VRゲーマー、宇宙を征く ~戦場のプロたちがドン引きするムーブで、異星の怪物を殲滅したら宇宙戦争に巻き込まれた件~   作:オテテヤワラカカニ

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第15話 G.F.000.14――緊急事態①

 ウゥゥゥゥゥゥゥゥ――ッ!!

 

 けたたましいサイレンが、湿った大気を震わせていた。

 

「急げ野郎ども! 敵さんは待ってくれねえぞ!」

 

 ギデオンの怒号が飛ぶ。

 俺たちは訓練場の泥を落とす暇もなく、駐屯基地にあるヘリポートへと駆け上がった。

 

 そこには、すでにエンジンを始動させた高速強襲輸送機(ドロップシップ)『バロー』が待機していた。

 双発のローターが暴力的な風圧を生み出し、周囲の木々を薙ぎ倒さんばかりに揺らしている。

 巻き上げられた砂塵と落ち葉が、バラバラと俺の装甲に叩きつけられる。

 

「ひぃぃっ、ちょっと浮きかけてますよぉ」

 

 悲鳴を上げながらも、ハルの駆る重装甲スーツ『タイラント』がドスンドスンと地響きを立ててスロープを駆け上がる。

 その巨体が機内に収まると、輸送機のサスペンションがガクリと沈み込んだ。

 

 続いて、レベッカが音もなく滑り込む。

 彼女は機内のパイプに掴まり、慣れた手つきで愛銃を固定ラックへと押し込んだ。

 

 最後は俺だ。

 

 俺は『ナイトハウンド』の出力を上げ、スロープを使わずに直接ハッチへと跳躍した。

 黒い機体が空中で弧を描き、猫のような着地で機内へと滑り込む。

 

「全員乗ったな! 舌噛むんじゃねえぞ!」

 

 コクピットからギデオンが吼える。

 後部ハッチが閉まるのとほぼ同時、浮き上がるようなGが全身を襲った。

 存在しないはずの内臓がふわっと浮き上がるような感覚。

 輸送機はロケットのような急角度で上昇し、一気に高度を稼いでいく。

 

 シートのロック機構がガションと作動し、俺の義体を固定する。

 機内は狭く、薄暗い。

 赤色の戦闘照明が点滅し、壁面の配管や剥き出しのケーブルを不気味に照らし出している。

 オイルと火薬、そして焦げた燃料の臭いが充満する、鉄の棺桶。

 

 だが、俺の意識はその閉塞感には向いていなかった。

 俺は、輸送機の側面にある小さな舷窓――いや、兵員輸送用の開放スリットから、眼下の光景を見下ろしていた。

 

「……こいつは、凄いな」

 

 思わず、独り言が漏れる。

 

 眼下に広がっていたのは、視界の限りを尽くす「緑の海」だった。

 

 惑星N3の原生林。

 上空から見下ろすと、そこが地球の常識とかけ離れた場所であることがよく分かる。

 木々の一本一本が、デカすぎるのだ。

 

 樹齢数千年を超えるであろう巨木たちが、まるで地表から突き出た槍のように天を目指して伸びている。

 その樹冠は、はるか下層の地面を完全に覆い隠し、太陽の光を独占していた。

 巨大なシダ植物がビルのような大きさで葉を広げ、不気味な色の花が、毒々しい胞子を煙のように吐き出している。

 

 文明の痕跡など、どこにもない。

 圧倒的な質量と生命力の暴走。

 人間などというちっぽけな存在を許容しない、拒絶的な大自然の威容。

 

 時折、樹冠の隙間から、翼開長が十メートルはあろうかという怪鳥が飛び立ち、雲海へと消えていくのが見えた。

 美しい。

 だが同時に、生理的な恐怖を呼び覚ます光景だ。

 あの緑の下には、光の届かない闇があり、そこでは絶え間なく食うか食われるかの生存競争が行われているのだ。

 

『高度維持。目標地点(セクター4)まであと三分』

 

 機内放送で電子音声のアナウンスが流れる。

 俺は視線を戻し、手元の武装を確認した。

 『村雨』の刀身、そして8.8cm対物リボルバーカノン『オーガ・イーター』。

 実弾は装填済みだ。

 

『おい新入り、観光気分はそこまでだ』

 

 ギデオンの声が通信機から響く。

 

『戦術共有リンクを繋げるぞ。お前のその高性能な頭脳を、ただの飾りにしておくのは勿体ねえからな』

 

「了解。接続コード、認証した」

 

 俺は意識の中でコンソールを操作した。

 視界の端にポップアップした『LINK START』のアイコンを思考で叩く。

 

 瞬間。

 

 ザッ!

