炎上論点スタンプラリー【TOZ】   作:Moa

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ユト、つながるを調べる

新しい研究所には机がある。ユトは、その机の上へ二つの木箱を置いた。

 

同じ大きさ。同じ木材。同じ金具。側面には、それぞれ異なる試験番号が記されている。その横には、小さく《甲》《乙》の文字。

 

「今度は二つか」

スレイが言った。

「はい」

「一回の実験で増える箱の数まで増えたな」

ミクリオが言った。

「今回は二つの対象間における状態を確認するため、対となる試験器具が必要です」

「理由が正しいのが嫌なんだよ」

「何故でしょうか」

「もういい」

 

ユトは一枚の紙を広げた。

 

『試験対象語――つながる』

 

その下。

 

『試験箱・甲と試験箱・乙がつながっている間、試験箱・甲の重量が軽くなる』

 

スレイが読み上げる。

「今回も、『つながる』がどういう状態なのかは決めない?」

「はい」

「術式に判断させる」

「その予定です」

ミクリオが二つの箱を見る。

「それで、何から試す?」

「最初に、相互に接触していない状態を基準値とします」

 

甲。乙。二つを、机の端と端に置く。ユトが甲の重量を測った。

「変化なし」

記録。

 

次に、甲と乙を隣り合わせる。側面同士が触れる。

「これなら、つながってるようにも見えるな」

スレイが言った。もう一度、甲の重量を測る。変化なし。

「成立していません」

「くっついてるのに?」

「接触と『つながる』が同義ではない可能性があります」

「ただ触れてるだけじゃ駄目ってことか」

「現時点では、その可能性があります」

 

ミクリオが頷く。

「じゃあ、次は?」

ユトは用意していた細い紐を取り出した。一方を甲の取っ手へ。もう一方を乙の取っ手へ。結ぶ。

「これで測定します」

甲を秤へ載せる。針が動いた。

「……軽くなった」

スレイが身を乗り出す。

「はい」

 

ユトが記録した。

 

『甲乙間・紐を介した物理的連結――条件成立』

 

「触れてるだけじゃ駄目で、紐で結べばいい?」

「今回の条件下では、その結果です」

ミクリオが紐を見る。

「でも、箱同士は離れてるぞ」

「はい」

「距離があっても、『つながる』と判定された」

「少なくとも今回の術式では」

 

スレイが紐を持ち上げた。

「これ、どのくらい離してもいいんだろう」

「追加確認します」

「やっぱり増えた」

「試験項目です」

「箱じゃなくて良かった」

ミクリオが言った。

 

***

 

その後も、条件を変えた。

 

甲と乙を同じ机へ置く。不成立。同じ棚へ入れる。不成立。一本の板へ、それぞれ固定する。成立。長い紐で結び、研究所の反対側まで離す。成立。

 

紐を途中で切る。不成立。切れた紐の端同士を触れさせる。不成立。もう一度結ぶ。成立。

 

「……面白いな」

スレイが言った。

「近くにあるかどうかじゃないんだ」

「はい」

「離れてても、ちゃんと何かで結ばれてれば成立する」

「今回の試験結果では、そのように解釈できる可能性があります」

 

「可能性ばっかりだね」

 

ロゼが入口から言った。いつの間にか戻ってきていた。手には郵便物の束を持っている。

 

「断定可能な範囲を超えないためです」

「分かってるよ」

ロゼは笑う。

「はい、今日の分」

「ありがとうございます」

ユトは受け取った。

 

研究所ができてから、郵便物は以前より分かりやすく届けられるようになった。天幕を探す必要もない。道を聞けば研究所の場所を教えてもらえる。

 

「ちゃんと住所っぽくなったよね」

ロゼが言う。

「所在地です」

「まだ言う?」

「はい」

 

ユトは差出人を確認する。公爵府。商隊。ハイランド。そして、アリーシャ個人からも。

 

「先に休憩しない?」

スレイが言った。

「試験条件の切り替えにもなります」

「理由つけなくていいから」

ロゼが椅子へ座った。

 

***

 

ユトはアリーシャからの手紙を開いた。

 

最初はセルディアの状況について。スラガ公国との連絡について。ハイランド側で確認できた交易状況。いつもの内容だった。

 

その最後に、少しだけ文体が変わっていた。

 

『ここからは、公務とは関係のない話になる』

 

ユトは読み進める。

 

『少し、個人的な相談をしてもいいだろうか』

『私は、最近ある人の事が気になっています』

『恋愛感情かもしれません』

 

ユトの手が止まった。

 

――どうしたの?

「個人的な相談です」

――アリーシャ?

「はい」

 

ユイには答える。だが、手紙の内容を周囲へ読み上げることはしなかった。

 

ユトは続けて読む。

 

『ただ、それが本当に恋愛感情なのか、自分でもまだ確信が持てない』

『その人の言葉を思い出すことが増えた』

『会いたいと思うこともある』

『その人が何かを成し遂げたと聞くと嬉しい』

『だが、私はこの種の感情にあまり詳しくない』

『ユト様なら、どう考えるだろうか』

 

ユトは考えた。少し長く。そして、新しい紙を取った。

 

「返事書くの?」

スレイが聞く。

「はい」

「何の相談?」

「個人的な内容ですので共有しません」

「あ、ごめん」

「問題ありません」

 

ユトは書き始めた。

 

『ご相談いただいた内容について、私自身は恋愛感情の機微に詳しくないため、適切な判断を行える自信がありません』

 

