Guns & Garlands — 銃と花輪   作:たこ焼き 龍月

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第四章 消えた積荷と三枚の偽書類

 

 ロアナプラの倉庫街は、夜になると街の奥歯のように見える。噛み砕かれた金属、錆びたレール、湿ったコンクリート、古い油の匂い。昼間は荷役の男たちが汗を流し、フォークリフトが不機嫌な音を立て、安い煙草と罵声が飛び交う場所だ。だが夜になると、倉庫街は別の顔を出す。扉は閉じているのに人の気配が残り、明かりは消えているのに視線だけがある。ここでは、荷物は箱の中だけにあるわけではない。人の名前、借り、裏切り、紙切れ一枚。それらもまた、別の倉庫にしまわれている。

 

 ダッチの車は、港湾道路を抜けて倉庫街の外れへ向かっていた。助手席のロックは、ベニーから渡された地図を見ている。後部座席では、ベニーとアランが互いの端末を覗き込みながら、半分協力し半分牽制していた。エドガーは運転席の後ろで黙っている。静かすぎて、そこにいることを忘れそうになるが、車が角を曲がるたびに彼の視線だけが外の暗がりを拾っているのがわかった。

 

「その倉庫、最近は使われていないんですよね」

 

 ロックが聞く。

 

 ベニーが答える。

 

「表向きはね。古い荷下ろし場で、正式な使用頻度は低い。だからこそ使いやすい。記録上は空いているけど、実際には短時間だけ何かを置ける」

 

 アランが横から言う。

 

「いい場所だよ。人目は少ない。港湾記録には残る。でも残りすぎない。掃除もしやすい」

 

 ベニーは嫌そうな顔をした。

 

「君、そういう場所の褒め方が自然すぎる」

 

「仕事柄ね」

 

「君たちの仕事柄って、聞くたびに胃が痛くなる」

 

「ベニーの仕事柄も、大概だと思うけど」

 

「僕は端末を見るだけだ」

 

「端末の向こうで人が動く」

 

「それを言うな」

 

 ダッチが前を見たまま言った。

 

「無駄口はいい。何が見える」

 

 ベニーは端末を見た。

 

「三合会の偽許可証、ホテル・モスクワの偽命令書、ラグーン商会の搬入登録。三つとも最終的にこの倉庫番号へ繋がってる。ただ、登録の入り方が変なんです。三つの書類が同じ場所を指してるのに、互いに無関係に見えるよう処理されてる」

 

 アランが頷く。

 

「作った人間は、三つの勢力を別々に怒らせたい。でも、全部が同じ箱へ向かうようにしたかった」

 

「つまり、わざと見つかる線を残した」

 

 ロックが言う。

 

「そう。完全に隠す気なら、もっと別のやり方がある。これは“見つけた奴が疑心暗鬼になる”ように作ってある」

 

 エドガーが短く言った。

 

「罠だ」

 

 ダッチはハンドルを切った。

 

「だろうな」

 

 ロックは窓の外を見た。倉庫街の灯りは少ない。ところどころに古い水銀灯が立ち、光の下だけが病的に白く見える。そこから一歩外れれば、闇が濃い。ロアナプラの闇は、ただ暗いだけではない。誰かが息を潜めていると思わせる厚みがある。

 

 一方、後ろを走るレヴィの車では、空気が最初から最悪だった。

 

「おい、足どけろ」

 

 レヴィが運転しながら言う。

 

 助手席のチェキータは足を組み、窓の外を見ていた。

 

「どこに?」

 

「俺の視界に入るな」

 

「視界が狭いのね」

 

「物理的な話じゃねえよ」

 

「精神的にも狭そう」

 

「撃つぞ」

 

「運転中に?」

 

「止めてから撃つ」

 

「律儀ね」

 

