放課後のバトルコート。レダは手に持っていたファイルをパラパラと開きながら、ヨーギラスの育成について話し始める。
「まずはヨーギラスのデータを見てみましょうか。性別はオスで、特性はこんじょう。覚えているわざは、がんせきふうじ、あなをほる、とっしん、てっぺき。ここで気を付けるべきは、ヨーギラスのタイプかしら。最終進化系であるバンギラスのタイプがいわ、あくなのに対して、ヨーギラスのタイプはいわ、じめんというもの。この変化は熟練のトレーナーでも勘違いしやすい部分で、非常に紛らわしい特徴でもあるということね」
レダは艶やかながらも真面目な声音で言葉を続けてくる。
「それじゃあ、カンキくんのヨーギラスをどのように育成していくか、考えていきましょうか。まずヨーギラスを育成するにおいて重要になるポイントが、如何にしてヨーギラスというポケモンと地道に向き合っていくか、にあると思うの。ヨーギラスは大器晩成のような性質を持っていて、しかも気性が荒くて育成も困難。途中で投げ出してしまうトレーナーも少なくはない種族よ。その中で、カンキくんのヨーギラスは非常に理性的とも言えるかしら。きっと、野生の頃から大きなものを背負っていたんでしょうねぇ」
レダは屈み、ヨーギラスを見遣っていく。そのまま頭を撫でようと手を伸ばしてみるのだが、ヨーギラスはぷいっと頭を振って軽い拒絶を示してきた。これにレダは苦笑すると、立ち上がりながら喋り出してくる。
「ヨーギラスが持っているとされている、本来の実力。それをトレーナーである自分は上手く引き出せずにいるというのが、あなたの悩みだったわよね。まず結論から言ってしまえば、そう決め付けるにはまだ早いとわたしは言っておきたい。十分なコンディションを整えた上で、自分が相棒に振り回されているように感じられれば、そう考えてもいいでしょうねぇ。ただ、カンキくんのヨーギラスにはまだ改善の余地がある。カンキくんとしても、ヨーギラスとしても、まだ完全な状態じゃないのよ」
「その、今の俺達には何が足りないんでしょうか……?」
「まずは、わざを六つ覚えさせましょうか。どんなに本体のポテンシャルが高くても、それを活かせる手段が無ければ話にならないでしょう? 今の窮屈さが、ヨーギラスの強みを活かせない原因とも言えるかもしれない。そういった問題点のひとつひとつを解決していけば、ヨーギラスはもっと実力を引き出せるようになるわよ」
自分はお礼を言い、レダは愉悦な眼差しを見せて応えていく。それから彼女は宙に浮かせたスマホロトムを操作していくと、ヨーギラスの図鑑をこちらに見せながら提案を投げ掛けてきた。
「そうねぇ、もしヨーギラスに新しいわざを覚えさせるのだったら、りゅうのまいとバークアウトがオススメかしら。りゅうのまいは、ヨーギラスの攻撃性能を存分に引き出せる変化技として、すごく相性が良いとされているわざよ。覚えさせておいて損はないわ。バークアウトはヨーギラスが不得手とする特殊技ではあるけれども、広範囲に届く万能さと、相手のとくこうを下げる効果が優秀ねぇ。相手の特殊技はバークアウトで弱体させて、相手の物理技はてっぺきで対応する。そんな使い分けができると、よりヨーギラスが立ち回りやすくなるかも」
「なるほど、りゅうのまいとバークアウトですか」
相談してみて良かった。自分にはない知見で一緒に物事を考えてくれる人の意見は、たいへん参考になる。今も提案されたわざについて自分が思考に耽っていると、次にもレダはファイルを閉じながらそう声を掛けてくれたものだった。
「りゅうのまいとバークアウトを覚えるためのトレーニング、わたしが付き合ってあげるわよ? お礼は、そうねぇ……カンキくんとの二人きりデートを約束してくれたら、トレーニングしてあげる。どぉ? 悪くない取引だと思うけどぉ?」
