Guns & Garlands — 銃と花輪 作:たこ焼き 龍月
旧冷凍倉庫へ向かう道は、ロアナプラの港の奥へ沈んでいくようだった。ネオンの光は少しずつ薄くなり、代わりに錆びた街灯と、港湾設備の白い作業灯が路面を照らす。昼間なら荷役の男たちとトラックでうるさい場所も、夜になると別の音だけが残る。遠くのエンジン音、波が岸壁に当たる音、どこかの鎖が風で揺れる音。ロアナプラの港は、眠らない。だが、深く息を潜める時間はある。そしてその時間ほど、ろくでもない取引には向いていた。
先頭の車にはレヴィ、チェキータ、ロック、エドガーが乗っていた。運転しているのはレヴィだった。彼女は荒い運転を隠す気がない。角を曲がるたびに車体が揺れ、助手席のチェキータはそのたびにわざとらしくため息をついた。
「ねえ、あなた本当に運転免許持ってるの?」
「ロアナプラで免許の話すんな。笑われるぞ」
「じゃあ技術の話をするわ。下手ね」
「降りろ」
「走行中よ」
「窓から出ろ」
「優しくないのね」
「お前に優しくする理由が一つもねえ」
ロックは後部座席で、前の二人のやり取りを聞きながら頭を抱えたくなっていた。隣のエドガーは無言で地図を見ている。彼はこの会話に参加する気がまったくないらしい。その態度が少し羨ましかった。
「レヴィ」
ロックが言った。
「何だよ」
「運転に集中してくれ」
「してる」
「している人の運転ではない」
チェキータが嬉しそうに言う。
「ほら、後ろの子もそう言ってる」
「後ろの子って言うな。ロックはうちの交渉係だ」
「交渉係? この街で?」
「面倒を押しつけやすい男とも言う」
ロックは深く息を吐いた。
「その呼び名、もう定着させないでくれ」
チェキータは振り返り、ロックを見る。
「でも似合ってるわ。あなた、撃つ前に言葉を探す顔をしているもの」
「褒め言葉ですか」
「半分くらい」
レヴィが即座に叫んだ。
「禁止だって言ってんだろ!」
チェキータは楽しそうに笑う。
「あなた、本当に反応がいいわね」
「犬扱いすんな」
「自分で言ったわよ」
「言ってねえ」
エドガーが短く言った。
「静かに」
車内が一瞬止まった。
レヴィは横目でバックミラーを見る。
「お前、短い言葉で人を黙らせるの上手いな」
「必要な時だけ喋る」
「俺と正反対だな」
「そうだ」
チェキータが笑う。
「エドガーにそう言われると、かなり正確ね」
レヴィは鼻を鳴らした。
「で、必要な話をしろよ。旧冷凍倉庫には何人いると思う」
エドガーは地図から目を離さず答えた。
「最低三組。受け渡し側、回収側、監視側」
ロックが聞く。
「三組?」
「最初の受け渡しをする者。データか金を受け取る者。それを後ろから見ている者。今回のやり方なら、見張りをさらに置く」
チェキータが頷く。
「自分の手を汚さない相手は、誰かを必ず見張らせる。信じていないから」
レヴィが言う。
「つまり、撃つ相手が多い」
ロックは即座に言った。
「できれば撃たずに確保したい」
「お前、旧冷凍倉庫でお茶会でもする気か?」
「情報が必要なんだ」
「情報は相手が喋れれば取れる」
「だから喋れる状態で確保したい」
チェキータがレヴィを見る。
「聞いた? 喋れる状態で、だって」
「わかってるよ」
「本当に?」
「しつけえな」
「あなた、楽しそうになると忘れそうだから」
「俺を何だと思ってんだ」
「野良犬」
「まだ言うか」
ロックは二人を見比べた。
「二人とも、現場では本当に頼みます」
チェキータは笑う。
「大丈夫。私は仕事ではちゃんとするわ」
レヴィが言う。
「俺も仕事ではちゃんとしてる」
ロックは少し沈黙した。
