Guns & Garlands — 銃と花輪   作:たこ焼き 龍月

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第二章 新田良太とココ・ヘクマティアル

 

 川沿いの中継基地は、基地というにはあまりにも頼りなく、ただの桟橋というには少しだけ物々しかった。木材と鉄板を継ぎ足した細長い足場。雨で黒ずんだ倉庫。簡易燃料タンク。古い無線塔。川からの荷を一度受け、そこから小型車両や人力で避難民キャンプへ運び込むための場所。地図で見れば、ただの中継点だ。だが、アラタ陣営にとっては、外から来るものを最初に疑うための喉元だった。

 新田良太は、桟橋の端に立っていた。

 彼の横にはジブリール。少し後ろにオマル。さらに倉庫側には数人の子どもたちが距離を取って立っている。彼らは銃を構えているわけではない。ただ、荷と人の流れを見る位置にいる。どの箱がどこへ置かれるか。誰が誰を見るか。大人たちがどんな顔で話すか。そういうものを、子どもたちはよく見ている。

 新田はそれを止めなかった。

 見て、考えることは必要だった。

 ただし、近づきすぎないようにだけ、視線で制した。

 川の向こうから、小型艇が近づいてくる。先頭がラグーン商会。後ろにHCLI。そのさらに向こうに、キャスパーの白い船が控えている。白い船は、この濁った川では不自然なほど目立った。善意の荷を積んでいるという話だったが、善意という言葉はこの水の色には浮きすぎている。

 最初に降りたのはダッチだった。

 彼は周囲を一度見渡し、地面の状態、倉庫、無線塔、子どもたちの位置、新田の立ち位置を順に見る。大げさな警戒はない。だが、見落としもない。

 次にレヴィが降りる。彼女は桟橋へ足を置くなり、顔をしかめた。

 

「湿気がひでえな」

 

 ロックが後ろから降りながら言った。

 

「第一声がそれですか」

 

「じゃあ何だよ。こんにちは、援助物資の皆さん、って言えばいいのか」

 

「せめて人に向けてください」

 

 レヴィは新田たちを見た。ジブリールと目が合う。ジブリールは怯えた顔をしなかった。ただ、じっと見返した。

 

「……目ぇ逸らさねえのか」

 

 ジブリールは答えない。

 

 新田が静かに言った。

 

「この子は、必要な時しか逸らしません」

 

 レヴィは少しだけ口の端を上げた。

 

「いい教育だな」

 

「教育ではありません」

 

「じゃあ何だよ」

 

「生き残った癖です」

 

 レヴィは一瞬だけ黙った。

 ロックはそのやり取りを横で聞きながら、新田良太を見た。写真や噂で想像していたより、柔らかい印象だった。軍人らしい圧は薄い。だが、視線はずっと動いている。子どもたち、荷、桟橋、HCLIの船、キャスパーの白い船、そしてココ。

 彼は、すでに盤面を見ていた。

 ココ・ヘクマティアルがHCLIの船から降りた。

 白い服。明るい表情。状況に似合わない軽さ。だが、その目は少しも軽くない。キャンプ側の道、放送塔、中継基地の倉庫、子どもたちの配置、新田の端末、ジブリールの立ち位置。その全部を一瞬で見ている。

 新田とココの視線がぶつかった。

 数秒、何も起きなかった。

 ただ、空気だけが薄く張る。

 ロックは、その間に立つ自分の役目を嫌というほど理解した。ここで言葉を間違えれば、銃声より先に思想がぶつかる。

 ココが先に口を開いた。

 

「新田良太?」

 

「そうです」

 

「ココ・ヘクマティアル」

 

「知っています」

 

「なら話が早いわ」

 

「早いかどうかは、話の内容によります」

 

 ココは少し笑った。

 

「警戒されているわね」

 

「あなたを警戒しない理由がありません」

 

「初対面なのに?」

 

「初対面だからです」

 

 レヴィが小さく笑う。

 

「いいねえ。白いお嬢様に遠慮がねえ」

 

 バルメがレヴィを見た。

 

「口を慎め」

 

「お前もな、デカい姉ちゃん」

 

 ダッチが短く言った。

 

「ここで始めるな」

 

 レームが静かに周囲を見ていた。マオは荷の方へ視線を向け、ワイリはもう放送設備らしき箱を見ている。ベニーはその横で、すでに嫌そうな顔をしていた。

 

「またスピーカーですか……」

 

 ワイリが明るく答える。

 

