VRゲーマー、宇宙を征く ~戦場のプロたちがドン引きするムーブで、異星の怪物を殲滅したら宇宙戦争に巻き込まれた件~   作:オテテヤワラカカニ

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第4話 G.F.000.4――目覚めはカプセルの中から

 金属と冷却オイルの入り混じった独特の匂いがノイズとしてセンサー越しに刺激を与える。

 意識がゆっくりと浮上していく感覚。

 

 瞼の裏側でぼんやりとした光が揺らめ、徐々に輪郭を帯びていく。

 

 最初に起動したのは聴覚センサーだった。

 静かな空間に響く規則的な電子音と微かな空調の駆動音が耳元で低く唸るように広がる。 

 

 次に、視覚センサーが再起動する。

 ノイズ混じりの視界が徐々に鮮明になっていくと、まず目に飛び込んできたのは見慣れない湾曲した半透明の天井だった。

 

 義体を起こそうとしたが、視界の端にエラーが表示される。

 自動でロックがかかっているらしい。

 指先をわずかに動かそうと試みるが、反応しない。

 

 どうやら俺は、カプセル型の修理ポッドの中に横たわっているようだ。

 

 しばらくすると半透明のカプセルの向こう側に、人影が見えた。

 その影がぼんやりと揺れ、足音が近づいてくる気配を感じる。

 

 「……!」 

 

 俺の覚醒に気づいたのだろう。

 その人影が慌てたように駆け寄ってきた。

 

 足音が急ぎ足になり、カプセルの外側で息を弾ませる音が聞こえる。

 半透明だったカプセルが透明に切り替わった。

 

 そこには一緒に逃走劇を繰り広げた少女――エンジニアスーツをまとった、ユイ・アマミヤがいた。

 彼女の顔には疲労と安堵が入り混じった表情を浮かんでいる。

 彼女はカプセルに手を押し当て、息を切らしながら中を覗き込んできた。

 

 「よかった……意識が戻ったんですね」

 

 彼女の声は、ノイズの走る俺のマイク越しに、少しだけくぐもって聞こえた。

 ユイは額に浮かんだ汗を袖で拭い、ほっとしたように肩を落とす。

 

 俺はまだ完全に覚醒しきらない頭で、ゆっくりと状況を反芻する。

 確か、怪物から逃げてシャトルに乗り込み、そこで……。

 

 記憶の断片がフラッシュバックのように頭をよぎり、眉を寄せる。

 

 「俺が意識を失った後、何があった? ここは?」

 

 歪んだ合成音声で尋ねると、ユイはほっと胸をなでおろしながら答えてくれた。

 彼女はポッドのコントロールパネルに指を走らせ、軽くタップする。

 すると俺の視界の端にログが流れ始める。

 簡易な解析が行われているようだ。

 

 「ここは、アマミヤ・インダストリアルが保有するコロニー……『アマミヤ』です。あの後、シャトルは自動航行でここまで辿り着きました。あなたはシャトルの中で機能維持するための省電力モードになってしまって……」

 

 ユイは説明しながら、損傷の具合を確認するように目を細め、俺の身体を上から下まで見つめる。

 

「そうか。あの襲撃からは、無事に逃げられたんだな」

 

「はい。アビスウォーカーの追撃もありませんでした。本当に、あなたのおかげで助かりました」

 

 アビスウォーカー。

 あの怪物の名前だろうか。

 俺は記憶を探るように、その単語を反復した。

 

 「アビスウォーカー……?」

 

 「え? ああ、はい。さっき私たちを襲ってきた、あの怪物のことです。深淵を歩く者、なんて呼ばれてますけど……」

 

 なるほど。

 あの化け物にはそんな大層な名前がついていたのか。

 ひとまず、最悪のゲームオーバーは回避できたらしい。

 安堵のため息が漏れる。

 

 俺はポッド内で肩をわずかにすくめようとする。

 だが、義体をロックされているので視界の端にエラー表示が出るだけだった。

 

 「とにかく、無事でよかった」

 

 「あの、ところで……なんとお呼びすればいいでしょうか? あなたの義体情報をスキャンさせてもらったんですけど、ほとんどの情報が文字化けしてしまっていて……。おそらく、義体の損傷がひどいせいだと思うんですけど……」

 

 ユイが申し訳なさそうに言う。

 彼女は両手を軽く握りしめ、視線を逸らすように下を向く。

 

 そういえば、名乗っていなかった。

 ゲーム開始直後の大混乱で、そんな余裕は欠片もなかった。

 

 「ああ、自己紹介がまだだったな。俺は……アキトだ。よろしくな、ユイさん」

 

 俺がそう名乗ると、彼女は少し嬉しそうに表情を和らげ、それから深々と頭を下げた。

 

 「アキトさん、ですね。改めて、本当にありがとうございました。あなたは……その、凄腕の傭兵なんですね。あの絶望的な状況から、私を助けてくださるなんて……」 

 

