーシャは即座に答えた。

「その規定も、残したはずだ」

「はい」

「ならば、規定どおりに」

「本当に、よろしいのですか?」

 

アリーシャは、現在の王を見た。

二十年前には、この席にいなかった者。

アリーシャの不在を埋めるためではなく、自分の責任として国を背負ってきた者。

「私が戻ったからといって、この二十年を退ける理由にはならない」

アリーシャは立ち上がった。

そして、王へ向かって頭を下げる。

「今のハイランドに、私ができる仕事を教えてほしい」

 

しばらく、誰も声を発しなかった。

やがて王も席を立ち、アリーシャへ深く頭を下げた。

「お願いしたいことは、いくつもあります」

「では、聞かせてくれ」

会議室を出た後、ライラが微笑んだ。

「二十年前のお席へ戻らなくても、よろしいのですか?」

「ああ」

アリーシャは、二十年後の城内を見渡した。

 

「国は、私を待たずにここまで歩いた」

知らない者たちが、知らない手順で働いている。

だが、そのどれもが、二十年前に残した道の先にあった。

「今度は、私がこの国へ追いつく番だ」

 

***

 

セキレイの羽の本部は、二十年前と同じ街に残っていた。

ただし、建物は隣の区画まで広がり、見覚えのない倉庫が三棟も増えている。

扉の上には、何度も修繕された看板が掲げられていた。

 

ロゼはそれを見上げた。

「ずいぶん大きくなったね」

「お前がいなくても、商売は続いてたみてえだな」

隣でデゼルが答える。

「そりゃそうでしょ。あたしがいないと潰れるようじゃ困るって」

 

ロゼが扉を開ける。

中では、若い団員が荷札を整理していた。

顔を上げる。

ロゼを見る。

壁に飾られている肖像を見る。

もう一度、ロゼを見る。

 

荷札が床へ落ちた。

「せ、聖女様!?」

「誰が聖女だ」

若い団員は震える指で壁を示した。

そこには、二十年前の姿のまま描かれたロゼがいた。

隣には、風をまとったデゼルもいる。

若い団員の視線は、ロゼの隣に立つデゼルの姿も、正確に追っていた。

 

肖像の下には、立派な文字で《聖女ロゼと風の守護者》と書かれていた。

ロゼの眉間に皺が寄る。

「あたしの肖像なんか飾ってんの?」

「各支部にあります!」

「今すぐ外して」

「各支部の分もですか!?」

「全部」

 

デゼルが鼻で笑った。

「お前がいねえ間に、ずいぶん話を盛られたみてえだな」

「あんたも隣に描かれてるからね」

「俺は守護者だとよ」

「似合わないね」

「聖女よりはましだ」

 

奥から、現在の団長が姿を現した。

二十年前にはまだ若い団員だった者が、今では白いものの混じる髪で、セキレイの羽を率いている。

「本当に……ロゼ様なのですね」

「今の団長は、あんたでしょ」

「ですが」

「二十年も留守にした人間が、戻った途端に椅子を返せって言えるわけないじゃん」

 

ロゼは室内を見回した。

知らない顔が増えている。

壁に貼られた街道図も、取引先の一覧も、二十年前とは違っていた。

それでも、荷物を運び、人を繋ぎ、困っている者を見捨てないという仕事は続いている。

「あたしがいない間のやり方を教えて」

「何から確認されますか?」

「帳簿。支部一覧。新しい街道。あと、今の団員が何をできて、何をできないのか」

 

ロゼは床に落ちた荷札を拾い、若い団員へ渡した。

「団長はあっち。あたしは二十年分の新人」

「新人……」

若い団員が、困ったように現在の団長を見る。

 

「聖女様を新人として扱うのですか?」

「だから、聖女じゃないって」

ロゼはデゼルを振り返った。

「で、あんたはどうする?」

「聞く必要あんのか」

「一応ね」

 

デゼルは、二十年前と変わらない顔で答えた。

「お前と行く」

「そっか」

 

ロゼは笑った。

「じゃあ二名、今日から合流。まずは荷運びからでいい?」

「俺まで新人扱いかよ」

「二十年も休んだんだから当然でしょ」

若い団員が、慌てて新しい名札を二枚取り出す。

「新人二名、入ります!」

その声に、本部中の視線が集まった。

 

そして、二十年前にはいなかった団員たちが、一斉に笑った。

 

***

 

エドナは、マオテラスの前に座っていた。

 

二十年間続けてきた監視は、もうほとんど必要ない。

霊力も穢れも安定している。

それでも、しばらくは経過を見るつもりだった。

 

「調子は?」

「大丈夫。昨日と変わらないよ」

「そう。なら結構」

そこへ、二つの足音が近づいてきた。

 

「あ、お兄ちゃん。ザビーダはどうでもいいけど」

「エドナちゃん厳しくない?」

海から戻ってきたらしいアイゼンが、エドナの隣を見た。

「エドナとマオテラスか。珍しい組み合わせだな」

「そうかしら。二十年見守ってた」

「……二十年?」

「マオ坊の浄化」

 

アイゼンの表情が変わった。

「待て。マオテラスが穢れただと? 俺は聞いていない」

「話してないもの」

「何故だ」

「お兄ちゃん、海に行ったでしょ。せっかく戻ったのに、また世界の後始末まで背負わせる必要ないもの」

 

