Guns & Garlands — 銃と花輪   作:たこ焼き 龍月

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いつかやりたかった、クロスオーバー作品


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Guns & Garlands 第一章 魔窟への手紙

 

 ロアナプラの港に、朝は似合わない。

 太陽は昇る。水平線は白く光る。海は油と潮と腐った魚の臭いを混ぜながら、薄汚れた岸壁を舐めている。だが、それでもこの街に朝が来たとは誰も思わない。

 夜が少し薄まっただけだ。

 夜通し飲み続けた酔っ払いが倉庫の壁にもたれて眠っている。娼婦が折れたヒールを片手に裸足で歩いている。安酒場の看板はまだ半分だけ点滅している。誰かが昨夜、腹いせに撃ったらしい街灯が、ぶら下がったまま風に揺れていた。

 遠くでは犬が吠えている。いや、本当に犬なのかは怪しい。ロアナプラでは犬より危険なものが四足で歩いていることも珍しくない。

 港湾労働者たちは朝から汗を流していた。もっとも、彼らが働いている理由は勤勉だからではない。働かなければ食えないからだ。そして食うためには、多少危険な荷物だろうが、多少怪しい依頼人だろうが、見て見ぬふりをする必要がある。

 この街では、好奇心は高価な贅沢品だった。

 その港へ、一隻の貨物船が入ってきた。

 白く塗られていたはずの船体は、長い航海で灰色にくすんでいた。船腹には無数の擦り傷があり、世界中の港を渡り歩いてきたことを物語っている。船首に刻まれた文字だけが、妙にくっきりと読めた。

 HCLI。

 港湾作業員の一人が、その文字を見て眉をひそめる。

 

「……ヘクマティアルか?」

 

 隣の男が、煙草を口の端で揺らしながら笑った。

 

「知ってるのか?」

「名前だけな。武器を売る連中だろ。銃、弾薬、ミサイル、戦争に必要なものなら、赤ん坊の泣き声以外は何でも揃えるって話だ」

「赤ん坊の泣き声も、戦争の後ならいくらでも手に入る」

「朝から縁起でもねえこと言うなよ」

「ここはロアナプラだぞ。縁起なんざ、港に入る前に税関で没収される」

 

「税関が仕事してる前提で話すな」

「違いねえ」

 

 二人は笑った。

 だが、その笑いは長く続かなかった。

 貨物船は静かに接岸した。船員たちが慣れた手つきでロープを投げる。クレーンが唸り、コンテナが軋む。金属同士が擦れる音が朝の空気を震わせる。

 

 いつもの港の音。いつもの港の風景。

 だが、その中に混じって、いつもの港にはない空気が降りてきた。

 

 甲板の上に、一団がいた。

 白い髪の若い女。

 その周囲に立つ、軍人のような目をした男たちと女たち。

 彼らは観光客には見えない。

 傭兵にも見える。

 軍隊にも見える。

 だが、そのどちらとも違う。

 彼らには独特の統一感があった。

 戦場を知っている人間だけが持つ空気。

 そして、その中心にいる女だけが、まるで別の世界から来たような軽やかさをまとっていた。

 ココ・ヘクマティアルは、港を見下ろして微笑んでいた。

 新しい観光地を見つけた旅行者のように。

 あるいは、自分のために用意された戦場を見つけた指揮官のように。

 

「いい街ね」

 彼女の隣に立っていたレームが、くわえた煙草を少しずらす。

 

「お嬢。普通、ここを初めて見た人間は、そういう顔でそういう感想は言いませんぜ」

「そう?」

「ええ。だいたいは眉をひそめるか、財布の位置を確認するか、神様を探す。まあ、最後のやつはこの街じゃ一番無駄ですがね」

「神様ならいるわよ。たぶん、銃を売ってる」

「そりゃうちの同業者です」

 

 ココはくすくす笑った。

 

「それにしても、本当に面白そうな街」

「面白そう、ですか」

「ええ。秩序がないように見えて、ちゃんと秩序がある。誰もルールを守ってないように見えて、全員がルールを知ってる」

 

 レームは肩をすくめた。

 

「俺にはただ危険な街にしか見えませんがね」

「危険だから面白いのよ」

「その感覚は理解したくないですな」

 

 少し後ろで、マオが呆れたように言う。

 

