Guns & Garlands — 銃と花輪   作:たこ焼き 龍月

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第五章 張とバラライカの卓

 

 イエロー・フラッグは、夜のロアナプラで最も不幸な店の一つだった。酒は安く、料理はそこそこで、客層は悪く、壁は修理されてもすぐ穴が開く。だが、それでも店は潰れない。ロアナプラという街では、壊れたものがすぐに直る必要はない。壊れたまま使えれば、それはまだ現役だ。イエロー・フラッグはまさにそういう店だった。看板は歪み、テーブルには傷が残り、カウンターの奥にはバオの怒声が常に用意されている。今夜、その店には、ロアナプラでも特に面倒な人間たちが集まろうとしていた。

 

 ラグーン商会が戻った時、店の空気はすでに張りつめていた。キャスパーはカウンター近くの席で、まるで自分の店のようにくつろいでいる。チェキータは彼の少し後ろで椅子に座り、足を組んでいた。エドガーは壁際、アランはベニーの端末を覗き込める位置、ポーは入口近くの柱のそばに立っている。バオは全員を見て、すでに半分泣きそうな顔をしていた。

 

「おい、ラグーン」

 

 バオが言った。

 

「お前ら、何を拾ってきた」

 

 レヴィは店へ入るなり、肩をすくめた。

 

「封筒三つと、泣きそうな港の小物と、面倒な予告編だ」

 

「それが店に必要なものか!?」

 

「ロアナプラじゃだいたい必要だろ」

 

「いらねえよ!」

 

 ベニーが端末を抱えながら言った。

 

「バオ、あとで説明する。できれば安全な場所で」

 

「ここは安全じゃねえのか!?」

 

 チェキータが笑った。

 

「いい店だけど、安全ではないわね」

 

「初対面の女に店の安全性を否定された!」

 

 キャスパーが穏やかに言う。

 

「安心して。できるだけ穏便に済ませる」

 

 バオは両手で頭を抱えた。

 

「また“できるだけ”って言った! こいつら全員、できるだけって言いやがる!」

 

 ロックは店の奥を見た。張はまだ来ていない。ホテル・モスクワもまだだ。だが、時間の問題だった。店内の客は半分ほど残っているが、明らかに普通の客ではない者が増えている。三合会の者、ホテル・モスクワの偵察、どこかの情報屋、そしてただ危険なものを見たいだけの愚か者。ロアナプラでは、火事を見るために集まる人間も多い。自分が燃える側になるまで、それを娯楽だと思っている。

 

 ダッチはキャスパーの向かいに座った。

 

「現場は見た」

 

「どうだった?」

 

「綺麗すぎる」

 

 キャスパーは頷いた。

 

「やはり」

 

 ベニーが端末をテーブルに置き、ブルー・カイト・トレーディングのロゴを表示した。

 

「ロッカーにこれが残っていた。三合会、ホテル・モスクワ、ラグーン商会の三枚の偽書類と一緒に」

 

 キャスパーはロゴを見る。笑みは消えない。ただ、目が少しだけ冷たくなった。

 

「青い凧か」

 

 アランが言う。

 

「表向きは海運仲介と中古機械の輸出入。実体は薄い。登録は複数国に分散。典型的な殻です」

 

 ベニーが横から補足する。

 

「殻だけど、殻の作り方がうまい。見つけてほしい名前としてはちょうどいい」

 

 レヴィが言う。

 

「つまり、ここを追ったら空っぽか」

 

「たぶんね」

 

 チェキータが指でテーブルを軽く叩いた。

 

「でも、空っぽの殻でも、誰かが作った。作った人間の癖は残るわ」

 

 ベニーは少し驚いたように彼女を見た。

 

「意外とまともなことを言うんだね」

 

「失礼ね。私はいつもまともよ」

 

 レヴィが即座に言った。

 

「どこがだよ」

 

「あなたよりは」

 

「基準が低すぎんだろ」

 

「自覚はあるのね」

 

「撃つぞ」

 

「また吠えた」

 

 レヴィが立ち上がりかけた瞬間、店のドアが開いた。

 

 最初に入ってきたのは張だった。派手な護衛は連れていない。だが、彼の後ろには数人の部下が静かに続いている。張は店内を見渡し、キャスパーを見て、ラグーン商会を見て、最後にバオへ軽く会釈した。

 

「こんばんは。店を借りるよ」

 

 バオは乾いた笑いを漏らした。

 

「貸した覚えはねえんですがね」

 

