セルディア原第一調査拠点、昼。
ユトは、一つのランプを机代わりの木箱の上へ置いた。
特別な品ではない。
油を入れ、芯へ火を点ける。
周囲を照らすための、ごく普通のランプだった。
その隣には、記録用紙が置かれている。
「今度は何?」
ロゼが尋ねた。
「誓約術式の追加実験です」
「また光らせるの?」
「はい」
エドナが本から顔を上げる。
「光る箱で終わりじゃなかったの?」
「結果が得られましたので、条件を変更して比較します」
ユトは以前の記録を開いた。
『夜間のみ開放可能。
昼間へ移行した場合、自動閉鎖。
夜間のみ発光』
セルディアへ来てから作った、小さな木箱の記録だった。
「木箱では、夜間だけ使用できるという制限に対して、弱い発光が得られました」
「光ってたわね」
エドナが言う。
「はい。ただし、木箱を夜間にしか使用しないのであれば、昼間に開けられないことによる実質的な不利益は小さい」
ロゼが頷いた。
「だから誓約としても弱かったんじゃないか、って話だっけ」
「可能性があります」
ユトはランプを見る。
「今回は、効果側を固定します」
「固定?」
「はい」
紙へ書く。
『効果:七色に発光する』
ロゼが紙を見る。
「七色?」
「はい」
「なんで?」
「通常の発光では、単純な光量増加との区別が難しくなる可能性があります」
「うん」
「七色であれば、指定した効果が成立したかどうかを視認しやすい」
「なるほど」
「また、単色発光より要求する効果が大きいと考えました」
「綺麗だからじゃないんだ」
「はい」
ロゼが少し残念そうな顔をした。
「ユトだね」
「何がでしょうか」
「何でもない」
***
最初の条件は、
『夜間のみ使用可能』
だった。
夜。
ユトはランプへ火を点けた。
普通に燃える。
普通に明るい。
赤橙色の炎。
それだけだった。
しばらく待つ。
変化はない。
「七色にならないね」
ロゼが言った。
「はい」
「失敗?」
「指定した効果は得られていません」
「それを失敗って言うんじゃないの?」
エドナが言う。
「結果は得られています」
「はいはい」
ユトは別の通常ランプと並べる。
明るさ。
燃料消費。
炎の安定性。
発光色。
順番に確認する。
『七色発光を確認できず』
さらに、
『対照ランプとの明確な差なし』
と書いた。
「予想通り?」
ロゼが聞く。
「可能性としては考えていました」
「ランプって、そもそも夜に使うものだもんね」
「はい」
ユトはランプを見る。
「『夜間のみ使用可能』では、ランプ本来の用途をほとんど制限していません」
「じゃあ、誓約側からしても大した条件じゃなかった?」
「その仮説と整合します」
エドナが本へ視線を戻す。
「で?」
「次の実験を行います」
「でしょうね」
***
翌日。日が昇った後、昨日のランプが使用不能になったことを確認してから、ユトは同じ型のランプを用意した。
効果は変えない。
『七色に発光する』
変更するのは条件だけだった。
ユトが紙へ書く。
『昼間のみ使用可能。
夜間は使用不能』
ロゼが覗き込む。
「……ランプを?」
「はい」
「昼間しか使えなくするの?」
「はい」
「一番使いたい時間に使えないけど」
「そのための比較です」
エドナが紙を見る。
「それ何か意味あるの?」
「あります」
「ランプよ?」
「はい」
「夜に使えないのよ?」
「実験用です。指定した効果を成立させるために必要な制限の程度を確認します」
「そういう意味じゃないんだけど」
「?」
エドナはため息をついた。
「もういいわ」
ユトは術式を定着させる。
「では、確認します」
太陽は高い。
昼間。
ユトがランプへ火を点けた。
炎が灯る。
少しして。
「……あ」
ロゼが声を上げた。
ランプの周囲に、光が広がった。
赤。
橙。
黄。
緑。
青。
藍。
紫。
七つの色が薄く重なり、硝子の表面をゆっくり流れている。
太陽の下でも分かるほど、はっきりしていた。
「七色」
ロゼが近づく。
「はい」
ユトの筆が動く。
『指定効果の成立を確認』
「成功?」
「はい」
「嬉しそう」
「比較結果が明確ですので」
エドナもランプを見る。
「夜しか使えない方では駄目で、昼しか使えない方なら七色になる」
「現時点では、その結果です」
「面倒な仕組みね」
「興味深いです」
「そこは否定しないのね」
ユトはさらに書く。
『同一効果指定に対し、対象本来の用途をほぼ阻害しない条件では成立せず、本来用途を大きく制限する条件では成立』
ロゼが読む。
「じゃあやっぱり、文字だけ見て『厳しそう』って判断してるわけじゃないんだ」
「少なくとも、その可能性は低下しました」
「ランプにとって本当に困るかどうかが大事?」
「対象または誓約者に生じる実質的制約が評価されている可能性があります」
エドナが七色の光を見る。
「で」
「はい」
「それ、何か意味あるの?」
