【本編完結】炎上論点スタンプラリー【TOZ】   作:Moa

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知らない男、気象庁になる

「観測不能。されど、被害申告あり。ならば空白を雨と定義する。見えざる雫よ、降り注げ。イマジナリーレイン!」

 

ユトの術技の中でも、終盤に習得する「イマジナリーレイン」はかなり強い。

 

水・無属性の広範囲術で、詠唱はユトらしく長い。

長いのだが、発動さえすれば範囲内の敵に多段ヒットし、拘束力も高い。敵の動きを読んで置く必要はあるものの、当たった時のリターンは大きく、雑魚戦でもボス戦でも最低限の仕事をしてくれる。

 

困ったら全部これでいい、とまでは言わない。

ユトはそういう雑に使えるキャラクターではない。

 

だが、イマジナリーレインに関しては「とりあえずこれを詠唱しておけば何かしら仕事をする」場面が多い。

ユト操作に慣れていないプレイヤーでも、終盤はこの術にかなり助けられるはずだ。

 

名前もいい。

イマジナリーレイン。

見えない雨。

 

この時点では、私は単に「ユトっぽい術名だな」と思っていた。

見えないものを抱える青年の、見えない雨。素敵だと思った。

何より非常に使い勝手がいい。何回この詠唱を聞いたかわからない。

 

だが、この術さえも、ユトの前では遅効性だったのだ。

 

***

 

ユトは響筆を握りしめた。

「成功率は」

「聞くな」

デゼルは短く言った。

「聞けば、お前は計算する」

「……はい」

「なら聞くな。俺は行く」

ユトは唇を結んだ。

止めるべきだ。

そう判断する材料はいくらでもある。

 

現在のデゼルの霊力。

風の流れ。

術式として成立する限界。

そして、その行為がデゼル自身の消滅を前提にしていること。

 

すべてが、答えを示していた。

 

やめるべきだ。

 

けれど同時に、もうひとつの答えもあった。

 

他に方法がない。

 

「……デゼルさん」

「なんだ」

「私は、貴方の判断を正しいとは言えません」

「ああ」

「ですが、間違っているとも言えません」

デゼルは少しだけ笑った。

「面倒な言い方しやがる」

「面倒な状況ですので」

「そうかよ」

 

***

 

ユトがいたからといって、デゼルの運命が変わるわけではなかった。

彼はそんな雑な救済をするために生まれたキャラクターではない。丁寧に傷口を抉っては解説の糸口に繋げるキャラクターだ。

 

今作のデゼルは、ザビーダとの関係性が強化されていた。

ザビーダに命を救われたことから憧れを抱き、戦い方を真似するようになったという回想が、死の間際に描かれる。原作時点で存在する裏設定だったものを拾い上げた形だ。

 

デゼルは死の間際、「この帽子はザビーダに渡せ」と頼む。

「なんでザビーダ?」

「……俺の、師匠だった」

 

遅れてやってきたザビーダは、そこでデゼルの死を知る。

 

ザビーダ「雨で視界が悪いな」

誰も、何も言わない。言えない。

 

空は曇っていたかもしれない。

風は吹いていたかもしれない。

だが、少なくとも、ザビーダの視界を遮るほどの雨は降っていなかった。

 

それでも、誰も指摘しなかった。

 

ロゼは帽子を握りしめたまま、唇を噛んでいた。

スレイは何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。

ミクリオはザビーダを見て、それからデゼルのいた場所へ視線を落とした。

ライラは祈るように目を伏せた。

エドナは傘の柄を握ったまま、何も言わなかった。

 

***

 

デゼル離脱後、ユトは意外なほどまっすぐな言葉を述べる。

「デゼルさんがいなくなってしまったのは悲しいです」

 

ユトは、こういう時にもっと迂遠な言い方をするものだと思っていた。

死とは不可逆的な状態変化であり、だとか。

戦力低下と精神的影響の双方が懸念されます、だとか。

そういう、どこか遠回りな言葉で悲しみを説明しようとするのだと思っていた。

 

だが、彼はただ「悲しい」と言った。

お前、素直な物言いもできるじゃないか。

そう思った直後、ユトは予想外の言葉を発した。

 

「……あ、すみません。現在の降雨量について考えていました」

 

なんで? とは思った。

だが、ユトの話題が飛ぶのはいつものことだ。

 