「では、居合わせたことにしよう」

 

「もっと悪いです」

 

 張は薄く笑い、ロックへ視線を向けた。

 

「ロック、無事そうで何よりだ」

 

「今のところは」

 

「いい言い方だ」

 

 レヴィが小声で言った。

 

「また便利な言葉が増えたぞ」

 

 張はキャスパーへ向き直る。

 

「キャスパー・ヘクマティアル」

 

「張さん。直接会うのは久しぶりかな」

 

「ロアナプラで白い商人を見ると、港の色が悪くなる」

 

「僕は港を明るくするつもりだったんだけどね」

 

「火事の明るさなら、間に合っているよ」

 

 キャスパーは楽しそうに笑った。

 

「手厳しい」

 

 張が席についたすぐ後、店の外の空気がもう一度変わった。今回は、客のざわめきがさらに薄くなる。ドアが開き、ボリスが入ってくる。続いて、バラライカが姿を現した。彼女が店に入るだけで、イエロー・フラッグの空気が冷える。ロアナプラの熱気さえ、彼女の周囲だけ一歩下がるようだった。

 

 バオは声を出さなかった。出せなかったのかもしれない。

 

 バラライカは店内を見渡し、張、キャスパー、ラグーン商会を確認した。最後にバオへ言う。

 

「場所を借りる」

 

 バオは力なく答えた。

 

「……もう好きにしてください」

 

 レヴィが小声で言う。

 

「諦めやがった」

 

 ベニーがさらに小声で言った。

 

「人は限界を越えると静かになるんだね」

 

 バラライカは張の向かいに座った。キャスパーは少し横。ラグーン商会はその斜め位置に座る形になる。チェキータたちはキャスパーの周囲に散り、ホテル・モスクワの兵と三合会の部下も、それぞれ距離を取って立った。店内は、酒場ではなく交渉の戦場になった。

 

 張が最初に口を開いた。

 

「大尉、あなたの名を使った者がいる」

 

 バラライカは静かに答える。

 

「あなたの港を使った者もいる」

 

「つまり、我々は同じ泥を踏まされた」

 

「泥の中で先に撃つ者は、足跡を残す」

 

 キャスパーが微笑んだ。

 

「素晴らしい。商談より詩的だ」

 

 バラライカは彼を見た。

 

「黙れ、白い商人」

 

「怖いな」

 

 張が穏やかに言う。

 

「怖がっている顔ではないね」

 

「商人の顔は便利でね」

 

 レヴィが腕を組んで言った。

 

「その顔、殴ったらどうなるんだ」

 

 チェキータが楽しそうに言う。

 

「たぶん、請求書が来るわ」

 

「殴った方に?」

 

「殴られた方にも」

 

 ベニーが呟く。

 

「嫌な経済圏だな」

 

 ロックは軽く咳払いした。

 

「本題に入りましょう」

 

 張がロックを見る。

 

「頼むよ、ロック」

 

 バラライカも視線を向ける。

 

「説明しろ」

 

 キャスパーは微笑む。

 

「聞こう」

 

 ロックは一瞬だけ、帰りたくなった。三合会、ホテル・モスクワ、キャスパー。その三者が同じ卓につき、自分が説明役になっている。どう考えても運び屋の仕事ではない。だが、誰も代わってはくれない。レヴィは楽しそうだし、ダッチは無言で「やれ」と目で言っている。ベニーは端末の前で青ざめている。

 

 ロックは端末をテーブルに置いた。

 

「倉庫街の外れにあったロッカーから、三枚の封筒が出ました。三合会名義の港湾許可証、ホテル・モスクワ名義の偽命令書、ラグーン商会名義の搬入登録。それぞれの写しです。そして、その下にブルー・カイト・トレーディングという会社のカードが置かれていました」

 

 ベニーが画面にロゴを出す。

 

 張は目を細める。

 

 バラライカは表情を変えない。

 

 キャスパーは少しだけ楽しそうにした。

 

「青い凧」

 

 張が言う。

 

「聞き覚えは?」

 

 ロックが聞く。

 

 張は首を振る。

 

「表の名前としてはない」

 

 バラライカも短く答えた。

 

「知らん」

 

 キャスパーは言った。

 

「僕も直接の取引はない。ただし、こういう殻会社は、知らないところで取引に混じる。名前を知らないことは、関係がないことの証明にはならない」

 

 バラライカが冷たく言う。

 

「便利な言い訳だな」

 

「商売では、便利な言葉ほど長生きする」

 

