VRゲーマー、宇宙を征く ~戦場のプロたちがドン引きするムーブで、異星の怪物を殲滅したら宇宙戦争に巻き込まれた件~   作:オテテヤワラカカニ

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第13話 G.F.000.12――顔合わせ①

「こちらです、アキトさん。皆、作戦会議室――通称『酒場』に集まっているはずです」

 

 ユイの先導で、俺は駐屯基地の居住ブロックへと足を踏み入れた。

 『ブロック』といっても、コロニーのそれとは似ても似つかない。

 

 コンクリート打ちっ放しの壁には、正体不明のコードネームや卑猥な落書きがスプレーで殴り書きされ、天井の配管からは蒸気がシューシューと漏れ出している。

 

 通路を歩くたびに、靴底が泥と油を噛むジャリッという音が響く。

 すれ違う兵士や傭兵たちは皆、野戦服を着崩し、腰には無骨なハンドガンやナイフをぶら下げている。

 彼らは俺の漆黒の義体を見ると、怪訝な顔をして道を空けたが、その目には畏怖よりも「値踏み」するような色が混じっていた。

 

「ここです」

 

 ユイが立ち止まったのは、かつて倉庫として使われていたであろう、巨大な鉄扉の前だった。

 防音など考慮されていないのか、扉の向こうからはドカドカという重低音の音楽と、笑い声が漏れ聞こえてくる。

 

 ユイが端末を操作し、ロックを解除する。

 重い音と共に扉がスライドした瞬間。

 

「――ッ」

 

 俺の嗅覚センサーが、強烈な化学反応を検知した。

 鼻を突いたのは、安っぽいアルコールと、染みついたタバコの紫煙、それに機械油と古い革の匂いだ。

 コロニーの浄化された空気とは対極にある、すえた生活臭。

 

 中は薄暗く、天井から吊るされた裸電球が、タバコの煙を通してぼんやりと空間を照らしている。

 中央にはケーブルドラムを再利用したテーブルや、破れたソファが乱雑に置かれ、荒くれ者たちがトランプに興じたり、端末で何かの賭け試合を見たりして騒いでいた。

 

「随分と楽しそうだな。企業存亡の危機で、人手不足じゃなかったのか?」

 

 俺が素朴な疑問を口にすると、ユイが眉を下げ、申し訳なさそうに、けれど真剣な声で囁いた。

 

「……不謹慎に見えるかもしれません。でも、彼らは数時間前まで、不眠不休で死闘を繰り広げていたんです」

 

「連戦か」

 

「はい。慢性的な戦力不足で、ローテーションは限界を超えています。……非番の時はこうやって無理にでもガス抜きをしないと、恐怖とストレスで神経が焼き切れてしまいますから」

 

 なるほど。

 ただの乱痴気騒ぎじゃない。

 これは、死の恐怖をアルコールとアドレナリンで強引に塗りつぶしている儀式のようなものか。

 

 俺はふと、疑問に思う。

 これほど科学が発達した未来なら、安全な宇宙船から遠隔操作のドローンで戦えばいいはずだ。

 そうすれば、誰も死なずに済むし、兵士が精神を病むこともない。

 

 だが、この星ではそれが通用しない。

 視界の端に解説が浮かぶ。

 

 一つは、企業戦争ゆえの、敵対勢力による苛烈な電子妨害。

  そしてもう一つは、この惑星N3の原生植物が発する、特有の電磁波干渉だ。

 

 この二つの悪条件が重なる地表では、繊細な無線操縦など使い物にならない。

 通信は寸断され、ラグは致命的になり、最悪の場合は制御不能に陥る。

 だからこそ、パイロットは戦闘機械や義体に直接乗り込み、有線レベルのゼロ遅延で戦わなければならないのだ。

 壁に書かれた落書きが目に入る。

 

『最高のレスポンスを保証する代わりに、命をチップとしてベットしろ』

 

 まさに、究極のハードコアモードだ。

 そう思うと、このすえた空気も、どこか悲壮なものに感じられた。

 

 「おい見ろよ、新入りだ」

 

 「なんだありゃ、黒いピカピカの……フィギュアか?」

 

 俺の姿を認めた途端、喧騒が波が引くように収まり、無数の視線が突き刺さる。

 普通なら尻込みする場面かもしれない。

 だが、俺の胸中に湧き上がったのは、場違いな歓喜だった。

 先ほどまでの悲壮感がどこかへ飛んでいく。

 

 (……これだよ)

 

 俺は内心、ニタリと笑った。

 整然と管理された会議室でのブリーフィングなんて、俺の柄じゃない。

 場末の酒場。

 荒くれ者の溜まり場。

 RPGで言えば、こここそが冒険の起点となる「酒場」だ。

 電子的なシステム音声ではなく、さまざまな格好の人々が放つ熱気と騒音が、俺のゲーマー魂を心地よく刺激していた。

 

 俺は一歩、踏み出す。

 足音に合わせて、空気が張り詰めた。

 

