Guns & Garlands — 銃と花輪 作:たこ焼き 龍月
花輪が歪んだ瞬間、船そのものが怒ったように軋んだ。実際に船体が悲鳴を上げたわけではない。だが、制御室にいた誰もがそう感じた。壁のモニターに映る不完全な輪は、ラブレス家の旧通信権限を失いかけ、別の線を求めて伸び縮みしていた。赤い警告表示が重なり、海図の上では市場船を中心に複数の光点が乱れている。通信は途切れ、繋がり、また歪む。正規の船内放送、偽の避難命令、誰かの怒号、ヨナらしき少年の断片的な声。そのすべてが混ざり合い、まるで船の中で複数の戦場が同時に始まったようだった。
ガルシア・ラブレスは、その中心に立っていた。少年の手は震えている。顔色は悪い。だが、彼は逃げなかった。画面に映るラブレス家のコードを見つめ、自分の家の名前が、人を守るためではなく、人の声を奪うための鍵になろうとしている現実を、真正面から見ていた。ロベルタは彼の前に立ち、ファビオラは隣に寄り添っている。レヴィは通路側で銃を構え、ダッチは扉の向こうの動きを見ていた。ロックはガルシアの少し後ろに立ち、ベニーは端末の前で必死に花輪の抵抗を抑え込んでいる。ココは画面の花輪と、外部カメラに映った未確認船の影を交互に見ていた。彼女の中では、二つの火が同時に燃えている。花輪を止める火と、ヨナを追いたい火。そのどちらも、放っておけば彼女自身を焼きかねない。
「ベニー」
ロックが言った。
「今、何が起きてる」
「簡単に言うと、花輪がラブレス家の鍵を失う前に、別の形で承認を作ろうとしてる。本人の声、映像、通信ログ、ここにいる誰かの端末、何でも材料にしようとしてる」
ベニーの声は早口だった。画面から目を離さず、指だけが動く。
「つまり、ガルシアがここにいること自体が危険なんだ」
ロベルタが即座に反応した。
「坊ちゃまを外へ」
「だめ」
ベニーは珍しく強く言った。
「外へ出ても、船内のどこにいても危険は同じ。むしろ移動中に拾われる。今はここで、こっちが監視している状態のほうがまだまし」
「まし、ですか」
ファビオラの声が震えていた。
「この状況が?」
「他の選択肢がもっと悪い」
レヴィが笑った。
「いいねえ。最悪の中から最低じゃない地獄を選ぶってわけだ」
ダッチが低く言う。
「レヴィ、通路」
「見てるよ」
通路の向こうから足音が近づいていた。二人、三人ではない。もっと多い。市場船の警備、買い手側の護衛、どこかの情報機関の私兵、花輪を押さえたい者、証拠を消したい者、ラブレス家の鍵を確保したい者。目的は違っても、今この船内で彼らが向かう場所は同じだった。制御室。そこに、花輪を閉じる鍵と、それを折ろうとしている少年がいる。
レヴィは通路へ向けて叫んだ。
「ここは満員だ! 予約して出直せ!」
返事はなかった。代わりに、短い銃声が通路の角から飛んだ。壁に火花が散る。レヴィは舌打ちして身を引き、ロベルタがガルシアの前へ半歩移動する。ダッチが後方へ指示を飛ばし、レームとマオ、ルツが別角度から通路を押さえる。
ココは低く言った。
「兄さんの市場、人気ね」
ロックが返す。
「笑えません」
「笑ってないわ」
その声は本当に笑っていなかった。
画面の端に、キャスパーの映像がまだ残っている。彼は市場船のどこか別の区画からこの状況を見ているらしい。混乱の中でも、彼の表情は崩れていない。ただ、目の奥だけがいつもより鋭い。市場が完全に彼の手を離れたことを、彼自身も理解しているのだろう。それでも彼は退かない。退けば、商人ではなくなるからだ。
『ガルシア』
キャスパーの声がスピーカーから響く。
『まだ引き返せる』
レヴィが顔をしかめた。
「しつこい兄貴だな」
ガルシアは画面を見た。
「何から引き返すんですか」
『損からだ。ラブレス家の旧通信権限を折れば、君の家は大きな資産を失う。地域通信の再整備も難しくなる。君の祖父が作ったものを、君自身の手で終わらせることになる』
ガルシアの顔に痛みが走った。
