Guns & Garlands — 銃と花輪   作:たこ焼き 龍月

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第六章 チェキータとレヴィ

 

 旧冷凍倉庫へ向かう道は、ロアナプラの港の奥へ沈んでいくようだった。ネオンの光は少しずつ薄くなり、代わりに錆びた街灯と、港湾設備の白い作業灯が路面を照らす。昼間なら荷役の男たちとトラックでうるさい場所も、夜になると別の音だけが残る。遠くのエンジン音、波が岸壁に当たる音、どこかの鎖が風で揺れる音。ロアナプラの港は、眠らない。だが、深く息を潜める時間はある。そしてその時間ほど、ろくでもない取引には向いていた。

 

 先頭の車にはレヴィ、チェキータ、ロック、エドガーが乗っていた。運転しているのはレヴィだった。彼女は荒い運転を隠す気がない。角を曲がるたびに車体が揺れ、助手席のチェキータはそのたびにわざとらしくため息をついた。

 

「ねえ、あなた本当に運転免許持ってるの?」

 

「ロアナプラで免許の話すんな。笑われるぞ」

 

「じゃあ技術の話をするわ。下手ね」

 

「降りろ」

 

「走行中よ」

 

「窓から出ろ」

 

「優しくないのね」

 

「お前に優しくする理由が一つもねえ」

 

 ロックは後部座席で、前の二人のやり取りを聞きながら頭を抱えたくなっていた。隣のエドガーは無言で地図を見ている。彼はこの会話に参加する気がまったくないらしい。その態度が少し羨ましかった。

 

「レヴィ」

 

 ロックが言った。

 

「何だよ」

 

「運転に集中してくれ」

 

「してる」

 

「している人の運転ではない」

 

 チェキータが嬉しそうに言う。

 

「ほら、後ろの子もそう言ってる」

 

「後ろの子って言うな。ロックはうちの交渉係だ」

 

「交渉係? この街で?」

 

「面倒を押しつけやすい男とも言う」

 

 ロックは深く息を吐いた。

 

「その呼び名、もう定着させないでくれ」

 

 チェキータは振り返り、ロックを見る。

 

「でも似合ってるわ。あなた、撃つ前に言葉を探す顔をしているもの」

 

「褒め言葉ですか」

 

「半分くらい」

 

 レヴィが即座に叫んだ。

 

「禁止だって言ってんだろ!」

 

 チェキータは楽しそうに笑う。

 

「あなた、本当に反応がいいわね」

 

「犬扱いすんな」

 

「自分で言ったわよ」

 

「言ってねえ」

 

 エドガーが短く言った。

 

「静かに」

 

 車内が一瞬止まった。

 

 レヴィは横目でバックミラーを見る。

 

「お前、短い言葉で人を黙らせるの上手いな」

 

「必要な時だけ喋る」

 

「俺と正反対だな」

 

「そうだ」

 

 チェキータが笑う。

 

「エドガーにそう言われると、かなり正確ね」

 

 レヴィは鼻を鳴らした。

 

「で、必要な話をしろよ。旧冷凍倉庫には何人いると思う」

 

 エドガーは地図から目を離さず答えた。

 

「最低三組。受け渡し側、回収側、監視側」

 

 ロックが聞く。

 

「三組?」

 

「最初の受け渡しをする者。データか金を受け取る者。それを後ろから見ている者。今回のやり方なら、見張りをさらに置く」

 

 チェキータが頷く。

 

「自分の手を汚さない相手は、誰かを必ず見張らせる。信じていないから」

 

 レヴィが言う。

 

「つまり、撃つ相手が多い」

 

 ロックは即座に言った。

 

「できれば撃たずに確保したい」

 

「お前、旧冷凍倉庫でお茶会でもする気か?」

 

「情報が必要なんだ」

 

「情報は相手が喋れれば取れる」

 

「だから喋れる状態で確保したい」

 

 チェキータがレヴィを見る。

 

「聞いた? 喋れる状態で、だって」

 

「わかってるよ」

 

「本当に?」

 

「しつけえな」

 

「あなた、楽しそうになると忘れそうだから」

 

「俺を何だと思ってんだ」

 

「野良犬」

 

「まだ言うか」

 

 ロックは二人を見比べた。

 

「二人とも、現場では本当に頼みます」

 

 チェキータは笑う。

 

「大丈夫。私は仕事ではちゃんとするわ」

 

