「あーもう、悔しい~~っ!! 思い出すだけでもどかしいっていうか、今すぐにリベンジしたい気分っていうか!」
下校のチャイムが鳴り響く校舎の中庭。帰宅し始めた生徒やポケモン達の流れに混ざる自分達も、例に漏れずバッグを持ってこの日は学生の本分から撤退しつつあった。
昼休憩に行った初バトル以降、メーはこんなはずじゃなかったと想定外の敗北に動揺し、もう一回! もう一回だけ! と再戦を何度も懇願してきた。自分は戦闘不能となったミズゴロウの回復を優先させ、また後日にしようという旨を伝えてはあった。しかし、メーは決して引き下がらず、むしろ悔しさを滲ませながら眉をひそめていたものだ。
どうやら彼女、相当の負けず嫌いらしい。全力を出し切った上でリオルというライバルを見つけたメーは、納得できない様子と共に抑え切れない高揚感を醸し出していたようにも伺えた。
帰宅の途中、メーはおもむろに駆け出すとこちらの往く手を遮ってくる。それからビシッと指を差すと、次にも彼女は勝気な様相でそれを宣言してきたのだ。
「じゃあ明日! 明日ならいいっしょ!? ちょっとミズゴロウと作戦考えてくるから、明日またバトルに付き合ってよ! そういうことで、あたし先に帰るから! じゃまた!」
そう言いメーは、こちらの返答を聞くこともなく踵を返してから校門へと駆け出した。
思わぬ展開に自分が困惑を抱きながら立ち尽くすその中で、脇に立っていたラミアが淡泊な調子で声を掛けてくる。
「メーさんがこんなにやる気を出すなんて、珍しいコトですよ?? よっぽど、カンキさんのリオルに負けたのが悔しかったんでしょーねー」
「あれはリオルが強かっただけで、俺は何も指示できていなかったんだけど……」
「トレーナーの命令無しであれだけ動ける個体というなら、野生の時は常日頃から戦いに明け暮れていたんでしょーねー。そうせざるを得ない環境に居たのかもしれません。だから、カンキさんのリオルは戦闘がお上手だったんですよ。まー、飽くまでウチの推測に過ぎませんけど」
「いや、ラミアの考えはだいぶ的を射てると思うよ。俺がリオルと出会った時、大雨の中で怪我をしながら倒れていた。それはもしかしたら、日頃の戦いで負けた結果だったのかもしれない」
「力比べや縄張り争いとか、野生には野生の事情がありますからねー。そんな弱りに弱った状況の中で無条件に助けられたら、それはもー、優しくしてくれたお相手に惚れるのも分かるよーな気がします」
そうか、そういうバックボーンがあったからリオルは自分に懐いてくれていて、且つ尋常ならざる戦闘力も有していたのか。
ラミアの意見は、自分にはなかった思考と視点をもたらしてくれた。自分がそれを噛み締めるように納得していく最中、ラミアもまた歩き出しながらそれを口にしてくる。
「しばらくはメーさんに粘着されると思うんで、テキトーに付き合ってあげてください。お互いにとってもイイ刺激になると思うんで、カンキさんもまたメーさんを上手く利用できるとイイですねー。では、ウチも帰りますんで。お疲れ様でしたー」
そう言ってメーの後を追うように歩き去ったラミアの背を、自分は見送った。
――シナノ地方最大級の学園アップルアカデミー。そこで送る学校生活は、始まったばかりだ。
入学してからの数日は、主にポケモントレーナーの基礎となる勉強やコミュニケーションに力を入れていた。自分は同じクラスの老若男女に一通り声を掛け、長くでも短くでも会話をしてみた。皆がポケモントレーナーを本気で目指しており、その在り方は人によってそれぞれだ。一口にポケモントレーナーと言えども、彼ら、彼女らが夢見る未来図はバラバラで、分野が異なる。よってしばらくは、それらに共通する基礎的な座学やトレーニングが勉強のメインになるのだろうと感じられた。
とある座学の場面では、担任のアラマキが自らチョークを手に取り黒板を使いながら技の仕組みを説明する。