その言葉は効いた。ロックにはわかった。キャスパーは人の急所を探すのがうまい。ガルシアにとって、それは金ではない。祖父の遺したもの。家の歴史。善意で作られた通信網。それを自分の代で壊すという重さだ。
ファビオラが言う。
「坊ちゃま、聞かないでください」
キャスパーは静かに続ける。
『聞くべきだよ。これは誘惑ではない。事実だ。君が鍵を折れば、守れるものもあるだろう。だが、失うものもある。善良な選択は、いつも誰かを救うとは限らない』
ガルシアは目を伏せた。
ロベルタが彼の前に立つ。
「坊ちゃま。私が」
「ロベルタ」
ガルシアが彼女を止めた。
その声は小さい。だが、命令だった。
「はい」
「僕に聞かせてください」
ロベルタは言葉を飲み込んだ。
ガルシアは画面のキャスパーを見る。
「キャスパーさん。あなたの言うことは、たぶん全部が嘘ではありません」
『そうだね』
「だから、怖いです」
『恐怖は悪いものじゃない。高い買い物をする時、人は慎重になる』
「僕は買い物をしているのではありません」
『では何をしている?』
ガルシアは答えようとして、少し詰まった。
ロックは口を挟まなかった。
これはガルシアが答えるべき問いだった。
花輪の画面がまた乱れる。ラブレス家のコードが点滅し、偽の承認経路が何度も作られてはベニーによって潰される。時間はない。だが、それでもこの問いだけは急かせなかった。
ガルシアは、震えたまま言った。
「僕は、名前を取り戻そうとしています」
キャスパーの笑みが薄くなった。
「ラブレスという名前を、誰かの戦争の言い訳にさせない。そのために、何を失うのかを見ています」
ココがガルシアを見た。
ロックも見た。
その少年は、まだ弱い。迷っている。今にも押し潰されそうだ。だが、目は逃げていない。
キャスパーは静かに言った。
『いい答えだ。だが、答えが綺麗でも世界は汚い。君が権限を折った後、ラブレス家の土地や使用人や地域の者たちに影響が出たら? その時も、自分の選択は正しかったと言えるかな』
ガルシアは唇を噛んだ。
ファビオラが叫びかける。
だが、ガルシアが手で制した。
「わかりません」
ガルシアは言った。
「たぶん、後悔します」
部屋が静かになる。
「でも、後悔するのが怖いからといって、誰かに僕の名前を渡すことはできません」
キャスパーは黙った。
その時、通路側で大きな衝突音が響いた。レヴィが叫ぶ。
「ダッチ! 数が増えた!」
ダッチが短く返す。
「押さえろ」
「簡単に言うな!」
ロベルタが動こうとする。
ガルシアが彼女の袖を掴んだ。
「ロベルタ」
ロベルタは振り返る。
「坊ちゃま」
「行ってください」
ロベルタの目が揺れた。
「ですが」
「僕はここにいます。ロックも、ファビオラも、ベニーさんもいます。だから、行ってください」
「しかし」
「命令です」
その言葉に、ロベルタの表情が変わった。
ガルシアは震えながらも、はっきりと言った。
「僕を守るために、戻ってきてください。そのために今は、行ってください」
ロベルタは深く頭を下げた。
「承知しました」
レヴィが通路から叫ぶ。
「早くしろ、猟犬!」
「あなたに命令される覚えはありません」
「いいから来い!」
ロベルタは通路へ向かった。彼女の背中を見ながら、ガルシアは拳を握る。ロベルタを戦わせている。自分の命令で。守られるだけではないということは、守ってくれる者に何かを命じる責任も背負うことだった。ガルシアはその重さに一瞬息が詰まりそうになる。それでも、もう目を逸らさない。
*
通路は赤い光の中で、狭い戦場になっていた。レヴィは壁際を使い、相手の進路を塞ぎながら短く撃つ。ロベルタはその隙間を縫うように動き、ガルシアへ向かう線を一つずつ潰していく。二人の動きはやはりまるで違う。レヴィは荒い。笑い、挑発し、相手の視線を引きつける。ロベルタは静かだ。余計な声を出さず、必要な瞬間にだけ前へ出る。だが、二人の呼吸は合っていた。
「左!」
