Guns & Garlands — 銃と花輪   作:たこ焼き 龍月

21 / 21
第三章 白い商人の上陸

 

 ロアナプラの夕方は、昼の終わりではなく夜の準備だった。太陽が低くなるにつれ、港の錆びたクレーンは黒い影になり、路地裏の看板には赤や青のネオンが灯り始める。昼間は眠そうに見えた街が、夜になるにつれて少しずつ目を開く。安酒場の扉が開き、倉庫街の奥でエンジンがかかり、誰かが誰かに嘘をつき、誰かがその嘘を金に換える。ロアナプラはそういう街だ。夜になると腐るのではない。夜になると、本来の匂いに戻る。

 

 イエロー・フラッグは、いつもより少しだけ静かだった。店内には客がいる。酒を飲む男、カードを切る女、壁際で誰かを待つ者。だが、全員がどこか落ち着かない。理由は簡単だった。今夜、この店に三合会、ホテル・モスクワ、キャスパー・ヘクマティアル、そしてラグーン商会が集まる。普通の店なら、知らせを聞いた時点で閉店する。バオなら閉店したかった。だが、この街では、閉めた扉も撃たれれば開く。なら最初から開けておいた方が、修理費の見積もりがしやすい。

 

 バオはカウンターの中でグラスを磨いていた。磨きすぎて、もう透明なはずのグラスに怒りが反射している。

 

「おい、ラグーン」

 

 彼は入口近くの席に座るダッチたちへ向かって低く言った。

 

「今夜は本当に店を壊さないんだろうな」

 

 レヴィは椅子を後ろに傾け、足をテーブルの端に乗せていた。

 

「俺に聞くなよ。壊す奴に聞け」

 

「お前が一番信用できねえんだよ!」

 

「ひでえな。俺は客だぞ」

 

「お前は災害だ!」

 

 ベニーが端末から顔を上げずに言った。

 

「バオ、今回は災害の種類が多いから、レヴィだけ責めるのは不公平かも」

 

「何の慰めにもならねえよ!」

 

 ロックは入口を見たまま、苦笑した。

 

「先に謝っておきます」

 

 バオはロックを睨んだ。

 

「謝るな。謝るってことは壊れる前提だろうが」

 

 ダッチが静かに言った。

 

「バオ、今夜は全員が話しに来る」

 

「話し合いで店が壊れた回数を数えてみろ!」

 

 レヴィが笑う。

 

「多すぎて数えらんねえな」

 

「笑うな!」

 

 ベニーが小さく言った。

 

「請求書の宛先は三つ、いや四つかな。三合会、ホテル・モスクワ、キャスパー、あと場合によっては犯人グループ」

 

 バオはグラスを置いた。

 

「おい、ベニー。お前だけはまともだと思ってたのに、請求書の話を冷静にするな。怖いんだよ」

 

「冷静でいないと、現実を処理できないんだ」

 

「現実を持ち込むな!」

 

 その時、店の外で車が止まる音がした。エンジンの低い響きが一つ、二つ、三つ。店内の空気が変わる。雑談が薄くなり、カードを切る手が少し止まり、酒のグラスを口に運んだ男が目だけを入口へ向ける。ロアナプラの人間は、危険な客の足音に敏感だ。

 

 ドアが開いた。

 

 最初に入ってきたのは、白い商人だった。キャスパー・ヘクマティアル。淡い色のジャケット、整った髪、柔らかな笑み。ロアナプラの汚れたネオンの下でも、彼は妙に清潔に見えた。それがかえって不気味だった。汚れを知らない人間ではない。汚れを値段に換える人間の清潔さだった。

 

 その後ろに、四人が続いた。

 

 チェキータ。華やかな空気をまとった女だった。歩き方は軽いが、視線は軽くない。店内を一度見回しただけで、出口、遮蔽物、銃を隠している客、逃げるふりをして近づける位置を全部見たような目をしている。笑っている。だが、その笑みは酒場のものではない。

 

 エドガー。口数の少なそうな男だった。立ち方に無駄がない。周囲を見ているのに、見ていることを見せない。ダッチがその姿を見た瞬間、少しだけ目を細めた。兵隊上がりか、それに近い現場の人間。派手さはないが、現場で残るタイプだ。

