アップルアカデミーの教員室に呼ばれた自分達は、縮こまるようにしてパイプ椅子に座っていた。一方で担任のアラマキは自身の回転椅子をキィキィ鳴らしながら左右に揺れていると、両手を頭の後ろに回した姿勢で背もたれに寄り掛かりながら陽気な調子で喋り出してくる。
「そいつは災難だったな。事情は分かったぜ、皆も苦労してんだな。そいつは自分が望んだモンであれ、別に望んじゃいなかったモンであれ、世間が考える恵まれた環境っつーモンには、相応のやっかみが付きまとうモンだ。こいつばかりはどうしようもならない。代償みたいなモンだな。根本的な解決にはならねぇと思うが、それだけ自分達はツイている、他人よりも運が良い境遇にいると、そうポジティブに物事を捉えられると少しは見方が変わるかもしれねぇが……当事者の心労は計り知れない。大変だったな」
アラマキは動きを止め、サングラス越しに視線を向けながら言葉を続けてきた。
「もちろん、この学園は皆が安心して過ごせる環境であってほしいとオレちゃんは思っている。何なら、今回の出来事は普通に事件だぜ。カンキちゃんの安全が脅かされたんだからな。んまァ、後の事は学園に任せてくれや。責任を持つ大人達が何とかするからよ。まずは三人が無事で良かった。――こうしてみると、三人とも見違えたモンだ。学園生活と課外授業で、随分と面構えが変わったぜ?」
重苦しい空気を変えるためだろうか。アラマキはそう言うと興味深げに前のめりとなりながら、持ち前の陽気な調子で訊ね掛けてくる。
「提出してくれたレポートを見て思ったんだが、三人が捕まえた新しいポケモンにオレちゃんすご~く興味をそそられたワケよ。そこで、だ。せっかくの機会だからよ、今ここで見せちゃくれねぇか? 三人の新しい仲間達をよ」
自分達は目を合わせて戸惑った。だが空気を読んで彼の言う通りにすると、少し広い空間に移動した後に自分達はモンスターボールから新しいパートナー達を繰り出していく。
赤いマントを身に纏う隻眼のヨーギラスと、プロトーガにヒスイニューラ。姿を見せた面子にアラマキは感嘆の声を漏らしながらそれぞれを眺め遣った。
「ヨーギラス! 良いポケモンを捕まえたなカンキちゃん! しかも、歴戦の風格を持つ素晴らしい個体だ! オレちゃん、ジョウダシティでじめんタイプのジムリーダーを受け持っているからな。じめんタイプとなると目の色が変わるぜ? 所謂、じめんタイプのソムリエだ。そんなオレちゃんが豪語する。このヨーギラスは別格だ。今まで見てきたヨーギラスの中で一番、大物となり得る素質を感じさせる。カンキちゃんが捕まえてなければ、オレちゃんが捕まえたかったくれぇにな! 進化するとじめんタイプは無くなるが、是非ともこいつの成長を見守りてぇ。定期的に進捗を聞かせてくれや」
「わ、分かりました」
「こっちはプロトーガだな! 現代においては化石を復元することで入手できるポケモンだが、メーちゃんのレポートによると時空の歪みで太古の時代から飛ばされてきた個体っつーコトだったな。さすがに太古の時代からやってきたプロトーガを見るのは初めてだぜ。一体どんな景色を見てきたんだろうな、人の言葉を喋れるのなら教えてもらいたいモンだ。しかも、プロトーガは獰猛なポケモンとして扱いが非常に難しいとされているけどよ、こいつはおっとりとした性格なんだな。まだまだ陸地の移動に苦戦しているみてぇだが、進化をすると陸地でも実力を存分に発揮できるようになる。根気はいるかもしれないが、将来性は十分だぜ! 大切に育ててくれ!」
「うい~っす! あざっす!」