「今回は測量機材もあるよ」

 

「どちらも嫌です」

 

「声と地図だよ。面白いじゃない」

 

「面白くありません」

 

 新田はその会話を聞き、ワイリとベニーを見た。

 

「あなたたちが技術担当ですか」

 

 ベニーが答える。

 

「ラグーン商会のベニーです。技術担当というか、巻き込まれ担当というか」

 

 ワイリが手を上げる。

 

「HCLIのワイリ。声が線になるところを見に来た」

 

 新田の目が少し冷えた。

 

「見世物ではありません」

 

 ワイリはすぐに笑みを薄めた。

 

「そうだね。失礼」

 

 その謝り方には軽さがなかった。新田は少しだけ視線を戻す。

 ロックが前に出た。

 

「ラグーン商会のロックです。荷の件で来ました」

 

「あなたがロック」

 

「はい」

 

「荷を運んだんですか」

 

「一部は」

 

「知らなかった?」

 

 ロックは一瞬だけ黙った。

 ここで「知らなかった」と言えば、言い訳になる。

 知らなかったことは事実かもしれない。だが、運んだことも事実だ。

 

「知らなかった、では済まないと思っています」

 

 新田はロックを見た。

 逃げない目だ。

 責任を取れるかどうかは別として、少なくとも責任の存在から目を逸らしてはいない。

 ジブリールがロックに近づいた。新田は止めなかった。彼女が何を聞きたいのか、わかったからだ。

 

「あなたが、ロック?」

 

「はい」

 

「ココを止める人?」

 

 ロックは目を細めた。

 ココの横顔が少しだけ動く。

 バルメもジブリールを見る。

 

「止めたい人です」

 

 ジブリールは少し考えた。

 

「それじゃ足りない」

 

 ロックは黙った。

 その言葉は、彼にはもう馴染みすぎている。ヨナに言われた。赤い合唱の夜にも、自分で思った。見張るだけでは足りない。止めたいだけでは足りない。

 それを、この少女にも言われた。

 

「ええ」

 

 ロックは静かに言った。

 

「最近、そればかり言われます」

 

 ジブリールは首を傾げた。

 

「じゃあ、足すの?」

 

「そのつもりです」

 

「何を?」

 

 ロックは少しだけ困ったように笑った。

 

「まだ、考えています」

 

 ジブリールは彼をじっと見て、それから新田の横へ戻った。

 

 ココが小さく言った。

 

「ずいぶん鋭い子ね」

 

 新田は即座に返す。

 

「観測対象ではありません」

 

 ココは目を細めた。

 

「私は、そういう意味で言ったわけじゃない」

 

「あなたがそう思っていなくても、そう見える時があります」

 

 ロックは思わず新田を見た。

 この人は、最初からココの危険な部分を見ている。

 武器商人としての彼女ではない。世界を仕組みとして見てしまう彼女。救うために管理したくなる彼女。悪意ではなく、善意と合理性で危険なものへ近づく彼女。

 新田は、それを直感で見抜いていた。

 

 ココはしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。

 

「あなたは、私がこれを欲しがると思っている」

 

「はい」

 

「まだ何も見ていないのに?」

 

「見たら、もっと欲しがると思っています」

 

 レヴィが小さく口笛を吹いた。

 

「言うねえ」

 

 ココは笑わなかった。

 

「なぜ?」

 

 新田は答えた。

 

「あなたは、たくさん助けたい人に見えるからです」

 

 その言葉は、非難ではなかった。

 だからこそ鋭かった。

 ココの表情が少しだけ変わる。

 

「褒め言葉?」

 

「違います」

 

「では、警告?」

 

「それに近いです」

 

 新田はキャンプの方を見た。

 

「たくさん助ける仕組みは、たくさん動かす仕組みでもあります」

 

 ココは何も言わない。

 

「子どもたちを安全に逃がす地図は、子どもたちがどこへ逃げるかを知る地図でもあります。正しい声を届ける仕組みは、偽の声を本物に見せる仕組みにもなります」

 

 ロックは、ココが反論しないのを見た。

 反論できないのではない。

 理解している。

 理解しているから危険なのだ。

 

「あなたは、それをわかった上で欲しがる人に見えます」

 

 ココは静かに息を吐いた。

 

「初対面で、ずいぶんな評価ね」

 

「子どもたちが関わっています」

 

「それが理由?」

 

「十分です」

 

 バルメが一歩前に出ようとしたが、ココが手で制した。

 

「いいわ」

 

 ココは新田を見る。

 