 

 アラン。端末を片手に、店内を面白そうに見回している。軽薄そうに見えるが、目は油断していない。誰がどこに座り、誰が誰を見ているかを笑顔の裏で拾っている。ベニーがその端末に視線を向け、嫌そうな顔をした。

 

 そしてポー。大きい男だった。言葉より先に影が来る。店内のざわめきが、彼の一歩で半音低くなった。無表情。無口。だが、ただ立っているだけで、椅子一つ分の空間が余計に必要になる。

 

 バオはキャスパーを見た瞬間、顔を引きつらせた。

 

「おい、ラグーン! 今度は何を連れてきた!」

 

 レヴィが椅子を戻した。

 

「俺じゃねえ。白い兄貴の方だ」

 

 キャスパーはにこやかにカウンターへ歩み寄った。

 

「失礼。できるだけ店は壊さないようにするよ」

 

 バオの目が血走った。

 

「“できるだけ”って言ったな!? 今“できるだけ”って言ったな!?」

 

 キャスパーは首を傾げる。

 

「完全に保証するのは、商人として不誠実だからね」

 

「不誠実でいいから保証しろ!」

 

 チェキータがカウンターを見て笑った。

 

「いい店ね。壊れ慣れてる」

 

 バオが叫ぶ。

 

「褒め言葉じゃねえだろ、それ!」

 

 レヴィはチェキータを上から下まで見た。

 

「へえ。あんたがキャスパーの女番犬か」

 

 店内の空気が、さらに一段冷えた。

 

 チェキータはゆっくりレヴィを見た。笑みは崩れない。

 

「番犬じゃないわ。給料のいい猟犬よ」

 

「猟犬はもう間に合ってんだよ」

 

「あら。あなたは野良犬?」

 

 レヴィの口元が歪んだ。

 

「撃つぞ」

 

 チェキータは嬉しそうに笑った。

 

「噛む前に吠えるタイプね」

 

「吠える前に撃つタイプだ」

 

「便利ね。しつけが難しそう」

 

「誰が犬だ、誰が」

 

 ロックは即座に立ち上がりかけた。だが、ダッチが片手で制した。

 

「まだだ」

 

「まだって言いましたね」

 

 ベニーが小声で言う。

 

「その“まだ”が怖いんだけど」

 

 キャスパーは楽しそうに二人を見ていた。

 

「いいね。相性が悪そうで安心した」

 

 レヴィがキャスパーを睨む。

 

「どういう意味だ」

 

「最初から仲がいいと、後で裏切った時に面倒だろう?」

 

 チェキータが肩をすくめた。

 

「ボス、そういう言い方すると、また嫌われるわよ」

 

「嫌われるのは慣れている」

 

 アランが横から言った。

 

「慣れてるというより、好かれようとしていませんよね」

 

「商売相手に好かれすぎると、値引きしづらい」

 

「人間関係を値引き基準にしないでください」

 

 ベニーが思わず呟いた。

 

「嫌な職場だな」

 

 アランはその声を聞き逃さなかった。

 

「君がベニー?」

 

「そうだけど」

 

「端末の前にいると怖い顔になる人って聞いた」

 

 ベニーは顔をしかめる。

 

「誰から聞いたの」

 

 アランはキャスパーを指した。

 

「ボス」

 

 キャスパーは微笑む。

 

「褒め言葉だよ」

 

「君たちの業界の人間に褒められても、全然嬉しくない」

 

 アランは笑った。

 

「その返し、いいね。僕はアラン。端末も少し見るけど、君ほどではない」

 

「それは幸運だね」

 

「どういう意味?」

 

「同業者が増えると、責任のなすりつけ先も増えるから」

 

「なるほど。気が合いそうだ」

 

「今の会話で?」

 

「半分くらいは」

 

 レヴィが遠くから怒鳴る。

 

「おい! その言い方禁止にしろ!」

 

 チェキータが笑った。

 

「何? 嫌いなの?」

 

「嫌いだよ!」

 

「じゃあ使うわ」

 

「撃つぞ!」

 

 バオがカウンターを叩いた。

 

「撃つな! 店内で撃つな! 会話だけで壁にヒビが入る!」

 

     *

 