 後部座席では、港湾業者のミン・カイが青い顔で縮こまっていた。隣にはポーが座っている。ミン・カイは何度もポーを見上げ、そのたびに目を逸らした。ポーは何もしていない。ただ座っているだけだ。だが、それだけで十分だった。

 

「俺、本当に知らないんだ」

 

 ミン・カイが小さく言った。

 

 レヴィがルームミラー越しに見る。

 

「まだ何も聞いてねえ」

 

「だから、先に言ってるんだ」

 

 チェキータが笑う。

 

「それ、逆効果よ」

 

「頼むよ。俺は封筒を置いただけだ。ロッカーに入れて鍵を渡せって言われた。中身は少ししか見てない」

 

 レヴィが言う。

 

「少し見た奴は、だいたい全部見てる」

 

「本当に少しだ!」

 

 チェキータが振り返る。

 

「何を見たの」

 

「書類だ。許可証みたいなものと、命令書みたいなもの。それと、どこかの会社の名前が入った紙」

 

「会社名は?」

 

「覚えてない」

 

 レヴィが鼻で笑う。

 

「便利な記憶だな」

 

 ミン・カイは震えた。

 

「本当だ。横文字だった。ロアナプラの会社じゃない。きれいなロゴだった」

 

 ポーが低く言った。

 

「きれいなロゴ」

 

 全員が少し黙る。

 

 チェキータがポーを見る。

 

「気になる?」

 

 ポーは短く答えた。

 

「この街の悪党は、ロゴに金をかけない」

 

 レヴィが笑った。

 

「名言だな」

 

「事実だ」

 

 チェキータはミン・カイへ言った。

 

「その男、顔は覚えてる?」

 

「顔は……普通だった」

 

「普通?」

 

「スーツで、清潔で、笑わなかった。ロアナプラの人間じゃない。喋り方も、港の人間じゃなかった」

 

 レヴィが言う。

 

「外の人間だな」

 

 チェキータは窓の外へ目を向けた。

 

「外の人間が、ロアナプラのやり方を真似てる。でも、匂いまでは真似できない」

 

「匂いねえ」

 

「あなたは銃と酒の匂いがするわ」

 

「褒めてんのか?」

 

「半分くらい」

 

 レヴィはハンドルを握る手に力を込めた。

 

「本当にその言い方、街から禁止にしてやる」

 

「できるものなら」

 

 ポーが後ろで言った。

 

「もう着く」

 

 倉庫街の外れに、古い建物が見えてきた。

 

     *

 

 問題の倉庫は、港湾道路から一本外れた場所にあった。錆びたシャッター、ひび割れた壁、剥がれかけた番号板。建物の前には壊れたパレットが積まれ、脇には古いロッカー室へ続く小さな扉がある。水銀灯が一つだけ点いていて、その下に集まった虫が白くちらついていた。風は海の匂いを含んでいる。遠くで汽笛が鳴った。

 

 二台の車が止まると、全員が降りた。レヴィは銃を抜きそうな手つきで周囲を見たが、ダッチが目だけで制した。

 

「まだだ」

 

「また“まだ”かよ」

 

「今は見るだけだ」

 

「見てる間に撃たれたら?」

 

「撃たれる前に気づけ」

 

「無茶言うな」

 

 チェキータが隣で笑った。

 

「気づけないの?」

 

 レヴィが睨む。

 

「お前から先に撃たれるか?」

 

「いいえ。私は後ろから撃たれる趣味はないの」

 

「前からならいいのかよ」

 

「撃たれないのが一番ね」

 

「意外と常識あるんだな」

 

「失礼ね。私は常識的よ」

 

「どの世界のだ」

 

 エドガーは倉庫の入口に近づき、地面を見た。しゃがみ込み、車両の跡を確認する。ダッチも隣へ来る。

 

「どう見る」

 

 エドガーが短く答える。

 

「来た車は三台。大型一台、小型二台。大型は空で出たか、軽い荷だけを積んだ。重い積荷の跡がない」

 