「……そうだな」
「今の間は何だ」
「信じるための準備だ」
「撃つぞ」
チェキータが吹き出した。
後続車には、三合会の部下二人、ホテル・モスクワの兵二人、そして別ルートから回ってくるラグーン商会の補助車両がいた。大きな部隊は動かさない。だが、各勢力が一人も出さないわけにもいかない。少人数の混成部隊。信頼ではなく、相互監視で成り立つチームだった。ロアナプラらしい協力関係だ。
*
その頃、イエロー・フラッグでは、別の火種が店先に止まっていた。店の外に車が二台。中から出てきた男たちは、ロアナプラの住人にしては服が整いすぎていた。安いスーツではない。だが、高級でもない。目立たないように選ばれた、外の世界の服。動きも港のチンピラとは違う。静かで、訓練されているように見えるが、ロアナプラの湿った空気にはなじんでいない。
ポーが入口の柱のそばで、低く言った。
「来た」
バオはカウンターの中で硬直した。
「何がだよ」
ポーは短く答える。
「別の嘘」
ドアが開いた。男が三人入ってくる。代表らしい男が店内を見回し、張、バラライカ、キャスパーのいる卓を見た瞬間、わずかに表情を動かした。想定より大物が揃っていた、という顔だった。
張は穏やかに言った。
「予約は?」
男は少し迷い、それから笑った。
「失礼。人を探していまして」
バラライカは煙草を灰皿に置いた。
「ここは酒場だ。人探しの窓口ではない」
キャスパーはグラスを回しながら言う。
「でも、人はよく消える店だ」
バオが叫ぶ。
「消えねえよ! 勝手に消すな!」
男はキャスパーを見た。
「キャスパー・ヘクマティアル様ですね」
「様はいらないよ。高くつくから」
張が少し笑う。
「彼に丁寧語を使うとは、外の人間だね」
男の笑みがわずかに固まった。
ベニーはカウンター近くで端末を開いていた。アランがその隣にいる。二人は視線だけで会話した。アランが小声で言う。
「ブルー・カイト?」
ベニーは端末を見ながら囁く。
「まだ不明。でも、店の外の車両番号は港湾登録にない。借り物か偽装だね」
「端末反応は?」
「一つだけ妙な発信。短い信号を定期的に送ってる。位置報告かもしれない」
アランは笑みを消した。
「つまり、こっちも監視されてる」
「そういうこと」
ポーがゆっくり一歩前に出た。
男たちはすぐに反応した。腰へ手をやりかける。だが、張の部下とホテル・モスクワの兵が同時に動いたため、店内の空気が凍った。誰かが一発撃てば、店はすぐに穴だらけになる。バオはカウンターの下に半分沈みかけていた。
張は微笑んだ。
「落ち着こう。ここで先に動いた者は、全員に説明しなければならない」
バラライカが続ける。
「説明できないなら、黙って立っていろ」
男は手を止めた。
キャスパーが静かに言う。
「君たちは、僕の荷物を探しに来たのかな。それとも、僕の顔を見に来たのかな」
男は笑みを取り戻そうとした。
「誤解です。私どもは、ただ――」
ポーが低く言った。
「嘘が浅い」
男の口が止まる。
アランがベニーへ小声で言う。
「ポー、便利だよね」
「便利というか、怖い」
「両方だね」
張は茶を飲むような穏やかな声で言った。
「名前を聞こう」
男は黙った。
バラライカは言った。
「答えるか、黙るか、逃げるか。選べ」
キャスパーは笑う。
「逃げるのは勧めない。入口が大きいからね」
入口にはポーが立っている。男たちは逃げなかった。
*
旧冷凍倉庫は、港の古い区画にあった。名前の通り、昔は魚や肉の一時保管に使われていたらしい。今では設備のほとんどが止まり、建物の外壁は剥がれ、冷却用の古い配管が錆びついている。だが、厚い壁と複数の搬入口があるため、短時間の受け渡しには向いていた。中は暗く、広く、音が反響する。嘘と足音が混ざるには、申し分ない場所だった。