 キャスパー一行は、ラグーン商会の席に合流した。もっとも、合流というより、各自が勝手に最も都合のいい場所を取っただけだった。キャスパーはロックの向かいに座り、チェキータはレヴィの視界に入る位置へ座った。エドガーはダッチの近くの壁際に立ち、アランはベニーの端末を覗ける距離へ滑り込んだ。ポーは少し離れた柱のそばに立った。誰も、彼に座るようには言わなかった。座られても椅子が気の毒だったからかもしれない。

 

 ダッチはキャスパーを見た。

 

「よく来たな、白い商人」

 

「ロアナプラは久しぶりだ。相変わらず、空気が濃い」

 

「汚い、の間違いだ」

 

「汚れは濃度の一種だよ」

 

 レヴィが横から言う。

 

「うわ、ムカつく言い方」

 

 チェキータが楽しそうに頷く。

 

「ボスはいつもそうよ。言葉に香水をかけるの」

 

「香水ってより、値札だろ」

 

 キャスパーは笑った。

 

「レヴィは僕のことをよくわかっているね」

 

「わかりたくねえよ」

 

 ロックは本題へ入った。

 

「キャスパー。あなたの船で何が起きたのか、詳しく聞かせてください」

 

「もちろん」

 

 キャスパーは指を組んだ。

 

「貨物船は、予定通りロアナプラ港へ入るはずだった。表向きの積荷は中古重機、発電機、医療物資、建設資材。裏の積荷については、この店で大声で話すには向かない」

 

 レヴィが笑う。

 

「店の客、全員聞いてるぞ」

 

 キャスパーは店内を見回した。

 

「聞いている客は、聞かなかったことにするだろう?」

 

 バオが怒鳴る。

 

「うちは何も聞いてねえ!」

 

「ほら」

 

 ロックは眉をひそめる。

 

「消えたものは?」

 

「積荷の一部。だが、本当に痛いのは取引関連データだ。買い手の名前、支払い保証、護衛契約、船積み記録、仲介者の名義。銃より静かで、銃より面倒なもの」

 

 ベニーが言う。

 

「データは物理媒体?」

 

「一部はね。暗号化された記録媒体と、紙の保証書の束。紙は古いが、古いものほど法的には便利なことがある」

 

「紙の保証書……」

 

 アランがベニーの端末を覗く。

 

「そこ、気になる?」

 

「気になる。デジタルだけなら追える。でも紙があると、誰がコピーしたかわからなくなる」

 

 アランは頷いた。

 

「同感。紙は燃えるし、折れるし、隠せる。端末より人間っぽい」

 

「嫌な表現だね」

 

「僕も今そう思った」

 

 ダッチがキャスパーへ聞いた。

 

「なぜロアナプラだった」

 

「港が便利だから」

 

「それだけか」

 

「それだけじゃない。三合会の港湾網は優秀だ。ホテル・モスクワの存在は抑止力になる。ラグーン商会は必要なら小回りが利く」

 

 レヴィが舌打ちした。

 

「最初からうちを勘定に入れてたのか」

 

「直接頼むつもりはなかったよ」

 

「嘘くせえ」

 

「半分くらいは本当」

 

「だからそれやめろ!」

 

 チェキータが笑いをこらえずに言った。

 

「あなた、本当にその言い方嫌いなのね」

 

「お前も今後言うな」

 

「考えておくわ。半分くらい」

 

「よし表出ろ」

 

 ロックが二人の間に割って入るように言う。

 

「話を戻しましょう」

 

 キャスパーは楽しそうに頷いた。

 

「ロックは相変わらず大変そうだ」

 

「あなたたちのせいです」

 

「僕たち?」

 

「今回は特にあなたです」

 

「それは心外だな。僕は盗まれた側だよ」

 

「盗まれた側でも、周囲を巻き込んでいます」

 

「商売は、一人では成立しないからね」

 

「迷惑な商売ですね」

 

「儲かる商売はだいたい迷惑だ」

 

 ダッチが低く言った。

 

「犯人の見当は」

 

 キャスパーは笑みを少し薄くした。

 

「ロアナプラ内部の小さな密輸グループが関わっている可能性が高い。ただし、彼らだけではない。誰かが外から絵を描いている」

 

「根拠は」

 

「嘘が綺麗すぎる」

 