「データと紙だけなら、大型はいらない」

 

「見せるための車だ」

 

 ダッチは頷いた。

 

「三合会やホテル・モスクワに、大きな荷が動いたと思わせる」

 

「そうだ」

 

 レヴィが遠くから言う。

 

「男同士で地面眺めて楽しいか?」

 

 ダッチは振り返らずに言った。

 

「お前が壁を撃つより有意義だ」

 

「撃ってねえだろ」

 

「まだな」

 

 チェキータが笑う。

 

「言われてるわよ、野良犬」

 

「お前もその呼び方やめろ」

 

「給料のいい猟犬からの忠告よ。吠えすぎ」

 

「噛むぞ」

 

「待ってる」

 

 ロックは二人の会話を聞きながら、ミン・カイをロッカー室の扉へ連れて行った。ミン・カイは震える手で鍵を出す。だが、扉の前で足が止まった。

 

「どうしたんです」

 

 ロックが聞く。

 

「……鍵が、違う」

 

 ベニーが近づく。

 

「違う?」

 

「俺が持ってた鍵は、この扉の鍵じゃない。中のロッカーの鍵だ。でも」

 

 ミン・カイは扉の錠を見た。

 

「ここの錠、昨日と違う」

 

 ポーが扉を見下ろす。

 

「新しい」

 

 エドガーも視線を向けた。

 

「交換された」

 

 ダッチが言う。

 

「俺たちが来る前に、誰かが戻ったな」

 

 チェキータが周囲を見た。

 

「まだ近くにいるかも」

 

 レヴィの目が鋭くなる。

 

「ようやくか」

 

 ダッチが低く言った。

 

「レヴィ、先走るな」

 

「走ってねえよ。立ってる」

 

「気持ちが走ってる」

 

 ロックはベニーを見る。

 

「開けられるか?」

 

 ベニーは扉を見て嫌そうな顔をした。

 

「普通に開けるなら時間がかかる。壊すなら早いけど、何か仕掛けがあった場合に危ない」

 

 ワイリがいれば喜んだだろう、とロックは一瞬思ったが、口には出さなかった。

 

 アランが横から言った。

 

「僕が見ようか」

 

 ベニーは警戒した。

 

「君、何ができるの」

 

「壊さずに見ること」

 

「便利すぎる言い方だな」

 

「君もできるでしょ」

 

「できるけど、他人に言われると嫌だ」

 

 アランはしゃがみ込み、錠を確認した。ベニーも隣に膝をつく。二人はしばらく小声で話しながら、錠と扉周りを見ていた。細かい手順はロックにはわからない。ただ、二人が触る場所を慎重に選んでいることだけはわかった。

 

「これ、開けるためじゃなくて、開けたことを知らせるための細工があるね」

 

 アランが言う。

 

 ベニーが頷く。

 

「同感。誰かが戻ってくる合図になるか、遠隔で記録されるか。どっちにしても嫌なやつ」

 

「解除する?」

 

「完全には無理。無理というか、今ここでやりたくない。バイパスだけ作る」

 

 レヴィが遠くから言う。

 

「何でもいいから早くしろ」

 

 ベニーが叫ぶ。

 

「早くって言われるのが一番嫌いなんだよ!」

 

 チェキータがレヴィへ言う。

 

「技術屋を急かす男は嫌われるわよ」

 

「技術屋に好かれても困る」

 

 アランが振り返る。

 

「僕は少し傷ついた」

 

「お前は知らねえ」

 

 ベニーとアランは短い相談の末、扉を開けた。大きな音はしなかった。ただ、古い蝶番が湿った音を立てただけだ。中は暗い。ロックがライトを向けると、狭いロッカー室が見えた。壁沿いに古いロッカーが並び、床には埃と紙片が散っている。

 

「ミン・カイ、どれですか」

 

 男は震える指で奥の一つを示した。

 

「あれだ。十七番」

 

