セルディア原では、手紙が届くことが珍しくなくなった。
以前は、
「導師ユトってのは、あんたか?」
と、届けに来た者から本人確認をされていた。
今は違う。
「セルディア宛、ここに置いとくぞ」
「ありがとうございます」
昼前。
南から来た商人が、第一調査拠点の横に置かれた木箱へ手紙の束を入れていった。
誓約術式の実験箱ではない。
『導師ユト宛受領物一時保管箱』
と書かれた、ごく普通の箱だった。
ロゼが荷物の確認をしながら言う。
「もう誰もユトがどれか聞かなくなったね」
「セルディア原第一調査拠点という宛先が定着したのでしょうか」
「住所になったね」
「所在地です」
「まだ言うんだ」
「行政上の住所として登録された事実は確認していませんので」
「はいはい」
ユトは受領物を取り出した。
***
最初の一通は、アリーシャからだった。
前回ユトは、
『お手紙ありがとうございます。
「貴方は私の地図です」との記述について、意図を正確に理解できませんでした。
可能であれば、具体的に説明していただけると助かります』
と返した。
その回答だった。
『先日の手紙について。
私が言いたかったのは、貴方が私の進む道を決めてくれた、ということではない。
私の夢を、具体的に実現可能な範囲へ落とし込んでくれたこと。
私一人では見落としていた道を示してくれたこと。
そして、そのために共に戦ってくれたこと。
そのことに、私は今も感謝している。
そういう意味で、貴方は私の地図だと書いた』
ユトは読み終えた。
「理解できました」
隣で荷物を整理していたロゼが振り返る。
「地図?」
「はい」
「よかったじゃん」
「具体的に説明していただけたので」
「うん。そうだろうね」
少し離れたところで、エドナが椅子を二つ使って横になっていた。
「それで、返事は?」
「書きます」
「今?」
「はい」
ユトは便箋を出した。
『ご説明ありがとうございます。
意図を理解できました。
私がアリーシャさんの進路を決定したという意味ではなく、目的達成のために利用可能な経路を提示した、という理解でよろしいでしょうか』
ロゼが覗く。
「また確認するんだ」
「認識が一致しているか確認した方が良いと思います」
「間違ってないけどさ」
ユトは続ける。
『私も、アリーシャさんと共に行動できたことをありがたく思っています。
なお、先日スラガ公ラドヴァンと面談しました。
現時点では、セルディア原における研究及び遺跡調査を継続して問題ないとのことです。
今後は、公爵府へ月次で状況報告を行います』
「そこも書くんだ」
「アリーシャさんはハイランドの政治に関与していますので、スラガとの接触状況は共有した方が良いと思います」
「それはそう」
手紙は、その日のうちに出された。
***
それから数日後。
アリーシャからの返事が届いた。
返事が来たのは、以前より早かった。
ユトは到着日数を確認する。
『前回比二日短縮』
と記録した。
それから読む。
冒頭には、『その理解で間違いない』とあった。
続いて。
『ラドヴァン公と会ったのか。
凄いな、ユト様は。
私はこれからスラガとどのような関係を築くべきか考えていたところだというのに、貴方はもう公爵本人と話をしている』
「凄いな、ユトは」
スレイが隣から読んだ。
「そう書かれています」
「うん」
「公爵側から面談を求められただけですが」
「でも会ったんだろ?」
「はい」
「じゃあ凄いんじゃないか?」
ユトは少し考える。
「面談への参加実績でしょうか」
「そういう話かなあ」
ミクリオが言う。
「たぶん違う」
「では、どの点でしょうか」
「本人に聞けば?」
ロゼが言った。
ユトは頷いた。
「そうします」
ミクリオが額へ手を当てた。
「君はそれでいいよ」
***
別の封書には、見覚えのある筆跡があった。
「アイゼンさんです」
エドナが椅子の上で体を起こす。
「お兄ちゃん?」
「はい」
手紙を開く。
『セルディアの話は興味深い。
地脈が現在も強く、水も土地も失われていないにもかかわらず人だけが減ったのなら、土地そのものの問題ではない可能性は高いだろう。
お前が見つけた遺跡についても気になる。
今の地形と昔の地形が同じだと思わない方がいい。
海岸線も、山も、道も変わる。
港へ戻ったら、手元にある古い航海記録や地図を確認する。
役に立ちそうなものがあれば送る』
「ありがとうございます」
ユトは言った。
エドナは少しだけ笑った。
「真面目ね」
「非常に助かります」
「そうじゃなくて、お兄ちゃんが」
「はい。アイゼンさんは以前から調査に協力的です」
「……そうね」
ユトは封筒をもう一度見る。
同じ便で届いた手紙を確認する。
「ザビーダさんからはありませんね」
