Guns & Garlands — 銃と花輪   作:たこ焼き 龍月

42 / 42
第三章 キャスパーの逃げ道

 

 キャスパー・ヘクマティアルは、値段のつかないものを信用していなかった。

 それは、金がすべてだという意味ではない。むしろ逆だった。金で測れるものはまだ安全だ。銃も、弾も、船も、護衛も、積荷も、港湾使用料も、裏口の紹介料も、沈黙の代金も、すべて値段がつく。値段がつくものは、少なくとも交渉できる。高すぎるなら買わなければいい。安すぎるなら疑えばいい。

 だが、善意は違う。

 善意は値段が見えない。

 見えない値段ほど、高くつく。

 だからキャスパーは、善意を扱う時ほど慎重になる。慎重になるはずだった。

 けれど、その荷は白かった。

 教育放送設備。測量機材。発電機。医療用冷却装置。学校テント用教材。避難民キャンプに必要なものばかりだった。誰かがそれを運ばなければ、子どもたちは古い放送塔の割れた音を聞き続け、診療所は薬を冷やせず、雨で崩れた道を手探りで避けることになる。

 だから運んだ。

 いや、そう言えば聞こえはいい。

 実際には、運賃が発生した。契約があった。仲介者がいた。キャスパーは怪しい匂いを嗅ぎながら、それでも荷を止めなかった。

 その結果、子どもたちは偽のアラタの声で動きかけた。

 逃げ道が、誰かの地図にされた。

 中継基地の倉庫で、キャスパーは白い箱を見ていた。

 そこに並んでいるのは、自分の商売の結果だった。木箱、樹脂ケース、支援団体のロゴ、丁寧に貼られたラベル。どれも清潔に見える。中身の一部が汚されていると知っていても、外側だけは白い。

 その白さが、今はひどく不快だった。

 

「ボス」

 

 チェキータが横から言った。

 

「黙ってると、反省してるみたいに見えるわよ」

 

 キャスパーは少しだけ笑った。

 

「してないように見えるよりはいいかな」

 

「してるの?」

 

「半分くらい、と言ったら怒る?」

 

「怒るわね」

 

「じゃあ、やめておく」

 

 チェキータは腕を組んだ。

 彼女の視線は冷たい。普段ならキャスパーの軽口に乗るか、呆れて流すか、そのどちらかだ。だが今回は違う。子どもの避難路と、子どもに届く声。そこにキャスパーの荷が絡んでいる。彼女はそれを笑わなかった。

 

「今回は、半分知ってた、じゃ済まない」

 

「わかってる」

 

「本当に?」

 

「耳が痛いな」

 

「痛がるだけなら簡単よ」

 

 キャスパーは返事をしなかった。

 倉庫の向こうでは、ベニーとワイリが箱を開け、測量機材と放送設備の確認を続けている。レヴィは倉庫の入口近くで苛立ったように立ち、ダッチは外の桟橋と倉庫内を交互に見ている。ロックは新田と話している。ココは少し離れて、測量機材の箱を見下ろしていた。

 その目を見て、キャスパーは思う。

 妹は、欲しがっている。

 ただし、子どもたちを危険に晒すためではない。そこが厄介だった。ココは本気で世界を救いたがる。そして本気で、救うための仕組みを欲しがる。その仕組みが人間をどう縛るかまで理解した上で、それでも必要だと考えてしまう。

 キャスパーにとって、その危うさはよく見える。

 たぶん、自分も似たような顔をするからだ。

 

     *

 

 新田は、キャスパーの前に立った。

 彼の背後にはジブリールがいる。少し離れてオマル。ソフィアはキャンプ側と通信を繋ぎ、子どもたちの状態を確認している。

 新田は怒鳴らなかった。

 それが、キャスパーにはかえって重かった。

 

「キャスパー・ヘクマティアル」

 

「キャスパーでいいよ」

 

「では、キャスパー」

 

 新田は白い箱を指した。

 

「この荷の経路を、最初から説明してください」

 

「どの箱から?」

 

「全部です」

 

「時間がかかる」

 

「かけてください」

 

 キャスパーは新田を見る。

 冗談を挟む余地は少なかった。少なくとも、新田はそういう余地を与えないタイプに見える。彼は商人の軽口に怒るのではなく、ただ横に置く。そして必要な答えだけを要求する。

