VRゲーマー、宇宙を征く ~戦場のプロたちがドン引きするムーブで、異星の怪物を殲滅したら宇宙戦争に巻き込まれた件~   作:オテテヤワラカカニ

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第2話 R.W.000.1 ――退屈な夏休み

 じりじりとアスファルトを焼く太陽が橙色に傾き、窓の外ではひぐらしが鳴き始めている。

 気だるい午後の熱気が澱む教室に、一日の終わりを告げるチャイムがどこか物悲しく鳴り響いた。

 

 夏休みを目前に控えた教室は、解放感と浮ついた空気で満ちていた。

 教科書を乱暴に鞄へ詰め込む音、ひそひそと交わされる休みの計画。

 

 誰もがこれから始まる長いバカンスに心を躍らせている。

 

「いや、マジで昨日のラスボス戦は神だったって! あの最終形態からの弾幕は初見じゃ絶対避けられねえ! BGMの入り方も完璧すぎた!」

 

「わかる! 俺、三回コンティニューしたわ。お前よくノーミスクリアできたな、アキト」

 

 俺、春夏冬 秋人(あきなし あきと)は、親友の健太と、昨日クリアしたばかりのVRアクションゲーム『アビス・レイダーズ4』の興奮を、身振り手振りを交えて語り合っていた。

 

 半年以上、それこそ生活の一部を捧げてきたゲーム。

 ラスボスを撃破した瞬間の脳が焼けるような達成感、仲間たちとの旅路を振り返るエンドロールが流れた時の言いようのない感動。

 

 そして今は、楽しかった祭りが終わってしまった後のような、一抹の寂しさが胸にぽっかりと穴を開けていた。

 

 その時、俺たちの机にすっと影が落ちた。

 ふわりと、シャンプーとは違う、清潔で少し甘いコンディショナーの香りが鼻をかすめる。

 俺はこの香りをよく知っていた。

 

「あんたたち、またゲームの話? 少しは受験生だって自覚持ったらどうなの。夏休みゲームばっかりやってたら、取り返しのつかない馬鹿になるわよ?」

 

 呆れたような声。

 クラス委員長の夏川 玲奈(なつかわ れな)だ。

 綺麗に切りそろえられた艶やかな黒髪を揺らし、白いブラウスの胸元で腕を組んで俺たちを見下ろしている。

 その涼しげな切れ長の目元は、いつも他の誰かに向けるよりも少しだけ細められ、厳しく俺に向けられる。

 

「おいおい、委員長。それはゲームという文化への差別じゃないか?」

 

 俺がわざとらしく言うと、彼女はふんと鼻を鳴らした。

 

「違うわよ。あんたの将来を心配してあげてるの、ゲームばかりしてたら、もっとアキナシがバカになっちゃう」

 

「違いないな」

 

 隣で健太が深刻な顔で頷く。

 

「否定してくれんのかい、健太!」

 

 夏川はツンとそっぽを向くと、今度は健太に矛先を向けた。

 その声色は俺に向けるものより少しだけ柔らかい。

 

「高木くんも! この前の期末、赤点ギリギリだったの忘れたの? 夏休みは勝負の時だって、先生も言ってたでしょ!」

 

「は、はい! 肝に銘じます! すみません!」

 

 律儀に頭を下げる健太の横で、俺は空っぽになった頭の中を整理していた。

 半年以上ハマっていた『アビス・レイダーズ4』をクリアしてしまった今、俺の夏休みは目的を失っていた。

 

 楽しみが、ない。

 人生の楽しみが、尽きた。

 

「……ま、そういうことなら」

 

 俺が椅子の背もたれに深く体重を預け、天井を仰ぎながら呟くと夏川が訝しげに眉をひそめた。

 

「どういうことよ? 話が見えないんだけど」

 

「いや、もうゲーム、クリアしちまったから。俺の冒険は終わったんだよ。だから、やることが綺麗さっぱりなくなっちまった」

 

 だから――、と俺は続けた。

 

「この夏休みは、大人しく勉強でもすっかなーなんて」

 

 俺の言葉に、夏川と健太の動きが、まるで時が止まったかのようにピタリと停止した。

 

「……は?」

 

「……え?」

 

