VRゲーマー、宇宙を征く ~戦場のプロたちがドン引きするムーブで、異星の怪物を殲滅したら宇宙戦争に巻き込まれた件~   作:オテテヤワラカカニ

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第14話 G.F.000.13――顔合わせ②

 基地の裏手には、文明の残骸と自然の生命力がせめぎ合う、奇妙な空間が広がっていた。

 

 「訓練場」と呼ばれるその場所は、原生林を強引に切り拓いて作られた野外演習場だ。

 フィールドには、スクラップになった戦車、朽ちかけたコンクリートの壁、錆びついた貨物コンテナが迷路のように乱雑に配置されている。

 

 昨夜のスコールをたっぷりと吸い込んだ地面は酷くぬかるんでおり、歩くだけで足首まで泥に沈む悪路だ。

 

「条件は最悪か。だが、燃えるシチュエーションだ」

 

 俺はフィールドの端、スタート地点で『ナイトハウンド』の機体制御を調整しながら独りごちた。

 足元の感覚が、神経接続された足裏から直接伝わってくる。

 泥の粘り気、風の湿り気。

 ゲームの物理演算とは思えない、圧倒的なリアリティ。

 

『聞こえるか、新入り。ルールはシンプルだ』

 

 フィールドを見下ろす高台――管制塔代わりの櫓の上から、ギデオンのしわがれた声が通信機越しに響く。

 

『制限時間は十分。その間にハルとレベッカ、二人の『模擬撃破判定(キル判定)』を取るか……あるいは生き残って、俺のいるゴールまで辿り着くかだ』

 

『ああ、あと申し訳ないが、オーガ・イーターの方は模擬弾がないから使用禁止だ』

 

 俺は視線を上げた。

 フィールドの中央には、巨岩のようなシルエット――ハルの『タイラント』が仁王立ちしている。

 そしてレベッカの姿はない。

 この遮蔽物の多いジャングルのどこかに潜み、すでに俺の頭をスコープに捉えているはずだ。

 

「了解だ、ギデオン船長。……すぐに終わらせる」

 

 俺は右手の『村雨』の柄に手をかけた。

 今は刃引きされた訓練モードだが、その重みは変わらない。

 

『開始!』

 

 ブザーの音が、ジャングルの静寂を引き裂いた。

 

 

   ***

 

 

   「う、撃ちますよぉぉぉ!!」

 

 開幕と同時だった。

 さっきまでの気弱な青年のものとは思えない、裏返った絶叫が響き渡る。

 同時に、『タイラント』の両腕に内蔵されたガトリングガンが火を噴いた。

 

 ズダダダダダダダダッ!!

 

 空気を切り裂く轟音。

 ペイント弾仕様とはいえ、その質量と発射速度は脅威そのものだ。

 着弾した地面が弾け飛び、ドラム缶がひしゃげて吹き飛ぶ。

 

「おいおい、性格変わりすぎだろ!」

 

 俺は瞬時に反応した。

 ナイトハウンドの黒い機体が、泥を跳ね上げて疾走する。

 普通なら足を取られるぬかるみだが、俺は脚部の出力を細かく制御し、地面を「踏む」のではなく「滑る」ように移動していた。

 

 右へ、左へ。

 不規則なジグザグ機動。

 弾幕の雨が、俺の通過した後の空間を無意味に削り取っていく。

 

「あ、当たらない!? なんでですかぁぁ!」

 

 ハルの悲鳴が聞こえる。

 真正面からの火力勝負なら、紙装甲のナイトハウンドに勝ち目はない。

 だが、ここは遮蔽物の多い障害物競走のフィールドだ。

 そして何より、相手の旋回速度は、俺の機動性に追いついていない。

 

「遅い!」

 

 俺は廃車の陰から飛び出すと、脚部の人工筋肉を一気に吹かした。

 黒い稲妻となって、タイラントの懐へと潜り込む。

 正面衝突する勢いでの突撃。

 

「ひぃっ!?」

 

 ハルが慌てて巨大なタワーシールドを構え、防御態勢に入る。

 分厚い複合装甲の盾。

 あんなものにぶつかれば、こっちが潰れる。

 だが、それが狙いだ。

 