レヴィが叫ぶ。
「見えています」
ロベルタが答える。
「じゃあ右!」
「それも」
「可愛げがねえな!」
「必要ありません」
レヴィは笑った。
「違いねえ」
通路の奥から偽の船内放送が鳴る。
『ロベルタ。戻って』
ガルシアの声。
ロベルタの足が一瞬だけ止まりかける。
レヴィが怒鳴った。
「聞くな!」
「わかっています!」
『ロベルタ。命令です』
その声は、ガルシアによく似ていた。
だが、違う。
ロベルタは目を閉じなかった。耳も塞がなかった。偽の声を聞いたまま、本物の命令を思い出す。僕を守るために、戻ってきてください。そのために今は、行ってください。あの声ではない。坊ちゃまは、あの声ではない。
ロベルタは前へ出た。
「あなたたちに、坊ちゃまの声を使う資格はありません」
その声は静かだった。
だが、レヴィは横で少しだけ笑った。
「怒ってんな、猟犬」
「当然です」
「そういう怒りは嫌いじゃねえ」
「あなたに好かれる必要はありません」
「俺もお前に好かれたくねえよ」
二人は同時に動いた。
敵の足が止まる。
通路の奥へ押し返される。
レヴィが一息つき、ロベルタを横目で見た。
「なあ」
「何ですか」
「さっきの坊ちゃんの命令、効いたか」
「当然です」
「命令だから?」
ロベルタは一瞬黙った。
「いいえ」
レヴィは少しだけ目を細める。
「じゃあ何だ」
「坊ちゃまが、戻ってきてほしいと言われたからです」
レヴィは笑った。
「重てえな」
「はい」
「でも、まあ」
レヴィは通路の向こうを見た。
「悪くねえ」
ロベルタは返事をしなかった。
だが、その表情はほんの少しだけ柔らかかった。
*
制御室では、ベニーが最後の準備に入っていた。ラブレス家の旧通信権限を完全に無効化するには、ガルシア本人の意思確認と、ラブレス家側に残る管理コード、そして花輪側が偽装する前にそれを切り離す処理が必要だった。ベニーは詳細を説明しようとしたが、途中で自分から首を振った。
「細かい話はやめる。時間がないし、危ない説明になる。要するに、君の家の鍵を、花輪が読めない形に変える」
ガルシアは頷く。
「それは、もう使えなくなるんですね」
「かなりの部分は」
「地域の人たちへの影響は?」
「すぐに全部が止まるわけじゃない。今動いている生活回線とは別系統が多い。でも、将来的な再整備計画や権利価値には影響する」
「つまり、ラブレス家は損をします」
「そう」
ベニーは嘘をつかなかった。
ガルシアは小さく頷いた。
「わかりました」
ファビオラが震える声で言った。
「坊ちゃま、本当に」
「ファビオラ」
ガルシアは彼女を見る。
「僕が間違えていると思いますか」
ファビオラは答えられなかった。
泣きそうな顔で、必死に考えている。ガルシアのために。ラブレス家のために。ロベルタのために。使用人たちのために。彼女はただ従うのではなく、本当に考えていた。
「間違いだとは、思いません」
やがてファビオラは言った。
「でも、つらいです」
ガルシアは頷いた。
「僕もです」
「坊ちゃまがつらい選択をするのを見るのが、つらいです」
「ごめん」
「謝らないでください」
ファビオラは強く言った。
「謝られると、もっとつらいです」
ガルシアは少しだけ目を伏せた。
「うん」
ロックは二人を見ていた。守る側と守られる側。その関係が少しずつ変わっていく。ガルシアは命じる者になり、ファビオラはただ従うのではなく、共に考える者になっている。ロベルタもまた、ガルシアの命令を受けて外へ出た。関係は変わる。変わることは怖い。だが、変わらなければ守れないものもある。
ココは黙っていた。
画面の花輪を見ている。
その目の奥には、別の計算がある。ベニーがラブレス家の鍵を折れば、花輪は閉じられない。だが、花輪の中身を完全に見る機会も失うかもしれない。武器商人として、彼女はそれを惜しいと思っている。世界を変えようとする者として、危険な道具を知りたいとも思っている。けれど、ヨナの声が言った。花輪を見るな。見れば、欲しくなる。