 ポーが前へ出た。

 

「俺が見る」

 

 ロックは頷いた。ポーは鍵を受け取り、十七番のロッカーの前に立つ。鍵は新しい。ロッカーは古い。ポーの言葉通り、嘘が合っていない。

 

 ロッカーが開いた。

 

 中には封筒が三つあった。

 

 ひとつは赤い封筒。三合会名義の港湾許可証の写し。

 

 ひとつは灰色の封筒。ホテル・モスクワ名義の偽命令書の写し。

 

 ひとつは白い封筒。ラグーン商会の搬入補助登録の写し。

 

 そして、三つの封筒の下に、薄いカードが一枚。

 

 そこには、きれいなロゴが印刷されていた。

 

 青い鳥のようにも、刃のようにも見えるマーク。

 

 その下に、英字で小さく書かれている。

 

 **Blue Kite Trading**

 

 ベニーが息を吐いた。

 

「ブルー・カイト・トレーディング」

 

 アランが眉をひそめる。

 

「聞いたことないな」

 

 キャスパーの私兵であるアランが聞いたことがない。つまり、少なくとも有名な表の会社ではない。

 

 エドガーが言う。

 

「外の会社か」

 

 ベニーは端末で検索をかける。

 

「表向きは海運仲介と中古機械の輸出入。登録は複数国にある。実体は薄い。典型的な殻だね」

 

 レヴィが言う。

 

「殻ってことは、中身がいるわけだ」

 

 チェキータが封筒を見た。

 

「綺麗なロゴ。ポーの言った通りね」

 

 ポーは短く答えた。

 

「この街の匂いじゃない」

 

 ロックは封筒を手に取らず、中を見た。

 

「これは、残されたものですね」

 

 ダッチが頷く。

 

「見つけさせるための三枚だ」

 

「三合会、ホテル・モスクワ、ラグーン商会。全部の名前を同じ箱に入れて、そこに外部会社のカードを置いた」

 

 ベニーが顔をしかめる。

 

「犯人が自分で名乗ったとは思えない。ブルー・カイトをさらに誰かへ疑わせるためかも」

 

 アランが言う。

 

「もしくは、ブルー・カイトを消す準備。ここで名前が出れば、みんなそこを追う。追った先に空っぽの会社がある」

 

 ダッチが言った。

 

「空っぽの会社を追わせている間に、本物は逃げる」

 

 レヴィは封筒を睨んだ。

 

「面倒くせえな。名前があるならそこへ行って撃ちゃいいだろ」

 

 ロックは言う。

 

「撃つ相手がいればね」

 

「いねえなら作る」

 

「やめろ」

 

 チェキータが笑った。

 

「あなた、本当にわかりやすいわね」

 

「わかりにくい奴が多すぎんだよ」

 

「それは同感」

 

 その時、外で金属が小さく鳴った。

 

 全員が止まった。

 

 ダッチが手で合図する。レヴィとチェキータは同時に外へ視線を向けた。エドガーが入口側へ移動し、ポーがミン・カイの肩を押さえて床へ伏せさせる。ベニーは端末を抱え、アランがライトを消した。

 

 外の倉庫側で、誰かが動いている。

 

 足音は二つ。いや、三つ。

 

 レヴィが小声で言った。

 

「ようやく来たか」

 

 チェキータが囁く。

 

「嬉しそう」

 

「退屈してたんだよ」

 

「危ない趣味ね」

 

「お前に言われたくねえ」

 

 ダッチが低く言った。

 

「殺すな。話を聞きたい」

 

 レヴィは嫌そうな顔をした。

 

「注文が多いな」

 

 チェキータが笑う。

 

「できないの?」

 

「できるわ」

 

「じゃあ黙ってやりなさい」

 

「お前、ほんとムカつくな」

 