 激突の寸前。

 俺は『村雨』を振るうと見せかけ、盾の表面に左足をかけた。

 

「――お借りするぜ!」

 

 人工筋肉が悲鳴を上げるほどの急激な収縮。

 俺は敵の盾を「踏み台」にして、垂直に跳躍した。

 

「えっ!?」

 

 ハルの視界から、俺の機体が消える。

 黒い鉄塊が宙を舞い、太陽を背にしてタイラントの頭上を取る。

 逆光の中で、俺は空中で身をひねり、無防備な敵機の背後へと着地した。

 音もなく。

 猫科の猛獣のように。

 

「チェックメイトだ、ハル」

 

 俺はタイラントの頭部メインカメラを、背後から左手で鷲掴みにした。

 

『視覚センサー・ロスト。システム凍結』

 

 判定ブザーが鳴る。

 

「あ、あわわ……見えな……負け、ました……」

 

 タイラントの駆動音が落ち、ハルの力が抜けた声が漏れる。

 まずは一人。

 

 だが、安堵する暇はなかった。

 

 

 ***

 

 

 キィン!

 

 脳内の危険察知アラートが鳴るよりも早く、俺の足元の地面が弾け飛んだ。

 遅れて聞こえる、乾いた発砲音。

 遠距離狙撃だ。

 

「……ッ!」

 

 俺は反射的にその場からバックステップで飛び退いた。

 コンマ一秒遅れていれば、機体の脚部を撃ち抜かれていただろう。

 

『チョコマカと……目障りなのよ』

 

 通信機越しに、レベッカの冷徹な声が届く。

 姿は見えない。

 レーダーにも熱源反応はない。

 おそらく、対熱コーティングを施したギリースーツか何かで、完全に背景に溶け込んでいる。

 

 ドンッ!  二発目。

 今度は左肩の装甲を掠めた。

 

(見えない敵、か……)

 

 俺はコンテナの影に身を隠し、呼吸を整えた。

 

 普通のプレイヤーなら、パニックになって闇雲に動いて撃ち抜かれるか、動けなくなって釘付けにされるかだ。

 レベッカの射撃は正確無比。

 俺の進行ルートを塞ぐように弾を置き、確実にキルゾーンへと誘導している。

 

 だが、俺はゲーマーだ。

 マップの構造、射線の通り方、スナイパーが好みやすい「強ポジ」の分析方法。

 それらは全て、脳内にある。

 

 俺は視覚情報を半分カットし、意識のダイブを深めた。

 風の音。

 生き物の気配が途切れている場所。

 そして、肌を刺すような微かな殺気。

 

 ――あそこか。

 

 フィールドの奥、倒木と蔦が絡まり合った不自然な影。

 マズルフラッシュすら見えないその一点に、俺は確信を持った。

 

「見つけた」

 

 俺はシステムコンソールを操作し、ナイトハウンドの奥の手を解禁した。

 

 エネルギーを代償に発動する、短時間の光学迷彩。

 一ノ瀬博士が「バッテリー食いの無駄機能」と呼んでいたそれが、今の切り札だ。

 

「行くぞ!」

 

 俺は隠れ家から飛び出した。

 同時に、機体の表面色が周囲の風景と同化し、陽炎のように揺らぐ。

 

『消えた!?』

 

 レベッカの焦った声。

 その一瞬の動揺があれば十分だ。

 俺は迷彩を維持したまま、最短距離を直線的に駆け抜けた。

 泥を蹴り、障害物を飛び越え、風になる。

 

 レベッカがスコープから目を離し、肉眼で索敵しようとしたその時、俺はすでに彼女の目の前にいた。

 迷彩を解除する。

 虚空から突如として現れる漆黒の死神。

 

「しまっ――」

 

 レベッカが慌ててサブウェポンのハンドガンに手を伸ばす。

 速い。

 だが、加速したナイトハウンドの方が速い。

 

 俺は『村雨』を逆手に持ち、すれ違いざまに彼女の首元へと刃を滑らせた。

 

 ピタリ。

 