 張が言う。

 

「では、その会社が犯人か」

 

 ベニーは首を振った。

 

「たぶん違います。少なくとも、直接の本体ではない。見つけさせるために置かれた名前です。追えば何かは出るでしょうが、おそらく殻です」

 

 バラライカが聞く。

 

「殻を置いた目的は」

 

「三つあります」

 

 ベニーは画面を切り替えた。

 

「一つ目、三合会、ホテル・モスクワ、ラグーン商会の三つを同じ箱に入れて、互いに疑わせる。二つ目、ブルー・カイトを追わせて時間を稼ぐ。三つ目、会談の場へ全員の注意を向ける」

 

 ダッチが続けた。

 

「その裏で、旧冷凍倉庫で別の受け渡しがある」

 

 店内の空気が変わった。

 

 張の部下の一人がわずかに動き、ボリスの視線も鋭くなる。キャスパーの私兵たちは、それぞれ表情を変えずに周囲を確認した。

 

 張が静かに聞く。

 

「旧冷凍倉庫?」

 

 ロックは頷いた。

 

「倉庫で捕まえた男たちが言いました。今夜、そこで残りの支払いと、別の受け渡しがあると」

 

 バラライカの声は低かった。

 

「我々をここに集め、その間に別の場所で動くつもりか」

 

 キャスパーは楽しそうではなくなった。

 

「なかなかいい度胸だ」

 

 レヴィが言う。

 

「おい白い兄貴。自分の荷物盗まれて、少し嬉しそうにするのやめろ」

 

「嬉しくはないよ。感心しているだけだ」

 

「もっとムカつくわ」

 

 チェキータがレヴィの横で言う。

 

「同感。ボスのそういうところは私も少し嫌い」

 

 キャスパーが彼女を見る。

 

「少し?」

 

「半分くらい」

 

 レヴィが机を叩いた。

 

「お前まで言うな!」

 

 張はそのやり取りを聞き流し、ロックへ視線を戻した。

 

「捕まえた男たちは?」

 

 ダッチが答える。

 

「今は別の場所で見張らせている。三合会に渡せばホテル・モスクワが疑う。ホテル・モスクワに渡せば三合会が疑う。キャスパーに渡せば全員が疑う」

 

 バラライカは薄く笑った。

 

「賢明だ」

 

 キャスパーは肩をすくめる。

 

「信用がないな」

 

 張が言う。

 

「信用とは、積み上げるものだ。あなたは積み上げた端から値札を貼る」

 

「それは商人として正しい」

 

「街としては少し迷惑だ」

 

 ロックは話を戻した。

 

「問題は、旧冷凍倉庫へどう動くかです。全員が動けば、相手は逃げる。誰か一勢力だけが動けば、残りが疑う。放っておけば、受け渡しは成功する」

 

 バラライカは即答した。

 

「潰す」

 

 張は微笑む。

 

「潰すにしても、誰の手で潰すかが問題だね」

 

 キャスパーが言う。

 

「僕の荷物の話だ。僕の私兵が行くのが自然だ」

 

 バラライカの目が冷える。

 

「ロアナプラで、あなたの私兵だけを自由に動かす理由はない」

 

 張も穏やかに続ける。

 

「同感だ。港は三合会の庭でもある」

 

 キャスパーは笑った。

 

「庭にしては、ずいぶん物騒だ」

 

「物騒な庭だから、勝手に踏む者には気をつけてもらう」

 

 レヴィがぼそりと言う。

 

「おいロック。もう撃ち合いでよくねえか?」

 

「よくない」

 

「話が長すぎる」

 

「だから長くしているんだ。話が続く間は撃たれない」

 

 チェキータがレヴィへ言った。

 

「あなた、本当に待つのが苦手ね」

 

「待ってる間に相手が逃げるだろ」

 

「焦って走ると、罠を踏む」

 

「罠ごと蹴り飛ばせばいい」

 

「いいわね。単純で」

 

「馬鹿にしてんのか」

 

「半分くらい」

 

「殺す」

 

 バオがカウンターの中から叫んだ。

 

「店内で殺すな!」

 

 張は軽く手を上げた。

 

「では、折衷案だ」

 

 全員の視線が張へ向く。

 

「旧冷凍倉庫へは、混成の少人数で行く。三合会、ホテル・モスクワ、キャスパー、ラグーン商会。それぞれ一部ずつ。大きな部隊は動かさない。店には私たちが残る」

 

 バラライカが言う。

 