デゼルの死を悲しんでいる。

そのうえで、なぜか降雨量について考えている。

まあ、ユトならそういうこともあるのだろう。

 

気まずくて、天気の話でお茶を濁そうとしたのかもしれない。

「良い天気ですね」の逆みたいなものだ。

それにしては、雑談が下手すぎる。

だが、それでもユトならありうる。

 

私はこの時、思いもしなかった。

 

彼は二周目で、気象庁になった。

 

***

 

「デゼル死亡後真っ先にユトに話しかける」ことが条件のスキットがあると知ったのは、1周目クリア後だった。

誰が気づくかそんなもん。

あの場面で真っ先にユトに話しかけるなんて、余程ユトが好きな奴しかいないだろう。キャラクターの配置も、ロゼやザビーダなどが近くにいる中、ユトは少し遠くにいる。普通なら他のキャラクターに話しかけてからユトに行くはずだ。

攻略情報を参考に、2周目は見てみることにした。

 

話しかけると、通常台詞がまず届く。

「デゼルさんがいなくなってしまったのは悲しいです」

「……あ、すみません。現在の降雨量について考えていました」

変わった奴なりに、仲間の喪失を悲しんでいる。

 

しかしユトの第一声に、私の理解が追い付かなかった。

 

ユト「エドナさん、傘のスペアはありますか?」

エドナ「なんで?」

 

完全にエドナと思考が同期した。ユトは本当に思考が飛躍する。

傘のスペアについて説明しろ。

 

ユト「降雨を原因とした視界不良からザビーダさんを守るためです」

エドナ「本気で言ってるの?」

ユト「はい」

即答だった。

ユト「私には観測できませんでしたが、不可視性の豪雨が発生している可能性があります」

 

知らない男だった。

 

発売前から知らない男だった。

加入してからも知らない男だった。

デゼルの死を「悲しいです」とまっすぐ言えた時、ようやく少し分かった気がしていた。

 

違った。

 

ユトは、まだ知らない男だった。

 

エドナ「……もう傘はいらないわよ」

ザビーダ「ひょっとしてこいつ変な奴か?」

エドナ「かなりね」

 

このスキットを見終わった時、呆然とした。

 

ユトはある意味では極めて論理的だった。

 

視界不良をもたらすほどの雨が降っている。

しかしそれは自分の目には見えない。

だからといって存在しないとは限らない。

雨を遮るものが必要だ。

エドナなら傘を持っている。

予備を借りれないか聞いてみよう。

 

自分以外の誰にも聞こえない声に翻弄されたユトにとって、『天族にさえ見えないがそこにある何か』は信じるに値するものなのだ。

 

1周目で「現在の降雨量について考えていました」と言われた時、私はユトの雑談が下手なのだと思っていた。違った。雑談ではなかった。

 

業務だった。

 

***

 

ここで、私はイマジナリーレインの詠唱を思い出した。

 

本来、この時点でユトが覚えている想定の術ではない。

だが、これは二周目だ。

私はもう、終盤のユトがあの術を使うことを知っている。

 

「観測不能。されど、被害申告あり。

ならば空白を雨と定義する。

見えざる雫よ、降り注げ。

イマジナリーレイン!」

 

初めて聞いた時、前半の意味はよく分からなかった。

 

観測不能。

被害申告あり。

空白を雨と定義する。

 

何を言っているんだ、と思った。

テイルズの術詠唱にしては、あまりにも報告書じみている。

なぜ戦闘中に被害申告を受理しているのか。

 

けれど今では、分かってしまう。

 

ユトは、ずっとそういう男だった。

 

見えないから、ないとは言わない。

観測できないから、存在しないとは断定しない。

誰かが被害を申告したなら、まずその申告を前提に考える。

空白があるなら、空白のまま放置せず、仮の名前を与える。

 

ならば空白を雨と定義する。

 

あの詠唱は、単なる術式ではなかった。

ユトの思考回路そのものだった。

 

自分には観測できない。

だが、誰かがそこにあると言った。

ならば、ないと断定することはできない。

 

ユトはそうやって、世界を処理している。

 

だから彼は、デゼルの死を「悲しいです」と言える。

ザビーダの視界不良を「降雨による被害申告」として受け取る。

そして、見えない雨を降らせる術を使う。

 

全部、同じ男の言葉だった。

 