「“わざエネルギー”とは、ポケモンが繰り出す技そのものに含まれる特有の力のことだ。わざエネルギーにはタイプ毎に種類が存在していて、その力が働くことでポケモンは様々なタイプの技を繰り出すことができる。例えば、ヒコザルが繰り出すひっかくにはノーマルタイプのわざエネルギーが、ひのこにはほのおタイプのわざエネルギーが含まれている。ポケモン本体のタイプ相性だけでなく、わざエネルギーにもタイプ相性が関係しており、例えばくさタイプのわざエネルギーとみずタイプのわざエネルギーがぶつかり合った際は、みずタイプをいまひとつにするくさタイプのわざエネルギーが、みずタイプのわざエネルギーを打ち消す。このわざ同士がぶつかり合う現象を競り合いといってな、この単語とタイプ相性の良し悪しは絶対にテストに出すから、よ~く覚えておいた方がいいぜ」
アラマキの座学が終わると、次はポケモンバトルの実習が始まった。自分の相手は同じクラスの新入生であり、使用ポケモンはドンファン。自分はリオルを繰り出してバトルを開始したが、結果は惨敗だった。新入生と言えどもその実力は
一方で、メーのミズゴロウはそのドンファンに辛勝していた。メーの戦略がドンファンのペースを掻き乱し、タイプ相性の有利性からなる追い込みで強敵を打ち負かしていた。ポケモンバトルという競技自体は雌雄を決する行為でしかないが、それに至るまでの体験は知識と戦略、そして運が絡み合う計り知れない奥深さを実感させられる瞬間でもあった。
で、毎日の昼休みに仕掛けられるメーとのバトルにおいては、今のところ全戦全勝だった。終始リオルがミズゴロウを圧倒し、下す。その度にメーは本気で悔しがり、また明日リベンジするから! と意地になった声音で昼休憩が終わる。だがバトルが終われば緊張は解け、普段の穏やか且つ刺激的な学校生活へと戻っていくのだ。
初日の出会いは、非常に恵まれた良縁だった。あの日を境にして、自分はラミアとメーの二人と行動を共にするようになった。それは登校した時の挨拶から始まり、バトルやポケモン、世間話などを席で交わしていく。友人の間柄として二人の存在はだいぶ浸透しており、異性でありながらも良き仲間として自分は彼女達との交流を楽しんでいた。
そんなある日の出来事だった。自分は一人で校舎を歩いていると、ふと脇の通路から声を掛けられた。
声の主は、担任のアラマキ。ノッポで厳つい外見をした彼は陽気な調子で話し掛けてくる。
「よぅ! カンキちゃん!」
「あ、先生。どうも、お疲れ様です」
「おぅ、お疲れさん! いやぁ、カンキちゃんは一番真面目に授業を受けてくれるモンだからよ、教師として教え甲斐があって嬉しいぜ!」
「ありがとうございます。いっぱいいっぱいの中で、精一杯がんばってます」
「それだけ努力してるってことじゃねーか。感心感心、良い生徒を持ったモンだ」
室内でも装着した黒色のサングラスでニッと口角を吊り上げるアラマキ。彼は片手をポケットに入れながら話を続けてくる。
「最近の調子はどうだい? 一人前のポケモントレーナーになってみた感想とかあるかい?」
「ポケモントレーナーの世界は非常に奥深いと感じております。特にポケモンバトルは最近になって初めてやってみたんですけれど、自分が思っていた以上に複雑な要素、思惑が絡み合っていて、考えることが多くて大変です。でも、俺はポケモンバトルをコミュニケーションと感じている節がありまして、対話、と言うんですかね。お互いのポケモン同士が戦うその中で、相手とやり取りをしている感覚を覚えるんです。それが俺にとって、良い刺激になっているのかなと思ったりしています」
「おう、200点の回答が返ってきてオレちゃんビックリだ! まだまだ分からないことばかりの世界の中で、積極性があって、勉強熱心で、試行錯誤を繰り返しながらひたむきに頑張るその姿は、担任っつー立場に限らず個人的にも応援したくなっちまうな!」
「そこまで仰って頂けると、俺も嬉しいです。いつもありがとうございます」
「ずっと真面目か! こいつァ、カンキちゃんの成長が楽しみだな!」