 外の人影がロッカー室へ近づいてくる。おそらく、扉が開いたことをどこかで知ったのだろう。ベニーの言った通りだった。開けたことを知らせる仕組み。誰かが確認に来た。つまり、この場所をまだ見張っている者がいる。

 

 最初の男が扉の前に立った瞬間、レヴィとチェキータが同時に動いた。レヴィは派手に前へ出て相手の視線を引きつけ、チェキータは逆側から距離を詰める。短い衝突。男の手から小型端末が落ちる。二人目が逃げようとしたが、エドガーが進路を塞いだ。三人目は外の暗がりへ走り出す。ポーが一歩動いた。

 

 走る必要はなかった。

 

 ポーは相手の前に立っただけで、男は止まった。

 

「座れ」

 

 ポーが言う。

 

 男は座った。

 

 レヴィはそれを見て笑った。

 

「便利だな、お前」

 

 ポーは答えない。

 

 チェキータは捕まえた男の襟をつかみ、ロッカー室の中へ引き戻した。

 

「さて。どこの誰?」

 

 男は黙っている。

 

 レヴィが横から言う。

 

「黙る奴は嫌いだ」

 

 チェキータが笑う。

 

「私は少し好きよ。喋らせる楽しみがある」

 

「趣味悪いな」

 

「あなたに言われたくないわ」

 

 ロックが前へ出た。

 

「彼らは、ミン・カイを追っていたのか。それとも封筒を確認しに来たのか」

 

 ダッチが捕まえた男たちを見る。

 

「両方だろう」

 

 ベニーは落ちた端末を拾い、眉をひそめた。

 

「これ、さっきの扉と繋がってる。ロッカーが開いた通知を受けて来たんだ」

 

 アランが覗き込む。

 

「中身は?」

 

「位置情報と短い指示だけ。“確認後、箱を処理”。箱って、ロッカーか、証拠か、人間か」

 

 ミン・カイが震えた。

 

「俺、俺のことか?」

 

 レヴィが言う。

 

「たぶんな」

 

「そんな!」

 

 チェキータは男たちの一人へ顔を近づけた。

 

「誰の指示?」

 

 男は黙っている。

 

 ポーが後ろから低く言った。

 

「外の人間か」

 

 男の目が一瞬だけ動いた。

 

 ロックはそれを見た。

 

「ブルー・カイト?」

 

 男の目がさらに揺れる。

 

 エドガーが短く言う。

 

「当たりだ」

 

 男は慌てて口を開いた。

 

「知らない! 俺たちは名前しか聞いてない! 封筒を回収しろって言われただけだ!」

 

 レヴィが鼻で笑う。

 

「どいつもこいつも封筒係かよ」

 

 チェキータが聞く。

 

「誰に言われた」

 

「仲介人だ。顔は知らない。声だけ。支払いは先に半分。残りは今夜」

 

 ロックが反応する。

 

「今夜?」

 

 男は黙りかけたが、ポーが少しだけ近づくとすぐに喋った。

 

「港の旧冷凍倉庫だ。そこで残りの支払いと、別の受け渡しがあるって」

 

 ベニーが端末で地図を出す。

 

「旧冷凍倉庫……イエロー・フラッグからそんなに遠くない」

 

 アランが言う。

 

「会談の時間と被る?」

 

 ベニーは顔をしかめた。

 

「ほぼ被る」

 

 ダッチは低く言った。

 

「なるほど」

 

 ロックも理解した。

 

「俺たちがイエロー・フラッグで張、バラライカ、キャスパーの会談に縛られている間に、別の受け渡しをする」

 

 レヴィが笑った。

 

「いい度胸じゃねえか」

 

 チェキータが言う。

 

「それとも、会談そのものを囮にしたかったのかも」

 

 エドガーが頷く。

 

「会談に全員の目が向く。港の別区画が薄くなる」

 

 ダッチは短く言った。

 

「二手に分ける必要がある」

 

 ベニーが嫌そうに言う。

 