 二人の間抜けな声が、夕暮れの教室に綺麗にハモる。

 

 夏川は信じられないものを見るような、宇宙人と遭遇したかのような目で俺を凝視し、何かを言いかけた唇を数回開閉させた。

 

 「……そう。それなら、頑張ればいいじゃない」

 

 結局、そうポツリと呟くと、少し拍子抜けしたような、それでいてどこか腑に落ちない複雑な顔で自分の席に戻っていった。

 

 

 ***

 

 

 その日の夜。

 時刻は19時を回っていた。

 

 自室の安っぽい学習机で、俺は宣言通り、数学の参考書を開いていた。

 しかし、シャーペンを握る手は一向に進まない。

 ページに並んだ数式やグラフは、意味のある情報として俺の脳に届く前に、ただの無機質な記号の羅列へと霧散していく。

 

「……集中できねえ」

 

 深いため息をつき、ベッドに視線を移す。

 その枕元には、俺の唯一無二の相棒が起動を待って静かに鎮座していた。

 

 流線形の白いボディを持つ、ヘッドセット型のフルダイブVRデバイス『Cerebrum-07』。

 最新の非接触式脳波インターフェースを搭載し、思考と身体の動きをダイレクトに仮想空間へ反映させる、現代の魔導具だ。

 

 こいつと共に、俺は数々の世界を救い、ドラゴンが舞う空を駆け、魔王の玉座に剣を突き立ててきた。

 

「やっぱ、俺にはあっちの世界が向いてる」

 

 パタン、と参考書を閉じる。

 椅子を回転させ、ゲーミングPCのモニターに向き合った。

 

 メジャーなVRゲームのタイトルは、ほとんどやり尽くした。

 

 何か面白いゲームはないか。

 まだ見ぬ冒険の舞台はないか。

 

 俺はインディーズ系のVRゲームを扱う配信サイトの海を、当てもなく漂い始めた。

 ありきたりな剣と魔法のファンタジー、どこかで見たようなミリタリーFPS。

 

 魅力的なサムネイルをクリックしても、その内容は既存のゲームの焼き直しに過ぎなかった。

 

 どれも食指が動かない。

 心が少しもときめかない。

 

 諦めかけたその時、検索結果の最下層、誰もが見過ごしてしまいそうな片隅に、奇妙なタイトルが埋もれているのを見つけた。

 

『ギャラクティック・フロンティア』

 

 サムネイルも無く、ただ無骨なゴシック体のテキストロゴが表示されているだけ。

 その素っ気なさが、逆に俺の興味を引いた。

 

 詳細ページをクリックする。

 そこに書かれていたのは、ありふれたスペースオペラ風のSF世界観説明と、数枚の薄暗いスクリーンショット。

 

 そして、ページの下部に、まるで利用規約の隅に追いやられたかのように、小さなフォントで記載された注意書きだった。

 

 【※基本プレイ無料(アイテム課金有り)】

 【※警告:アカウントの作成は、お一人様一度きりです。キャラクターデータの削除、再作成は一切できません。あなたのアバターは、あなたの唯一無二の分身となります】

 【※免責事項:本サービスを利用中に発生したいかなる身体的・精神的損害についても、運営は一切の責任を負いません】

 

「基本プレイ無料? アカウント作成は一度きり……? なんかヤバそうな匂いがプンプンするな」

 

 まるで後戻りは許さないと言わんばかりの強気な規約。

 

 普通なら即座にブラウザバックするところだろう。

 だが、あらゆるゲームをやり尽くして退屈しきった俺のゲーマー魂は、その不穏で挑戦的な響きに、強く、どうしようもなく惹きつけられた。

 

 俺はニヤリと口角を上げる。

 乾ききっていた心に、じわりと期待が湧き上がってくる。

 

 この夏を捧げるに値する、クソゲーか、誰も知らない神ゲーか。

 

 どっちに転んでも、最高に楽しめそうだ。

 

 迷いは一瞬もなかった。

 俺はマウスを握る手に力を込め、『ゲームをダウンロードする』のボタンを、力強くクリックした。

 

 画面に表示されたプログレスバーが、静かに右へと伸びていく。

 

 それが、俺の新しい冒険の始まりの合図だった。

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