 キャスパーはアランへ視線を向けた。

 アランが端末を開き、倉庫中央の簡易テーブルに情報を表示する。輸送経路、支援団体、納入会社、仲介者、港湾通過記録、船積みされた日付、先行搬入された部品の一覧。

 ベニーが端末を覗き込む。

 

「この教育支援団体、設立が最近すぎます」

 

 アランが頷く。

 

「名義は綺麗ですが、資金の流れが薄いです。複数の小口寄付を装っていますが、実際には一つの経路に戻ります」

 

 ロックが聞く。

 

「庭師ですか」

 

「断定はできません。ただ、オルフェウス・リンクの残党会社と、過去に使った決済代行の名前が一部重なります」

 

 ワイリが測量機材のリストを見ながら言った。

 

「こっちの測量ユニットも同じだね。地形用としては普通に見える。でも、避難路の人の流れを記録するための余地がある。正しく使えば混雑回避。悪く使えば、逃げる人を読む地図」

 

 レヴィが吐き捨てる。

 

「言い方変えても最悪だな」

 

 新田はキャスパーから目を離さない。

 

「あなたは、この経路をどこまで見ていましたか」

 

「表側は全部」

 

「裏側は?」

 

「一部」

 

「一部とは?」

 

 キャスパーは少し黙った。

 レヴィが苛立ったように言う。

 

「出たぞ。商人の“一部”」

 

 チェキータが低く言う。

 

「ボス、ここで濁すと本当に撃たれるわよ」

 

 キャスパーは肩をすくめた。

 

「撃たれるより、信用を失う方が高い」

 

「もうだいぶ失ってるわ」

 

「手厳しい」

 

 新田は言った。

 

「信用の話ではありません」

 

 キャスパーは彼を見る。

 

「では?」

 

「子どもたちの逃げ道の話です」

 

 倉庫の空気が静かになった。

 

「あなたが見逃した“一部”で、子どもたちは動きかけた。僕の声に似た偽の声で。僕がまだ出していない避難経路で」

 

 新田は続けた。

 

「逃げ道に値段をつけるつもりはなかった、と言いましたね」

 

「言った」

 

「でも、値段がついたから運んだ」

 

 キャスパーは反論しなかった。

 

「善意の荷だと思った、とも言いました」

 

「言ったね」

 

「善意の荷でも、誰かの罠を運べば結果は同じです」

 

 それは、チェキータが言った言葉でもあった。

 キャスパーは、わずかに彼女を見た。

 チェキータは何も言わない。

 

「その通りだ」

 

 キャスパーは言った。

 

 レヴィが眉を上げる。

 

「素直じゃねえか」

 

「今回は、素直でいる方が安い」

 

「結局値段かよ」

 

「値段で済むうちはね」

 

 新田は言った。

 

「済みません」

 

 キャスパーの笑みが薄くなる。

 

「でしょうね」

 

     *

 

 倉庫の中央に、三つの箱が並べられた。

 一つ目は教育放送設備。

 二つ目は測量補助ユニット。

 三つ目は、医療用冷却装置の補助電源として登録されていた箱。

 ベニーとワイリが特に警戒しているのは三つ目だった。

 名目上は電源部品。だが、型番が合わない。重量も微妙に違う。中身を完全に分解するのは危険なので、外部から確認できる範囲で調べる。実用的な手順には触れず、構造の意図だけを探る。

 ベニーは眉間を押さえた。

 

「また嫌な作りです」

 

 ワイリが横から覗く。

 

「複数の機材に分けてるね。放送設備だけ見てもわからない。測量機材だけ見ても普通。電源補助だけ見ても怪しいけど決め手に欠ける。全部が繋がると、声と地図の実験パッケージになる」

 

「うれしそうに言わないでください」

 

「うれしくはないよ。興味深いだけ」

 

「同じに聞こえます」

 

 ロックが聞いた。

 

「つまり、現地に先行搬入された部品だけでも、偽放送と移動予測ができる?」

 

 ベニーは首を横に振った。

 

「完全には無理です。でも、試験ならできます。現地の放送塔に偽音声を流し、子どもたちがどう動くかを見て、簡易地図へ反映する。たぶん今朝のはそれです」

 

 ワイリが続ける。

 