 レヴィが言う。

 

「俺も仕事ではちゃんとしてる」

 

 ロックは少し沈黙した。

 

「……そうだな」

 

「今の間は何だ」

 

「信じるための準備だ」

 

「撃つぞ」

 

 チェキータが吹き出した。

 

 後続車には、三合会の部下二人、ホテル・モスクワの兵二人、そして別ルートから回ってくるラグーン商会の補助車両がいた。大きな部隊は動かさない。だが、各勢力が一人も出さないわけにもいかない。少人数の混成部隊。信頼ではなく、相互監視で成り立つチームだった。ロアナプラらしい協力関係だ。

 

     *

 

 その頃、イエロー・フラッグでは、別の火種が店先に止まっていた。店の外に車が二台。中から出てきた男たちは、ロアナプラの住人にしては服が整いすぎていた。安いスーツではない。だが、高級でもない。目立たないように選ばれた、外の世界の服。動きも港のチンピラとは違う。静かで、訓練されているように見えるが、ロアナプラの湿った空気にはなじんでいない。

 

 ポーが入口の柱のそばで、低く言った。

 

「来た」

 

 バオはカウンターの中で硬直した。

 

「何がだよ」

 

 ポーは短く答える。

 

「別の嘘」

 

 ドアが開いた。男が三人入ってくる。代表らしい男が店内を見回し、張、バラライカ、キャスパーのいる卓を見た瞬間、わずかに表情を動かした。想定より大物が揃っていた、という顔だった。

 

 張は穏やかに言った。

 

「予約は?」

 

 男は少し迷い、それから笑った。

 

「失礼。人を探していまして」

 

 バラライカは煙草を灰皿に置いた。

 

「ここは酒場だ。人探しの窓口ではない」

 

 キャスパーはグラスを回しながら言う。

 

「でも、人はよく消える店だ」

 

 バオが叫ぶ。

 

「消えねえよ! 勝手に消すな!」

 

 男はキャスパーを見た。

 

「キャスパー・ヘクマティアル様ですね」

 

「様はいらないよ。高くつくから」

 

 張が少し笑う。

 

「彼に丁寧語を使うとは、外の人間だね」

 

 男の笑みがわずかに固まった。

 

 ベニーはカウンター近くで端末を開いていた。アランがその隣にいる。二人は視線だけで会話した。アランが小声で言う。

 

「ブルー・カイト?」

 

 ベニーは端末を見ながら囁く。

 

「まだ不明。でも、店の外の車両番号は港湾登録にない。借り物か偽装だね」

 

「端末反応は?」

 

「一つだけ妙な発信。短い信号を定期的に送ってる。位置報告かもしれない」

 

 アランは笑みを消した。

 

「つまり、こっちも監視されてる」

 

「そういうこと」

 

 ポーがゆっくり一歩前に出た。

 

 男たちはすぐに反応した。腰へ手をやりかける。だが、張の部下とホテル・モスクワの兵が同時に動いたため、店内の空気が凍った。誰かが一発撃てば、店はすぐに穴だらけになる。バオはカウンターの下に半分沈みかけていた。

 

 張は微笑んだ。

 

「落ち着こう。ここで先に動いた者は、全員に説明しなければならない」

 

 バラライカが続ける。

 

「説明できないなら、黙って立っていろ」

 

 男は手を止めた。

 

 キャスパーが静かに言う。

 

「君たちは、僕の荷物を探しに来たのかな。それとも、僕の顔を見に来たのかな」

 

 男は笑みを取り戻そうとした。

 

「誤解です。私どもは、ただ――」

 

 ポーが低く言った。

 

「嘘が浅い」

 

 男の口が止まる。

 

 アランがベニーへ小声で言う。

 

「ポー、便利だよね」

 

「便利というか、怖い」

 

「両方だね」

 

 張は茶を飲むような穏やかな声で言った。

 

「名前を聞こう」

 

 男は黙った。

 

 バラライカは言った。

 

「答えるか、黙るか、逃げるか。選べ」

 

 キャスパーは笑う。

 

「逃げるのは勧めない。入口が大きいからね」

 

 入口にはポーが立っている。男たちは逃げなかった。

 

     *

 

 旧冷凍倉庫は、港の古い区画にあった。名前の通り、昔は魚や肉の一時保管に使われていたらしい。今では設備のほとんどが止まり、建物の外壁は剥がれ、冷却用の古い配管が錆びついている。だが、厚い壁と複数の搬入口があるため、短時間の受け渡しには向いていた。中は暗く、広く、音が反響する。嘘と足音が混ざるには、申し分ない場所だった。