「自分たちは残るのか」

 

「我々が同時に席を立てば、相手に知らせるようなものだ。大物が動く時、街は揺れる」

 

 キャスパーが頷いた。

 

「理にかなっている」

 

 バラライカは不快そうだったが、反論はしなかった。

 

「誰を出す」

 

 張が答える。

 

「三合会からは二人」

 

 バラライカが言う。

 

「こちらも二人」

 

 キャスパーはチェキータを見る。

 

「チェキータ、エドガー」

 

 チェキータは笑った。

 

「やっと外ね」

 

 エドガーは短く頷く。

 

「了解」

 

 レヴィが即座に立ち上がった。

 

「俺も行く」

 

 ダッチが言う。

 

「行くだろうな」

 

「止めねえのか」

 

「止めるだけ無駄だ」

 

 ロックはダッチを見た。

 

「俺も行きます」

 

 レヴィが顔をしかめる。

 

「お前はここで胃を痛めてろ」

 

「旧冷凍倉庫で何を受け渡すのか確認する必要がある。情報の扱いを判断するなら、俺も見た方がいい」

 

 張が微笑む。

 

「ロックが行くなら、こちらも安心だ」

 

 バラライカが言う。

 

「安心ではない。だが、銃声は少し遅れる」

 

 キャスパーが楽しそうに付け加える。

 

「そして、面倒な判断を押しつけられる」

 

 ロックは深く息を吐いた。

 

「全員、俺を何だと思っているんですか」

 

 レヴィが笑う。

 

「面倒を押しつけやすい男」

 

 ベニーが小声で言う。

 

「定着したね」

 

「嬉しくない」

 

 アランが手を上げた。

 

「僕は?」

 

 キャスパーは首を振った。

 

「君はベニーとここでデータを見る。旧冷凍倉庫から通信があれば拾って」

 

 アランは不満そうにしたが、ベニーの端末を見て少しだけ納得した。

 

「まあ、こっちも面白そうだし」

 

 ベニーは言った。

 

「僕は面白くない」

 

「でも見るんでしょ?」

 

「見るしかない」

 

 ポーが柱のそばから言った。

 

「俺も行く」

 

 キャスパーは少し考えた。

 

「ポー、君はここに残って」

 

 ポーはキャスパーを見る。

 

「なぜ」

 

「こっちにも何か来るかもしれない」

 

 ポーは少し沈黙し、頷いた。

 

「わかった」

 

 レヴィが言う。

 

「でかいのが残るなら、バオも安心だな」

 

 バオはポーを見上げ、さらに不安そうになった。

 

「安心の形が怖えよ」

 

     *

 

 会談は一時中断という形になった。張とバラライカとキャスパーは店に残り、ラグーン商会からはレヴィとロック、キャスパー側からチェキータとエドガー、ホテル・モスクワからボリス配下の兵二人、三合会から張の部下二人が旧冷凍倉庫へ向かうことになった。ダッチは店に残る。大物同士の会談が続く以上、誰かがラグーン商会側の目として残らなければならない。ベニーとアランも端末の前に残った。

 

 出発前、ダッチはロックへ言った。

 

「無理をするな」

 

「努力します」

 

「その返事は信用できん」

 

「では、レヴィを見張ります」

 

「もっと信用できん」

 

 レヴィが横から言う。

 

「俺は見張られる側じゃねえ」

 

 チェキータが近づいてきた。

 

「あなたは見張らないと、すぐ走りそう」

 

「お前に言われたくねえよ」

 

「じゃあ、お互いに見張り合いましょうか」

 

「気持ち悪い提案すんな」

 

「照れてる?」

 

「殺す」

 

「バオが見てるわ」

 

 バオはカウンターから叫んだ。

 

「俺の名前を抑止力に使うな!」

 

 ロックはチェキータを見た。

 

「現場では、できれば静かにお願いします」

 

 チェキータは笑った。

 

「私は静かよ。うるさいのは彼女」

 

 レヴィが睨む。

 

「お前の香水の匂いの方がうるせえ」

 

「あなたの火薬臭よりは上品よ」

 

「火薬に失礼だろ」

 

 エドガーが短く言った。

 

「時間だ」

 

 その一言で、二人の言い合いは一旦止まった。エドガーには妙な説得力がある。声を荒げるわけでもない。ただ必要なことだけを言う。その短さが、逆に場を動かす。

 

 ロックは店を出る前に、張、バラライカ、キャスパーを見た。

 