 エドガーが初めて口を開いた。

 

「現場の痕跡もそうだ。使われた倉庫は片づきすぎていた。足跡、車両跡、通信端末、全部が“消した後”の形をしていた」

 

 ダッチはエドガーを見る。

 

「お前が見たのか」

 

「見た」

 

「どうだった」

 

「ロアナプラの現場じゃない」

 

「何が違う」

 

「汚れ方だ」

 

 ダッチは少しだけ口元を動かした。

 

「いい目をしているな」

 

「そちらも」

 

 レヴィが横から言う。

 

「何だ、地味な男同士で通じ合ってんのか」

 

 チェキータが笑う。

 

「地味な男ほど長生きするのよ」

 

 レヴィが即座に返す。

 

「派手な女は?」

 

「値段が高い」

 

「弾代も高そうだな」

 

「あなたよりは安く済ませるわ」

 

「撃ち合いのコスト自慢かよ」

 

 アランがベニーに小声で言う。

 

「あの二人、仲悪いの?」

 

 ベニーは端末を見ながら答えた。

 

「たぶん、仲が悪いという形で仲良くなってる」

 

「複雑だね」

 

「この街では単純な人間関係の方が珍しい」

 

 ポーが柱のそばで言った。

 

「単純な奴から死ぬ」

 

 ロックは思わずポーを見た。

 

「あなたは」

 

「ポー」

 

「ロックです」

 

「知ってる」

 

 ポーはそれだけ言って黙った。

 

 ロックは少し戸惑った。

 

「俺に何か?」

 

 ポーはロックをしばらく見た。

 

「この街、全員が嘘をつく」

 

「そうですね」

 

「でも、嘘が下手な奴から死ぬ」

 

 ロックは言葉に詰まった。

 

「……それは、ロアナプラらしい教訓ですね」

 

「お前は嘘が下手じゃない」

 

 ポーは短く言った。

 

 レヴィが笑う。

 

「褒められてんぞ、ロック」

 

 ロックは苦い顔をする。

 

「褒め言葉に聞こえない」

 

 ポーは何も言わなかった。

 

 キャスパーが軽く手を叩いた。

 

「さて、自己紹介も済んだところで、仕事の話をしよう」

 

 バオが叫ぶ。

 

「今まで仕事の話じゃなかったのかよ!」

 

 キャスパーはバオへ微笑む。

 

「前菜かな」

 

「頼んでねえよ、そんな前菜!」

 

     *

 

 ベニーは端末を回し、三合会から渡された港湾許可証、ホテル・モスクワから渡された偽命令書、キャスパーから受け取った貨物船の航行ログを同じ画面に並べた。アランは隣で身を乗り出している。レヴィはそれを見て「近い」と文句を言ったが、アランは気にしなかった。

 

「ここ」

 

 ベニーが画面を指す。

 

「三合会名義の許可証は、午前二時二十六分に出ていることになってる。でも実際の登録処理は、それより八分前に始まってる。つまり、許可証が出た時点では、すでに誰かが経路を開けていた」

 

 アランが頷く。

 

「ホテル・モスクワの偽命令は?」

 

「午前二時三十九分。ただし下書きデータの生成時刻は一時台。こっちは先に準備されていた」

 

「ラグーン商会の登録は?」

 

「二時四十五分。これは最後。つまり、うちの名前は犯行後に残された可能性が高い」

 

 レヴィが言う。

 

「名刺代わりかよ。ムカつくな」

 

 ベニーは続ける。

 

「全部が倉庫街の外れに繋がってる。でも、そこは受け渡し場所というより、見せるための場所かもしれない。実際のデータは別ルートで動いた可能性が高い」

 

 キャスパーが言う。

 

「その別ルートを探してほしい」

 

 ダッチが聞く。

 

「報酬は」

 

「高く」

 

「具体的に」

 

 キャスパーは楽しそうに笑った。

 

「張とバラライカが出す額を聞いてから」

 

 レヴィが机を叩いた。

 

「全員それかよ!」

 

 チェキータが笑った。

 

「商売人は似るのよ」

 

「似てほしくねえ連中ばっかだな」

 

 ロックがキャスパーを見る。

 

「あなたは、消えたデータを全部回収したいんですか」

 

「当然」

 