「あなたは、子どもたちに声で地図を歩かせている」

 

 その場の空気が、少しだけ硬くなった。

 新田の目が細くなる。

 

「歩かせているんじゃない。帰すために声を出しているだけです」

 

「違いは大きい?」

 

「子どもたちにとっては」

 

 ココは黙った。

 ロックはその沈黙を覚えておこうと思った。

 ココが言葉に詰まる瞬間は少ない。その少ない瞬間には、たいてい本質がある。

 

     *

 

 荷の確認は、中継基地の倉庫で行われた。

 キャスパーの白い船から移された箱が、倉庫の床に並べられる。測量機材。教育放送設備。発電機。医療用冷却装置。教材端末。

 表向きは、どれも必要なものだった。

 キャンプの道は雨で崩れる。避難路を測る機材は必要だ。学校テントに音声教材を流す設備も必要だ。発電機も冷却装置も、診療所には欠かせない。

 必要なものだからこそ、紛れ込ませやすい。

 新田はそれを見て、改めて怒りを感じた。

 銃や兵器なら、まだわかりやすい。危険なものとして扱える。だがこれは違う。助けるためのものの顔をしている。善意の箱に入っている。子どもたちの生活に入り込む。

 庭師は、そういう入り口を選んだのだ。

 キャスパーは少し遅れて倉庫へ入ってきた。チェキータ、アラン、エドガー、ポーを連れている。

 白い服。白い笑顔。

 だが、今回はその笑顔にも少しだけ苦みが混ざっていた。

 

「新田良太。会えて光栄だよ」

 

 新田はキャスパーを見る。

 

「光栄に思う理由がありません」

 

「厳しいね」

 

「あなたの荷から、偽の声が流れました」

 

「まだ確定ではない」

 

 レヴィがすぐに割り込む。

 

「おい白い兄貴、そこから始めんのか?」

 

 チェキータがキャスパーを見る。

 

「ボス」

 

 キャスパーは両手を軽く上げた。

 

「わかった。言い方を変える。僕の荷が使われた可能性が高い」

 

 新田は言った。

 

「可能性ではなく、現実として子どもたちが動きかけました」

 

 キャスパーは黙った。

 

「あなたの荷に混ざった機材が、放送塔に接続され、僕の声に似た偽音声を流した。さらに、僕が出していない避難経路が外部端末に表示された」

 

 新田の声は静かだった。

 

「子どもたちは、僕の声だと思って動きかけました」

 

 キャスパーは視線を箱へ落とす。

 

「逃げ道に値段をつけるつもりはなかった」

 

 新田は即座に返した。

 

「つもりの話は、後で聞きます」

 

 チェキータが低く笑った。

 

「ボス、今日は相手が悪いわね」

 

 レヴィが言う。

 

「相手じゃなくて、お前らの荷が悪いんだよ」

 

 ポーが腕を組み、箱を見る。

 

「線が軽い」

 

 誰も何も言わない。

 

「子どもは重い」

 

 新田はポーを見た。

 この男は、さっきからほとんど喋っていない。だが、その短い言葉は妙に残る。

 キャスパーは少しだけ息を吐いた。

 

「その通りだね」

 

 アランが端末を開く。

 

「納入経路を共有します。教育放送設備は三つの団体を経由しています。表向きは教育支援ですが、その中の一つが最近設立されたばかりです。測量機材の中古業者は、オルフェウス・リンクの残党会社と役員名義が重なっています」

 

 ベニーが端末を操作しながら言う。

 

「こっちでも確認しました。名前は変えていますが、過去の赤い合唱関連の殻会社と接続があります」

 

 新田は聞いた。

 

「赤い合唱?」

 

 ロックが説明する。

 

「庭師側の前回の実験です。声で人を動かす仕組みを集めようとしていました。軍隊、街頭放送、噂、命令系統。ロアナプラで止めましたが、完全には終わっていません」

 

 ココが続ける。

 

「今回のこれは、その次です。声だけではなく、声を聞いた人間がどう動くかを見ている」

 

 ワイリが箱の一つを開ける。

 

「First Voice と Margin Map の接続。声が線になる仕組み」

 

 新田はその言葉を聞いて、端末に表示された文字を思い出した。

 

 FIRST MARGIN。

 

「First Margin」

 

 ベニーが頷く。

 

「そのタグが出ています」

 

「敵は、僕の指揮を見ている」

 

 新田は言った。

 

「あなたの指揮だけではないわ」

 