知らない男だった。

でも、知らないなりに、一貫していた。

 

******

 

とあるジョークサイトでは、このように語られている。

 

【気象庁イベント】

 

気象庁イベントとは、『テイルズ オブ ゼスティリア リメイク』において、追加キャラクターであるユトが、デゼル死亡後にザビーダ周辺で発生していた不可解な局地的気象現象に対し、導師一行の誰よりも早く危険性を察知し、極めて優秀な初動対応を行った事件である。

 

正式名称は存在しない。

ファンの間では「不可視性豪雨イベント」「傘のスペア事件」「気象庁ユト」「導師一行災害対策本部」などと呼ばれている。

 

なお、当該豪雨は不可視であるため、目視による確認は困難である。

 

【概要】

 

デゼル死亡後、導師一行は大きな喪失感に包まれていた。

 

仲間を失った直後である。

スレイ、ロゼ、エドナ、ザビーダ、ライラ、ミクリオの誰もが動揺し、状況の整理に追われていた。

 

そのため、この場においてザビーダ周辺でのみ発生していた異常気象について、冷静に対応できる者はほとんどいなかった。

 

しかし、ユトは違った。

 

ザビーダが「雨で視界が悪い」と申告した瞬間、ユトはこれを重大な環境リスクとして受理。

周囲に通常の降雨が確認されないことを踏まえたうえで、当該現象を不可視性豪雨と仮定し、ただちに対策へ移行した。

 

ユト「エドナさん、傘のスペアはありますか?」

エドナ「なんで?」

ユト「降雨を原因とした視界不良からザビーダさんを守るためです」

 

この時点で、ユトはすでに「原因究明」ではなく「被害軽減」を優先している。

 

これは災害対応において極めて重要な判断である。

なぜなら、災害は観測されてから対処していては遅い場合があるからである。

 

【不可視性豪雨】

 

不可視性豪雨とは、ザビーダ周辺で発生したとされる、目視による確認が困難な豪雨である。

 

特徴として、以下の点が挙げられる。

 

・通常の雨粒が確認できない

・周囲の人物には降雨が観測されない

・しかしザビーダ本人は視界不良を訴えている

・発生範囲は極めて限定的

・発生直後、導師一行の大半は別件により対応不能だった

 

このため、不可視性豪雨は発見が非常に難しい。

事実、導師一行はこの現象を見落としかけていた。

 

仲間の喪失という重大事態の直後であったことを考えれば無理もない。

誰もが悲嘆に沈み、通常の判断力を失っていたのである。

 

その中で、ザビーダの「雨で視界が悪い」という発言から即座に危険を読み取り、傘の配備を要請したユトの対応は、後世に語り継がれるべき迅速な初動対応であった。

 

【経緯】

 

デゼル死亡後、ザビーダは視界不良を訴えた。

 

この発言は、本来ならば非常に重大である。

 

視界不良は、転倒、敵襲への反応遅延、移動時の事故、戦闘継続能力の低下など、さまざまな危険につながる。

特に導師一行においては、視界不良は単なる不調では済まない。

 

実際、リメイク版ではスレイがアリーシャと契約した際、その負荷によって右目に不調を抱え、画面右半分が暗くなるという形でプレイヤーにも視覚的に示されている。アリーシャと別れた瞬間に視界が明瞭になるため、これは明確に契約負荷による視界不良として演出されている。

 

つまり導師一行は、すでに一度「視界不良を放置すると危険である」という事例を経験しているのである。

 

にもかかわらず、ザビーダの視界不良申告に対する周囲の反応は鈍かった。

 

これは彼らが無能だったからではない。

仲間の死という重大な喪失の直後であり、全員が精神的に余裕を失っていたからである。

 

その中でユトだけが、視界不良申告を見逃さなかった。

 

ユト「私には観測できませんでしたが、不可視性の豪雨が発生している可能性があります」

 

この発言は、ユトの災害対応能力を象徴する名言である。

 

ユトは「自分には見えない」という理由だけで、災害の存在を否定しなかった。

観測不能であっても、被害申告が存在するならば、まず対策する。

 

この姿勢こそが、彼が「気象庁」と呼ばれる理由である。

 

 

【初動対応】

 

ユトの初動対応は、以下の三段階に整理できる。

 