「ちなみに俺様は二十年付き合ったけどな」

「ザビーダはどうでもいいから」

「またそれ?」

マオテラスが小さく笑った。

「久しぶり、アイゼン」

 

アイゼンはしばらくマオテラスを見ていた。

「……ああ。随分、久しぶりだな」

 

一度はドラゴンになった天族と。

一度は穢れに呑まれた五大神が。

今は、ただ久しぶりに会った者同士として話している。

 

エドナは、それでいいと思った。

「お兄ちゃんは、また海?」

「ああ。お前はどうする」

問われて、エドナは少し考えた。

 

二十年間、帰ってくる者を待った。

マオテラスを見守った。

その役目は、もう終わった。

 

「しばらくは坊やの経過観察。その後は――どこかへ行くわ」

「どこへだ?」

「まだ決めてない」

それも悪くない。

行くべき場所が決まっていなくても、歩き出していいのだ。

エドナは傘を肩へ乗せた。

「二十年も見守ったんだもの。今度は、ワタシが見に行く番でしょ」

 

その行き先は、これから決めればよかった。

 

***

 

スレイとミクリオがレディレイクを出たのは、その三日後だった。

 

二人の手には、二十年間に新しく発見された遺跡の一覧と、書き直された大陸地図がある。

スレイは歩きながら、地図に記された印を数えた。

「こんなに増えたんだな」

「遺跡そのものが増えたわけじゃない。発見されたんだ」

「分かってるよ。でも、行きたい場所は増えただろ?」

 

ミクリオは否定しなかった。

地図には、二十年前には存在しなかった街道がある。

洪水で地形が変わり、入口が発見された地下遺跡。

新しい水路の工事中に見つかった石室。

天族の証言によって、初めて位置が記録された古代の祭祀場。

どれも、二人がまだ見たことのない場所だった。

 

「最初はどこへ行く?」

スレイが尋ねる。

「ここだ」

 

ミクリオは、地図の北東を指した。

他の印よりも、そこだけ丸が濃い。

「一番気になってたところ?」

「年代が不明で、使われている文字も既知のものと一致しない。資料として優先度が高い」

「つまり、一番気になってたんだな」

「そう言っている」

 

二人は顔を見合わせた。

それから、同時に笑った。

「相変わらずだな、オレたち」

「二十年眠ったくらいで、遺跡の価値が変わるものか」

「全部巡るのに、どれくらいかかるかな」

「調査中にも、新しい遺跡が発見される。二十年では足りないだろうな」

スレイは、もう一度地図を見た。

 

失われた二十年は戻らない。

だが、その間にも世界は動き、新しい道が作られ、知らなかった過去が見つけられていた。

「じゃあ、今度は起きたまま、二十年じゃ足りないくらい歩こう」

ミクリオが、スレイの隣へ並ぶ。

「言われなくても、そのつもりだ」

 

二人は歩き出した。

世界を救った導師と、その旅を支えた天族としてではない。

遺跡を見つけるたびに足を止め、碑文を見つければ時間を忘れる、二人の遺跡好きとして。

 

二十年前に約束した旅は、二十年後の地図から始まった。

 

***

 

その夜。

ユトは、目覚めた部屋に残されていた二十年分の記録を整理していた。

机の向かいでは、サイモンが新しい報告書を分類している。

ユトは響筆を取り、帰還後の行動記録へ新しい項目を加えた。

 

《アリーシャさん、ライラさん、ハイランド王国へ帰還。現政権への協力を開始》

《ロゼさん、デゼルさん、セキレイの羽へ合流》

《スレイさん、ミクリオさん、遺跡調査へ出発》

そこで筆を止める。

 

――みんな、別々になったね。

ユイの声がする。

「行動地域が分かれただけです」

ユトは答えた。

 

「同行関係は継続しています。合流予定も設定されています」

――同じ場所にいなくても?

「はい」

ユトは、帰還時に書いた記録を見た。

《全員、引き続き同行》

 

訂正する必要はなかった。

 

同じ場所を歩き続けることだけが、同行ではない。

別の道へ向かった後も、互いの行き先を知り、また会う予定を残している。

それもまた、同行だった。

 

 

「共同研究を再開する」

サイモンが言った。

ユトに断る理由はなかった。

 

ユトは頷き、新しい項目を作成した。

《サイモンさんとの共同研究を再開》

《長期浄化後に確認された未分類事象を記録》

《ユイとの意思疎通記録を継続》

 

――ユトは、これからどうするの?

 

ユトは、机の上を見た。

二十年間に追加された制度。

改訂された手順。

新しく分類された天族。

まだ名前さえ与えられていない現象。

 

自分が眠っている間にも、世界は未知を増やし続けていた。

 

ユトは響筆を走らせた。

《まだ、未知の研究が残っています》

 

――うれしい?

 

筆先が止まる。

以前なら、研究を続ける必要性を説明していただろう。

 

再発防止のため。

被害を減らすため。

申告を、記録されないまま消さないため。

 

どれも正しい。

 

だが、ユイが尋ねたのは、必要かどうかではなかった。

 

ユトは、問いへの回答を一行だけ書き加えた。

《はい》

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。