「今回ここに残っている荷が、次の段階用。精度を上げるための部品かもしれない」

 

 ココが静かに言った。

 

「だから、私たちが来るのを待っていた」

 

 新田が彼女を見る。

 

「どういう意味ですか」

 

「教図係は、あなたの声と子どもたちの動きだけではなく、外部勢力の反応も見たがっている。HCLI、ラグーン商会、キャスパー。声と地図に対して、それぞれ違う判断をするから」

 

 ココは倉庫の壁に貼られたキャンプ地図を見た。

 

「あなたは守るために地図を使う。ラグーン商会は地図通りに動かない。キャスパーは地図を運ぶ。私は地図の価値を見る」

 

「価値を見る」

 

 新田は繰り返した。

 

「言い方を選びましたね」

 

 ココはわずかに笑う。

 

「選んだわ」

 

「本当は、欲しい?」

 

 ロックが反応する前に、新田が聞いた。

 倉庫内がまた静かになる。

 ココは、今回はすぐに答えなかった。

 ロックは彼女の横顔を見た。赤い合唱の時と同じだ。欲望を隠すことはできる。だが、ココはそれを完全には隠さない。隠さないから安全なのか、隠さないまま進むから危険なのか、ロックにはまだわからない。

 

「欲しいと思う部分はある」

 

 ココは言った。

 

 新田の表情は変わらない。

 

「子どもたちの逃げ道を?」

 

「子どもたちを危険から遠ざける仕組みを」

 

「同じものに聞こえます」

 

「使い方が違う」

 

「使う人間が違うだけでは?」

 

 ココは少し黙った。

 

「そうね」

 

 その認め方が、かえって怖かった。

 新田は続けた。

 

「これがあれば、避難民を安全に誘導できる。混乱を減らせる。危険地域から子どもを逃がせる。あなたはそう考えている」

 

「その通りよ」

 

「でも、これがあれば、子どもたちがどこへ逃げるかを先読みできる。逃げ道を塞げる。偽の声で集められる。あなたもそれを知っている」

 

「知ってる」

 

「知っている人ほど危ない」

 

 ココはロックを見た。

 

「同じことを言われたわね」

 

 ロックは答えた。

 

「はい」

 

「あなたもそう思う?」

 

「思います」

 

「二対一ね」

 

 レヴィが横から言う。

 

「俺も思うから三対一だ」

 

 ベニーが小さく手を上げる。

 

「僕も」

 

 ワイリも手を上げた。

 

「僕も危ないと思うよ。興味はあるけど」

 

 レヴィが怒る。

 

「お前は黙ってろ」

 

 ワイリは笑った。

 

 新田は言った。

 

「多数決の話ではありません」

 

「わかってる」

 

 ココは静かに答えた。

 

「でも、わかっていても必要な時がある」

 

 新田は彼女を見続ける。

 

「動かさなければ死ぬ子どももいる」

 

「はい」

 

「正しい地図がなければ、間違った道へ逃げる人もいる」

 

「はい」

 

「偽の声を止めるには、本物の声を届ける仕組みもいる」

 

「はい」

 

「だから、仕組みは必要よ」

 

 ココの声は冷たくなかった。

 本気だった。

 だからこそ、新田には許しがたかった。

 

「仕組みが必要なことと、誰かがそれを握ることは別です」

 

「では、誰が持つの?」

 

「誰か一人ではない」

 

「理想論ね」

 

「子どもたちの逃げ道を一人の理屈で決める方が、僕には恐ろしい」

 

 ココは黙った。

 ロックはその間に入った。

 

「今回は、装置の最低限の構造だけ確認します。記録は分割。HCLI単独、キャスパー単独、ラグーン商会単独では持たない。アラタ陣営にも共有する。使える形では残さない」

 

 キャスパーが言う。

 

「僕は?」

 

 レヴィが即答する。

 

「お前は請求書だけ持ってろ」

 

「ひどいな」

 

 チェキータが言う。

 

「妥当ね」

 

 キャスパーは肩をすくめた。

 

「味方がいない」

 

 新田はロックを見る。

 

「あなたが止める役ですか」

 

「止めたい役です」

 

「足りません」

 

「わかっています」

 

「では、足してください」

 

「そのつもりです」

 

 ジブリールが横から言った。

 

「私も見る」

 