「そしてヒスイニューラか……! ラミアちゃん、こいつァ事件だぜ。ヒスイ地方のリージョンフォームとされるポケモンは、まず現代じゃァお目にかかるコトができねぇ。ほんの極稀に所有しているトレーナーはいるけどよ、今までオレちゃんにそのコネはなかった。ラミアちゃんが現れるまではな。可能ならばシナノ地方のポケモン研究所に提供してもらいたい個体だが、この出会いはどうか手放さないでもらいたい。特にニューラもラミアちゃんを気に入っているみてぇだからよ。あまりにも珍し過ぎる故に、どんな風に成長するのかはオレちゃんからしても未知数だが、こうして巡り合えたご縁を大切にしてくれよ」
「ど、どーも」
三人のポケモンを一通り眺めると、アラマキは満足したように額を拭った。そして両手をポケットに入れた佇まいで、ニッと口角を吊り上げた微笑を浮かべながらそれを口にしたものだ。
「大変な目に遭ったばかりなのに、足止めして悪かったな! オレちゃんからは以上だ! 三人の更なる成長を楽しみにしてるからよ! 今日はゆっくり休んでくれ! おっと、明日までの課題はしっかりと終わらせるようにな! そんなワケで、解散! お疲れちゃん!」
教員室を後にした自分達は、校舎の中庭を歩き進めていく。今日も色々あった事をラミアとメーの二人で話していると、次にも背後から
「そこのお三方ぁ~!! ちょっとええかぁ~!!」
聞き覚えのある声に自分達は振り返ると、その先からはオキクルミがやってきた。銀嶺会の部下と思われる数名の不良を引き連れた彼は、ギラギラに輝かせた瞳をかっぴらいて言葉を続けてくる。
「ウチの者がまたしてもお三方に迷惑をかけたっちゅうから、そのケジメをつけに来ましたわ。……おうオマエら、ご迷惑をおかけしたアチラさんに誠意を見せんかい、誠意を」
そう言い、オキクルミの後ろからは先程の男達が渋々と現れる。前に出た彼らをオキクルミの部下達が取り囲むように立ち並ぶと、直にも男達はこちらに土下座をしながら謝ってきたものだ。
「この度は申し訳ございませんでした!!」
謝罪された自分らが当惑していく手前で、目元に陰りを落としたオキクルミがドスを利かせた声音で男達に呼び掛ける。
「もっと腹から声出せぇ!!! 銀嶺会の看板に泥ぉ塗ったこの醜態、どう落とし前つけるんじゃコラ!!! おどれら、カタギの人間に手ぇ出した大罪が、たった一言の謝罪で消えると思うたら大間違いやぞ!!! これから先公にしょっぴいたるさかい、二度とシャバの空気を吸えると思うなや!!!」
「ひぃぃぃぃ!!! すんませんすんません!!!」
オキクルミの怒号は周囲の人々やポケモンを遠ざけた。その中央に置かれた自分達がむしろ肩身の狭い気持ちで立ち尽くしていく中、オキクルミはこちらへ振り向くなりおどけるように笑いながら言葉を投げ掛けてくる。
「ウチの者がオタクらばかりに粗相を働いて、ほんまに申し訳ないと思うとる。学園の均衡を保つ調停者として、この失態が情けなくて仕方あらへんわ。オタクんトコに手ぇ出したコイツらは、ワシが責任持って先公に突き出したるさかい、どうかそれで手打ちにしてくれへんやろか?」
「俺は、彼らが相応の報いを受けるなら別に良いと思ってるよ。強いて言うなら、オキクルミが突き出すんじゃなくて彼らが自分の意思で先生達に申し出るというのなら、今回の件は許したいかな」
こちらの返答に対し、オキクルミは土下座する彼らの襟を強引に掴んで起こしながらそれを言い聞かせていく。