アラマキは愉快げに笑ってみせた。それから一息を置いて話し出してくる。
「よく同じクラスのラミアちゃんとメーちゃんの二人と絡んでいるみたいじゃねぇか。特に最強のポケモントレーナーを目指すメーちゃんと、ポケモンバトルをしているな」
「え? 知ってたんですか?」
「そりゃァ、自分が受け持つ生徒がポケモンバトルしてるってんなら、担任として興味が無いわけないからな。バトルもこっそり見させてもらったぜ。カンキちゃんのリオル、最高にイカしてるな?」
「ありがとうございます。俺はトレーナーとして未熟ですけど、リオルがすごく頑張ってくれてまして」
「リオルはカンキちゃんのことを相当信頼しているように見えるぜ。懐いている事と、言う事を聞いてくれるかどうかは別物だ。リオルがカンキちゃんに従っているっつーコトは、カンキちゃんはリオルの実力に足るトレーナーってこった」
「うーん、そういうものですかね」
「オレちゃんが断言するんだ。もっと自信持ってもいいんだぜ? オマエさんはまだまだ伸びる。可能性の塊さ。……そうだな、カンキちゃんには少し早いかもしれねぇけど、ちょっと面白い情報でも教えてやるか」
アラマキは少し思考した後、片手を顎に添えながら喋り出す。
「カンキちゃんは“ポケモンジム”を知ってるかい?」
「あ、教習所で教わりました。ポケモントレーナーの実力を試す施設のことですよね?」
「正解! さすがはカンキちゃん! 一部の地方を除いて、ポケモンジムは各地方の名物とも言えるだろうな。もちろん、シナノ地方だって例外じゃねぇ。この地方にだって、8つのポケモンジムが点在している。ジム巡りはポケモントレーナーにとって非常にエキサイトな取り組みだ。ポケモンリーグは知ってるだろ? 毎年やっている、年に一度のお祭り騒ぎだ。ポケモンリーグは、その地方のジムバッジを全て集めた歴戦のトレーナーだけで行われる、その地方の最強野郎決定戦だ」
「これまでも大きなイベントだとは思っていましたが、ポケモントレーナーになった今では他人事のように思えないですね」
「どうだ、ワクワクするだろ? そこでだ、カンキちゃん。オマエさんもいっちょ、ポケモンリーグ進出というビッグウェーブを目指しちゃみねぇか?」
「俺が、ですか?」
「なにもそいつに限らず、カンキちゃんの成長のためにもオレちゃんは“ジム巡り”をオススメするぜ? 最強を目指すメーちゃんや、進路を考えているラミアちゃんもジム巡りはするだろうさ。ジムバッジの数は勲章として扱われることが多いけどよ、それとは別に就職する際にも、ジムバッジを何個持っているかとか聞かれることもある。ジムバッジは努力の証だ。つまり、ジムバッジの数は企業へのアピールにもなる」
「な、なるほど」
「ポケモントレーナーとしての将来を見据えるなら、ジム巡りはやっておくべきだぜ。バッジを一個持っているかどうかだけでも、印象はかなり変わる。入学したての今だからこそ、今の自分にできることに集中するべきだ。学園の先生というよりは、人生の先輩としての率直なアドバイスだぜ」
「ありがとうございます。先生の言う通り、まずはジム巡りを目標にしてみます」
「その意気だぜ!」
アラマキは指を鳴らしながらニヤリと笑んでみせた。かと思えば、彼は分かり切った様子でこちらの表情を伺いながらそんなことを訊ね掛けてくる。
「ところでだが、カンキちゃん。オマエさんの出身地は何処だったかな?」
「俺はジョウダシティです」
「ジョウダシティ! こいつァ奇遇だな! 何を隠そう、オレちゃんはジョウダシティのジムリーダーも兼任してっからよ。ジム巡りをするってなりゃァ、いずれかち合うことにもなるだろうな。っつーコトだ。カンキちゃんの挑戦、いつでも待ってるぜ」
あまりにも唐突な情報に自分が愕然としている間にも、アラマキはこちらの肩をポンッと叩いて颯爽と去っていく。途端にして彼のノッポな背中は、先生としての存在感ではなく、越えるべき大きな壁として映し出されたものだった。