エドナの動きが一瞬だけ止まった。
「……そう」
「アイゼンさんとは現在も同行していると思っていましたが」
「同じ船にいたって、全員が手紙書くとは限らないでしょ」
「確かに」
ユトは頷く。
「研究中の不可視性豪雨についても追加で確認したい事項がありましたが、次回にします」
「……そうしてあげたら?」
ユトがエドナを見る。
「何故でしょうか」
「別に」
「何か問題がありますか?」
「ないわよ」
エドナは少し考えた。
「ただ、ザビーダの奴、あの話されると妙に疲れた顔するじゃない」
「研究期間が長期化しているためでしょうか」
「知らないわよ」
「そうですか」
「だから、返事くらい急かさなくてもいいんじゃない?」
「はい。緊急性はありませんので」
ユトはアイゼンへの返信を書き始める。
『資料確認ありがとうございます。
現在の地形と過去の地形の差異については、北西部遺跡から得た地図状資料の解釈にも影響するため、参考になります。
可能であれば、地形変動が確認できる資料を優先して送っていただけると助かります』
少し考えて。
一番下に付け加えた。
『ザビーダさんにもよろしくお伝えください』
エドナが横から見た。
「……まあ、それくらいならいいんじゃない」
「はい」
「何でワタシが許可するみたいになってるのよ」
「?」
***
次の手紙は、ライラからだった。
封を開く。
『ユトさん。
七色灯と、セルディアにおける誓約術式の実験記録を拝見しました。
昼間に暗所へ移しても使用可能である点、とても興味深いですわ。
単純に明暗を判定しているのではなく、「昼」「夜」という状態そのものを解釈しているのでしょうか。
地脈とユイさんの加護についても、実際に確認してみたくなりました。
もしご迷惑でなければ、今度セルディアへ伺ってもよろしいですか?』
ユトは新しい便箋を取った。
『ぜひ。』
筆を置く。
ロゼが見る。
「終わり?」
「質問への回答としては十分だと思います」
「アリーシャにはあんなに書くのに」
「質問内容が異なります」
「まあそうだけど」
スレイが言う。
「ライラ、研究だけじゃなくて普通にみんなに会いに来たいんじゃないか?」
ユトが手紙を読み返す。
「その記述はありません」
「なくてもさ」
「推測でしょうか」
「うん」
ユトは少し考えた。
「では、追加します」
再び筆を取る。
『地脈観測記録、誓約術式実験記録、七色灯の試作品は現在セルディア原にあります。
必要であれば閲覧できます』
スレイが笑う。
「そっちじゃない」
「?」
「研究じゃなくても来ていいって」
「もちろん問題ありません」
「それを書いたら?」
「必要でしょうか」
今度はミクリオも言った。
「書いた方がいいと思う」
「分かりました」
さらに一文。
『なお、研究を目的としない場合も歓迎します』
ロゼが読んで笑った。
「完璧」
「何がでしょうか」
「ライラなら喜ぶよ」
「そうですか」
「うん」
***
手紙は、その日も南へ出ていった。
翌日も、別の手紙が届いた。
さらに数日後には、紙と薬品と一緒に返事が来た。
セルディアから南部へ。
南部から季節市場へ。
そこからハイランドへ。
あるいは港へ。
逆の経路を辿って、またセルディアへ戻る。
決まった郵便馬車が走っているわけではない。
誰かが持つ。
誰かへ渡す。
その誰かが、また次へ渡す。
『セルディア宛』
それだけで。
少しずつ、手紙がこちらへ流れてくるようになっていた。
ユトは到達日数を記録した。
経由地点が分かるものは記録した。
途中で経路が不明になったものには、そのように書いた。
届かなかったものについても、分かる範囲で確認した。
「通信路の安定性は、以前より向上しています」
ユトが言う。
ロゼが七色灯の注文票をまとめながら答える。
「便利になったね」
「はい」
「最初はデゼルに手紙持ってってもらったのに」
「緊急的な手段でした」
「今は?」
「既存の人員移動を利用した中継で、一定程度安定しています」
「それを便利になったって言うんだよ」
「はい」
ユトは否定しなかった。
***
夕方。
今日の返事を書き終える。
封書。七色灯。
その隣に、空の木箱。
ユトは立ち上がった。
重量を測る。
軽い。
記録を書く。
『条件成立継続』
スレイとミクリオは、外で何か話していた。
声だけが聞こえる。
遺跡の話らしい。
意見は少し違うようだった。
それでも、箱は開いたままだった。
ユトは記録を閉じる。
次の手紙を取る。
セルディアへ届く手紙は、増えていた。
セルディアから出ていく手紙も、増えていた。
誰かへ伝え。
返事が来て。
また返す。
以前は、訪ねる相手すらいなかった土地に。
今は。
宛先があった。