リオルにものすごい顔で睨まれたが、自分はヨーギラスのトレーニングを優先することでレダの提案に乗ることにした。
ヨーギラスのトレーニングは数日にも渡った。主に放課後のバトルコートで行われたレダのマンツーマントレーニングは、ヨーギラスにとって過酷な修行となったことだろう。潜在的な力を引き出すため、時には敢えて攻撃を何度も食らい、深手も負った。状態異常の中で未修得のわざを指示され、それが使えるまで状態異常から解放されない地獄も体験した。時には苦手なきのみを食べさせられたし、きょうせいギプスを着けた状態でバトルもした。
以前にもマンツーマントレーニングでみきりを習得したリオルだが、彼女は特別に物覚えが良かったのだ。まさかわざの習得にここまでの労力がかかるとは思いもせず、自分はヨーギラスの粘り強さと、その中で指導を続けてくれるレダの双方に感謝した。
そして、数日後にもヨーギラスの成長を目の当たりにする。それはレダの指導で彼女のグランブルとバトルしていた時のことだった。ヨーギラスのみ未修得のわざしか使えないという制限で行われていたバトルは、終始ヨーギラスの劣勢で決着も目に見えていた。それでも自分は勝負を諦めずに、ヨーギラスへ指示を送り出していく。
「ヨーギラス! りゅうのまい!」
ボロボロになったヨーギラスが、隻眼の眼差しで前方を見遣る。目の前には、じゃれつくで飛び掛かってくるグランブルの姿。回避しようにも、体力の消耗具合から即座に動くことができない。今にも膝をついて倒れそうなヨーギラスの背を、自分は希望に縋りつくような面持ちで見つめていた、その時だった。
彼は雄叫びを上げると、同時にして全身から湧き上がる赤黒いオーラを纏い始めたのだ。わざを繰り出すや否や、瞬時に後方へ飛び退いてグランブルのじゃれつくを回避する。この機敏な動作と力強い存在感を目撃した時、自分は確信したものだった。
向かい側で対峙するレダもまた、一種の達成感に近い表情で微笑しながら言葉を投げ掛けてくる。
「来た!! りゅうのまい!! ヨーギラス! その感覚をよく覚えてちょうだい! あなたが修得しようと、この数日間ずっと頑張り続けてきた努力の結晶! それが、今のりゅうのまいよ! 感覚を身体に馴染ませるべく、もう一度使いなさい! グランブル! じゃれつく!」
再びヨーギラスへと飛び掛かってくるグランブル。迫る攻撃に対してヨーギラスは闘魂を秘めた眼差しを向けていくと、こちらの指示を受けるよりも先にりゅうのまいを繰り出した。
湧き上がる赤黒いオーラ。全身から頭部に向かって通り抜けていく現象を身に纏い、一段と上昇した身体能力でグランブルのじゃれつくを回避する。さらに移動先で砂埃を立てながら急停止すると、次にもヨーギラスは漲るパワーで踏ん張りながら黒色の音波を解き放ったのだ。
ヨーギラスの鳴き声が甲高く反響する空間。攻撃を受けたグランブルは効果が今一つの様子で退きながらも、弱体した感覚に違和感を覚えて不快そうな表情を向けていた。それを見たレダは目を見開きながら艶やかな調子で喋り出してくる。
「バークアウト! バークアウトもできるようになったのね! 新しいわざを覚えるコツを掴んでから、一気に二つもわざを覚えちゃったじゃない! 上出来よ! このトレーニングは大成功。よく頑張ったわね、ヨーギラス!」
レダはバトルを切り上げ、ヨーギラスを労わった。自分もまたヨーギラスの成長に喜びながら彼へと駆け寄るのだが、当の本人はぷいっとそっぽを向き、顔色を変えることなくクールに振る舞っていた。
その日の夜、ヨーギラスは珍しく自宅でご飯をおかわりした。