 傭兵。

 まあ、ゲームプレイヤーなんて説明するよりは、その方が通りがいいだろう。

 俺は曖昧に肯定した。

 心の中で苦笑を浮かべる。

 

 「……まあ、似たようなもんかな、無事なら何よりさ」

 

 「それで……その、お身体の調子はどうですか? 特に……電脳に異常とか、ありませんか?」 

 

 ユイが、何かをためらうように、おずおずと尋ねてくる。

 どこか不安げだ。

 

 電脳、か。

 

 この義体にとって、思考を司る電子頭脳のことだろう。

 

 「ん? 義体がボロボロなのは確かっぽいけど……特にそれ以外は問題ないよ。ちゃんと動くと思う」

 

 意識すると表示される自分の義体情報は、ほとんど黄色か、赤色に染まっており、痛々しい。

 失った左腕の付け根は応急処置がされたプレートで塞がれているが、全身の装甲には無数の傷跡や凹みが残っている。

 だが、ユイが心配しているのは、そこではないようだった。

 

 彼女は安堵したような、信じられないような複雑な表情を浮かべていた。

 唇を軽く噛み、視線を俺の顔に固定する。

 

 「それは……」

 

 「何かあるのか?」

 

 俺が問い詰めると、ユイは意を決したように口を開いた。

 彼女は深呼吸をし、胸に手を当てる。

 

 「あの、コロニーから逃走する際に、私があなたにスキルチップを使ったこと、覚えてますか?」

 

 「ああ、あれか。おかげで助かったよ。思考が一気に加速して、一瞬の間にいろんなことが考えられた。あれがなきゃ、今頃俺たちはあの化け物の腹の中だ」

 

 感謝を伝えると、ユイは逆に顔を曇らせ、言いにくそうに俯いた。

 彼女は両手を前で合わせ、指をいじくりながら視線を落とす。

 

「……実は、そのチップのことなんです。あれは、アマミヤ・インダストリアルが極秘に開発していた試作品で……」

 

「試作品?」

 

「はい。正式名称は『オーバードライブ・アクセラレーター』。使用者の処理能力を瞬間的に数百倍まで引き上げる、まさに禁断の切り札です。ですが、その代償として、電脳にかかる負荷は尋常ではありません」

 

 彼女はごくりと唾を飲み込み、続けた。

 喉が動くのが見え、彼女の緊張が伝わってくる。

 

 「常人が使えば、まず間違いなく電脳が焼き切れて廃人になります。これまで被験者も、誰も……正常な意識を保てた者はいませんでした。あなたが今、こうして普通に会話できていることが……奇跡、なんです」

 

 ……とんでもないものを、この少女は俺にぶち込んでくれたらしい。

 一歩間違えれば、ゲーム開始数十分で、俺の電脳は再起不能になっていたかもしれない。

 背筋に冷たい汗が流れる気がする。

 

 ……いや、待てよ。

 

 もしこの世界の住人だったら、俺も無事では済まなかっただろう。

 だが、幸か不幸か、俺はプレイヤーだ。

 あの「思考加速」は、あくまでゲーム内のバフ効果として俺の義体に作用したに過ぎないはずだ。

 だからこそ、俺は副作用もなく耐えられた。

 この『ギャラクティック・フロンティア』というゲームが、異常なまでにリアルなだけなのだ。

 

 「……そうか。俺が頑丈で、運が良かっただけさ」 

 

 俺は平静を装って答えた。

 あえて、無頓着を装う。

 ここでプレイヤーだから平気だろ、というのはなんだか野暮な気がしたのだ。

 

 ユイはまだ何か言いたげだったが、俺がそれ以上追及する気がないことを察したのか、話題を切り替えた。

 

 彼女は小さく息を吐き、表情を緩める。

 

 「それから、あなたの義体ですが……なんとか歩ける程度には、応急処置を施しておきました。でも、損傷が酷過ぎて……別の義体に乗り換えることをお勧めします」 

 

 そう言うと、彼女は修理ポッドのコンソールを操作した。

 指先がパネルを素早く滑る。

 慣れた手つきで操作する様子はプロフェッショナルだ。

 

 プシュー、と空気が抜ける音と共にハッチが開き、体にかかっていたロックが外れる。

 

 俺はゆっくりと身体を起こした。

 軋む関節を気遣いながらポッドの外へ出ると、確かに自分の足で立つことができた。

 

 左手がないため、バランスは悪いが移動に支障はなさそうだ。

 

 「助かる。これで少しは動けるな」 

 

 俺が感謝を述べると、ユイはまっすぐに俺の目を見つめてきた。

 彼女は背筋を伸ばし、拳を軽く握る。

 その瞳には、先ほどまでの怯えや安堵とは違う、強い意志の光が宿っていた。

 

 「アキトさん」

 

 「なんだ?」

 

 「あなたの腕を見込んで……いえ、あなたにしか頼めないことがあります」

 

 真剣な声だった。

 ただの護衛クエストの続き、というわけではなさそうだ。

 

 俺は無言で、彼女の次の言葉を待った。

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