ショウホンシティに到着してからは、事件の関係で課外授業に集中することができなかった。捜査に協力した後も自分らは独自で聞き取りを行ったものの、これといった成果は得られずにいた。結局ショウホンジムに挑戦するための準備も整えられなかったため、今回の課外授業は新天地の空気に慣れていく方針へと切り替えたものだ。
特訓というよりは観光。自分はリオルとヨーギラスを連れ歩きながら、ショウホンシティの
そうして課外授業の期間が終わりを迎えつつある日のことだった。ショウホンシティのホテルで帰りの身支度を済ませた自分が、リオルを連れながらエントランスの売店に顔を出していく。彼女のおやつを買いに売店へ足を踏み入れると、そこで偶然シュラと出会った。ベイリーフを連れたシュラが会計を済ませると、こちらへ歩み寄りながら活発的な調子で喋り掛けてくる。
「真面目なニーチャンやないか、奇遇やな~」
「やぁ、シュラ。事件の調査は続けてるの?」
「せやで、けど進捗はダメダメや。時間が経つと、目ぼしい痕跡も消えてまう」
「ご苦労様。何か奢るよ」
「ええって!! こうして真面目なニーチャンと話ができるっちゅうのが、ウチにとってのご褒美やねん。っとと、深い意味はあらへんで!! せやから、リオルはそないな目せんといてや~」
シュラが冗談めかしながら笑い掛ける傍らで、リオルはちょっとだけムッとした顔をしながらこちらの脚に縋りついてきた。絶対に渡さないという強い意思表示に自分も苦笑しながらなだめていく一方で、自分はシュラへとそれを問い掛けていく。
「ナコちゃんはどう? 色々とあって疲れてないかな?」
「あのジョーチャンなら平気や。ウチが頃合いを見てゆっくり休ませとるさかい。せやけど、ナガノシティの学園にこもっとった女子高生が、いきなり遠い場所に来て色んな世界を見て聞いとる。頭の中に流れ込んでくる膨大な情報量と、葛藤で荒んだ感情に射し込んでくる希望っちゅう新しい光は、ジョーチャンに新鮮な発見と経験をもたらしとるんちゃうかな~。知らんけど」
「ナコちゃんにとってもプラスになる旅であったなら、十分な意味があったと思う。そろそろ帰り支度を始めておいた方がいいと思うけど、ナコちゃんにもそれは伝えてあるかな?」
「明日には此処を出発やろ?? せやけどジョーチャン、今は気分転換したい言うてそこらを散歩しとると思うで?? 呼び出したろか??」
「いや、一人の時間も必要だろうからそのままでいいよ」
「いつも思うけど、真面目なニーチャンは常に他人のことを考えてくれとるよな~」
「そうかな」
「せやで。な~?? ベイリーフもそう思うやろ~??」
シュラはベイリーフへと身体を委ね、ベイリーフは彼女の身体を支えながら頭部を擦り付けてくる。その甘えるような仕草に自分は微笑ましく思いながら見遣っていると、ふとシュラのスマホロトムが着信を受けて騒ぎ始めた。
彼女はすぐにも応答し、発信者へと言葉を投げ掛けていく。
「お~、ジョーチャンやないか~。どないした~??」
『ねぇ! ちょっと来てくれる!? あたし一人じゃよく分かんなくって!』
「どういうこっちゃ??」
『“ポケモン”! ポケモンが急に出てきたの! 傷だらけで、あたしは抱き上げることしかできなくて!』
「よう分からんけど、取り敢えず今行くわ!! 場所はどこや??」
「場所は――」
通話先であるナコは、戸惑い混じりの必死な声音で助けを呼び掛けてきた。少女から教えられた場所へシュラと共に向かうと、ホテルからそう遠くない古風な街並みの路地裏にてナコの姿を発見した。
少女が助けを求める目でこちらを見遣り、その両腕にはボロボロとなった小さなポケモンが抱き締められている。そのポケモンは幼児のような外見で、目元を隠すような緑色の頭部とハートマークに見える赤色の角が特徴的だ。
ナコへと駆け寄るシュラが、驚いたように声を上げていく。
「“ラルトス”やないか!! 滅多に現れへん珍しいポケモンやで。どないしたん??」
「分かんない! 分かんないけど、ここを歩いてたら急に出てきて!」
「テレポートかいな。その転移先にたまたまジョーチャンがおったんか??」
自分はラルトスの様子を観察してから、言葉を口にしていく。
「いや、このラルトスは直前まで戦闘をしていたのかもしれない。そこから逃走する手段としてテレポートを使用して、匿ってもらえそうな誰かの下に瞬間移動してきた……という可能性も考えられるかも」
「あたしのトコに? なんで?」