 新田は少し驚いた。

 

「ジブリール」

 

「アラタの声を真似された。私たちの線を描かれた。だから、私も見る」

 

「危ない」

 

「見ない方が危ない時もあるって、アラタが言った」

 

 新田は何も言えなくなった。

 オマルが横で小さく息を吐く。

 

「言ったのか」

 

「言ったと思う」

 

「なら仕方ない」

 

 新田は困ったようにジブリールを見る。

 

「近づきすぎない」

 

「うん」

 

「一人で判断しない」

 

「うん」

 

「変だと思ったら、僕にも疑問を言う」

 

 ジブリールは少し笑った。

 

「アラタの声でも疑うから?」

 

「そう」

 

「わかった」

 

     *

 

 キャスパーは、倉庫の外へ出た。

 空気が湿っている。川の匂いと油の匂い、木材の腐った匂いが混ざっている。白い船は少し離れたところに停まっていた。川の色の中では、相変わらず不自然に白い。

 彼は手すりにもたれた。

 チェキータが少し後ろに来る。

 

「逃げた?」

 

「まさか」

 

「そう見えたわよ」

 

「空気を吸いに来ただけだ」

 

「倉庫の中よりはマシね」

 

 しばらく二人は黙っていた。

 遠くから子どもたちの声が聞こえる。偽の声ではない。本物の声。泣く声、笑う声、誰かを呼ぶ声。キャスパーはそれを聞いて、少しだけ目を細めた。

 

「子どもの声は高いね」

 

「値段の話?」

 

「違うよ」

 

「珍しい」

 

 キャスパーは笑った。

 

「信用がないな」

 

「今日は特に」

 

「逃げ道に値段をつけるつもりはなかった」

 

「何度も言うと、言い訳に聞こえるわ」

 

「言い訳だよ」

 

 チェキータはキャスパーを見る。

 

 彼は続けた。

 

「僕は、善意を信用していない。だから確認するべきだった。怪しい匂いがしたなら、止めるべきだった。あるいは、もっと早く開示するべきだった」

 

「なのに運んだ」

 

「必要な荷だった」

 

「それも言い訳ね」

 

「そうだね」

 

 キャスパーは川を見た。

 

「でも、本当に必要だった。発電機も、冷却装置も、放送設備も、測量機材も。キャンプには必要だった。全部止めれば、困る人間が出る」

 

「だから怪しいまま流した」

 

「そう」

 

「それで、もっと困る人間が出た」

 

「そうだ」

 

 キャスパーは静かに認めた。

 チェキータはしばらく黙っていた。

 

「ボス」

 

「何?」

 

「今回は、授業料じゃ済まないわよ」

 

「わかってる」

 

「なら、払うの?」

 

「払えるものならね」

 

 チェキータは溜息をついた。

 

「商人って、本当に面倒ね」

 

「猟犬より?」

 

「猟犬は、噛む相手がはっきりしてるもの」

 

「羨ましいね」

 

 キャスパーは白い船を見た。

 船の積荷は、まだ全部下ろしていない。残りの箱にも、何かが混ざっているかもしれない。善意の荷。必要な荷。汚れた荷。

 それをすべて運んだのは自分だった。

 

     *

 

 倉庫内では、ベニーとワイリの確認が進んでいた。

 実用的な操作には踏み込まず、どの箱がどの役割を持つかだけを見ていく。

 教育放送設備は声。

 測量ユニットは線。

 電源補助箱は接続。

 教材端末は、反応の記録。

 個別に見れば支援物資。

 組み合わせれば、First Margin の実験装置。

 ベニーは額を押さえた。

 

「最悪です。善意のふりがうますぎる」

 

 ワイリが頷く。

 

「本当に善意の部分もあるからね」

 

「それが一番嫌です」

 

 ロックが聞く。

 

「現地に入った部品を止めるには?」

 

「放送塔側と測量補助側、両方を切り離す必要があります。ただ、敵はすでにこちらの反応を見ています。僕たちが直接向かえば、それも地図に描かれる」

 

 新田が言った。

 

「だから、地図通りに行かない」

 

 ベニーは困った顔をする。

 

「そう言われると、技術的には何も言えないんですが」

 

 レヴィが笑う。

 

「地図がムカつくなら、地図通りに歩くな」

 