車は少し離れた場所に停めた。全員が降りる。レヴィは車のドアを乱暴に閉め、チェキータはそれを見て呆れた。
「静かに来るって言葉、知ってる?」
「ドアの音くらいで逃げる奴なら、最初から来ねえよ」
「そういう問題じゃないわ」
「じゃあどういう問題だ」
「雰囲気」
「雰囲気で飯食ってんのか、お前」
「時々ね」
エドガーが二人の間を通り過ぎながら言った。
「黙れ」
二人は同時に口を閉じた。
ロックは小さく言った。
「エドガーさん、助かります」
「必要だから言った」
レヴィは気に入らなそうにエドガーの背中を見た。
「あいつ、ほんと短いな」
チェキータが囁く。
「短くて正しいのよ」
「長くて間違ってるみたいに言うな」
「あなた、自覚があるのね」
「ない」
旧冷凍倉庫の外周には、二つの搬入口と一つの小さな通用口があった。三合会の部下が東側へ回り、ホテル・モスクワの兵が西側を見る。レヴィとチェキータは正面の搬入口付近、ロックとエドガーは通用口から中を確認することになった。
ロックは小声で言った。
「混成チームって、思ったより動きにくいですね」
エドガーは答える。
「互いを信用していないからだ」
「でも、今は協力している」
「信用と協力は別だ」
「ロアナプラらしいですね」
「ここだけではない」
ロックはその言葉に少し引っかかった。エドガーの声には、戦場や武器商売を知る者の乾いた現実感があった。信用しなくても協力する。協力していても、背中は預けない。ロックはロアナプラに来てから、そういう関係を何度も見た。それが世界の別の場所でも同じなのだと思うと、少しだけ気が重くなった。
倉庫の中から、かすかな声が聞こえた。
ロックとエドガーは壁際に身を寄せる。
声は三つ。低い男の声。少し甲高い男の声。そして、端末越しの歪んだ声。内容ははっきりしないが、「残り」「記録」「確認」「支払い」という単語が聞こえた。
エドガーが小さく言った。
「始まっている」
ロックは通信機を押した。
「こちらロック。中に少なくとも三人。受け渡し中です」
レヴィの声が小さく返る。
『突っ込むか?』
「まだ」
『お前まで“まだ”かよ』
チェキータの声も入る。
『中の配置を見てから。焦ると犬死によ』
レヴィが即座に返す。
『犬って言うな』
『野良犬とは言ってないわ』
『同じだろ!』
エドガーが通信に短く入った。
『静かに』
通信が静かになった。
ロックは少しだけ感心した。
通用口の隙間から中を見ると、古い冷凍倉庫の広い床に、三人の男がいた。中央に小型ケース。片方が金を確認し、もう片方が端末を差し出している。奥には別の影が二つ。見張りだ。さらに二階の古い管理通路にも一人いる。エドガーの言った通り、三組に分かれているようだった。
ロックは小声で状況を伝える。
「中央に三人、奥に二人、上に一人。ケースがあります」
レヴィが返す。
『よし、上から片づけるか』
チェキータが言う。
『上は私が見る』
『何でだよ』
『あなたが上を見ると、下がうるさくなるから』
『意味わかんねえ』
『あなたは目立つのよ』
『褒めてんのか?』
『半分くらい』
『言ったな、今言ったな』
ロックは頭を押さえたくなった。
「二人とも、後でお願いします」
エドガーが短く言う。
「動くぞ」
作戦は単純だった。ホテル・モスクワ側と三合会側が外周を塞ぐ。レヴィが正面から注意を引く。チェキータが二階の見張りを押さえる。エドガーが奥の二人を封じる。ロックは中央の取引相手へ声をかけ、逃げ場を減らす。実際には、単純な作戦ほど現場では崩れる。だが、複雑な作戦を立てる時間も信頼もなかった。
