彼岸花がそれぞれ一輪ずつ供えられている。
いやに輝く月と太陽。
そこで私は、黒金の翼の女に問う。
「あなたは誰」
「――――」
空気が震えた。
――■■■■って、知ってる?
「知ってる知ってる、あのヤクザが人身売買してるやつ」「あれだっけ、この街の何処かにあるでっかい墓地にあるっていう」「妖怪だの何だのをどうにかしてくれる」「デマだろ、見に行ったけど墓場すらなかったし」「一回行ったことあるよ、ただの廃墟だった」「ぎらぎらしたラブホだったよ」「どっかのスナックの名前だろ、すぐ下に夢なんちゃらって病院もあるし」「オカルトの話は好きじゃないんだ」「おーい、変な噂話はやめろー」「なんか〇年の先輩が見に行って行方不明だって」「そもそもこの街に墓場とかあったっけ」
「ごめん、今なんて?」
「――メンタルクリニック、人生墓場」
※※※
「ヘイ親友、唯一の友達のためにパシりたい気持ちになったりしないかい?」
「メロスは激怒した。必ず、かの邪知暴虐の幼馴染を除かなければならぬと決意した」
「パシれメロス!」
「気持ち的にはセリヌンティウス」
もしくは市民である。理不尽にさらされる、の意で。
陽が沈みかけた教室で、二人の女子高校生が雑談に興じている――片方は頬杖を突き、片方は机に突っ伏している。
「そういえばさ、メロスの王の名前って何なんだろうね?」
「またえらく急な……確かディオニスだった気がする。語源はたぶんディオニューソス……豊穣と発酵葡萄ジュースの神」
「ワインの事を発酵葡萄ジュースとと呼んで許されるのは腹の出た中年だけだよ」
「はい、あなた今世界中の中年を敵に回したー」
「ただ、平和を望んだだけだったのに……!」
「それを市民を虐殺する王が言ってるって時点で面白いよね」
「誰、メロス!」
「盛り上がらなさそう」
「待て、セリヌンティウス!」
「往年の名作をここまで面白くなさそうにできるのかあんたは」
頬杖をつく少女は、大きくため息をついた。
「そろそろ本題を話してよ。何を買いに行けばいいわけ?……いや買いにもいかないけどね?」
「どしたん?話聞こか?……ってコト!?」
「そうだけどそうじゃない……いいから黙って話せ」
「いやあ、それが状況的に、あながち間違いじゃあないんだよな」
冷ややかな視線を向ける生徒は――
「私がとある男子生徒に告白しました」
「人生で通算何回目?」
「n回目」
「もうやめなよ」
空の言葉を無視して、突っ伏する生徒――
「勉強に集中したいからと言ってフラれました」
「それで逆恨み?こわ。やばい女じゃん」
「最後まで話してないのに親友からの罵倒がひどい」
「まあいいや、それで?」
「後日、その男子生徒が女子生徒とラブホテルに入るところを目撃しました!」
「ストーキングですか?通報するね」
「本当にたまたまだよ待ってスマホを取り出さないでああもう11まで入力してる!」
冗談だよ、と空はスマホをしまいながらため息をつく。
紅咲からの恋愛相談は、今回でそれこそn回目。正直うんざりと言うか、飽き飽きと言うか。いい加減あきらめなよ、と言うしかないのである。
「で、私は何をすればいいわけ?慰めればいいの?」
「親友が冷たいよお!ひえっひえだよお!」
「本当に冷たくなれば黙って帰るから」
「人の心って知ってる?」
「ナニコレ……コレガココロ……?」
「それ確実に悪感情だから抱かないほうがいいと思う」
真顔でふざける空を見て、初めて紅咲は笑う――と言っても、これまでふざけ通しだったのだが。
「まあいいや、呪いの藁人形買ってきてよ」
「その顔で言うセリフじゃない……」
――それはとてもさわやかな笑顔だった。雨上がりの後の青空のような、初かに吹き抜ける一陣の風のような――少なくとも、呪いの藁人形と言う単語と組み合わせるものではないことは確かであった。
「どこで売ってるのそんな物。自分で買いに行きなよそんな物」
「
「端的に」
「ルビを読み取れこの野郎!」
「女です」
「ね、頼むよこの通り、幼馴染兼唯一の大親友が懇願してるんだからさ?」
「――失敬な、私には吸血鬼の友人がいる」
「マジで!?ほかに友達いたの!?」
「そこまで驚かれるとさすがに傷つく」
「そうか、私以外にも友達が……立派になって……」
「……ごめん、私が悪かったからちょっと黙って?」
一拍置いて。
「じゃ、買いに行ってくれるってコト?」
「ま、しょうがないわね、ただ利子はつけさせてもらうよ」
「ふむふむ、それは何割?」
「――
「この
「どっちかって言うと湯婆」
発音も違うし――と、空は再びため息をつく。
「で、いくらなの?その呪いの藁人形とやらは」
「税込み2530円」
「随分と生々しい値段の呪いの藁人形」
「オカルトチックな代物なのにね(笑)」
「笑ってんじゃないよ……まあいいや、どこに行けば買える訳?」
にたり、と紅咲は笑う。魚が餌に食いついたように――。
「メンタルクリニック」
「は?」
「メンタルクリニック――【(人生墓地)】」
――メンタルクリニック【(人生墓地)】。
それはここ数日、この町に広まる噂の病院の名前。
曰く、その病院は墓地にある。
曰く、その病院は現代科学では説明できない病を治し。
曰く、その病院はこの世ならざる物品を販売している。
妖怪、幽霊、怪奇。
都市伝説、街談巷説、道聴塗説。
所謂『オカルト』の類の病院である。
「あれってデマじゃないの?」
「それがさア、本当にあるっぽいんだよね、ほら」
紅咲が見せたスマホに映し出された写真は、廃れ切った墓地――そして廃墟同然の病院であった。
「どこでこの写真入手したの?」
「グループチャットで出回ってるよ」
「……」
「ああ……多少の体調不良で休んだら駄目だよ」
「40度の高熱を多少の体調不良と呼ぶのなら、世界から病気は消えてなくなる」
空はクラスのグループチャットに所属していない。最初の一週間を風邪で休み、スタートダッシュで盛大に躓いたからである。新学期から一カ月以上たってなお、彼女のフルネームを言えるものは只一人を除いていないだろう。
「行き方まで回ってるよ、ほら」
紅咲が画面をスワイプすると、また別の画像が表示される――それは人生墓地への行き方を示すものだった。
「はあ」
「ま、そんなわけだからさ、お願いね」
――人が行方不明になったりするけど。
※※※
「あんにゃろう……絶対どつく」
静かに決意の炎をも揺らせながら、空は歩く。
断ればよかったのだが、なんやかんやで丸め込まれてしまったのだ。空は昔から頼み込まれると弱いのである――。
紅咲から転送された、人生墓地への行き方を見ながら悪路を歩む。
長く、そして非常に面倒くさいものであった故に割愛するが、空は手順を完璧になぞり、そして到達した。
それはまるで当然のように佇んでいた。
それはたどり着けない方がおかしい、と言わんばかりに佇んでいた。
サイズに比例する様に不気味に。
サイズに反比例するかのように静かに。
メンタルクリニック【(人生墓地)】は――佇んでいた。
実はなろう・カクヨム版と違ったり