 

 車は少し離れた場所に停めた。全員が降りる。レヴィは車のドアを乱暴に閉め、チェキータはそれを見て呆れた。

 

「静かに来るって言葉、知ってる?」

 

「ドアの音くらいで逃げる奴なら、最初から来ねえよ」

 

「そういう問題じゃないわ」

 

「じゃあどういう問題だ」

 

「雰囲気」

 

「雰囲気で飯食ってんのか、お前」

 

「時々ね」

 

 エドガーが二人の間を通り過ぎながら言った。

 

「黙れ」

 

 二人は同時に口を閉じた。

 

 ロックは小さく言った。

 

「エドガーさん、助かります」

 

「必要だから言った」

 

 レヴィは気に入らなそうにエドガーの背中を見た。

 

「あいつ、ほんと短いな」

 

 チェキータが囁く。

 

「短くて正しいのよ」

 

「長くて間違ってるみたいに言うな」

 

「あなた、自覚があるのね」

 

「ない」

 

 旧冷凍倉庫の外周には、二つの搬入口と一つの小さな通用口があった。三合会の部下が東側へ回り、ホテル・モスクワの兵が西側を見る。レヴィとチェキータは正面の搬入口付近、ロックとエドガーは通用口から中を確認することになった。

 

 ロックは小声で言った。

 

「混成チームって、思ったより動きにくいですね」

 

 エドガーは答える。

 

「互いを信用していないからだ」

 

「でも、今は協力している」

 

「信用と協力は別だ」

 

「ロアナプラらしいですね」

 

「ここだけではない」

 

 ロックはその言葉に少し引っかかった。エドガーの声には、戦場や武器商売を知る者の乾いた現実感があった。信用しなくても協力する。協力していても、背中は預けない。ロックはロアナプラに来てから、そういう関係を何度も見た。それが世界の別の場所でも同じなのだと思うと、少しだけ気が重くなった。

 

 倉庫の中から、かすかな声が聞こえた。

 

 ロックとエドガーは壁際に身を寄せる。

 

 声は三つ。低い男の声。少し甲高い男の声。そして、端末越しの歪んだ声。内容ははっきりしないが、「残り」「記録」「確認」「支払い」という単語が聞こえた。

 

 エドガーが小さく言った。

 

「始まっている」

 

 ロックは通信機を押した。

 

「こちらロック。中に少なくとも三人。受け渡し中です」

 

 レヴィの声が小さく返る。

 

『突っ込むか?』

 

「まだ」

 

『お前まで“まだ”かよ』

 

 チェキータの声も入る。

 

『中の配置を見てから。焦ると犬死によ』

 

 レヴィが即座に返す。

 

『犬って言うな』

 

『野良犬とは言ってないわ』

 

『同じだろ!』

 

 エドガーが通信に短く入った。

 

『静かに』

 

 通信が静かになった。

 

 ロックは少しだけ感心した。

 

 通用口の隙間から中を見ると、古い冷凍倉庫の広い床に、三人の男がいた。中央に小型ケース。片方が金を確認し、もう片方が端末を差し出している。奥には別の影が二つ。見張りだ。さらに二階の古い管理通路にも一人いる。エドガーの言った通り、三組に分かれているようだった。

 

 ロックは小声で状況を伝える。

 

「中央に三人、奥に二人、上に一人。ケースがあります」

 

 レヴィが返す。

 

『よし、上から片づけるか』

 

 チェキータが言う。

 

『上は私が見る』

 

『何でだよ』

 

『あなたが上を見ると、下がうるさくなるから』

 

『意味わかんねえ』

 

『あなたは目立つのよ』

 

『褒めてんのか?』

 

『半分くらい』

 

『言ったな、今言ったな』

 

 ロックは頭を押さえたくなった。

 

「二人とも、後でお願いします」

 

 エドガーが短く言う。

 

「動くぞ」

 

 作戦は単純だった。ホテル・モスクワ側と三合会側が外周を塞ぐ。レヴィが正面から注意を引く。チェキータが二階の見張りを押さえる。エドガーが奥の二人を封じる。ロックは中央の取引相手へ声をかけ、逃げ場を減らす。実際には、単純な作戦ほど現場では崩れる。だが、複雑な作戦を立てる時間も信頼もなかった。