ユトは顔を上げた。
「あります」
「夜に使えないランプよ?」
「実験用です。結果は得られました」
「だから、そういう意味じゃないのよ」
「?」
ロゼが吹き出した。
「エドナ、諦めた方がいいよ」
「そうするわ」
***
日が沈むまで、ユトは測定を続けた。
七色の見え方。
燃料消費量。
通常ランプとの差。
天幕へ運び、布を重ねて外光を遮る。
それでも、七色の光は消えなかった。
『日中、人工暗所において指定効果継続』
日没へ近づいた際の変化。
そして、太陽が沈んだ。
光が消える。
ユトが再度火を点けようとする。
点かない。
芯にも油にも異常はない。
「夜間使用不能を確認しました」
「本当にランプとして不便だね」
「はい」
「そこ即答するんだ」
「その不便さを設定しましたので」
ロゼが笑った。
「じゃあ実験は成功?」
「少なくとも、今回確認した範囲では」
ユトは記録へ書いた。
『夜間移行後、指定効果停止。
通常照明としても使用不能』
満足そうだった。
***
翌日。
ユトは再現性を確認するため、同じ条件でもう一つ作った。
昼。
点火。
七色。
三つ目。
同じく七色。
『再現性あり』
ユトが書く。
「これで終わり?」
ロゼが聞いた。
「追加条件との比較は必要ですが、今回の仮説検証としては十分な結果が得られました」
「そっか」
ロゼはランプを持ち上げる。
光が揺れる。
「……やっぱり綺麗だなあ」
「はい」
「ねえ、ユト」
「何でしょうか」
「これ、売ってみていい?」
ユトの筆が止まる。
「販売?」
「うん」
「夜間には使用できません」
「知ってる」
「照明器具としては不便です」
「照明として売らないから」
ユトが首を傾げる。
「では、何として?」
「飾り」
「……観賞用?」
「そう」
「これを観賞するために購入する方がいるのでしょうか」
「いると思うよ」
「根拠は?」
「綺麗だから」
「それだけですか」
「それだけで十分な人もいるの」
ユトは七色のランプを見る。
「私は商品価値を想定していませんでした」
「研究用だもんね」
「はい」
「じゃあ商品のことは商人に任せて」
「ロゼさんに?」
「そう」
ユトは少し考えた。
「研究用の試作品であることと、夜間使用不能であることを説明していただけるのであれば」
「もちろん」
「術式についても――」
「必要なことは全部説明する」
「では、お願いします」
「任された」
ロゼがランプを包み始めた。
エドナが横から見ている。
「本当に売るの?」
「試しにね」
「夜に使えないのに?」
「綺麗だから」
「人間って分からないわね」
「エドナも綺麗だと思ってるでしょ?」
「別に」
「じゃあいらない?」
「そうは言ってないわ」
ユトが顔を上げる。
「必要であれば追加作成できます」
「そういう話じゃないわよ」
***
夕方。
ロゼが戻ってきた。
手には何も持っていない。
「ランプは?」
ユトが聞く。
「売れた」
「……売れた?」
「うん」
「夜間に使用できないことは?」
「説明した」
「実験品であることは?」
「説明した」
「それでも購入された?」
「された」
ユトは少し黙る。
「用途は?」
「部屋に飾るって」
「昼間に?」
「昼間に」
「……そうですか」
ユトは紙を取った。
「何書いてるの?」
「想定外用途として、観賞目的での需要を確認」
「記録するんだ」
「研究結果とは別ですが、事実ですので」
エドナが本から顔を上げた。
「意味あったわね」
ユトが振り向く。
「はい。誓約条件と実質的制約の関係について、明確な比較結果が得られました」
「そっちじゃなくて」
「?」
「商品として」
ユトは少し考えた。
「それについては、ロゼさんの判断です」
「本当に研究のことしか考えてなかったのね」
「実験用ですので」
「でしょうね」
ロゼが笑った。
「あと、もう二つ欲しいって」
「追加注文ですか」
「うん」
「同一条件であれば作成可能です」
「じゃあお願い」
「研究資材費を差し引いた収益の扱いは?」
「そこはあとで決めよう」
「記録は必要です」
「分かったって」
***
それからしばらくして。
セルディア原から南へ向かう商人の荷物に、七色のランプが混ざるようになった。
昼間にしか使えない。
夜になれば、ただのランプとしてすら役に立たない。
それでも。
昼間に火を点ければ、七色に光った。
ユトにとって、それは誓約術式の評価方法を調べるための実験結果だった。
ロゼにとっては、売れる商品だった。
エドナにとっては。
「夜に使えないランプなんて、やっぱり変よ」
という評価のままだった。
後にそれは、
『七色灯』
と呼ばれるようになる。
始まりは、装飾品を作ろうとしたからではない。
ユトが、
「この効果を成立させるには、どの程度不便であれば足りるのでしょうか」
と考えた。
ただ、それだけだった。