アップルアカデミーの授業中、自分は眼前の学業とは異なる思考を巡らせていた。
それは、ヨーギラスの育成に関することだった。次に挑むであろうショウホンシティのジムリーダー・ハオマは、ほのおタイプの調教師として名高い女性だ。課外授業の最中に出くわした事件現場においても、彼女の所有ポケモンと思われるカエンジシの姿が未だ印象に強く残っている。
おそらくは、あのカエンジシと戦うことになる。その予感を抱いていた自分は次なるジムの対策に熱中していた。ひとつ思い浮かんだ戦略としては、エースに据えるポケモンをリオルからヨーギラスに変えるという大胆な案だった。
あのカエンジシが登場するのであれば、相手はほのお・ノーマルタイプの複合という関係でかくとうタイプのリオルをエースに据える意味合いが出てくる。だが、カエンジシが登場する確証は無い以上、先鋒のリオルで様子を見ながら、ほのおタイプに有利なヨーギラスを大将として運用する方法が安定しているようにも感じられた。
そうなると、課題になるのが『今のヨーギラスで戦えるのかどうか』という問題だった。本人のポテンシャルは高いものの、どうやらトレーナーである自分がヨーギラスの力を引き出せずにいる。もっと彼の理解度を高めないといけない。その場合、自分は何をすればいいのだろうか? もっと触れ合いを増やしてみる? いや、彼はクールな性格をしているため、触れ合いは好まないだろう。じゃあ、もっとバトルをさせてみる? バトルをするにしても、現状のまま闇雲に回数だけ重ねては本人の体力消耗に繋がるだけだ。
自分は真剣に悩み、思考をしていた。だからこそ、外部からの呼び掛けに気付けなかったものだ。次にも頭にトスンッとファイルを乗せられると、自分はハッとして顔を上げ、その人物を見遣った。
生物を担当する教師、レダ。カルイザワシティのジムリーダーであり、人間としても魔性の魅惑を放つ彼女は、艶やかな声音で言葉を掛けてくる。
「こ~ら、呼ばれたら返事くらいしなさ~い?」
「す、すみません。ちょっと他の事を考えてました」
「わたしの授業中に、わたし以外の事を考えちゃダメよぉ~? もっと、わたしの事を見てくれなきゃ、ね?」
そう言って、レダは意味深に前のめりとなりながら囁いてきた。彼女の色気に自分がドキッと胸を高鳴らせていく傍ら、隣にいるラミアが淡泊な視線を向けてくる。レダは我に返ったこちらの様子を見ると、狙いを定めるような眼差しで微笑しながら教壇に戻っていった。
直にも授業が終わり、チャイムが校内に鳴り響く。昼休みを迎え、皆がのびのびとした様子で昼食の準備に取り掛かっていく最中、自分の下には先程のレダが歩み寄ってきた。
彼女はファイルを片手に、魔性の微笑みでこちらを見遣りながら喋り掛けてくる。
「カンキく~ん? 授業が頭に入ってこないなんて、あなたにしては珍しいじゃな~い? 何か悩み事? わたしが聞いてあげる」
「ご心配をおかけして、すみません。次に挑むジムの事で頭の中がいっぱいなんです」
「へぇ~、次に挑む所は何処?」
「ショウホンジムです」
「あぁ~、ショウホンジムねぇ。ハオマさんがいるところじゃない」
「ほのおタイプの使い手と伺っているので、ヨーギラスをエースにしたいんですけれど……そのヨーギラスの力を上手く引き出せない自分にモヤモヤしておりまして」
「それなら、またわたしが特別にトレーニングしてあげましょうか?」
「いいんですか?」
こちらの問い掛けに対し、レダは思惑通りといった具合にニヤリと笑みながら返答する。
「わたしは
放課後になり、自分はリオルと共にバトルコートへ向かった。なんだか面白そうだからという理由でラミアとメーの二人もついてくる中、バトルコートにはレダを取り囲む無数の男子生徒が群がっていたものだ。