 

 レヴィが搬入口の前に立った。

 

 チェキータは二階へ上がる外階段へ回る。

 

 エドガーが奥へ滑るように移動する。

 

 ロックは通用口の前で息を吸った。

 

 そして、レヴィが倉庫の扉を蹴った。

 

 金属音が夜の倉庫に響いた。

 

「はい、取引終了だ! 残業代出ねえぞ!」

 

 中の男たちが一斉に振り向く。レヴィは派手に入り、相手の視線を全部持っていった。中央の男がケースを掴もうとした瞬間、ロックが反対側から声を上げる。

 

「動かないでください! 外は塞いでいます!」

 

 もちろん、完全に塞いでいるわけではない。だが、迷わせるには十分だった。相手が迷った一秒で、エドガーが奥の一人の進路を止め、三合会側が別の出口を押さえる。二階の見張りが銃を向けようとしたが、その背後にチェキータが現れた。

 

「上から撃つのは、趣味が悪いわよ」

 

 見張りが振り返るより早く、チェキータが距離を詰める。短い衝突音。見張りは床に倒れ、動かなくなった。命に関わるほどではない。だが、しばらく立てないだろう。

 

 レヴィはそれを見上げて叫んだ。

 

「遅えぞ、猟犬!」

 

 チェキータが二階から返す。

 

「あなたがうるさいから、場所がわかりやすかったわ」

 

「役に立ったって言え!」

 

「半分くらい」

 

「殺す!」

 

 中央の男の一人が小型ケースを持って走ろうとした。ロックが止めようとするが、男は横の通路へ飛び込む。だが、その先にはホテル・モスクワの兵がいた。男は急停止し、反対側へ逃げる。そこには三合会の部下。さらに戻ろうとしたところで、ポケットから端末を取り出そうとした。

 

 レヴィが銃を向ける。

 

「手を止めろ」

 

 男は止まらない。

 

 チェキータが二階から低く言った。

 

「レヴィ、端末」

 

 レヴィは男の足元ではなく、手元の近くへ短く撃った。金属の床に火花が散り、男の手が止まる。端末が床に落ちた。チェキータが上から飛び降りるように下へ降り、端末を蹴ってロックの方へ滑らせた。

 

「ほら、交渉係。壊してないわよ」

 

 レヴィが言う。

 

「俺が当てなかったんだろ」

 

「私が言ったから」

 

「うるせえ」

 

 ロックは端末を拾い、ベニーへ通信する。

 

「ベニー、端末を確保しました。ケースもあります」

 

 ベニーの声が返る。

 

『送れる?』

 

「今は無理です。現場がまだ落ち着いていません」

 

 アランの声が割り込む。

 

『ケースの中身は触る前に見て。開けると通知が飛ぶ可能性がある』

 

 レヴィが叫ぶ。

 

「面倒くせえ箱だな!」

 

 チェキータがケースの横にしゃがむ。

 

「面倒な箱ほど高いのよ」

 

「殴ったら開くか?」

 

「あなた、それしかないの?」

 

「わかりやすいだろ」

 

「世界はあなたほど単純じゃないわ」

 

「単純じゃないからムカつくんだよ」

 

 エドガーが確保した男の一人をロックの前へ連れてきた。男はスーツ姿。だが、倉庫の空気にまったく馴染んでいない。ブルー・カイトの人間か、さらにその使い走りか。

 

 ロックは男を見る。

 

「名前は」

 

 男は黙った。

 

 レヴィが近づく。

 

「名前」

 

 男はまだ黙る。

 

 チェキータも横に立つ。

 

「喋った方が楽よ。ここにいる全員、気が長くないから」

 

 男はロックを見る。

 

「お前たちは、誰の代理だ」

 

 ロックは答えた。

 

「全員の代理で、誰の代理でもありません」

 

 男は笑った。

 

「そんな立場は長持ちしない」

 

「ロアナプラでは、長持ちする立場の方が少ないです」

 

 男は少しだけ表情を変えた。

 

 ロックは続ける。

 

「ブルー・カイト・トレーディング。あなたはそこの人間ですか」

 

「知らない」

 

 レヴィが即座に言う。

 

「嘘が早え」

 

 チェキータが頷く。

 

「そして薄い」

 

 エドガーが短く言う。

 

「使い捨てだ」

 

 男の目が揺れた。

 