 ジブリールがその言葉を聞く。

 

「地図通りに歩かない」

 

 レヴィは少しだけ焦ったように言う。

 

「真似すんな。俺の言葉は教育に悪い」

 

 ジブリールは首を傾げる。

 

「でも、今のはいいと思った」

 

「やめろ。調子狂う」

 

 新田は少しだけ表情を緩めた。

 だが、すぐに端末へ目を戻す。

 廃測量学校の座標。

 教図係が示した場所。

 行くしかない。

 だが、誘導されているのは明らかだった。

 

「敵は、僕たちを廃測量学校へ来させたい」

 

 ロックが頷く。

 

「でしょうね」

 

「なら、行く前にキャンプ側を安定させます」

 

「子どもたちを移動させますか」

 

「いいえ」

 

 新田は地図を閉じた。

 

「動かさない準備をします」

 

 ココが言う。

 

「動かさない準備?」

 

「偽の声が来ても、すぐには動かない状態にする。二人組確認。近くの大人への確認。分隊単位ではなく、小さな組ごとの停止手順」

 

「効率が悪い」

 

「だから読まれにくい」

 

 ココは黙った。

 新田は彼女を見る。

 

「あなたなら、効率のいい避難路を作る」

 

「作るわ」

 

「それはたぶん、多くを助ける」

 

「ええ」

 

「でも、敵も読みやすい」

 

 ココは少しだけ目を伏せた。

 

「そうね」

 

「僕は、今回は綺麗な線を捨てます」

 

 ロックは言った。

 

「子どもたちに余白を渡すんですね」

 

 新田は頷いた。

 

「はい」

 

 その時、倉庫の外から短い警告音が鳴った。

 ソフィアからの通信。

 

『キャンプ側でまた偽放送の兆候。まだ音声は出てない。でも、放送塔が一瞬反応した』

 

 新田はすぐに答える。

 

「全分隊、確認手順へ。走らせないで」

 

『了解』

 

 ジブリールが新田を見る。

 

「私、戻る」

 

「一人では行かない」

 

「オマルと行く」

 

 オマルは頷いた。

 

「行こう」

 

 レヴィが言った。

 

「俺も行く」

 

 新田が彼女を見る。

 

「なぜ」

 

「ガキの声で遊んでる奴がいるんだろ。ムカつく」

 

「子どもたちを怖がらせないでください」

 

「努力する」

 

 ロックが言う。

 

「努力で足りますかね」

 

「うるせえ」

 

 ジブリールはレヴィを見た。

 

「怖い顔しないで」

 

「元からだ」

 

「じゃあ、少し下を向いて」

 

「命令すんな」

 

 レヴィはそう言いながら、少しだけ顔を逸らした。

 ジブリールはそれを見て、小さく頷いた。

 

「じゃあ行く」

 

 新田はその背中を見送る。

 地図上では、ジブリールとオマル、レヴィの点がキャンプ側へ動き始める。

 その瞬間、外部端末に赤い線が走った。

 敵が彼女たちの移動を予測している。

 新田はすぐに通信を入れた。

 

「ジブリール。線が出た」

 

『どっち?』

 

「最短で学校テントへ向かう線」

 

『じゃあ、行かない』

 

「どうする?」

 

『泣いてる子のところへ行く』

 

 新田は一瞬だけ黙った。

 画面上の赤い線が乱れる。

 ジブリールの点が、予定外の方向へ曲がる。

 レヴィの点もそれに合わせて動く。

 オマルは少し遅れて、全体を支える位置へ回る。

 ココがそれを見て、静かに言った。

 

「地図が乱れた」

 

 新田は答えた。

 

「子どもは、線じゃないので」

 

 ロックはその言葉を聞き、キャンプ側を見た。

 ジブリールは泣いている子のところへ向かった。レヴィは文句を言いながらも、その少し後ろを守るように歩いている。

 地図には描きにくい動き。

 効率は悪い。

 だが、その悪さが子どもを守ることもある。

 

     *

 

 夕方が近づき、廃測量学校へ向かう準備が始まった。

 新田はアラタ陣営の一部だけを連れて行くことにした。子どもたち全員を動かす必要はない。むしろ、動かせば敵の地図に多くの線を渡す。

 同行するのは、新田、ジブリール、オマル。

 ラグーン商会からはロック、レヴィ、ベニー、ダッチ。

 HCLIからはココ、バルメ、ワイリ、レーム、マオ。

 キャスパーは同行を申し出た。チェキータも当然ついてくる。

 新田はキャスパーに言った。

 