「聞いたかおどれら!! カロスのZAロワイヤルやあらへんのに不意打ち仕掛けられた当の本人が、こないに寛容な心持ちでおどれらの失態を許そう言うとるんや!! これ以上と銀嶺会の恥ぃ晒すなや。カンキの漢気を手本にして、こっから先はジブンらで先公に自首せい!! ジブンらのケツはジブンらで拭かなケジメにならんやろ!!! 分かったか!!!」
「へい!!! すんませんっした!!!」
男達は銀嶺会の不良達に見送られながら、職員室の方へと向かっていった。数名の構成員が男達を監視するべく後ろからついていく光景の最中、オキクルミは両手を腰に当てて天を仰ぎながらため息をつき、それからこちらに振り返って言葉を投げ掛けてきた。
「ほんで、どないや? オタクら、先日の課外授業でまたひと悶着あったみたいやないか」
「どこでそれを?」
「銀嶺会っちゅう組織の役割を忘れたんか? ワシらはカチコミや交渉で扱う情報をそこら中から集めてきとる。トレーナーの出生から手持ちポケモンのわざ構成まで、その全てを握っとると言っても過言やない。もちろん、カンキの情報も隅々まで洗っとる。ハクバビレッジの連峰でヨーギラスを捕まえたみたいやないか。それも、強盗団のリーダー格やった個体や。ごっついでぇ、その大胆さにますます惚れてまうわぁ」
「色々と調べられているのは、正直あまり気持ちの良いものではないな。でも、俺がやめてほしいと言っても銀嶺会はそれをやめないもんね」
「銀嶺会を説得するっちゅうんなら、ワシらの“ボス”を力尽くで捻じ伏せて言う事聞かせなアカン。せやけど、今のカンキじゃボスにぁ勝てへんわ。如何せん、ボスはバッジを六つ持っとる実力者やからなぁ」
それを言うなり、オキクルミはかっぴらいた眼差しでこちらにズカズカと歩み寄ってきた。間近まで迫った彼に自分は仰け反りながら困惑する手前で、オキクルミは野生的な笑みを浮かべながらそれを喋り出してくる。
「バッジと言えばやけど、オタクらは次の課外授業でハクバビレッジのジムに挑むんやろ?」
「そのつもりではいるけど……それがどうしたの?」
「ほう、おもろそうやないか。――決めたで!! 次の課外授業、ワシもオタクらについていこか!!」
「え?」
困惑するこちらに対し、オキクルミは笑い飛ばすようにおどけながら言葉を続けてきた。
「ええやないか!! ワシだってバッジを四つ持っとる。トレーナーの先輩として、その期間中はワシを好きにコキ使えばええ。なんや誤解されとったらいかんから言うておくけどなぁ、カンキ、ワシはオマエのファンなんや! オマエの優しい漢気に、ワシぁ同じ漢として惚れ込んどる。せやからこそ、力になりたいんや。特にハクバビレッジジムが最初のジム挑戦なんやろ? せやったら景気づけに快勝したろやないかい。そのためにも、バッジ持っとる有識者を頼るんは論理的にも正しいコトや。せやろ?」
「それはそうかもしれないけど、じゃあ銀嶺会はどうするのかなって」
「ワシの他に幹部が二人おるし、ヘーキ、ヘーキ! 何やったら、課外授業ん時は部下達も冒険に出とるから、幹部のワシらは暇やねん。せやから、次の課外授業はワシもついてく! コンディションの調整、本番に向けた追い込み、ワシにも手伝わせたって!」
「それなら、まぁ……」
自分はラミアとメーの方へと向いていく。彼女らも目を合わせて暫し迷ったようだが、直にもメーが致し方なしといった具合に眉をひそめながら口を開いた。
「いんじゃね? その分、アタシの調整にも付き合ってもらうし?」
「お二人がイイなら、ウチも別にイイですよ。協力者は多い方がイイでしょーから」
彼女達の了解を得て、オキクルミはガッツポーズをしながら「っしゃあ!!」と喜びを示した。
思わぬ同行者を交えた次なる旅。ハクバビレッジジムへの挑戦も、もう間もなくだ。