研究所の机には、二種類の資料が並んでいた。
一つは、十年以上続いている不可視性豪雨の研究記録。
もう一つは、その研究から派生した技術の一覧だった。
サイモンは後者を数頁めくり、呆れたように息を吐いた。
「結局、不可視性豪雨そのものについて分かったことは増えていないな」
「はい」
ユトは否定しなかった。
「発生条件、作用機序、再現方法のいずれも未確認です。物理的降水を伴わず、周囲の者にも観測されない視界不良であった可能性について、引き続き調査しています」
「二十年の休止期間を挟み、実働で十一年以上も?」
「期間の長さは、未解明の現象を解明済みとして扱う理由にはなりません」
「そうか」
サイモンは、もう慣れたように答えた。
不可視性豪雨そのものについて、ユトは何も分かっていない。
だが、研究成果がなかったわけではない。
ザビーダが申告したのは、豪雨による視界不良だった。
ならば原因が何であれ、視界不良下で安全に移動する方法は必要になる。
そうして作られた視界確保術と帰還経路術は、その後、本物の豪雨で実際に使用された。
避難済み家屋の識別。
警報伝達範囲の拡張。
避難経路が使用不能となった場合の代替経路への誘導。
濁流や飛来物によって視界が遮られた状況で、人間と天族が互いの位置を把握する方法。
どれも、不可視性豪雨の正体とは関係がなかった。
「暴風雨環境での避難誘導については、有効性を確認できています」
「本物の洪水が起きたからな」
「不可視性豪雨との因果関係はありません」
「分かっている」
サイモンは紙を机へ戻した。
「私が言っているのは、存在するかも分からない雨を追っていたら、普通の洪水への対策が増えたという話だ」
「はい」
「お前は、それでいいのか?」
ユトは少し考えた。
「研究対象そのものを解明できていない点については、不充分です」
「そこではない」
「ですが、派生成果が有用であることと、原研究が未解決であることは両立します」
「……そうだな」
その時、研究所の扉が叩かれた。
「どうぞ」
入ってきたのは、セルディアで宿を営んでいる女性と、交易倉庫で働く男性だった。
二人とも、研究相談ではないらしい。
手には資料も測定器具もない。
「ユトさん、少しいいですか?」
「はい」
「今使っている建物を、正式に学校として整備できないかって話が出てるんです」
ユトは一度瞬きをした。
「良いと思います」
二人が黙った。
サイモンが横を向いた。
「……それだけですか?」
「はい」
「もう少し、何か」
「学校を作ること自体には反対する理由がありません」
女性は男性と顔を見合わせた。
「ユトさんが、どういう学校にするか決めてくれるのかと思っていたんですが」
「何故でしょうか」
「何故って……」
「私は利用者ではありません」
ユトは机の上の資料を端へ寄せた。
「建物の安全性、必要な水量、避難経路、運営を継続するための費用その他については相談に応じられます。しかし、何を学びたいかは、利用する皆さんが決める方が適切だと思います」
サイモンが横から言う。
「街づくりには随分と他人任せだな」
「生活内容まで私が決める理由はありません」
「なるほど」
住民の二人は、少し安心したようだった。
「今のところ、読み書きと算術は教えたいと思っています」
「商売をする人も増えましたから。帳簿が読める人がもっといれば助かりますし、この前できた交流帳も、字が読めないと使えないでしょう?」
「はい」
《セルディア交流帳》。
人間と天族が一度互いを認識した後、天族が見えなくなっても意思疎通を続けるための、ただの帳面。
人間から天族へは声が届く。
天族から人間への返答だけ、文字にすればいい。
ただし当然ながら、文字を読めなければ使えない。
「それで、子供のうちに覚えられる場所があった方がいいんじゃないかと」
男性はそう言ってから、少し迷うように続けた。
「ただ、旅をしている人たちまで、ずっとセルディアに住ませたいわけじゃないんです」