レヴィが搬入口の前に立った。
チェキータは二階へ上がる外階段へ回る。
エドガーが奥へ滑るように移動する。
ロックは通用口の前で息を吸った。
そして、レヴィが倉庫の扉を蹴った。
金属音が夜の倉庫に響いた。
「はい、取引終了だ! 残業代出ねえぞ!」
中の男たちが一斉に振り向く。レヴィは派手に入り、相手の視線を全部持っていった。中央の男がケースを掴もうとした瞬間、ロックが反対側から声を上げる。
「動かないでください! 外は塞いでいます!」
もちろん、完全に塞いでいるわけではない。だが、迷わせるには十分だった。相手が迷った一秒で、エドガーが奥の一人の進路を止め、三合会側が別の出口を押さえる。二階の見張りが銃を向けようとしたが、その背後にチェキータが現れた。
「上から撃つのは、趣味が悪いわよ」
見張りが振り返るより早く、チェキータが距離を詰める。短い衝突音。見張りは床に倒れ、動かなくなった。命に関わるほどではない。だが、しばらく立てないだろう。
レヴィはそれを見上げて叫んだ。
「遅えぞ、猟犬!」
チェキータが二階から返す。
「あなたがうるさいから、場所がわかりやすかったわ」
「役に立ったって言え!」
「半分くらい」
「殺す!」
中央の男の一人が小型ケースを持って走ろうとした。ロックが止めようとするが、男は横の通路へ飛び込む。だが、その先にはホテル・モスクワの兵がいた。男は急停止し、反対側へ逃げる。そこには三合会の部下。さらに戻ろうとしたところで、ポケットから端末を取り出そうとした。
レヴィが銃を向ける。
「手を止めろ」
男は止まらない。
チェキータが二階から低く言った。
「レヴィ、端末」
レヴィは男の足元ではなく、手元の近くへ短く撃った。金属の床に火花が散り、男の手が止まる。端末が床に落ちた。チェキータが上から飛び降りるように下へ降り、端末を蹴ってロックの方へ滑らせた。
「ほら、交渉係。壊してないわよ」
レヴィが言う。
「俺が当てなかったんだろ」
「私が言ったから」
「うるせえ」
ロックは端末を拾い、ベニーへ通信する。
「ベニー、端末を確保しました。ケースもあります」
ベニーの声が返る。
『送れる?』
「今は無理です。現場がまだ落ち着いていません」
アランの声が割り込む。
『ケースの中身は触る前に見て。開けると通知が飛ぶ可能性がある』
レヴィが叫ぶ。
「面倒くせえ箱だな!」
チェキータがケースの横にしゃがむ。
「面倒な箱ほど高いのよ」
「殴ったら開くか?」
「あなた、それしかないの?」
「わかりやすいだろ」
「世界はあなたほど単純じゃないわ」
「単純じゃないからムカつくんだよ」
エドガーが確保した男の一人をロックの前へ連れてきた。男はスーツ姿。だが、倉庫の空気にまったく馴染んでいない。ブルー・カイトの人間か、さらにその使い走りか。
ロックは男を見る。
「名前は」
男は黙った。
レヴィが近づく。
「名前」
男はまだ黙る。
チェキータも横に立つ。
「喋った方が楽よ。ここにいる全員、気が長くないから」
男はロックを見る。
「お前たちは、誰の代理だ」
ロックは答えた。
「全員の代理で、誰の代理でもありません」
男は笑った。
「そんな立場は長持ちしない」
「ロアナプラでは、長持ちする立場の方が少ないです」
男は少しだけ表情を変えた。
ロックは続ける。
「ブルー・カイト・トレーディング。あなたはそこの人間ですか」
「知らない」
レヴィが即座に言う。
「嘘が早え」
チェキータが頷く。
「そして薄い」
エドガーが短く言う。