「社長自ら魔窟見物か。うちも随分と観光業に手を出したもんだな」

「観光じゃないわ、マオ。市場調査よ」

「市場調査ってのは、普通もう少し机と資料とコーヒーがある場所でやるんじゃないのか?」

「この街には全部あるじゃない。机は弾痕つき、資料は死体つき、コーヒーは鉛の味」

「それを市場って呼ぶなら、俺は定年後は農業でもやるよ」

「いいじゃない。平和そう」

「お嬢がそう言うと不安になる」

 

 ワイリが明るく口を挟んだ。

 

「農業いいよね。地雷原の再利用とか」

「お前は黙ってろ。土を見るとすぐ爆薬の話にするな」

「だって効率的だよ?」

「その効率を世間は恐怖って呼ぶんだ」

 

 ワイリは不満そうに唇を尖らせた。

 

「みんな偏見があるなあ」

「偏見じゃなくて実績だ」

 

 マオが即答した。

 周囲から小さな笑いが漏れる。

 バルメは会話に混じらず、港を見ていた。

 視線は倉庫、クレーン、コンテナの隙間、作業員の腰回り、監視しやすい屋上、狙撃に向いた窓を順に拾っていく。

 彼女の目は観光客の目ではない。戦場を歩く兵士の目だった。

 

「バルメ」

 

 ココが呼ぶ。

 

「はい」

「この街、好き?」

「ココが歩くなら、好きか嫌いかではなく、危険か危険でないかで判断します」

「で?」

「危険です」

「どのくらい?」

「笑いながら近づいてくる人間を、最初に撃つか最後に撃つか迷うくらいには」

「それ、ほとんど全員じゃない」

「だから危険なんです」

「なるほど」

「あと、監視されてます」

「何人くらい?」

「見えているだけで十数人」

 

「見えてないのは?」

「数えたくありません」

 

 ココは満足そうに頷いた。

 

「いい街ね」

「結論が変わらないんですね」

「変わらないわ」

 

 そのとき、港の端に一人の男が立っているのが見えた。

 ダッチ。

 背が高く、肩が広く、煙草を吸う姿にも余計な動きがない。

 彼の隣には、白いシャツを着た日本人の男が立っていた。

 ロックだった。

 さらに少し遅れて、コンテナの陰から女が現れる。

 レヴィは気怠そうに肩を回しながら、ココたちを見た。

 

「へえ」

 

 第一声はそれだけだった。

 だが、その一言だけで十分だった。

 興味を持った。

 そういう意味だ。

 ココは桟橋に降り、笑顔で言う。

 

「こんにちは」

「観光か?」

「商談よ」

「悪いことは言わねえ。観光なら帰れ。商談ならもっと帰れ」

「どうして?」

「この街で商談って言葉は、だいたい最後に銃声で句点が打たれる」

「なら話が早いわ。うちは銃声も商品に含まれてる」

 

 レヴィの口元が上がった。

 

「気に入った。あんた、口がよく回るな」

「ありがとう」

「褒めたんじゃねえ」

「知ってる。でも、受け取り方は私の自由でしょ?」

 

 レヴィは楽しそうに笑った。

 

「ダッチ、この女、本当に武器屋か? 詐欺師のほうが向いてるぜ」

「どっちでも商売になるだろうな」

 

 ダッチが答える。

 ココは肩をすくめた。

 

「詐欺師は信用を失ったら終わりだけど、武器商人は信用を失う前に逃げられるから楽よ」

「最低だな」

「褒め言葉?」

「違う」

「残念」

 

 ダッチが煙草を捨て、靴底で揉み消す。

 

「どっちでもいい。金を払って、仕事の筋が通るならな」

 

 ロックが一歩前に出た。

 

「ココ・ヘクマティアルさんですね」

「ええ。あなたがロック?」

「はい」

「話は聞いてるわ」

「悪い話でしょうね」

「半分は」

「残り半分は?」

 

「もっと悪い話」

 

 ココは笑った。

 ロックも礼儀として笑った。

 だが目は笑っていなかった。

 ココはそれに気づいていた。

 そして少しだけ面白そうに見ていた。

 

「それで、今回はラグーン商会に何を?」

「荷物を運んでほしいの」

 

 レヴィが即座に割り込む。

 

「荷物ねえ。この街で“荷物”って言う奴の荷物は、だいたい中で息してるか、タイマーが動いてるか、どこかの政府が顔色変えて探してるかのどれかだ」

「鋭い」

「三つのうちどれだ」

「全部少しずつ」

「帰れ」

「即答ね」

 