  部屋の中央、一段高くなったスペースに置かれた古びた革張りのソファ。

 そこに怠惰な熊のようにドカッと座っている男がいた。

 

 巨漢だ。

 筋肉の鎧を着ているかのような丸太のような腕。

 無精髭に覆われた顔には、頬から顎にかけて走る古傷が刻まれ、その男が幾多の死線を潜り抜けてきたことを雄弁に物語っている。

 彼は昼間だというのに、琥珀色の液体が入ったボトルをラッパ飲みしていた。

 

「……よう、アマミヤの嬢ちゃん。そいつが例のやつかい?」

 

 男はボトルを口から離すと、手の甲で乱暴に口元を拭い、濁った眼光を俺に向けた。

 その声は、砂利を飲み込んだように低く、しわがれている。

 

「ええ、ギデオンさん。彼がお話ししていたアキトさんです。今回の作戦の要となる、ナイトハウンドです」

 

 ユイが凛とした声で答え、俺の方を振り返った。

 

「アキトさん、紹介します。こちらが我々の母艦となる、強襲揚陸船『スターゲイザー』の船長であり、部隊の指揮官を務めるギデオン・マクレーンさんです」

 

「……どうも」

 

 俺が軽く手を挙げると、ギデオンは俺の漆黒の義体を足元から頭頂部まで嘗めるように見上げ、鼻で笑った。

 

「ほう、高そうなオモチャだな。アマミヤのお偉いさんは、戦場を新作発表会のランウェイと勘違いしてるんじゃねえか?」

 

 挑発的な言葉。

 周囲の傭兵たちが、ニヤニヤと嘲笑を浮かべる。

 新参者への洗礼というわけか。

 ギデオンはボトルをサイドテーブルに乱暴に置くと、俺を睨みつけた。

 

「俺の船でゲロ吐くなよ、新入り。掃除するのは俺じゃねえが、臭いが残るのが嫌いでな」

 

 なるほど、分かりやすい「頑固親父」キャラだ。

 俺の思考が顔のディスプレイ――バイザーの光点を操作する。

 赤い二つの眼光が、三日月形に歪み、「ニヤリ」という表情を作った。

 

「ご忠告どうも。生憎、今の俺には吐くための胃袋も、酔うための三半規管もないんでね。船長こそ、酒で手元が狂わないように気をつけてくれよ」

 

 俺が軽口で応酬すると、酒場が一瞬、静まり返った。

 ギデオンの目が細められる。

 数秒の沈黙の後――。

 

「クックッ……ハハハハハ!」

 

 ギデオンは喉を鳴らして豪快に笑い出した。

 

「胃袋がねえか、そりゃそうだ!」

 

 彼は懐から何かを取り出すと、親指でピンと弾いた。

 チェーンのついた銀色の金属片が回転しながら俺の顔面へと飛んでくる。

 

 パシィッ。

 

 俺は右手を顔の横にかざし、掴み取った。

 ナイトハウンドの反射神経ならば、飛んでくる弾丸を掴むことすら造作もないので余裕だ。

 手を開くと、そこにはドッグタグがあった。

 

「そいつは俺たちの隊の識別票だ。ちゃんと身に着けておけよ。死体になった時、誰のパーツか分かるようにな」

 

「縁起でもないお守りだな」

 

 俺はタグのチェーンを、ナイトハウンドの太い首にかけた。

 黒い装甲の上で、銀色のタグがチャリと鳴る。

 これで晴れて、俺もこの荒くれ部隊の一員というわけだ。

 

 

 ---

 

 

   「……うるさいわね。手元が狂うわ」

 

 男たちの馬鹿騒ぎを切り裂くように、氷のような声が響いた。

 声の主は、部屋の隅にある作業デスクにいた。

 スポットライトのようなデスクライトの下で、一人の女性が黙々と巨大な銃身を磨いている。

 

 ショートカットの金髪。

 整った顔立ちだが、その瞳は零度以下に冷え切っている。

 彼女が手入れしているのは、俺の身長ほどもある長大な対物ライフルだ。

 銃身は丁寧にオイルで磨き上げられ、鈍い黒光りを放っている。

 

 「彼女はレベッカ。この隊の眼であり、牙です」

 

 ユイが小声で紹介してくれる。

 レベッカは布を置き、ゆっくりとこちらへ視線を向けた。

 

 その目は、ただの人間の目ではない。

 スコープ越しに命を奪ってきた、獲物の急所を探るハンターの目だ。

 

 彼女の視線が、俺を一瞥する。

 

「その義体、近接特化ね……珍しいわね。今の戦場のトレンドは長距離からの飽和攻撃よ。わざわざ敵の懐に飛び込むなんて、自殺志願者と変わらないわ」

 

 冷徹な分析。

 だが、俺はその視線にゾクゾクしていた。

 無愛想で、職人気質の凄腕スナイパー。

 これまたコテコテの配役だ。

 SF映画なら確実に人気が出るキャラだ。

 