 刃先が、レベッカの機体の喉元、数センチ手前で静止する。

 衝撃波と風圧だけで、彼女の髪が激しく揺れた。

 

「取ったぜ、お姉さん」

 

 俺はバイザーの光点をニヤリと歪めて囁いた。

 レベッカが硬直する。

 

『……ッ』

 

 彼女が悔しげに唇を噛む気配が伝わってきた。

 

 

 ***

 

 

  「そこまで! 双方、武装解除!」

 

 高台から、ギデオンの声が響き渡った。

 戦闘終了の合図だ。

 

 俺は『村雨』を背中のマウントに戻し、大きく息を吐いた。

 どっと汗が噴き出してくる。

 

 だが、それは不快なものではなく、スポーツの後のような心地よい疲労感だった。

 

 プシュー、という音と共に、ハルがタイラントの装甲を開いて顔を出した。

 彼は目を白黒させながら、俺の方へと歩み寄ってくる。

 

「す、すごいですアキトさん……! は、速すぎますよぉ……目が追いつかなかったです。あんな動き、データにないです!」

 

 手放しの称賛。

 先ほどのトリガーハッピーな狂戦士と同一人物とは思えない素直さだ。

 

 一方、レベッカは憮然とした表情で、熱光学迷彩を解除して立ち上がった。

 長いライフルを背負い、俺の横を通り過ぎる際、彼女はボソリと呟いた。

 

「……まぐれよ」

 

 彼女は俺を見ようともせず、フンと鼻を鳴らす。

 

「次は眉間を撃ち抜くから。……覚えておきなさい」

 

 捨て台詞。

 だが、その声には先ほどまでの冷徹な拒絶はなく、認めたライバルに向けるような微かな熱が含まれていた。

 俺は小さくガッツポーズをした。

 

 攻略完了だ。

 

 高台から降りてきたギデオンが、バシバシと俺の肩を叩いた。

 

「ピカピカのオモチャかと思ったが、中身はとんだ猛獣だったようだな。……合格だ、新入り」

 

 ギデオンが笑う。

 その笑顔は、歓迎のものだった。

 

 俺は自分の両手を見つめた。

 ゲーム画面上の数値ではない。

 泥の匂い、排気熱、そして仲間たちの視線。

 すべてが「実感」としてそこにある。

 

(これが、俺の新しい身体……)

 

 俺は確信していた。

 この世界でなら、俺はもっと自由に、もっと高みへ行ける。

 

 だが、その余韻は唐突に断ち切られた。

 

 ウゥゥゥゥゥゥゥゥ――ッ!!

 

 けたたましいサイレンの音が、基地全体に鳴り響く。

 訓練終了のブザーではない。

 もっと切迫した、非常事態を告げる警告音だ。

 

「!」

 

 その場の空気が一瞬で凍りついた。

 和やかだったギデオンの表情が、一瞬にして歴戦の指揮官のものへと変わる。

 

『総員、第一種戦闘配置! 繰り返します、第一種戦闘配置!』

 

 通信機に悲痛な声が飛び込んできた。

 

『緊急任務です! 近隣の「セクター4」にて、資源採掘部隊が原生生物『ゴブリン』の大群と交戦中! 多数の負傷者が出ています! 救援要請あり!』

 

 ゴブリン。

 この惑星に生息する、凶暴な先住生物の一種だ。

 ゲームの雑魚敵とはわけが違う。

 集団で重機さえも解体する、貪欲な捕食者たちだ。

 

「休憩は終わりだ野郎ども!」

 

 ギデオンが叫ぶ。

 

「直ちに実戦だ! 弾薬補給だけ済ませろ! 機体の泥を落としてる暇はねえぞ、乗り込めッ!」

 

「「「了解!!」」」

 

 ハルが慌ててコクピットに潜り込み、レベッカが弾薬コンテナへと走る。

 俺もまた、踵を返して輸送機の方角へと機体を向けた。

 

「いきなり本番かよ」

 

 俺はバイザーの奥で、獰猛に笑った。

 

「……望むところだ」

 

 泥だらけのナイトハウンドが、唸りを上げて加速する。

 模擬戦は終わりだ。

 次は、命のやり取りが待つ本当の戦場だ。

 

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