「最悪の選択肢だね」

 

 レヴィが笑う。

 

「最高じゃねえか。喧嘩が二か所で起きる」

 

「君、本当にそういうところだよ」

 

 ロックは捕まえた男たちを見た。

 

「この人たちは?」

 

 ダッチが言う。

 

「張に渡すか、バラライカに渡すかで揉める」

 

 チェキータが肩をすくめた。

 

「ボスに渡しても揉めるわ」

 

 レヴィが言う。

 

「いっそバオに預けるか」

 

 ベニーが即座に首を振る。

 

「バオが気絶する」

 

 ポーが低く言った。

 

「逃げないようにすればいい」

 

 全員がポーを見る。

 

 ポーは淡々と続けた。

 

「縛らなくても、見張ればいい」

 

 ミン・カイが震えながら言う。

 

「誰が?」

 

 ポーは黙って彼を見た。

 

 ミン・カイは自分から床に座り直した。

 

「俺、動かない」

 

 レヴィが笑った。

 

「本当に便利だな」

 

     *

 

 倉庫を出る頃には、夜がさらに濃くなっていた。封筒三つとブルー・カイトのカード、捕まえた三人、怯えきったミン・カイ、そして旧冷凍倉庫での受け渡し情報。得たものは多い。だが、はっきりした答えはまだない。むしろ、疑問は増えた。

 

 車へ戻る前、ロックはポーに声をかけた。

 

「ポー」

 

 ポーは振り返る。

 

「何」

 

「あなたは、最初から外の人間の嘘だと言っていましたね」

 

「ああ」

 

「なぜ、そこまでわかるんですか」

 

 ポーは少しだけ考えた。

 

 彼が考える時間は、周囲の空気まで重くする。

 

「この街の嘘は、生きるための嘘だ」

 

 ロックは黙って聞いた。

 

「今回の嘘は、使うための嘘だ。誰かを生かすためでも、逃がすためでもない。動かすための嘘」

 

「人を?」

 

「街を」

 

 ロックは息を呑んだ。

 

 ポーは短く続ける。

 

「外の人間は、街を道具にする」

 

「ロアナプラの人間は?」

 

「街に食われながら使う」

 

 ロックは小さく笑った。

 

「違いがあるんですね」

 

「大きい」

 

 ポーはそれだけ言って、車へ向かった。

 

 ロックはしばらくその背中を見ていた。無口な男の言葉は少ない。だが、少ない分だけ残る。外の人間は、街を道具にする。今回の犯人は、ロアナプラという街を道具にしようとしている。三合会の面子、ホテル・モスクワの規律、キャスパーの商売、ラグーン商会の信用。それらを部品のように並べ、ぶつけようとしている。

 

 ロックは車へ戻った。

 

 ダッチが言う。

 

「イエロー・フラッグへ戻るぞ」

 

「旧冷凍倉庫は?」

 

「会談の場で情報を出す。張とバラライカとキャスパーに、同時にだ」

 

 ベニーが青ざめる。

 

「それ、場が荒れませんか」

 

 レヴィが笑う。

 

「荒れるに決まってんだろ」

 

 チェキータが楽しそうに言った。

 

「いい夜になりそうね」

 

 ベニーは深く溜息をついた。

 

「君たち、全員ちょっとおかしい」

 

 アランが明るく返す。

 

「半分くらいは正しい」

 

 レヴィが遠くから怒鳴った。

 

「だからその言い方やめろ!」

 

 夜の倉庫街に、彼女の声が響いた。

 

 遠くで、港の汽笛がまた鳴る。

 

 イエロー・フラッグでは、張とバラライカとキャスパーが、もうじき同じ卓につく。

 

 そしてその裏で、旧冷凍倉庫には別の影が集まり始めている。

 

 消えた積荷は、まだ戻らない。

 

 三枚の偽書類は、ようやく本当の嘘の入口を示しただけだった。

 

 

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