目を覚ますと、そこは病室だった。適切な処置を施された治療によって、自分は一命を取り留めたようだ。
マサクル団の銃撃を受け、自分は数週間程度の入院を余儀なくされた。アップルアカデミーの授業は暫く出られないが、幸いにもショウホンシティの古雅な景色を眺められる病棟であることが救いだった。ナースのハピナスが巡回する病院生活は、充実と退屈の狭間をうろついていた。尤も、後遺症を心配する必要がなく、命が助かったからこその余裕とも言えるのかもしれない。
マサクル団とのバトル後、合流した警察が男達の身柄を拘束したことを知らされた。自分以外に負傷者はおらず、武装した集団を相手に生還した現状を、警察関係者は奇跡的だと口にしていた。あの後ラミアとメー、ナコの三名も病院で合流し、入院している間は、リオルはラミアに、ヨーギラスはメーに預かってもらう話になった。課外授業の期間も終了が迫り、全員がナガノシティに戻った今、自分はショウホンシティに残って怪我の治療に専念していた。
そんなある日の夜。患者の出入りが続き、たまたま病室に一人だけという時間が生まれた時のことだった。自分はベッドの上でショウホンシティの景色を眺めていると、ふと扉の開く音が聞こえてきた。
この時間にナースは来ないはず。自分は不思議に思い、カーテン越しに視線を向けていく。すると、ひょっこりと顔を覗かせてきた女性……のような男性が、こちらを確認するなりパァッと表情を明るくしてきた。
彼には見覚えがあった。それは、ハクバビレッジジムを突破した後の祝勝会で訪れたレストランにて出くわした、謎の人物……。
「“ラヴクラフト”さん?」
「まぁ! 覚えていてくれたの!? 嬉しいわぁ!!」
名前を呼ぶと、彼は両手を合わせて女々しく微笑んでみせた。一目で心から喜んでいる様子が伺える分かり易さに、自分は困惑混じりの微笑を浮かべていく。その最中にもラヴクラフトは音を立てないようベッドの脇まで移動すると、屈んではこちらと目線を合わせて言葉を投げ掛けてきた。
「大丈夫? 痛みとかない?」
「怪我の話ですか? それなら大丈夫ですけど……」
「それなら良かった! もう本当にビックリしちゃって! 貴方がいなくなってしまったら、私はもう――」
「あの、面会時間とかは大丈夫なんですか? これ、不法侵入とかになってません?」
「まぁ、私の心配をしてくれるの!? 自分が大変な状態なのに
「えっと、怒られても知りませんよ……?」
「大丈夫! 私、よく影みたいな人って言われるから! 存在感ないの!」
確かに影のような黒髪とダメージロングコートという風貌の人物ではあるものの、化粧を施した長身男性はむしろ存在感があるような……。自分は内心に留めた言葉を消化しながらも、「そうですか……」と無難に返答していく。
それにしても、ラヴクラフトはこちらの様子を見て心底から安心していた。彼はこちらの手を取り、どこか大事にするような手つきで握りしめながら言葉を続けてくる。
「もっとこうして話をしていたいけれど、そろそろ行かなくちゃ。カンキ、貴方の顔が見れて本当に良かったわ! また顔を出しに来るから、その時はお茶でもしましょ!」
「あ、はい。分かりました……」
「それと、タマゴのことも忘れないでね! 時期的にそろそろ孵化するから、気に掛けてあげてちょうだい!」
「そうですね。ありがとうございます」
「じゃあ、私行くから! またね!」
そう言うなり、ラヴクラフトは窓を開けてそこから出ていった。
彼の行動に、自分は仰天したものだ。というのもこの病室は四階にあり、ここから下りたら間違いなくタダでは済まないからだ。それでも彼は当たり前のように窓から飛び降りると、辺りは何気無い静寂に包まれた。
開いた窓からは、ショウホンシティの風が吹き抜けている。穏やかな夜風が鼻腔をくすぐる中、自分は呆気に取られた面持ちで不思議なひと時を過ごしたものだった。