ユトが顔を上げる。
「今まで通り、家族と一緒に移動しながら覚えることもあるでしょう。家畜のこととか、道とか、天気とか。学校を作ったからって、それをやめてもらうのも違う気がして」
「はい」
ユトはすぐに頷いた。
「その教育を廃止する必要はありません」
「学校に通ってない子もいることになるぞ」
サイモンが言った。
「はい」
「それでいいのか?」
「現在も教育を受けているのであれば、学校へ通っていないことをもって、教育を受けていないとは判断できません」
住民の男性が少し笑った。
「そう言ってもらえると助かります。俺も子供の頃は、親と一緒に羊を追いながら覚えましたから」
「では、学校の内容を決める前に、現在どのような教育が行われているか確認した方がよいと思います」
女性が首を傾げる。
「今の教育を?」
「はい。既にあるものを把握しないまま新しい制度を作ると、必要なものまで置き換える可能性があります」
ユトは新しい紙を一枚取った。
『セルディア周辺における児童教育及び技能継承方法の基礎調査』
と書く。
サイモンがそれを見る。
「学校を作る相談が、調査になったな」
「必要です」
「そうなると思った」
***
聞き取りを始めると、教育方法は予想以上に多様だった。
交易を主とする集団では、子供の頃から読み書きと算術を教えていた。
取引量。
代金。
貸し借り。
季節ごとの相場。
文字がなければ不便なことが多い。
一方で、セルディアから数日の範囲を季節ごとに移動しているある部族では、文字を使う機会そのものが少なかった。
「名前くらいなら書けるけどな」
羊の毛を刈っていた男が言った。
「普段はほとんど使わん」
ユトは記録する。
「それによって、現在何か支障がありますか」
「支障?」
「生活、交易、知識の継承その他で、文字を使用しないために困っていることです」
男は少し考えた。
「特にはないな」
「では、現時点で問題とは判断しません」
隣で聞いていた、学校の教師を希望している若い女性が驚いたようにユトを見る。
「でも、文字を使えないままでいいんですか?」
ユトは女性へ向き直った。
「何と比較して、どの機能が不足しているのでしょうか」
「それは……」
「読み書きを習得すれば、利用可能な情報伝達手段は増えます。その点では有用です。しかし、現在の生活が文字を使用しないことで成立していないわけではありません」
男が笑う。
「難しい言い方するな。今まで困ってないなら、今までのやり方でもいいってことだろ」
「概ねそうです」
「概ねか」
「読み書きを学ぶ選択肢を追加することには賛成です」
「それなら、うちの子には覚えさせたいな。取引する時に便利そうだ」
男はそう言って、近くにいた少年を呼んだ。
少年は羊の足元へしゃがみ込んでいた。
「何してる?」
「こいつ、ちょっと変」
「変?」
少年が一頭の羊を指した。
見たところ、他と大きな違いはない。
普通に立っている。
鳴き声も聞こえる。
「どこが変なんですか」
ユトが尋ねる。
少年は困った顔をした。
「なんか」
「具体的には?」
「歩き方が少し違うし、群れの中でもいつもより端にいる」
「他には?」
「うーん……」
少年は羊を見る。
「なんか違う」
教師候補の女性も羊を眺めた。
「私には分からないわ」
「俺も今のところ分からん」
男が答える。
「でも、こいつはこういうの当てるんだ」
羊を少し確認すると、後ろ脚の蹄に小さな傷が見つかった。
歩けないほどではない。
放っておけば悪化する可能性はある。
ユトは少年を見る。
「傷があることを事前に知っていましたか」
「知らないよ」
「では、何を見て異常だと判断したのでしょうか」
「だから……なんか違ったんだって」
「説明が難しい?」
「うん」
ユトは少し考え、記録へ書く。
『家畜状態判断――長期観察経験に基づく、言語化困難な識別技能あり』
男が覗き込んだ。
「そんなのでいいのか?」
「はい」
「理由が説明できないんだぞ」