ロックはココに言った。
「大丈夫ですか」
ココは目を細める。
「私に聞く?」
「聞きます」
「大丈夫じゃないわ」
ロックは黙った。
ココは続けた。
「でも、今はそれでいい」
「どういう意味ですか」
「大丈夫じゃないとわかっているうちは、たぶんまだ止まれる」
ロックは少しだけ頷いた。
「バルメに言われそうなことですね」
「ええ。あの子は厳しいから」
「いい部下ですね」
「知ってる」
その時、外部カメラの映像が切り替わった。
未確認船から、数人が市場船へ乗り移っている。映像は乱れているが、その先頭に小柄な影が見えた。少年。手に何かを持っているが、それはこの距離では判別できない。だが、動きは迷っていない。船上の混乱を利用し、市場船の外部デッキから内部へ入ろうとしている。
ココが一歩前へ出た。
「ヨナ」
バルメが通信で叫ぶ。
『ココ、動かないでください』
制御室にはいないはずのバルメの声が、まるで彼女の背中を掴むように響いた。
ココは止まった。
「わかってる」
ロックは彼女を見た。
本当に止まった。
それだけで、この状況の危うさがわかった。
ベニーが言う。
「ガルシア。準備できた。ここから先は、本当に君の承認がいる。ただし、声を使うと偽装されるリスクがあるから、ロックとファビオラ、あとダッチを証人として記録する。音声だけじゃなく、複数の確認を重ねる。花輪側に拾われないよう、閉じた回線で処理する」
ロックが言う。
「危険は?」
「ある。でも、何もしない方がもっと危険」
ガルシアは深く息を吸った。
キャスパーの映像が再び大きく表示される。
『本当にやるのかい』
ガルシアは画面を見る。
「はい」
『君の祖父が残したものだ』
「はい」
『君の家の価値だ』
「はい」
『君の使用人たちの未来にも関わる』
「はい」
『それでも?』
ガルシアは一瞬、目を閉じた。
彼の脳裏に、屋敷の庭が浮かんだ。朝の光。働く人々。ロベルタの静かな背中。ファビオラの怒った顔。祖父の肖像。古い通信塔。誰かを守るために作られた設備。それが誰かを傷つける道具になろうとしている。
そして、偽の自分の声。
ロベルタを呼ぶ声。
署名すると告げる声。
あれは自分ではない。
あれを自分の名前にしてはいけない。
ガルシアは目を開けた。
「それでも」
彼は言った。
「僕の家が、誰かの声を奪うための鍵になるなら、その鍵は僕が折ります」
ファビオラが息を呑んだ。
ロックは静かに頷いた。
ココは目を伏せた。
キャスパーは笑わなかった。
ベニーが端末を操作する。
「確認する。ガルシア・ラブレス。あなたはラブレス家当主として、旧通信権限のうち、花輪システムに利用されている可能性のある権限を無効化する。損失と影響を理解した上で、これを実行する。間違いない?」
ガルシアは答えた。
「間違いありません」
ファビオラが証人として言う。
「ファビオラ・イグレシアス。坊ちゃまの意思を確認しました」
ロックも言った。
「ロック。ガルシア本人の意思であることを確認しました」
ダッチの声が通信で入る。
『ダッチ。確認した』
ベニーが深く息を吸った。
「実行する」
キーが押される。
それは地味な動作だった。
叫びも、閃光もない。
ただ、画面の中でラブレス家のコードが白く点滅し、花輪へ伸びていた線が一本ずつ切れていく。最初は静かだった。だが、次第に船内放送が乱れ始める。偽の声が途中で途切れ、命令文が崩れ、複数の通信ログが切断される。花輪の不完全な輪は、閉じる寸前で形を崩した。
市場船全体が大きく揺れた。
警報が鳴る。
どこかで怒号が上がる。
買い手たちの端末から一斉に通信エラーが出る。
花輪は抵抗していた。
だが、ラブレス家の鍵はもうそこにはない。
ガルシアは画面を見ていた。
自分の家のコードが、花輪の輪から切り離される様子を。
それは勝利には見えなかった。
何かを失う光景だった。
だが、同時に何かを取り戻す光景でもあった。