「使い捨てだ」
男の目が揺れた。
ロックはその反応を見逃さなかった。
「あなたも使われている側ですね」
「黙れ」
「ロアナプラの小物を使って三合会とホテル・モスクワを動かそうとした。でも、あなた自身も本体じゃない。旧冷凍倉庫で受け渡しをして、誰かにさらに渡す役だった」
男は黙る。
ロックは続けた。
「次の相手は誰ですか」
男は笑おうとした。
「お前たちには関係ない」
その時、倉庫の外でエンジン音が響いた。
別の車両。
いや、複数。
ホテル・モスクワの兵が通信で警告を入れる。
『外に車両二台。所属不明。接近中』
三合会側からも声が入る。
『別方向にも一台。挟まれる』
レヴィの顔が明るくなる。
「来やがった」
チェキータはケースを見て言う。
「本命か、後始末か」
エドガーが短く言った。
「両方」
ロックは男を見る。
「あなたの迎えですか」
男は初めて、はっきり怯えた。
「違う」
レヴィが笑う。
「嘘じゃなさそうだな」
チェキータが銃を構え直す。
「使い捨ての回収係ね」
ロックは小型ケースを見た。中には消えたデータの一部があるかもしれない。あるいは、さらに別の囮かもしれない。どちらにしても、この場で失うわけにはいかない。
「ベニー、聞こえますか。外から別勢力が来ています」
『こっちでも反応見えた! ロック、そのケースはたぶん本物の一部だ。少なくとも、キャスパーの取引データに近い識別が出てる』
キャスパーの声が通信に入る。
『なら、できれば壊さないでほしいな』
レヴィが叫ぶ。
「白い兄貴! 安全な店で言うな!」
『そちらに行きたい気持ちはあるよ』
「来んな!」
チェキータが笑った。
「ボス、来ないで。店にいて」
『みんな、僕に冷たいね』
エドガーが短く言う。
「来るな」
『エドガーまで』
通信の向こうでアランが笑う声がした。
しかし、外のエンジン音は近づいていた。旧冷凍倉庫は出口が多いが、同時に囲まれやすい。少人数で来たことが、ここでは弱点にもなる。
ロックは言った。
「ケースを持って撤退しましょう」
レヴィは即答した。
「ついでに外の連中を片づける」
「撤退です」
「片づけながら撤退だ」
チェキータが言う。
「それなら賛成」
ロックは二人を見る。
「二人とも、似てますね」
レヴィとチェキータが同時に言った。
「似てねえ!」
「似てないわ!」
エドガーがケースを持ち上げた。
「行くぞ」
*
外へ出ると、港の夜風が冷たかった。倉庫の前には、所属不明の車両が二台。ライトを消し、黒い影のように近づいてくる。別方向からも一台。退路を塞ぐつもりだ。
レヴィは低く笑った。
「いいねえ、わかりやすくなってきた」
チェキータは横で言う。
「あなた、本当にこういう時は嬉しそうね」
「お前もだろ」
「私は仕事を楽しむ主義なの」
「俺は仕事じゃなくても楽しむ」
「最低ね」
「褒めてんだろ?」
「半分くらい」
「お前わざとだろ!」
最初の車両から男たちが降りる。顔は見えない。だが、動きは港の小物ではない。ロアナプラに慣れていない。けれど、訓練はされている。外から来た者たち。街を道具にしようとする者たちの手足。
ホテル・モスクワの兵と三合会の部下が左右から牽制する。レヴィとチェキータは中央で動いた。レヴィは派手に撃ち、音と火花で相手の視線を引く。チェキータはその間に車両の陰へ回り込み、退路を塞ごうとする男の動きを止める。二人のやり方は違う。レヴィはまっすぐで乱暴。チェキータは滑らかで、少し遊んでいるようにも見える。だが、結果として互いの隙間を埋めていた。