第一に、ザビーダの申告を軽視しなかった。

通常、不可視の豪雨という概念は受け入れがたい。しかしユトは、視界不良という被害申告を優先した。

 

第二に、自身の観測結果を過信しなかった。

ユトには豪雨が観測できなかったが、それをもって「豪雨は存在しない」とは断定しなかった。

 

第三に、即座に資材確認を行った。

エドナに傘のスペアを確認したことにより、ユトは発災直後の物資調達フェーズへ速やかに移行している。

 

以上の点から、ユトの対応はきわめて実践的である。

 

災害対応において重要なのは、「見えるかどうか」ではない。

被害が出ているかどうかである。

 

【エドナの対応】

 

ユトの要請に対し、エドナは当初、

 

エドナ「本気で言ってるの?」

 

と反応した。

 

これは無理もない。

不可視性豪雨は観測難易度が高く、通常の気象現象とは性質が大きく異なるためである。

 

しかし、ユトの説明を聞いたエドナは最終的に、

 

エドナ「……もう傘はいらないわよ」

 

と判断する。

 

これは、当該局地豪雨に対する傘配備を見送る決定である。

一見すると対策放棄にも見えるが、現場判断としては尊重されるべきである。

 

なぜなら、災害対応においては、現場責任者の判断が重要だからである。

エドナは傘の保有者であり、傘運用に関しては導師一行内でも高い専門性を持つ。

 

したがって、この判断は「傘資源の温存」あるいは「当該豪雨に対する別方式での対応」と解釈される。

 

【ファンからの評価】

 

このイベントに対するファンの反応は、おおむね以下のようなものであった。

 

「ユト、初動が早すぎる」

「見えない豪雨に対して傘を要請する男」

「ザビーダ個人向け気象警報」

「誰も気づかなかった災害を見逃さないの偉い」

「本人にも見えてないのに対策してるの怖い」

「危機管理能力だけは本物」

「気象庁ユト」

「導師一行、災害対策班を常設しろ」

 

特に「本人にも観測できていない豪雨に対して、本人が最速で対策を始める」という点は高く評価されている。

 

通常、不可視性豪雨は観測網の整備が難しい。

しかしユトは、観測よりも申告を重視した。

 

この姿勢は、現代防災にも通じるものがあると一部では主張されている。根拠は不明である。

 

【イマジナリーレインとの関連】

 

後にユトは、水・無属性の術「イマジナリーレイン」を習得する。

 

この術との関連から、気象庁イベントは二周目以降に再評価されることとなった。

 

ただし重要なのは、気象庁イベント時点でユトはまだイマジナリーレインを習得していないという点である。

 

つまりユトは、術として不可視の雨を扱えるようになる前から、すでに不可視性豪雨の発生可能性を想定していたことになる。

 

このため一部ファンからは、

 

「伏線ではなく、気象行政思想の先出し」

 

と評されている。

 

【問題点】

 

気象庁イベントには、いくつかの問題点もある。

 

まず、発生条件が分かりにくい。

 

デゼル死亡直後、真っ先にユトへ話しかける必要があるため、多くのプレイヤーは初見でこのイベントを見逃す。

通常、この場面で最初に話しかける相手はロゼやザビーダなどであり、ユトは後回しにされやすい。

 

そのため、気象庁イベントは「存在自体が不可視性豪雨」とも呼ばれる。

 

次に、イベント内容の理解が難しい。

 

ユトは極めて真面目に災害対応を行っているが、プレイヤー側がそれを即座に理解できるとは限らない。

その結果、多くの初見プレイヤーは、

 

「何を言っているんだ?」

 

という感想を抱く。

 

しかし二周目以降、あるいはイマジナリーレイン習得後にこのイベントを見返すと、

 

「何を言っているんだ?」

 

という感想を抱く。

 

理解が深まっても感想が変わらない点が、ユトというキャラクターの奥深さである。

 

【総評】

 

気象庁イベントは、ユトの優秀な危機管理能力を示す重要イベントである。

 

仲間の喪失により全員が動揺する中、彼だけはザビーダ周辺で発生した不可視性豪雨の兆候を見逃さなかった。

 

見えない。

観測できない。

しかし視界不良の申告がある。

 

ならば、傘が必要である。

 

この単純かつ力強い判断により、ユトは導師一行における災害対策担当としての地位を不動のものとした。

 

なお、傘は使用されなかった。

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