「詳しい理由は分からないけれど、おそらくラルトスはナコちゃん目掛けてテレポートしてきたんだと思う。最近勉強したばかりなんだけど、ラルトスって共感力がすごく高いみたいで、特に前向きな気持ちをキャッチすると、そちらの方に引き寄せられる習性があるらしいんだ」
「それって、あたしが前向きってこと? だって、あたしは……っ」
ナコが視線を下げて、今も抱き抱えているラルトスを確認していく。その最中、ベイリーフがシュラの袖を咥えて何かを知らせていくと、彼女はこちらに対してナコの傍へ寄るようジェスチャーを送ってきた。
自分とシュラは、身体でナコを隠すように挟み込んだ。間もなくして駆け足が聞こえてくると、ガーディを連れた少年が路地裏を通りがかるなり、そこに突っ立っていたこちらへと言葉を投げ掛けてくる。
「おにーさん! ラルトス見なかった!?」
「ラルトス?」
自分はほんの僅かな間で思考してから、返答を再開する。
「そんなに珍しいポケモンが、一体どうしたの?」
「見つけたんだよ! あ、でもオレのだから横取りしないで! あともうちょっとで捕まえられそうだったのに、テレポートで逃げられちゃって!」
「ごめんね、俺に心当たりはないな」
「なんだよ、使えないな。ラルトスをゲットできたら、みんなに自慢できるってのに。ここまできて逃がしたの、ガーディのせいだからな。ほら行くぞ!」
悪気のない言葉と共に、路地裏から離れていく少年。その遠のいていく足音を受けて自分とシュラが離れると、ラルトスを抱き抱えているナコは不機嫌ながらも気掛かりな様子で言葉を口にしてきた。
「なんなの、あいつ。バカじゃないの」
「まぁまぁ、落ち着いてナコちゃん」
「あんたは、ああいうのムカつかないわけ?」
「ムカつくというよりは、ちょっと悲しく思えてきちゃうかな」
「なにそれ、意味わかんない」
「本音のつもりだったんだけれど、何かダメだったかな?」
「別に、そういうわけじゃないし……。ただ、なんて言うの? あいつんトコにラルトスが行かなくて良かったなって、そう思っただけ」
ナコはラルトスをまじまじと見つめていく。今も痛ましい姿でナコの懐に収まるラルトスだが、そのおかっぱ頭のような緑色の頭部から、チラッと赤色の目が覗き込んできた時、少女は何か、今までに受けたことのない衝撃を体感したものだった。
ラルトスと目が合い、ナコは無言でそれと見つめ合っていく。次第と愛着でも湧いてきたのだろうか、直にも少女は切り出しにくいといった具合で口をもごもごさせながら、おそるおそるといった調子で喋り出してくる。
「…………ねぇ」
「どうしたの?」
「その、さ……。あんたがリオルと出会った時の話、電車の中でしてくれたじゃん」
「そうだね。ショウホンシティに来る途中で話したかな」
「その時って、さ……どうしたの?」
「どうしたって、何がかな?」
「だからさ! その、さ……。トレーナーの免許証を持ってないのに、仲間にしようと思った時って、手続きとか諸々、どうしたんだっけなって、なんか思っただけ。……なに? 文句ある?」
ナコの伝えたがっている意図を、自分は察することができた。そのため自分は少女の機嫌を損ねないように言葉を選びながら回答していく。
「文句はないよ。それで、俺がその時どうしたのかと言うと……まずはポケモンセンターに連れていったかな。リオルも当初は怪我を負っていたから、確かダメージを回復できる方法を最優先に動いたはず」
「じゃあ、このままポケモンセンターに行けばいいの?」
「そうだね。ここからなら近いから、すぐ着くよ」
「ん……っ」
ナコはこちらの提案を素直に呑み込み、シュラを含めた一同でポケモンセンターに訪れる。そこで野生のラルトスを預けていくと、次にナコはこちらへと問い掛けてきた。
「でさ、もし……もしもの話なんだけど……あたしがあのラルトスを迎えるってことになったら、あたしは何をできていた方がいいのかな」
「ナコちゃんはトレーナー免許証を持ってないんだよね?」
「持ってない……。でも教習は途中まで受けてる。そこからサボってるけど……」
「なら、教習を再開して免許を手に入れる感じになるかな」
「でも、その間ってラルトスはどうなるの? 野生に帰されるの?」
「俺の場合は、リオルは育て屋に預けてくれたね。治療が終わり次第、ポケモンセンターの方で育て屋に送ってくれる手続きがあるんだ。一応やり方を教えておくから、ちょっとこっちに来てくれる?」
「ん、分かった……」
それから自分は、リオルを迎え入れた経験則をナコにレクチャーした。この様子を、背後にいたシュラはとても温かな眼差しを向けながら見守っていたものだった。