「全部ですか」

 

「できれば」

 

「できれば?」

 

「全部が戻るとは限らない。だから、どこまで流れたかも知りたい」

 

「その情報も商品にする?」

 

 キャスパーはロックをじっと見た。

 

「ロック。君はだんだん商売の質問をするようになったね」

 

「あなたにそう言われると、不安になります」

 

「褒めているんだよ」

 

「もっと不安です」

 

 チェキータが横から言った。

 

「ボスに褒められたら、だいたい面倒な仕事が来るわ」

 

 アランが頷く。

 

「経験則として正しいです」

 

 エドガーも短く言った。

 

「正しい」

 

 ポーも低く言った。

 

「正しい」

 

 キャスパーは少し困ったように笑った。

 

「みんな、ひどいな」

 

 レヴィが笑う。

 

「部下の信用ねえな、白い兄貴」

 

「信用されているから言われるんだよ」

 

 ロックが静かに言った。

 

「キャスパー。あなたは、ロアナプラを市場として見ていますね」

 

「そうだね」

 

「でも、この街は商品だけで動いていません」

 

「知っている」

 

「本当に?」

 

 キャスパーの笑みが少しだけ深くなる。

 

「三合会の面子、ホテル・モスクワの規律、ラグーン商会の信用、イエロー・フラッグの修理費。すべて値段にできるとは思っていないよ」

 

 バオが叫ぶ。

 

「うちの修理費を混ぜるな!」

 

 キャスパーは続ける。

 

「ただ、値段にできないものほど、商売に影響する。だから見る必要がある」

 

 ダッチが言う。

 

「見物気分で来たなら、帰れ」

 

 キャスパーは首を振った。

 

「僕は荷物を盗まれた。見物人ではない」

 

「なら、火を大きくするな」

 

「努力する」

 

 レヴィが即座に言った。

 

「信用できねえ返事だ」

 

「だろうね」

 

     *

 

 店のドアが再び開いたのは、キャスパーが二杯目の酒を頼もうとした時だった。今度は三合会の者でも、ホテル・モスクワの者でもなかった。小柄な男が一人、息を切らして入ってくる。顔は青い。服は港湾労働者のもの。だが、視線が泳いでいる。バオが眉をひそめた。

 

「何だ、お前。店は貸し切りじゃねえが、面倒は満席だぞ」

 

 男はカウンターまで来る前に、店内の面子に気づいた。ラグーン商会。キャスパー。チェキータたち。男の顔色がさらに悪くなる。

 

 レヴィが椅子を引いた。

 

「おい、逃げんなよ」

 

 男は本当に逃げようとした。だが、入口側にはポーが立っていた。いつの間に移動したのか、誰も見ていなかった。男はポーを見上げ、固まる。

 

 ポーは低く言った。

 

「座れ」

 

 男は座った。

 

 キャスパーが楽しそうに目を細める。

 

「知り合いかな?」

 

 ベニーが端末で男の顔を確認する。

 

「港湾業者リストにいる。名前は……ミン・カイ。三合会の下請け業者の一つに所属。例の倉庫区域に出入りしてる」

 

 男は震えた。

 

「俺は何も知らない」

 

 レヴィが笑う。

 

「言うの早すぎだろ」

 

 チェキータが同意する。

 

「嘘をつくなら、もう少し泳がせた方がいいわね」

 

 男は汗を拭う。

 

「本当に知らない。俺はただ、書類を運べと言われただけだ」

 

 ロックが聞く。

 

「誰に?」

 

「知らない男だ。外の人間だ。金を渡されて、封筒を倉庫へ置けって」

 

 ダッチが低く言う。

 

「その封筒が、偽の港湾許可証か」

 

「中身は見てない」

 

 エドガーが短く言った。

 

「嘘だ」

 

 男は肩を震わせる。

 

「少し見た! 少しだけだ!」

 

 アランが端末を構える。

 

「誰に渡した?」

 

「渡してない。置いただけだ。倉庫の古いロッカーに」

 

 ベニーが画面を操作する。

 

「倉庫街の外れ?」

 

「そうだ」

 

 ロックは男を見た。

 

「なぜここへ来たんです」

 

 男は唇を震わせた。

 

「俺の仲間が消えた」

 