 ココが言う。

 

「ラグーン商会、HCLI、キャスパー、そしてアラタ陣営。全員が観測対象になっている」

 

「なぜ」

 

「声と地図に対して、それぞれ違う反応をするから」

 

 ココは箱を指した。

 

「あなたは、子どもたちを守るために声と地図を使う。ラグーン商会は、予測不能な動きで地図を崩す。HCLIは、仕組みとして価値を見る。キャスパーは、その仕組みを運んでしまった物流の線を持つ。敵にとっては、全部ほしい反応よ」

 

 新田はココを見る。

 

「あなたも、自分を観測対象に含めるんですか」

 

「もちろん」

 

「楽しそうですね」

 

 ココは微笑まなかった。

 

「楽しくはない。でも、興味はある」

 

「そこが危ない」

 

「でしょうね」

 

 ロックが二人の間に入るように言った。

 

「まず、現地に入っている機材を止める必要があります」

 

 ベニーが頷く。

 

「放送塔に入っている補助部品と、測量補助装置の一部ですね。直接触るより、同型機材で仕組みを見た方が安全です」

 

 ワイリが箱の中を覗き込む。

 

「ただし、実用部分には触りすぎない。敵に再接続されると面倒だから」

 

 新田は二人を見る。

 

「止められますか」

 

 ベニーは少し困った顔をした。

 

「止めたいです」

 

 レヴィが笑う。

 

「そいつもロックと同じで、言い方が弱えな」

 

 ワイリが答える。

 

「僕も止めたい。二人いれば、少しは強くなるかな」

 

 ベニーは横を見た。

 

「あなたと一緒なのは不安です」

 

「またまた」

 

「本当に不安です」

 

 ダッチが短く言う。

 

「やれることをやれ」

 

「はい」

 

 新田は端末を開き、キャンプの地図を表示した。

 中央に放送塔。北に学校テント。東に配給所。南に診療所。西に古い倉庫。川沿いに桟橋。

 その上に、まだ薄く赤い線が残っている。

 誰かが描いた、未来のようなもの。

 

「この線が、最初に出ました」

 

 ロックとココが画面を見る。

 ココの目が細くなる。

 

「これは、あなたの指示に近い?」

 

「近いです」

 

「どれくらい?」

 

「嫌になるくらい」

 

 新田は答えた。

 

「でも、完全ではありません」

 

 ココはすぐに反応した。

 

「どこが違うの?」

 

「子どもたちの迷い方が入っていない」

 

 新田は地図を指す。

 

「この線では、第一分隊は北側の道をすぐに進む。でも実際には、リクという子が途中で止まる。北側の道が嫌いだからです。前にそこで転んだ。それを見た別の子が振り返る。だから僕は、北側へ動かす前に、リクをジブリールの視界に入れる」

 

 ココは黙って聞いている。

 

「この線では、第二分隊が学校テントの裏へ綺麗に回る。でも実際には、小さい子が配給所の匂いに引っ張られる。朝食前なら特に。だから、ソフィアを配給所側に置く」

 

 新田は画面を閉じた。

 

「敵の地図は綺麗です。でも、人間がいない」

 

 ダッチが静かに言った。

 

「いい地図ほど、人間を忘れる」

 

 新田はダッチを見る。

 

「僕もそう思います」

 

 ココは小さく呟いた。

 

「でも、敵は学ぶ」

 

「ええ」

 

 新田は答えた。

 

「だから、見せすぎたと思っています」

 

 その瞬間、倉庫の古いスピーカーがノイズを出した。

 全員が反応する。

 ベニーが端末へ飛びつく。ワイリも同時に動く。

 だが、声はもう流れ始めていた。

 柔らかい声。

 新田の声に似ている。

 しかし、ほんの少しだけ違う。

 

『確認完了。第一分隊、移動開始』

 

 新田の表情が消えた。

 

『第二分隊は学校テント裏へ。ジブリール、誘導を』

 

 ジブリールが息を呑む。

 キャンプ側からざわめきが起きる。ここからでも、遠くの子どもたちが反応したのがわかった。

 新田は通信を掴んだ。

 大声ではない。

 しかし、その声は鋭かった。

 

「全員、動くな」

 

 ジブリールがすぐに続けた。

 

「隣を見る!」

 

 オマルが倉庫側から通信を入れる。

 

『第一分隊、半数が反応。停止指示を入れる』

 

 ソフィアの声も入った。

 

『第二分隊、学校テント側で止めてる。けど、今の声、前より似てた』

 