 ロックはその反応を見逃さなかった。

 

「あなたも使われている側ですね」

 

「黙れ」

 

「ロアナプラの小物を使って三合会とホテル・モスクワを動かそうとした。でも、あなた自身も本体じゃない。旧冷凍倉庫で受け渡しをして、誰かにさらに渡す役だった」

 

 男は黙る。

 

 ロックは続けた。

 

「次の相手は誰ですか」

 

 男は笑おうとした。

 

「お前たちには関係ない」

 

 その時、倉庫の外でエンジン音が響いた。

 

 別の車両。

 

 いや、複数。

 

 ホテル・モスクワの兵が通信で警告を入れる。

 

『外に車両二台。所属不明。接近中』

 

 三合会側からも声が入る。

 

『別方向にも一台。挟まれる』

 

 レヴィの顔が明るくなる。

 

「来やがった」

 

 チェキータはケースを見て言う。

 

「本命か、後始末か」

 

 エドガーが短く言った。

 

「両方」

 

 ロックは男を見る。

 

「あなたの迎えですか」

 

 男は初めて、はっきり怯えた。

 

「違う」

 

 レヴィが笑う。

 

「嘘じゃなさそうだな」

 

 チェキータが銃を構え直す。

 

「使い捨ての回収係ね」

 

 ロックは小型ケースを見た。中には消えたデータの一部があるかもしれない。あるいは、さらに別の囮かもしれない。どちらにしても、この場で失うわけにはいかない。

 

「ベニー、聞こえますか。外から別勢力が来ています」

 

『こっちでも反応見えた! ロック、そのケースはたぶん本物の一部だ。少なくとも、キャスパーの取引データに近い識別が出てる』

 

 キャスパーの声が通信に入る。

 

『なら、できれば壊さないでほしいな』

 

 レヴィが叫ぶ。

 

「白い兄貴! 安全な店で言うな!」

 

『そちらに行きたい気持ちはあるよ』

 

「来んな!」

 

 チェキータが笑った。

 

「ボス、来ないで。店にいて」

 

『みんな、僕に冷たいね』

 

 エドガーが短く言う。

 

「来るな」

 

『エドガーまで』

 

 通信の向こうでアランが笑う声がした。

 

 しかし、外のエンジン音は近づいていた。旧冷凍倉庫は出口が多いが、同時に囲まれやすい。少人数で来たことが、ここでは弱点にもなる。

 

 ロックは言った。

 

「ケースを持って撤退しましょう」

 

 レヴィは即答した。

 

「ついでに外の連中を片づける」

 

「撤退です」

 

「片づけながら撤退だ」

 

 チェキータが言う。

 

「それなら賛成」

 

 ロックは二人を見る。

 

「二人とも、似てますね」

 

 レヴィとチェキータが同時に言った。

 

「似てねえ!」

 

「似てないわ!」

 

 エドガーがケースを持ち上げた。

 

「行くぞ」

 

     *

 

 外へ出ると、港の夜風が冷たかった。倉庫の前には、所属不明の車両が二台。ライトを消し、黒い影のように近づいてくる。別方向からも一台。退路を塞ぐつもりだ。

 

 レヴィは低く笑った。

 

「いいねえ、わかりやすくなってきた」

 

 チェキータは横で言う。

 

「あなた、本当にこういう時は嬉しそうね」

 

「お前もだろ」

 

「私は仕事を楽しむ主義なの」

 

「俺は仕事じゃなくても楽しむ」

 

「最低ね」

 

「褒めてんだろ?」

 

「半分くらい」

 

「お前わざとだろ!」

 

 最初の車両から男たちが降りる。顔は見えない。だが、動きは港の小物ではない。ロアナプラに慣れていない。けれど、訓練はされている。外から来た者たち。街を道具にしようとする者たちの手足。

 

 ホテル・モスクワの兵と三合会の部下が左右から牽制する。レヴィとチェキータは中央で動いた。レヴィは派手に撃ち、音と火花で相手の視線を引く。チェキータはその間に車両の陰へ回り込み、退路を塞ごうとする男の動きを止める。二人のやり方は違う。レヴィはまっすぐで乱暴。チェキータは滑らかで、少し遊んでいるようにも見える。だが、結果として互いの隙間を埋めていた。

 

 ロックはケースを持つエドガーの後ろで、確保した男たちを移動させる。男たちは怯えていた。さっきまで自分たちが誰かを罠にかける側だと思っていた人間が、今は別の誰かに始末されそうになっている。その落差は残酷だが、ロアナプラでは珍しくない。