 店内の空気が変わった。

 

 レヴィの表情から笑みが消える。

 

 男は続ける。

 

「同じ仕事を受けた奴らが、朝から連絡が取れない。三人だ。俺も探されてる。誰かが後始末を始めてる」

 

 張の言葉が、ロックの頭によみがえった。外の人間がロアナプラの小物を使う時、最後まで面倒を見るとは限らない。

 

 キャスパーは静かに言った。

 

「誰に追われている?」

 

「わからない。けど、港の連中じゃない。三合会でもホテル・モスクワでもない。もっと……綺麗な奴らだ」

 

 レヴィが舌打ちした。

 

「また洗剤の匂いかよ」

 

 チェキータが立ち上がった。

 

「ボス」

 

「うん」

 

 キャスパーは笑っていなかった。

 

「どうやら、前菜が終わったようだ」

 

 ダッチは男を見る。

 

「今、そのロッカーに何か残っているか」

 

「わからない。でも、鍵は持ってる」

 

 男は震える手で小さな鍵を出した。

 

 ポーがそれを受け取る。

 

 ロックはダッチを見た。

 

「行きますか」

 

 ダッチは頷いた。

 

「張とバラライカが来る前に、現場を見ておく」

 

 レヴィが立ち上がる。

 

「ようやく外か」

 

 チェキータも同時に立つ。

 

「私も行く」

 

 レヴィが睨む。

 

「誰が決めた」

 

「私」

 

「勝手に決めんな」

 

「じゃあ、あなたが決めて」

 

「来るな」

 

「却下」

 

「おい!」

 

 キャスパーは楽しそうに戻りつつある笑みを浮かべた。

 

「二人とも、仲良く」

 

 レヴィとチェキータが同時に言った。

 

「無理だ」

 

「無理ね」

 

 アランがベニーの端末を覗き込む。

 

「僕も行く。ベニー、一緒にロッカーの中身を見る?」

 

「嫌だけど、見るしかない」

 

 エドガーはダッチへ短く言った。

 

「車を出す」

 

「道はわかるか」

 

「港の地図は入れた」

 

「いい準備だ」

 

「必要だから」

 

 ポーはロックの横で、鍵を見つめていた。

 

「この鍵」

 

「何か?」

 

「新しい」

 

 ロックは鍵を見る。

 

 確かに、古い倉庫のロッカーにしては鍵が新しすぎた。

 

 ポーは言った。

 

「古い場所に、新しい鍵。嘘が合ってない」

 

 ロックは頷いた。

 

「外の人間の嘘ですね」

 

「たぶん」

 

 バオがカウンターから叫んだ。

 

「おい! 行くなら行け! ただし戻ってくるな!」

 

 レヴィが笑う。

 

「無理だな。今夜、張とバラライカも来る」

 

 バオの顔が真っ白になった。

 

「おい、聞いてねえぞ!」

 

 キャスパーが扉へ向かいながら微笑む。

 

「できるだけ店は壊さないようにするよ」

 

 バオが絶叫した。

 

「だから“できるだけ”って言うなあ!」

 

     *

 

 イエロー・フラッグの外へ出ると、ロアナプラの夜が完全に降りていた。ネオンが濡れた路面に反射し、遠くで港の汽笛が鳴る。車は二台。ダッチ、ロック、ベニー、アラン、エドガーが一台。レヴィ、チェキータ、ポー、そして震える港湾業者の男がもう一台。キャスパーは店に残った。張とバラライカが来る前に、店で待つという。待つという言葉がこれほど不穏に聞こえる人間も珍しい。

 

 レヴィは車の前でチェキータと睨み合っていた。

 

「俺が運転する」

 

 チェキータが即座に言う。

 

「嫌よ。あなたの運転で死にたくない」

 

「俺もお前の運転で死にたくねえ」

 

「ならポーに任せる?」

 

 二人は同時にポーを見た。

 

 ポーは短く言った。

 

「車が狭い」

 

 レヴィは舌打ちした。

 

「じゃあ俺だ」

 

 チェキータは助手席のドアを開けた。

 

「いいわ。あなたが事故を起こしたら、運転席から蹴り出す」

 

「やれるもんならやってみろ」

 

「楽しみね」

 

「お前、ほんとムカつくな」

 