ロックはケースを持つエドガーの後ろで、確保した男たちを移動させる。男たちは怯えていた。さっきまで自分たちが誰かを罠にかける側だと思っていた人間が、今は別の誰かに始末されそうになっている。その落差は残酷だが、ロアナプラでは珍しくない。
「走ってください!」
ロックが言う。
男の一人が叫ぶ。
「俺たちをどこへ連れていく!」
「喋れる場所です!」
「信用できるか!」
エドガーが短く言う。
「ここよりは」
男は黙って走った。
レヴィが車両の影から叫ぶ。
「ロック! そっち行ったぞ!」
別方向から一人が回り込む。ロックが身を引く前に、チェキータが横から現れて相手を止めた。
「交渉係に手を出すのは、まだ早いわ」
ロックは思わず言った。
「助かりました」
チェキータは笑う。
「礼はレヴィに言って。うるさく教えてくれたから」
レヴィが遠くから叫ぶ。
「俺のおかげかよ!」
「半分くらい!」
「もう一発撃つぞ!」
状況は混乱していたが、完全に崩れてはいなかった。混成チームは互いを信用していない。だが、目的は一致している。ケースを持ち帰ること。生きた証人を連れ帰ること。そして、外から来た連中にロアナプラの夜を甘く見た代金を払わせること。
エドガーが言った。
「撤退経路、西側」
レヴィが答える。
「東は?」
「塞がれる」
チェキータが即座に言う。
「じゃあ西。野良犬、後ろを見るわよ」
「誰が野良犬だ」
「返事するあたり、自覚あるわね」
「撃つぞ」
「後ろ見て」
レヴィは舌打ちしながらも、チェキータの指示通り後方を押さえた。彼女は文句を言いながら、必要な動きはする。チェキータも同じだった。言葉では噛み合わない。だが、銃声と足音の中では、妙に噛み合っている。
ロックはそれを見て、少しだけ変な気分になった。似ていない二人が、戦場では似た速度で判断している。レヴィは認めないだろう。チェキータも認めない。だが、事実として二人は互いの動きを利用していた。
全員が車の近くまで戻った時、旧冷凍倉庫の奥で小さな爆ぜるような音がした。大きな爆発ではない。だが、倉庫内の一部照明が消え、煙がゆっくり流れ始める。証拠を消すための仕掛けか、追手が使ったものか。どちらにしても、長居はできない。
ベニーの通信が飛ぶ。
『煙が見える! ロック、ケースは?』
「確保しました!」
『証人は?』
「何人かは!」
レヴィが横から叫ぶ。
「何人かって何だよ! 数えろ!」
ロックは言い返した。
「今は走っているので無理です!」
チェキータが笑う。
「いい返しね」
「笑っている場合じゃありません!」
エドガーが車のドアを開ける。
「乗れ」
ロック、エドガー、証人二人、ケースが先に乗り込む。レヴィとチェキータは最後まで外に残り、後方を押さえた。
「先に乗れよ」
レヴィが言う。
チェキータは答える。
「あなたこそ」
「俺は最後だ」
「奇遇ね。私も」
「張り合ってんのか」
「あなたと? まさか」
「ムカつく女だな」
「あなたもね」
最後の一台が車両の陰から動こうとした瞬間、ホテル・モスクワの兵が牽制し、三合会の部下が退路を封じた。レヴィとチェキータは同時に車へ飛び込む。レヴィが運転席へ入り、チェキータが助手席へ滑り込む。
「出せ!」
ロックが叫ぶ。
「言われなくても!」
車は夜の港湾道路へ飛び出した。後ろで倉庫の一部が暗く沈み、煙が薄く流れている。追手の車両は追ってくるが、距離はある。レヴィは乱暴にハンドルを切り、チェキータは窓から後方を確認した。
「運転荒い!」
「文句言うなら降りろ!」
「今は降りない!」
「じゃあ黙れ!」
「後ろ二台!」
「見えてる!」
「見えてるなら何とかして!」
「お前が何とかしろ!」
チェキータは笑った。