 

「走ってください!」

 

 ロックが言う。

 

 男の一人が叫ぶ。

 

「俺たちをどこへ連れていく!」

 

「喋れる場所です!」

 

「信用できるか!」

 

 エドガーが短く言う。

 

「ここよりは」

 

 男は黙って走った。

 

 レヴィが車両の影から叫ぶ。

 

「ロック! そっち行ったぞ!」

 

 別方向から一人が回り込む。ロックが身を引く前に、チェキータが横から現れて相手を止めた。

 

「交渉係に手を出すのは、まだ早いわ」

 

 ロックは思わず言った。

 

「助かりました」

 

 チェキータは笑う。

 

「礼はレヴィに言って。うるさく教えてくれたから」

 

 レヴィが遠くから叫ぶ。

 

「俺のおかげかよ!」

 

「半分くらい!」

 

「もう一発撃つぞ!」

 

 状況は混乱していたが、完全に崩れてはいなかった。混成チームは互いを信用していない。だが、目的は一致している。ケースを持ち帰ること。生きた証人を連れ帰ること。そして、外から来た連中にロアナプラの夜を甘く見た代金を払わせること。

 

 エドガーが言った。

 

「撤退経路、西側」

 

 レヴィが答える。

 

「東は?」

 

「塞がれる」

 

 チェキータが即座に言う。

 

「じゃあ西。野良犬、後ろを見るわよ」

 

「誰が野良犬だ」

 

「返事するあたり、自覚あるわね」

 

「撃つぞ」

 

「後ろ見て」

 

 レヴィは舌打ちしながらも、チェキータの指示通り後方を押さえた。彼女は文句を言いながら、必要な動きはする。チェキータも同じだった。言葉では噛み合わない。だが、銃声と足音の中では、妙に噛み合っている。

 

 ロックはそれを見て、少しだけ変な気分になった。似ていない二人が、戦場では似た速度で判断している。レヴィは認めないだろう。チェキータも認めない。だが、事実として二人は互いの動きを利用していた。

 

 全員が車の近くまで戻った時、旧冷凍倉庫の奥で小さな爆ぜるような音がした。大きな爆発ではない。だが、倉庫内の一部照明が消え、煙がゆっくり流れ始める。証拠を消すための仕掛けか、追手が使ったものか。どちらにしても、長居はできない。

 

 ベニーの通信が飛ぶ。

 

『煙が見える! ロック、ケースは?』

 

「確保しました!」

 

『証人は?』

 

「何人かは!」

 

 レヴィが横から叫ぶ。

 

「何人かって何だよ! 数えろ!」

 

 ロックは言い返した。

 

「今は走っているので無理です!」

 

 チェキータが笑う。

 

「いい返しね」

 

「笑っている場合じゃありません!」

 

 エドガーが車のドアを開ける。

 

「乗れ」

 

 ロック、エドガー、証人二人、ケースが先に乗り込む。レヴィとチェキータは最後まで外に残り、後方を押さえた。

 

「先に乗れよ」

 

 レヴィが言う。

 

 チェキータは答える。

 

「あなたこそ」

 

「俺は最後だ」

 

「奇遇ね。私も」

 

「張り合ってんのか」

 

「あなたと? まさか」

 

「ムカつく女だな」

 

「あなたもね」

 

 最後の一台が車両の陰から動こうとした瞬間、ホテル・モスクワの兵が牽制し、三合会の部下が退路を封じた。レヴィとチェキータは同時に車へ飛び込む。レヴィが運転席へ入り、チェキータが助手席へ滑り込む。

 

「出せ!」

 

 ロックが叫ぶ。

 

「言われなくても!」

 

 車は夜の港湾道路へ飛び出した。後ろで倉庫の一部が暗く沈み、煙が薄く流れている。追手の車両は追ってくるが、距離はある。レヴィは乱暴にハンドルを切り、チェキータは窓から後方を確認した。

 

「運転荒い!」

 

「文句言うなら降りろ!」

 

「今は降りない!」

 

「じゃあ黙れ!」

 

「後ろ二台!」

 

「見えてる!」

 

「見えてるなら何とかして!」

 

「お前が何とかしろ!」

 

 チェキータは笑った。

 

「いいわ」

 