「あなたもね」

 

 ロックはその光景を見て、少しだけ疲れた顔をした。

 

「ダッチ、あの車、大丈夫ですか」

 

 ダッチはエンジンをかけながら言った。

 

「走っているうちは大丈夫だろう」

 

「止まったら?」

 

「撃ち合うか、喧嘩するか、両方だ」

 

 ベニーが後部座席で端末を抱えた。

 

「今日の夜、長くなりそうだね」

 

 アランが隣で笑う。

 

「ロアナプラの夜は長いんだろ?」

 

「長いし、うるさいし、修理費が高い」

 

「いい街だ」

 

「そこに同意できる感性が怖い」

 

 車が走り出した。

 

 港へ向かう道は、夜の湿気を吸って黒く光っていた。ロアナプラのネオンが窓に流れ、路地の奥では誰かが笑い、誰かが怒鳴り、誰かが姿を消す。白い商人が上陸し、三合会とホテル・モスクワが動き、ラグーン商会はまたしても火種の真ん中にいる。

 

 ロックは窓の外を見た。

 

 今夜の会談まで、まだ少し時間がある。

 

 だが、その前に、古い倉庫の新しい鍵が何を開けるのかを見なければならない。

 

 ロアナプラでは、扉を開ける時に必要なのは鍵だけではない。

 

 覚悟と、運と、撃たれない程度の嘘がいる。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ハンター協会の美食料理人(作者:火取閃光)(原作:HUNTER×HUNTER)

美食ハンターとか言う凄く面白い設定があったのに、序盤しか活躍しなかったのでオリジナルキャラを作り2次創作を書いてみました。▼気分転換に書き溜めたプロットを形にしてみました。温かく見守って頂ければ幸いです。▼2026/02/24 19:05頃▼日間ランキング177位を記録! ご愛好ありがとうございます!▼2026/02/26 23:39頃▼日間ランキング58位…


総合評価:4668/評価:7.42/連載:33話/更新日時:2026年04月26日(日) 00:30 小説情報

異世界食堂 二軒目!(作者:電動ガン)(原作:異世界食堂)

7日に1度、世界に現れる洋食のねこやの扉・・・▼だが!世界にはまだあった!!!▼ねこやの扉が現れるドヨウの日とは別に、スイヨウの日に現れた扉▼その扉は定食屋ふたばの扉であった。


総合評価:4442/評価:8.44/連載:58話/更新日時:2026年07月01日(水) 11:57 小説情報

アナキンの親友になって色々あって旅に出た英雄の話(作者:紅乃 晴@小説アカ)(原作:スターウォーズ)

アナキンの親友になって。▼アナキンの代わりに暗黒面に落ちて。▼そしてエンドアの戦いで帰還した主人公。▼彼は師であるパルパティーンと共に宇宙に出て▼フォースの根源を探究する旅を続けていた。▼だが、彼らの旅路は大きな渦に巻き込まれていくのだった。▼※過去作、アナキンの親友になったら暗黒面に落ちた件の続編です。▼https://syosetu.org/novel/…


総合評価:4667/評価:8.79/連載:29話/更新日時:2026年06月30日(火) 18:55 小説情報

魔法科高校の未元物質(作者:エゴイヒト)(原作:魔法科高校の劣等生)

四葉家に転生した主人公が、魔改造された未元物質で魔法科世界の常識をぶち壊す話。


総合評価:10493/評価:8.7/連載:4話/更新日時:2026年05月17日(日) 21:35 小説情報

アホみたいなオーラ量に対して、貧弱すぎる出力でどうしろと?(作者:村ショウ)(原作:HUNTER×HUNTER)

転生先はHUNTER×HUNTER。▼特典は「オーラ量メガ盛り」。▼勝ったな、と思ったら増えてたのは総量だけだった。▼潜在オーラ量は化け物級。▼でも顕在オーラ量はしょぼい。▼要するに、巨大なバッテリーを抱えてるのに出力が足りない。▼なので、真正面から最強を目指すのはやめた。▼蓄える、支援する、情報を集める、必要な時だけ倍率をかける。▼そんな感じで念能力をシス…


総合評価:9832/評価:7.71/連載:15話/更新日時:2026年06月22日(月) 20:42 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>