「言語化できないことと、技能が存在しないことは同義ではありません」
ユトは傷の見つかった羊を見る。
「少なくとも、私は同じ段階で異常を識別できませんでした」
少年が意外そうな顔をする。
「ユトさんでも?」
「はい」
「知らないことあるんだ」
「多数あります」
即答だった。
男が笑った。
ユトは続ける。
「文章化できる部分は記録できます。ただし、この技能を文章のみで完全に再現できるとは現時点では判断できません」
「じゃあ、どうやって教える?」
「実地で教えていただくのが適切だと思います」
今度は男の方が驚いた。
「俺たちが?」
「はい。可能であれば」
教師候補の女性が少し考える。
「学校で、ですか?」
「学校でなくても構いません。家畜がいる場所でなければ教えにくいのであれば、そちらで行う方がよいでしょう」
少年が羊の背を撫でる。
「じゃあ、先生が羊のところに来ればいいじゃん」
「それも可能です」
教師候補の女性は、しばらく羊と少年を見比べていた。
「私が教えるだけじゃないのね」
「何故、教師が常にすべてを教える側なのでしょうか」
「……そう言われると、そうね」
***
数日後。
調査結果を持ち寄り、住民たちが研究所近くの集会所へ集まった。
読み書き。
算術。
交易記録。
それらを学びたいという意見は多かった。
一方で、季節移動を続けたいという家族も多い。
「冬の間だけセルディアにいる家もある」
「春になったら北へ行く」
「子供だけ残すつもりはない」
「逆に、親族のところに預けて通わせたい家もあるぞ」
意見はばらばらだった。
ユトは、それを問題とは言わなかった。
「一種類に統一する必要はないと思います」
「でも、学校って毎日通うものじゃないのか?」
「その形式でなければ学校として成立しない理由がありますか」
誰もすぐには答えなかった。
ユトは調査記録を開く。
「継続してセルディアに居住する方は、継続通学が可能です。季節的に滞在する方は、その期間のみ参加する方法があります」
「途中でいなくなったら、勉強が遅れない?」
「次回戻った際に、前回の続きから再開できる記録を作ればよいと思います」
「教師が旅についていくのは?」
「本人が希望し、同行する集団も同意するのであれば可能です」
「今まで通り、親から教わるのは?」
「継続してください」
ユトは一度周囲を見る。
「学校へ通うことを可能にする制度と、学校へ通わなければならない制度は別です」
その言葉に、何人かが頷いた。
「また、継続通学の有無を、セルディアでの居住、交易その他の権利条件とすることには反対します」
「そこまで決めるの?」
ロゼが集会の端から口を挟んだ。
「後から、学校へ継続して通えない生活様式が不利益を受ける可能性を避けるためです」
「遊牧を続けるなら、学校へ行けないから不利、にはしないってこと?」
「はい」
ロゼは少し笑った。
「それなら分かる」
話し合いが進む。
その時、一人の住民が手を上げた。
「天族にも、何か教えてもらえないかな」
場にいた天族たちが一斉にそちらを見る。
「俺たちに?」
「だって、長く生きてるんだろ?」
住民は当然のように言った。
「歴史とか。昔、この辺りがどうだったのか知ってる人もいるんじゃないか?」
別の住民も頷く。
「昔の道や川の話も聞きたいな」
「古い言葉を知ってる天族もいるかもしれない」
ユトは少し考えた。
「可能だと思います」
最初に提案した住民が笑う。
「ユトさんは考えてなかった?」
「考えていませんでした」
サイモンが小さく笑う。
「認めるのは早いな」
「私が思いつかなかったことは、私が思いつかなかったことです」
「そうか」
「ただし」
サイモンが顔を上げた。
「もう始まったぞ」
「何がでしょうか」
「注意事項だ」
ユトは天族教師の候補へ視線を向ける。
「実際に目撃した出来事についての証言は、非常に価値があります。ただし、一名の記憶のみを出来事全体の唯一の記録として扱うことには反対します」