慣れた調子で彼らを受け流す彼女は、こちらを見つけると近付いてきた。今も外部からの視線が突き刺さるように向けられる空間にて、レダは艶やかな声音で喋り掛けてくる。
「あらぁ、ガールフレンド達も連れてきちゃったの? 二人きりだと思ってたのに、残念」
自分が取り乱すように焦る最中、特に反応を示してきたのは足元のリオルだった。もはや黒ずんだオーラを醸し出しながらレダを睨み付ける彼女の様子に、レダは嘲笑うようにクスッと微笑していく。
「それで、カンキく~ん? あなたが悩んでいたのは、ヨーギラスについてだったかしらぁ?」
「ヨーギラスに見合うトレーナーになりたいんです。現状だと、本人の意思で戦ってくれた方がたぶん彼は実力を発揮できそうでして……。今の自分には何が足りないのかを知りたいんです」
「自分を客観的に見れる視点は、とても大切よ。相棒のポケモンから見た自分なんて、ますます失念しがちですもの。その心得は合格点といったところかしらねぇ。取り敢えず、まずはヨーギラスを見せてもらおうかしら?」
「分かりました」
自分はモンスターボールを取り出し、ヨーギラスを繰り出した。
赤いマントを纏う隻眼の彼は、そっぽを向いて佇んでいく。彼を見たレダは屈んでから間近で観察すると、再び立ち上がってから口を開いてきた。
「十分に優れた個体ねぇ、こんなにポテンシャルを秘めているヨーギラスは初めて見るかも。じめんタイプのジムリーダーをやっている担任のアラマキ先生にも褒められたんじゃないかしらぁ?」
「はい、素晴らしい個体だと褒めていただきました」
「でしょうねぇ。フェアリー専門のわたしから見ても、このヨーギラスは非常に優れているように映るもの。だからこそ尚更、あなたは焦りを感じているはず。本来であれば十分な実力を持つヨーギラスを、トレーナーである自分が上手く扱えずにいる」
「まさに、その通りで……」
「最初に前提を話しておくと、本人がトレーナーの実力を認めない限り、これほどの個体はそう簡単に手持ちに加わったりなんかしないわ。その方が自由だし、本人なりのプライドもある。それでも
「それは……」
自分は、ハクバビレッジの連峰で起こった出来事を思い出した。
盗賊団のヨーギラスを打ち負かし、彼に案内された洞穴で自らこちらに歩み寄ってきた姿。今も鮮明に脳裏へ焼き付いた場面を思い返していく最中にも、レダは穏やかな調子で言葉を続けてくる。
「ヨーギラスは、あなたであれば自分の実力を引き出してくれると、そう信じて手持ちに加わったはず。あなたの下であれば、新しい世界を見れると。自分の更なる力を引き出して、自分をより高みへ導いてくれると。それを予感させる出来事があったからこそ、カンキくん、ヨーギラスはあなたについてきてくれたんだと思うの」
レダはファイルを片手に持ち、腰に手をつきながら微笑みかけてくる。
「今は焦りで頭がごちゃごちゃになる時期かもしれないけれども、ヨーギラスがあなたについてきてくれた理由も忘れないでちょうだい。それこそ、客観的な視点よ? 相棒から見た、あなたの姿。それはリオルにも共通する視点。彼ら、彼女らから見たあなたは、どのように映っているのか。自分のご主人様が慌てていたら、こっちだって心配になるでしょう? まずは冷静を保つこと。そして、自分を信じてくれている相棒達の存在を忘れないこと。これはトレーナーとしての基本的な心掛けよ?」
「そうですね……確かに、ここ最近は自分の都合でしか物事を見ていなかったような気がします。大切な視点を教えていただき、ありがとうございます」
こちらの感謝に対して、レダは優しく微笑みながら頷いた。
「素直でよろしい。それじゃあ基本的な心掛けを覚えたところで、ヨーギラスの育成について話し合っていきましょうか」