 三人は同じ卓に残っている。

 

 張は穏やかに茶を飲み、バラライカは煙草を吸い、キャスパーは酒のグラスを回していた。全員が違う顔で、同じ火種を見ている。

 

 張がロックへ言った。

 

「気をつけて、ロック」

 

「はい」

 

 バラライカが続ける。

 

「必要なら撃て」

 

 ロックは少し困った顔をした。

 

「できれば、撃たずに済ませたいです」

 

「できれば、か」

 

 キャスパーが笑った。

 

「便利な言葉だね」

 

 レヴィが入口から怒鳴った。

 

「全員まとめて禁止だ!」

 

 店内に小さな笑いが起きた。だが、その笑いは長く続かなかった。

 

 旧冷凍倉庫へ向かう扉が開いた瞬間、外の夜が流れ込んだ。

 

 港の奥で、別の取引が始まろうとしている。

 

     *

 

 ロックたちが出ていった後、イエロー・フラッグには奇妙な静けさが残った。張、バラライカ、キャスパー。三人の大物が同じ卓にいる。ダッチ、ベニー、アラン、ポー、ボリス、三合会の部下たち。バオはカウンターの奥で、現実から少し距離を取ろうとしていたが、距離を取るには店が狭すぎた。

 

 張が口を開いた。

 

「さて、大尉。白い商人が港に持ち込んだ荷について、どこまで知っていた?」

 

 バラライカは煙草を灰皿に置いた。

 

「知らされてはいない」

 

 キャスパーが言う。

 

「知らせる理由がなかったからね」

 

「今は理由ができた」

 

 バラライカの声は冷たい。

 

 キャスパーは頷いた。

 

「そうだね。僕の失敗だ」

 

 ダッチが少しだけ眉を動かした。

 

「認めるのか」

 

「商人は損失を認めないと、次の値段をつけられない」

 

 張が言う。

 

「あなたの商売は、ロアナプラに火を持ち込む」

 

「ロアナプラは最初から燃えている」

 

「油を足す者を、街は歓迎しない」

 

「でも、油を買う者はいる」

 

 バラライカが低く言った。

 

「火遊びの話なら、外でやれ」

 

 キャスパーはグラスを置いた。

 

「では、仕事の話をしよう。僕の取引先リストが外へ出れば、あなたたちにも不利益が出る。三合会の港湾網を利用した買い手の名前、ホテル・モスクワが黙認したと誤解される動き、ラグーン商会の登録。どれも使い方次第で、街を揺らせる」

 

 張は静かに言う。

 

「だから、そのリストはあなた一人に返すわけにはいかない」

 

「僕のものだよ」

 

 バラライカが返す。

 

「盗まれる場所に置いた時点で、あなた一人の問題ではなくなった」

 

 キャスパーは笑った。

 

「厳しいね」

 

「兵站を失った将校は、まず叱責される」

 

「僕は将校ではない」

 

「だから撃たれていない」

 

 ダッチが小さく笑った。

 

 キャスパーはバラライカを見つめ、少しだけ肩をすくめた。

 

「ロアナプラは本当に高い街だ」

 

 張は茶を飲みながら言った。

 

「買うには向かない」

 

「でも、商売するには最高だ」

 

 ダッチが煙草をくわえた。

 

「代金は金だけじゃ済まんぞ」

 

 キャスパーはダッチを見た。

 

「それを学びに来た」

 

「授業料は高い」

 

「だろうね」

 

 その時、ベニーの端末が短く鳴った。

 

 彼は画面を見て、表情を変えた。

 

「……旧冷凍倉庫方面で通信反応。暗号化されてる。受け渡し、始まるかもしれない」

 

 アランが隣から画面を覗く。

 

「もう一つ反応がある。別方向から接近中」

 

 ダッチが聞く。

 

「誰だ」

 

 ベニーは首を振った。

 

「わからない。でも、ロックたち以外の誰かが旧冷凍倉庫へ向かってる」

 

 張の目が細くなる。

 

 バラライカの指が止まる。

 

 キャスパーは静かに言った。

 

「やはり、会談だけでは終わらせてくれないか」

 

 ポーが低く言った。

 

「ここにも来る」

 

 全員がポーを見た。

 

 バオが悲鳴に近い声を出した。

 

「何が!?」

 

 ポーは入口の方を見る。

 

「別の嘘」

 

 その言葉と同時に、店の外で車のブレーキ音が響いた。

 

 イエロー・フラッグの夜は、まだ終わらない。

 

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