「いいわ」
ロックは後部座席で証人たちを押さえながら、心から思った。どうしてこの二人は、会話が喧嘩なのに、行動だけは連携しているのか。
エドガーはケースを抱えたまま、短く言った。
「いい組み合わせだ」
レヴィとチェキータが同時に怒鳴った。
「どこがだ!」
「どこがよ!」
エドガーはそれ以上何も言わなかった。
*
イエロー・フラッグでは、店に入ってきた外の男たちが、まだ卓の前に立たされていた。張、バラライカ、キャスパーの前で嘘を続けるには、彼らは少し若すぎた。少し訓練されている。だが、ロアナプラの大物たちを相手にする訓練は受けていない。
張は穏やかに聞いた。
「ブルー・カイト・トレーディング」
男は黙る。
バラライカが言う。
「黙っている時間が長いほど、答えの価値は下がる」
キャスパーが続ける。
「そして、価値が下がった答えは、扱いが雑になる」
男は額に汗を浮かべた。
「我々は、ただ確認に来ただけです」
「何を」
張が聞く。
「……荷物の所在を」
キャスパーが笑う。
「僕の荷物を?」
「あなたのものとは限りません」
キャスパーの笑みが少しだけ冷えた。
「それはいい。盗んだ側が所有権を曖昧にするのは、商売の基本だ」
ベニーの端末に通信が入る。彼はすぐに画面を見た。
「ロックたち、ケース確保。証人も数名。旧冷凍倉庫で別勢力と接触、現在撤退中」
アランが続ける。
「追手あり。車両二台」
バオがカウンターの下から顔を出した。
「こっちには来ねえよな?」
ポーが入口を見る。
「来るかもしれない」
バオは絶望した。
「言うなよ!」
張は男たちへ視線を戻した。
「どうやら、君たちの仲間は旧冷凍倉庫にもいたようだ」
男の顔が青くなる。
バラライカが言う。
「店の中で嘘をつくか。外で追手と合流するか。選べ」
キャスパーが付け加えた。
「第三の選択肢として、ここで正直に話して生き残る可能性を買う、という手もある」
男は唇を噛んだ。
張は静かに言った。
「ロアナプラで嘘をつくなら、もう少し汚した方がいい。君たちの嘘は白すぎる」
男はようやく、小さな声で言った。
「ブルー・カイトは殻です」
ベニーが顔を上げる。
「本体は?」
「知らない。本当に知らない。俺たちは名前も知らない仲介人から命令を受けた。目的は、キャスパーのデータを一部抜くこと。それを三合会とホテル・モスクワの対立に見せかけること」
バラライカが低く言う。
「誰が命じた」
「声だけです。顔は知らない。ただ、あの声は……」
男は言い淀んだ。
キャスパーが言う。
「続けて」
「武器商人の声でした」
キャスパーの目が少しだけ細くなる。
「名前は?」
「わからない。ただ、こう呼ばれていました」
男は震えながら言った。
「ミスター・グレイ」
張は煙草に火をつけた。
バラライカは無言で男を見た。
キャスパーは少しだけ笑った。
「灰色の男か。趣味の悪い名前だ」
ダッチが低く言う。
「知っているのか」
「噂だけならね」
「どんな噂だ」
キャスパーはグラスを置いた。
「人の商売の境目を狙うブローカーだ。武器そのものより、取引の信用や保証を横から奪う。自分の旗を立てない。誰かの名前を使う。灰色のまま儲ける男」
張が言う。
「ロアナプラの外の人間だね」
「ええ」
バラライカは短く言った。
「なら、教えてやる必要がある」
ダッチが聞く。
「何を」
バラライカは冷たい声で答えた。
「この街の名を使う代金だ」
その時、店の外で車の音が近づいた。
レヴィたちが戻ってきた。
同時に、追手の車両もその後ろから迫っていた。
イエロー・フラッグの看板の下で、次の火花が散ろうとしていた。