ファビオラがそっと彼の手を握った。
ガルシアは握り返した。
「終わったんですか」
彼が聞く。
ベニーは首を振った。
「花輪は完全には終わってない。でも、この船で輪は閉じない。少なくとも、ラブレス家の鍵では」
ココが静かに言った。
「大きいわ」
キャスパーの映像がまだ残っている。
彼はしばらく無言だった。
やがて、ゆっくり拍手した。
『見事だ、ガルシア』
レヴィの声が通路から飛ぶ。
『拍手すんな、腹立つ!』
キャスパーは気にしない。
『損を選んだ。しかも、自分の名前で』
ガルシアは画面を見る。
「これは、あなたの市場で売るものではありません」
『そうだね』
キャスパーは微笑んだ。
『でも、その選択を見た者たちはいる。君は今日、価値を失った。同時に、別の価値を得た』
「また値段ですか」
『僕は商人だからね』
「僕は、売り物ではありません」
ガルシアの声は静かだった。
「ロベルタも、ファビオラも、ラブレス家の名前も、売り物ではありません」
キャスパーは少しだけ目を細めた。
『いい当主になる』
「あなたに評価されたくありません」
『ますますいい』
画面が切れた。
その直後、制御室の扉が開き、レヴィとロベルタが戻ってきた。二人とも息が上がっている。派手な傷はないが、疲労は濃い。レヴィは部屋に入るなり言った。
「終わったか?」
ベニーが答える。
「半分」
レヴィは天井を睨んだ。
「もう怒る気力もねえ」
ロベルタはガルシアの前へ進み、膝をつくように視線を合わせた。
「坊ちゃま」
ガルシアは彼女を見た。
「ロベルタ。僕は、ラブレス家の鍵を折りました」
「はい」
「祖父の残したものを、僕の手で」
ロベルタは静かに首を振った。
「坊ちゃまは、ラブレス家の名を守られました」
ガルシアの目が揺れる。
「本当に?」
「はい」
ファビオラも言った。
「私もそう思います」
ガルシアは二人を見た。
そして、ようやく小さく息を吐いた。
その時、外部カメラの映像が再び乱れた。
未確認船から乗り移った少年の影が、市場船の外部通路を走っている。追手らしき影がその後ろにいる。ココの表情が変わった。
ベニーが叫ぶ。
「ヨナの位置、船内に入った!」
ココは今度こそ動こうとした。
バルメが制御室へ駆け込んできて、即座に彼女の横へ立つ。
「ココ」
「もう止まらないわ」
「止めません」
バルメは言った。
「一人では行かせません」
ココは一瞬だけ彼女を見た。
そして、笑った。
「ありがとう」
ロックが言う。
「俺も行きます」
ココは目を丸くした。
「あなたが?」
「ヨナは、俺にも電話をかけてきた。俺にも関係があります」
「危険よ」
「今さらです」
レヴィが笑った。
「言うようになったな、ロック」
ダッチは短く言った。
「全員で動くな。ガルシアを守る班は残る。ココ、バルメ、ロック、俺が行く。レヴィ、ロベルタ、ファビオラはガルシアを守れ」
レヴィが即座に文句を言う。
「また子守りかよ」
ガルシアが言った。
「レヴィさん」
「何だ、坊ちゃん」
「お願いします」
レヴィは一瞬黙った。
それから、舌打ちした。
「その言い方はずるいだろ」
ロベルタが静かに言う。
「私は坊ちゃまのそばに」
ガルシアは頷いた。
「はい。いてください」
ロベルタは深く頭を下げた。
「はい」
ココは制御室の出口へ向かう前に、ガルシアを見た。
「ガルシア」
「はい」
「あなた、いい当主ね」
ガルシアは少し困ったように笑った。
「キャスパーさんにも言われました」
「兄さんと同じ評価なのは不愉快だけど、今回は譲るわ」
「ありがとうございます」
ココは軽く笑い、それから表情を戻した。
その目は、もう花輪ではなく、船内のどこかを見ていた。
ヨナがいる。
追われている。
そして、花輪はまだ完全には死んでいない。
ガルシアが折った鍵によって、海の花は閉じ損ねた。
だが、その花弁の奥には、まだ毒が残っている。
市場船の中で、次の追跡が始まろうとしていた。