天族の一人が眉を寄せた。
「俺、その場にいたぞ」
「はい」
「だったら、俺が見たことは事実だろ」
「貴方がそのように目撃したことは事実として扱えます」
「同じじゃないのか?」
「貴方の視界外で発生した出来事や、他者の意図までは目撃できません」
「面倒だな」
「歴史を扱うのであれば必要です」
住民が苦笑した。
「じゃあ、古い記録と一緒に比べながら教えてもらえばいいか」
ユトがその人を見る。
「はい。その方法が良いと思います」
提案した本人ではない。
ユトでもない。
話し合いの中で、一つずつ学校の形が決まっていく。
「それと」
別の女性が手を上げた。
「災害の時の逃げ方も教えたいんです」
ユトがそちらを見る。
「避難訓練でしょうか」
「たぶん、それです。この辺りは地震もあるし、大雨の時に道が使えなくなることもあるでしょう?」
「はい」
「でも、何もない日に決められた道を歩くだけで、本当に練習になるんですか?」
ユトが止まった。
少し考える。
それから。
サイモンを見る。
「幻術によって、特定の避難経路を使用不能な状態として再現できますか」
「できる」
「煙による視界不良は?」
「できる」
「増水した河川は?」
「できるが」
ユトは机の上に置いていた不可視性豪雨研究の派生成果資料へ目を落とした。
「暴風雨環境下における視界確保手順と組み合わせれば、複数の災害条件を安全に再現できます」
サイモンの眉間へ皺が寄る。
「不可視性豪雨から離れろ」
「今回想定するのは実在する災害です」
「そういう意味ではない」
住民たちは、何の話か分からず二人を見ている。
ロゼだけが笑っていた。
「それ、面白そうじゃん」
「面白さを目的にはしません」
「分かってるよ。安全に練習できるならいいってこと」
「はい」
サイモンが腕を組んだ。
「抜き打ちでやった方が本番には近いぞ」
「反対します」
「即答か」
「訓練であること自体を秘匿する必要はありません。発生する災害種別、閉鎖経路、障害箇所を事前に知らせなければ、状況判断の訓練は可能です」
「参加者が、今日は何か起きると知っていても?」
「本物の災害と誤認させ、不要な恐怖を与えることを正当化するほどの利点は確認できません」
サイモンは少し考える。
「まあ、いい」
「協力していただけますか」
「条件を聞いてからだ」
「はい」
ユトはすぐに新しい紙を取った。
サイモンが嫌そうな顔をする。
「もう書くのか」
「協力条件の確認が必要です」
「分かった。好きにしろ」
***
試験的な避難訓練は、数日後に行われた。
訓練が行われることは、参加者全員に事前に伝えられている。ただし、何が起こるかまでは知らされていない。
警報が鳴った。
今回の想定は、大雨による河川増水だった。
子供と大人、合わせて三十名ほどが広場へ出る。
最初に指定されていた北側の道へ向かおうとして、足が止まった。
橋がない。
正確には、橋が崩落したように見える。
濁流がその下を流れている。
「うわ!」
子供が声を上げた。
「幻術です。実際には橋は存在します」
ユトの声が響く。
「ただし、訓練上は使用不能として扱ってください」
「じゃあ西だ!」
教師候補の女性が言う。
人々が西側の道へ向かう。
その時だった。
「そっちは駄目!」
先日の羊を見抜いた少年が叫んだ。
女性が振り返る。
「どうして?」
「雨の後に、あの斜面通っちゃ駄目だよ」
「でも、避難経路にはなってるわ」
「崩れるから!」
近くにいた遊牧民の男も斜面を見る。
サイモンの幻術で、地面は濡れて見える。
「こいつの言う通りだ」
「本当に?」
「あの斜面は、水を含むと上の土が落ちやすい。普段なら通れるが、大雨の後は使わない方がいい」
教師候補の女性が、手元の避難経路図を見る。
そこには書かれていない。
ユトが言った。
「避難経路資料を修正します」
サイモンが横から言う。
「子供の判断を採用するのか?」
「現地経験に基づく情報が、既存資料から欠落していました」