 ロックは後部座席で証人たちを押さえながら、心から思った。どうしてこの二人は、会話が喧嘩なのに、行動だけは連携しているのか。

 

 エドガーはケースを抱えたまま、短く言った。

 

「いい組み合わせだ」

 

 レヴィとチェキータが同時に怒鳴った。

 

「どこがだ!」

 

「どこがよ!」

 

 エドガーはそれ以上何も言わなかった。

 

     *

 

 イエロー・フラッグでは、店に入ってきた外の男たちが、まだ卓の前に立たされていた。張、バラライカ、キャスパーの前で嘘を続けるには、彼らは少し若すぎた。少し訓練されている。だが、ロアナプラの大物たちを相手にする訓練は受けていない。

 

 張は穏やかに聞いた。

 

「ブルー・カイト・トレーディング」

 

 男は黙る。

 

 バラライカが言う。

 

「黙っている時間が長いほど、答えの価値は下がる」

 

 キャスパーが続ける。

 

「そして、価値が下がった答えは、扱いが雑になる」

 

 男は額に汗を浮かべた。

 

「我々は、ただ確認に来ただけです」

 

「何を」

 

 張が聞く。

 

「……荷物の所在を」

 

 キャスパーが笑う。

 

「僕の荷物を?」

 

「あなたのものとは限りません」

 

 キャスパーの笑みが少しだけ冷えた。

 

「それはいい。盗んだ側が所有権を曖昧にするのは、商売の基本だ」

 

 ベニーの端末に通信が入る。彼はすぐに画面を見た。

 

「ロックたち、ケース確保。証人も数名。旧冷凍倉庫で別勢力と接触、現在撤退中」

 

 アランが続ける。

 

「追手あり。車両二台」

 

 バオがカウンターの下から顔を出した。

 

「こっちには来ねえよな?」

 

 ポーが入口を見る。

 

「来るかもしれない」

 

 バオは絶望した。

 

「言うなよ!」

 

 張は男たちへ視線を戻した。

 

「どうやら、君たちの仲間は旧冷凍倉庫にもいたようだ」

 

 男の顔が青くなる。

 

 バラライカが言う。

 

「店の中で嘘をつくか。外で追手と合流するか。選べ」

 

 キャスパーが付け加えた。

 

「第三の選択肢として、ここで正直に話して生き残る可能性を買う、という手もある」

 

 男は唇を噛んだ。

 

 張は静かに言った。

 

「ロアナプラで嘘をつくなら、もう少し汚した方がいい。君たちの嘘は白すぎる」

 

 男はようやく、小さな声で言った。

 

「ブルー・カイトは殻です」

 

 ベニーが顔を上げる。

 

「本体は?」

 

「知らない。本当に知らない。俺たちは名前も知らない仲介人から命令を受けた。目的は、キャスパーのデータを一部抜くこと。それを三合会とホテル・モスクワの対立に見せかけること」

 

 バラライカが低く言う。

 

「誰が命じた」

 

「声だけです。顔は知らない。ただ、あの声は……」

 

 男は言い淀んだ。

 

 キャスパーが言う。

 

「続けて」

 

「武器商人の声でした」

 

 キャスパーの目が少しだけ細くなる。

 

「名前は?」

 

「わからない。ただ、こう呼ばれていました」

 

 男は震えながら言った。

 

「ミスター・グレイ」

 

 張は煙草に火をつけた。

 

 バラライカは無言で男を見た。

 

 キャスパーは少しだけ笑った。

 

「灰色の男か。趣味の悪い名前だ」

 

 ダッチが低く言う。

 

「知っているのか」

 

「噂だけならね」

 

「どんな噂だ」

 

 キャスパーはグラスを置いた。

 

「人の商売の境目を狙うブローカーだ。武器そのものより、取引の信用や保証を横から奪う。自分の旗を立てない。誰かの名前を使う。灰色のまま儲ける男」

 

 張が言う。

 

「ロアナプラの外の人間だね」

 

「ええ」

 

 バラライカは短く言った。

 

「なら、教えてやる必要がある」

 

 ダッチが聞く。

 

「何を」

 

 バラライカは冷たい声で答えた。

 

「この街の名を使う代金だ」

 

 その時、店の外で車の音が近づいた。

 

 レヴィたちが戻ってきた。

 

 同時に、追手の車両もその後ろから迫っていた。

 

 イエロー・フラッグの看板の下で、次の火花が散ろうとしていた。

 

 

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