少し考える。続ける。

 

『ザビーダさんは、対人関係及び恋愛に関する会話経験が比較的多いため、相談するとよろしいかと思います』

 

筆が止まる。

 

「……なんでザビーダ?」

ミクリオが聞いた。

「読んでいたのですか」

「そこは声に出てた。名前だけだが」

「そうでしたか」

「で、なんで?」

「恋愛に関する助言者として、私より適性が高いと考えました」

 

エドナが果物を齧りながら顔を上げる。

「やめてあげたら?」

「何故でしょうか」

「色々よ」

「具体的には?」

「色々」

「判断できません」

「でしょうね」

 

エドナはそれ以上説明しなかった。

「相談を受けるかどうかはザビーダさんが判断できます」

 

***

 

午後、試験を再開した。

 

紐の素材を変える。太さを変える。長さを変える。途中に別の物を挟む。ユトは一つずつ記録していく。

 

エドナは途中から手伝っていた。

「これ、こっち持ってればいいの?」

「はい。位置を固定してください」

「面倒ね」

「ありがとうございます」

「別に」

 

エドナが紐を押さえる。

「アナタのこと、嫌いじゃないから。これくらいは手伝ってあげる」

ユトが顔を上げた。

「ありがとうございます」

「……」

「嫌悪されていないようで何よりです」

「…………」

 

エドナがユトを見る。

「何でしょうか」

「本当に婉曲表現が効かないのね」

「婉曲表現?」

「もういいわ」

「分かりました」

「分かってないでしょ」

「何についてでしょうか」

「もういいって言ったでしょ」

「はい」

 

ユトは試験へ戻った。エドナは紐を少し強く押さえた。

 

スレイが横を向いている。肩が僅かに動いていた。

「スレイ」

「なんでもない」

「笑ってるでしょ」

「笑ってないって」

「こっち向きなさい」

「試験中だから!」

「関係ないわよ!」

 

ミクリオは黙って記録用紙を見た。

「……条件成立継続」

現実逃避のように呟いた。

 

***

 

夕方。

 

ロゼは商隊の連絡を終えて研究所へ戻ってきた。

「まだやってる?」

「はい」

「本当に一日中箱見てるなあ」

「試験対象は箱そのものではなく、術式条件です」

「分かってるって」

 

ロゼは机に腰を預ける。少し、何か言いたそうにしていた。

 

「何でしょうか」

「いや」

「はい」

「……いや、やっぱ聞く」

「どうぞ」

 

ロゼは腕を組んだ。

「今日さ」

「はい」

「商人に聞かれたんだよね」

「何をでしょうか」

「『ロゼさんとユトさんって、そういう関係なんですか』って」

「そういう関係、とは?」

「恋人」

「違います」

「即答なんだ」

「事実確認ですので」

 

「まあ、そうなんだけど」

ロゼが苦笑する。

「だから、違うって答えたらさ」

 

『じゃあ、ただの女友達?』

 

と言われたらしい。

 

「それで?」

「それでね」

ロゼはユトを見る。

「答えたんだ。ユトにとってのあたしは、ただの女友達だって」

「違います」

 

ロゼが止まった。

「……え?」

 

「ただの、ではありません」

ユトは答えた。

「私にとっては大切な友人です」

 

「……」

 

ロゼは一度目を瞬いた。

「そっか」

「はい」

「……そっかあ」

「はい」

 

少しだけロゼが笑った。いつものからかう時の笑い方とは少し違った。

「なら、いいや」

「はい」

 

ユトは少し考える。

「また、『女友達』より『友人』の方が、私の認識としては正確です」

「……なんで?」

「友人としての重要度を、性別によって区分していませんので」

「やっぱりユトはユトだなあ」

「?」

 

***

 

日が沈む前に、その日の試験を終了した。

 

ユトは新しい机で結果を整理する。

 

『甲乙間の近接のみでは「つながる」条件成立を確認できず』

『甲乙間の直接接触のみでも、条件成立を確認できず』

『甲乙を結ぶ目的で設置された紐による連結では、条件成立を確認』

『甲乙を同一の板へ固定した場合も、条件成立を確認』

『甲乙間に一定の距離が存在する場合でも、連結が維持されている間は条件成立』

『甲乙間の連結断絶後、条件不成立』

『甲乙間の再接続後、条件再成立』

 

最後に注意事項。

 

『以上は本試験術式及び本試験対象における結果であり、天界と地上に対して同一の判定が行われることを示すものではない』

 

「ちゃんと書いたな」

ミクリオが言った。

「はい」

「先回りされるようになった」

スレイが笑う。

「必要な注意事項です」

 

ユトはさらに書く。

 

『少なくとも本試験において、「つながる」は「同一位置に存在する」「近接する」「接触する」と同義ではない可能性』

 

スレイは、少し離れた甲と乙を見る。その間には、長い紐が伸びていた。

 

「離れてても、つながってるんだな」

「今回の甲乙については、はい」

「うん」

 

スレイは頷いた。それだけだった。

 

机の端にはアリーシャへの返書。その隣にはロゼが置いていった商隊の記録。窓の向こうには、先ほど帰ったエドナの姿が見える。

 

人は同じ場所にいるとは限らない。同じことを考えるとも限らない。会話しない時もある。遠く離れることもある。

 

ユトはそこへ意味を重ねることなく、甲乙の記録を書いた。

 

『条件成立継続』

 

そして次の試験項目を確認した。その日の研究はそこで終了した。

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