「理由を説明しきれていなくても?」
ユトは少年を見る。
「はい」
少年は少し得意そうだった。
「見れば分かるんだよ」
「私には分かりません」
「また?」
「はい」
訓練は続く。
西側を避け、第三経路へ向かう。
途中では煙を模した幻術が視界を遮った。
不可視性豪雨研究から生まれた視界確保術が展開され、避難方向を示す印が白く浮かび上がる。
同時に、出発地点までを結ぶ帰還経路術の淡い線が足元に残り、通れなくなった区間へ近づくと赤く変わった。
「見える!」
子供が印を指す。
「印に従ってください。ただし、前方の安全確認は続けてください」
今度は道の途中に倒木が現れた。
別の経路を探す。
誰かが地図を見る。
別の誰かが土地を見る。
子供が近道を知っている。
商人が荷車の通れない道を指摘する。
最初に決められた正解をなぞる訓練にはならなかった。
避難終了後。
サイモンは幻術を解除した。
壊れていたはずの橋が戻る。
煙が消える。
倒木もなくなる。
参加者の一人が、長く息を吐いた。
「分かってても、結構焦るな」
「心理的負荷について記録します」
ユトが答える。
「次回は希望者のみで、さらに条件を変更して――」
「もう次を考えてるのか?」
「一度で充分とは判断できません」
サイモンが小さく笑った。
「不可視性豪雨の研究が、随分遠くまで来たものだ」
「不可視性豪雨そのものは未解明です」
「分かっている」
「今回の訓練成果を、不可視性豪雨そのものの解明成果として扱うつもりもありません」
「それも分かっている」
ユトは記録する。
『幻術を利用した避難経路閉鎖条件下における初回訓練』
その下へ。
『既存避難経路資料に、遊牧民の季節的・気象条件別土地利用知識が充分反映されていないことを確認。修正を要する』
少年が覗き込む。
「オレの話も書いた?」
「はい」
「学校で教えていい?」
ユトが顔を上げる。
「貴方が教えたいのであれば」
「じゃあ教える」
教師候補の女性が笑った。
「私も教えてもらおうかな」
「先生なのに?」
「先生でも知らないことはあるの」
「ユトさんも知らなかったもんな」
「はい」
また笑いが起きた。
***
学校として使われ始めている建物には、まだ机も充分に揃っていなかった。
それでも入口には、大きな板が二枚置かれた。
住民たちが相談して作ったものだった。
一枚には、
《学びたいこと》
もう一枚には、
《教えられること》
と書かれている。
《文字を読みたい》
《計算》
《帳簿の書き方》
《昔のセルディア周辺の話》
《天族が見てきた歴史》
《羊の病気の見分け方を教えられる》
《冬の移動路》
《薬草》
《古い言葉》
《災害の時の逃げ方》
少しずつ、項目が増えていく。
ロゼが板を眺めた。
「学校、できそうだね」
「はい」
「今度はユトが作ったって言ってもいいんじゃない?」
「私は相談を受け、現状調査と安全面の確認を行いました」
「幻術避難訓練を考えたのは?」
「サイモンさんの既存能力について、利用方法を提案しました」
サイモンが横から言う。
「私を巻き込んだのはお前だ」
「同意は得ています」
「そこは否定しない」
ロゼは肩をすくめた。
「絶対、自分が街を作ってるって認めないよね」
「実際に作っているのは、ここで生活する皆さんです」
ユトは二枚の板を見る。
自分が書いたものではない。
そこに何を学びたいと書くかも。
何を教えられると書くかも。
ユトは決めていない。
文字を覚える者がいる。
今まで通り、旅をしながら学ぶ者もいる。
何百年も生きた天族から歴史を聞く者がいる。
文字にしにくい土地や家畜の知識を、人間から学ぶ者もいる。
誰か一人が、すべてを教える必要はない。
学校へ通うために、それまでの生き方を捨てる必要もない。
使える方法を一つ増やし、今まで持っていたものはそのまま残す。
ユトはそれで充分だと思った。
研究所へ戻れば、不可視性豪雨の記録が待っている。
そちらについては、まだ何も分かっていなかった。