「足手まといなら背中から撃つわ。私の射線上に立たないで。……死にたくなければね」

 

 レベッカはそう吐き捨てると、再び愛銃のメンテナンスに戻ってしまった。

 完全に拒絶されている。

 だが、ゲーマーである俺の脳内翻訳機能は、これを『ツンデレフラグの建築』と解釈した。

 

「よろしく、レベッカ。背中は預けたよ、俺が前に出る分、後ろは頼むぜ」

 

 俺がキザに返すが、彼女は聞こえていないふりをしてボルトを動かしているだけだった。

 ……まあいい。

 信頼は言葉で勝ち取るものじゃない。

 戦果で黙らせるのが、俺の流儀だ。

 

  その時だった。

 

 ズシン、ズシン、ズシン……。

 

 酒場の床が小刻みに震え始めた。

 部屋の奥にある重整備区画の暗がりから、巨大な影が近づいてくる。

 デカい。

 俺のナイトハウンドも人間サイズよりは一回り大きいが、その影はさらに一回りは巨大だった。

 

 照明の下に現れたのは、全身を分厚い複合装甲で覆った、歩く城壁のようなパワードスーツだった。

 両肩にはミサイルポッド、腕部には収納式のガトリングガン。

 表示された名前は『タイラント』――その機体名が示す通り、圧倒的な暴力の権化のような機体だ。

 

「そして彼がハル。チームの盾です」

 

 ユイの紹介と共に、タイラントが俺の目の前で停止した。

 見上げるような巨体。

 威圧感が半端ではない。

 どんな荒くれ者が乗っているのかと身構えた、その時。

 

 プシューッ……。

 

 排気音と共に、タイラントの胸部装甲が観音開きに展開した。

 中からひょっこりと顔を出したのは――。

 

「あ、あ……はじめまして……ハ、ハルです……よ、よろしくおねがいします……!」

 

 分厚い瓶底メガネをかけた、小柄で今にも泣き出しそうな青年だった。

 

 (……中身、ちっさ!)

 

 俺は思わず心の中で突っ込んだ。

 いや、これまた見事なギャップだ。

 さっきまでの威圧感はどこへやら、ハルはコクピットの中で縮こまり、俺と目を合わせようともしない。

 

「彼は……その、少しシャイなんです。でも、スーツを着ている時は誰よりも頼りになるんですよ」

 

 ユイがフォローを入れる。

 なるほど、対面だと極度のコミュ障になるタイプか。

 

 「よろしくな、ハル。いい機体だ。装甲の厚さが半端じゃない」

 

「あ、ありがとうございます……! こ、この装甲配置は僕が計算して……あ、あの……!」

 

 機体を褒めると、ハルは少し嬉しそうにモジモジした。

 どうやら悪い奴じゃなさそうだ。

 

 

  ***

 

 

   個性豊かな――いや、個性が渋滞している面々との挨拶が一通り終わったところで、ソファのギデオンがボトルを置いて立ち上がった。

 それだけで、場の空気がピリッと引き締まる。

 

「挨拶は済んだな。仲良しこよしは結構だが、ここは戦場だ。口先だけ達者な奴は長生きできねえ」

 

 ギデオンの鋭い視線が俺を射抜く。

 酒場の空気が変わる。

 周囲の傭兵たちも、ニヤニヤ笑いをやめ、俺がどう出るかを伺っている。

 

 アマミヤの嬢ちゃんが送ってきた期待の新人。

 最新鋭の試作機。

 だが、それが泥臭い実戦で使い物になるのか。

 この場の全員が、俺を「値踏み」していた。

 

 カシャン。

 

 乾いた金属音が響く。

 レベッカが、メンテナンスを終えたライフルのボルトを引く音だった。

 彼女はスコープ越しに俺を見据え、冷ややかに言い放つ。

 

「船長。彼、的としてなら優秀そうだけど? 動く標的の方が練習になるわ」

 

 強烈な皮肉。

 だが、それは俺にとって願ってもない助け舟だった。

 

 言葉で説明する手間が省ける。

 俺のスペックを証明するには、これ以上ない提案だ。

 

 俺は一歩前に出て、両手を広げてみせた。

 

「望むところだ。テストプレイには丁度いい」

 

 俺の言葉に、ギデオンが口角を吊り上げた。

 獰猛な肉食獣の笑みだ。

 

「いい度胸だ。お前がちゃんと動けるか見せてくれ。――野郎ども! 訓練場へ行くぞ! 特等席で見物してやれ!」

 

「「「オオォッ!!」」」

 

 傭兵たちが歓声を上げ、ぞろぞろと出口へ向かい始める。

 俺もまた、ナイトハウンドの駆動音を響かせながら、その後ろに続いた。

 

 酒場の薄暗い空気から、再び外の熱気の中へ。

 チュートリアルは終わりだ。

 

 いよいよ、最初のクエストが始まる。

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