 

 視界が一変した。

 肉眼で見ていたアナログな風景の上に、膨大なデジタル情報がオーバーレイ表示される。

 輸送機の外部センサー、僚機からのテレメトリ、衛星からの地形データ。

 それらが一斉に俺の脳内へと雪崩れ込んでくる。

 

 気温32度、湿度88%。

 風速、南南東へ15メートル。

 大気中に含まれる成分分析――窒素、酸素、そして微量の毒性花粉。

 

 『ナイトハウンド』の情報処理能力が唸りを上げ、それらの混沌としたデータを瞬時に整理し、戦術情報へと変換していく。

 まるで、世界の解像度が一段階上がったような感覚だ。

 そして、その高度な情報処理の中で、ある異変を捉えた。

 

『警告:前方10キロ地点に、大規模な熱源反応』

 

 『分析:有機物の燃焼に伴う炭化粒子の拡散を確認』

 

 HUDの向こう。

 まだ肉眼ではただの緑の海にしか見えない地平線の彼方。

 その一点から、どす黒い染みのような煙が、空へと立ち上っているのを認識した。

 

 ズーム機能を働かせる。

 デジタルの望遠レンズが、数キロ先の光景を無理やり引き寄せる。

 

 黒煙だ。

 それも、ただの山火事ではない。

 光学解析の結果が表示される。

 ケミカルな成分――ゴムやプラスチック、燃料が燃える、粘りつくような黒い煙。

 

「……見えたぞ。派手に燃えてやがる」

 

 俺の報告に、機内の空気がピリリと張り詰めた。

 

「クソッ、やっぱり間に合わなかったか……!」

 

 ギデオンが操縦桿を叩く音が聞こえた気がした。

 輸送機がさらに加速する。

 エンジンの轟音が唸りを上げ、機体がガタガタと激しく振動する。

 

 

 

 数分後。

 俺たちの眼下に、地獄への蓋が開かれた。

 

「これは……」

 

 レベッカが、スコープ越しに息を呑む気配がした。

 

 セクター4。

 そこは、ジャングルを円形に切り拓いて作られた、レアメタル採掘場だったはずだ。

 だが今、そこに「文明」の形を残しているものは少なかった。

 

 眼下の光景は、蹂躙そのものだった。

 

 巨大な黄色い採掘用重機が、横倒しになり、炎を上げている。

 作業員用のプレハブ小屋は半壊し、屋根が引き剥がされて中身がぶちまけられている。

 地面の赤土は、漏れ出したオイルと、そしておそらくは大量の血液によって、どす黒い泥沼へと変わっていた。

 

 そして、その惨劇の中心に群がっている「影」があった。

 

 ゴブリン。

 

 その名前から連想される、ファンタジーRPGの小鬼などではない。

 上空からの拡大映像に映し出されたのは、悪夢から抜け出してきたような醜悪な生物の群れだった。

 

 体長は人間の子供と同じか、それより少し大きい程度。

 だが、その皮膚は病的なまでに蒼白く、体毛は一本もない。

 

 異常に発達した筋肉がゴムのように隆起し、長い腕の先には、金属板さえも容易に引き裂くであろう、鋭利な黒曜石のような爪が生えている。

 

 顔には目がない。

 あるのは、顔面の半分を占める巨大な顎と、乱杭歯のように並んだ二重、三重の牙だけだ。

 退化した視覚の代わりに、聴覚と嗅覚、そして熱探知に特化した進化を遂げた、生ける殺戮マシーン。

 

 それが、何百匹とひしめき合っている。

 

 アリの群れが砂糖に群がるように、彼らは横転したパワーローダーに取り付いていた。

 パイロットを守るはずの強化ガラスのキャノピーが、彼らの爪によってガリガリと削り取られ、ヒビが入っていく。

 

『た、助けてくれぇぇ!!』

 

『来るな! 来るな化け物ォォッ!!』

 

 傍受した短距離通信から、絶叫が響く。

 採掘場の中央、コンテナで囲まれた急造のバリケードの中に、生き残った作業員たちが身を寄せ合っていた。

 彼らは作業用のネイルガンや、護身用のパルスライフルを乱射しているが、ゴブリンの波は止まらない。

 一匹が吹き飛んでも、その背後から二匹が乗り越えてくる。

 

 バリケードが突破されるのは、時間の問題だ。

 

「チッ、降りる場所を探してる暇はねえな、空中で下ろすぞ」

 

 ギデオンの低い声が響く。

 そこには、先ほどまでの荒っぽい指揮官の顔ではなく、同胞を傷つけられた戦士の静かな怒りが滲んでいた。

 

 輸送機が現場上空で大きく旋回し、遠心力で俺の体が壁に押し付けられる。

 

『降下用意! 高度30! ワイヤー降下だ!』

 

 機内が赤から青のランプへと切り替わる。

 後部ハッチが全開になり、轟音と共にジャングルの湿った熱風が機内へと吹き荒れた。

 眼下には、炎と硝煙、そして怪物の群れ。

 

「ゴブリンどもの食事の時間をお預けにしてやれ! 一匹残らず叩き潰せ!」

 

 ギデオンの号令。

 

「ひぃぃっ、や、やります、やってやりますよぉ!」

 

 ハルが泣きそうな声で叫びながら、タイラントの安全装置を解除する。

 ミサイルポッドのカバーが開き、赤い弾頭が顔を覗かせる。

 

「上から援護するわ。射線を開けて」

 

 レベッカが冷徹に告げ、ライフルのボルトを引き、初弾を薬室に送り込む。

 

 そして俺は。

 右手の『村雨』の柄を握りしめた。

 掌のコネクタが接続され、高周波振動の待機音がヴゥンと腕を伝う。

 

 恐怖はない。

 あるのは、全身の回路を駆け巡る、冷たい興奮だけだ。

 

 俺は一歩、開かれたハッチの縁へと踏み出した。

 眼下で蠢く醜悪な群れを見下ろし、バイザーの奥で光点を鋭角に変形させる。

 

「了解。……掃除の時間だ」

 

 俺は虚空へと身を躍らせた。

 重力に引かれ、ナイトハウンドの漆黒の機体が、地獄の釜底へと一直線に落下していく。

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