 ベニーが青ざめる。

 

「今の、倉庫のスピーカーとキャンプ側の放送塔が同時です。こっちの会話を拾って修正してる」

 

 ワイリが低く言った。

 

「声が速くなってる」

 

 ココは静かに言った。

 

「学習している」

 

 新田は彼女を見た。

 

「感心している場合じゃありません」

 

「していないわ」

 

「本当に?」

 

 ココは答えなかった。

 ロックはその沈黙を見た。

 危険だ。

 やはり、危険だ。

 敵の仕組みも危険だが、それを見てしまうココも危険だ。

 

 スピーカーから、今度は別の声が流れた。

 新田ではない。

 柔らかく、丁寧で、どこか先生のような声だった。

 

『観測対象、接続完了』

 

 レヴィが銃に手をかける。

 

「喋りやがった」

 

 声は続ける。

 

『声は線を生みます。線は集団を形にします』

 

 新田はスピーカーを見上げた。

 

『新田良太。あなたは、子どもたちを守っているのではない』

 

 短い間。

 

『とても美しく配置している』

 

 空気が凍った。

 ジブリールの顔が硬くなる。

 オマルの目が細くなる。

 ココは黙っている。

 ロックは新田を見る。

 新田良太は、怒鳴らなかった。

 ただ、静かに答えた。

 

「配置じゃない」

 

 声は柔らかく笑う。

 

『では、何ですか』

 

「帰すための道だ」

 

 声は少しだけ間を置いた。

 

『では、帰る道を私が先に描いたら』

 

 スピーカーのノイズが、少し甘くなる。

 

『あなたは何をしますか』

 

 新田は端末を見る。

 地図上に新しい線が描かれていく。

 第一分隊、第二分隊、ラグーン商会、HCLI、キャスパー、ジブリール、ロック、ココ。

 全員の未来が、線になって表示されている。

 新田はそれを見つめ、そして静かに地図を閉じた。

 

「線を疑う」

 

 ジブリールが彼の横に立つ。

 

「声も疑う」

 

 レヴィが口の端を上げる。

 

「地図に喧嘩売る時間だな」

 

 ココは新田を見る。

 

「あなたは、地図を閉じるのね」

 

「必要なら見ます」

 

「でも信じない」

 

「信じすぎない」

 

 ロックはその言葉を聞いた。

 この男は、地図を捨てるわけではない。声を捨てるわけでもない。

 使う。

 ただし、絶対にはしない。

 そこに余白を作る。

 庭師が欲しがるものを、庭師に渡さないために。

 

 スピーカーの声が最後に言った。

 

『よい余白です』

 

 新田は答えた。

 

「あなたの教材ではありません」

 

 声は途切れた。

 だが、倉庫の端末に一つの座標が表示される。

 キャンプ外れ。

 古い測量学校跡。

 

 ベニーが呟く。

 

「発信源……いや、誘導先かもしれません」

 

 ワイリが頷く。

 

「声と地図を見せたいんだろうね」

 

 レヴィが言う。

 

「じゃあ行くか」

 

 ダッチは短く答えた。

 

「ああ」

 

 新田は座標を見た。

 廃測量学校。

 かつて地図を作る者と通信士を育てた場所。

 学校であり、放送設備があり、測量塔がある。

 今回の敵にとって、これ以上ない舞台だった。

 

 ココが言った。

 

「廃測量学校へ」

 

 新田は彼女を見る。

 

「あなたは来ない方がいい」

 

「行くわ」

 

「欲しがるから?」

 

「止めるため」

 

「同じに見える時があります」

 

 ココは少しだけ笑った。

 

「あなた、容赦ないわね」

 

「子どもたちが関わっています」

 

 ロックが二人の間に入る。

 

「行きましょう。ただし、装置は誰か一人には渡しません」

 

 ココがロックを見る。

 

「見張るの?」

 

「足りなくても、見張ります」

 

 新田はロックを見た。

 

「なら、足りない分は僕も言います」

 

 ロックは小さく頷いた。

 

「お願いします」

 

 倉庫の外では、子どもたちがまだ二人組で立っていた。

 誰も完全には落ち着いていない。

 だが、誰も一人では走っていない。

 新田はその光景を見て、静かに息を吐いた。

 敵は声を持っている。

 地図も持っている。

 だが、まだ全ては持っていない。

 隣を見る力。

 声を疑う余白。

 線に従わない小さな判断。

 それは、まだ子どもたちの側にある。

 

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