「今の時点で嫌な予感しかしねえ」

 

 ベニーが後ろから小さく言った。

 

「今の時点でもう嫌な予感がするんだけど」

「安心しろ、ベニー」

 

 レヴィが振り向く。

 

「この街でいい予感なんざ、一度でも当たったことあるか?」

「それ、安心材料じゃないよ」

「だろ?」

「なんで得意げなんだよ」

 

 ダッチはココを見る。

 

「場所を変えよう。港で話すには、耳が多すぎる」

 

 ココは周囲を見回した。

 作業員、船員、酔っ払い、物売り、暇そうなチンピラ。

 誰もが何も見ていないふりをしながら、こちらを見ている。

 誰も聞いていないふりをしながら、会話を拾っている。

 

「素敵ね。みんな職業意識が高い」

「この街じゃ、余計なことを知ってる奴ほど長生きできる。余計なことを喋る奴は短命だ」

 

 ロックがそう言うと、ココは彼のほうを向いた。

 

「あなたは?」

「俺は……まだ、どちらでもないです」

「いい答えね。自分がどちら側にいるか決めすぎる人は、盤面が変わったときに死ぬわ」

 

 ロックはその言葉を聞いて、少しだけ眉を動かした。

 盤面。

 この女は、最初から世界をそう見ている。

 人間も。

 国家も。

 企業も。

 戦争も。

 全部ひっくるめて。

 まるで巨大なゲーム盤の駒みたいに。

 そして、その盤面を動かすことに慣れている。

 そんな印象を受けた。

 

 

 ラグーン商会の事務所は、相変わらず冷房の効きが悪かった。

 天井扇は回っているが、空気をかき混ぜているだけで涼しさはない。壁には古い染みがあり、床には昨日のものか先週のものかわからない酒の匂いが残っている。

 窓際には雑誌が積まれ、棚には用途不明の工具が並び、机の上には請求書と伝票が山になっていた。

 ベニーのコンピュータだけが、場違いなほど現代的に光っていた。

 ココは椅子に座るなり、部屋の中を見回して言った。

 

「いいオフィスね」

 

 レヴィが鼻で笑う。

 

「おべっかが下手だな」

「本気よ」

「どこがだよ。壁は汚え、扇風機は役立たず、椅子は座ると背骨に文句言ってくる。俺なら三日で爆破する」

 

 ワイリがぱっと顔を上げた。

 

「爆破するなら構造を見たいな。ここの柱、古いけど意外と粘りそうだし、入口を塞がずに天井だけ落とすなら――」

「やめろ」

 

 ベニーが即座に言った。

 

「今すぐやめろ。ここは僕の機材もあるんだ」

「冗談なのに」

「お前の冗談は信用できない」

 

 ロックも頷いた。

 

「それは本当にそうです」

 

 ワイリは少し傷ついた顔をした。

 

「ひどいなあ」

 

 マオがぼそりと言う。

 

「お前の冗談は、たまに保険会社が泣く」

「保険会社って泣くんだ」

「お前のせいでな」

 

 ココはにこにこしていた。

 

「ね? 素敵でしょ。必要なものしかない。嘘を飾る余裕がない場所って、私は好きよ」

 

 ダッチが机の向こうに座る。

 

「気に入ってもらえて何よりだ。だが、ここは内見会じゃない。仕事の話をしよう」

「もちろん」

 

 ココは革の鞄から地図を取り出した。

 その動作だけで、部屋の空気が少し変わった。

 冗談の時間が終わる。

 仕事の時間が始まる。

 ロアナプラでは、その境界線はいつも曖昧だ。

 だが今、この瞬間だけは誰もがそれを理解していた。

 武器商人が持ち込んだ仕事。

 そしてラグーン商会が受けるかもしれない依頼。

 それが平穏なものであるはずがない。

 誰も期待していなかった。

 だからこそ、少しだけ興味があった。

 ココは机の上に地図を広げる。

 その笑顔は変わらない。

 だが、その目だけは商人の目だった。

 利益と危険を同じ天秤に乗せる人間の目だった。

 ロックは無意識に息を吐いた。

 嫌な予感がする。

 だが、それはいつものことだ。

 そしてロアナプラでは、嫌な予感ほどよく当たる。

 




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