「あなたは来なくてもいい」

 

「僕の荷だ」

 

「危険です」

 

「それも含めて、僕の荷だ」

 

「責任を取りたい?」

 

 キャスパーは少し笑った。

 

「責任という言葉は高いね」

 

「では、何ですか」

 

「確認したい。自分が何を運んだのか」

 

 新田はしばらく彼を見る。

 商人の言葉だ。

 だが、今回はそれで十分かもしれない。

 

「来るなら、子どもたちの近くで勝手に判断しないでください」

 

「わかった」

 

「装置に価値を見ても、持ち帰ろうとしないでください」

 

「厳しいな」

 

「必要です」

 

 チェキータが横で言う。

 

「守れる?」

 

 キャスパーは彼女を見る。

 

「君が見張るんだろう」

 

「もちろん」

 

「なら守れる」

 

 チェキータは呆れた顔をした。

 

 ココが新田に言う。

 

「私にも同じことを言う?」

 

「言います」

 

「どうぞ」

 

「装置に価値を見ても、子どもたちには触れないでください」

 

 ココは静かに息を吐いた。

 

「ええ」

 

「欲しくなったら、ロックさんに言ってください」

 

 ロックが驚く。

 

「俺に?」

 

「あなたが見張るんでしょう」

 

「はい」

 

「なら、言わせてください」

 

 ココはロックを見た。

 

「仕事が増えたわね」

 

「元から多いです」

 

 新田は続けた。

 

「あなたは、助けるために欲しがる。だから危ない」

 

 ココは黙った。

 バルメがわずかに動く。

 だが、ココは手で制した。

 

「わかってる」

 

「わかっている人ほど危ない」

 

「二回目ね」

 

「何度でも言います」

 

 ロックは小さく呟いた。

 

「俺も言われ続けています」

 

 新田は彼を見る。

 

「足りないので」

 

「はい」

 

 レヴィがうんざりしたように言った。

 

「お前ら、真面目な会話が重すぎんだよ」

 

 ジブリールがレヴィを見る。

 

「じゃあ、軽くして」

 

「俺に頼むな」

 

「できない?」

 

「できるけど、教育に悪い」

 

「じゃあ、やめて」

 

「お前、遠慮ねえな」

 

 ジブリールは少しだけ笑った。

 それを見て、レヴィは舌打ちする。

 

「笑うな。調子狂う」

 

 新田はその様子を見て、少しだけ安心した。

 ジブリールが笑えるなら、まだ余白は残っている。

 

     *

 

 出発直前、ベニーの端末に新しい信号が入った。

 

「またタグです」

 

 ロックが聞く。

 

「内容は?」

 

 ベニーは画面を読み上げる。

 

「SUBJECT GROUP UPDATED。LAGOON、HCLI、CASPER、ARATA CELL」

 

 新田が反応する。

 

「アラタ陣営ではなく、アラタセル?」

 

 ワイリが言う。

 

「敵側の分類名だね。子供使い陣営、というより、観測対象としての小集団」

 

 レヴィが顔をしかめる。

 

「子供使いって言い方、ムカつくな」

 

 新田は静かに言った。

 

「敵がそう呼ぶなら、敵の言葉です」

 

 ココが言う。

 

「教図係は、あなたを“子供使い”として見ている」

 

「知っています」

 

「怒らないの?」

 

「怒っています」

 

 新田の声は平坦だった。

 

「でも、怒りで動くと、地図に描かれます」

 

 ココは少しだけ黙った。

 ロックは、その言葉を覚えた。

 怒りで動けば、敵の線になる。

 恐怖で動いても、敵の線になる。

 善意で動いても、敵の線になる。

 なら、何で動けばいいのか。

 おそらく答えは一つではない。

 だから、余白が必要なのだ。

 

 ベニーが続ける。

 

「もう一行あります」

 

 彼は少し嫌そうに画面を見る。

 

「WELCOME TO FIRST MARGIN / STAGE: SURVEY SCHOOL」

 

 廃測量学校が、次の舞台。

 声と地図を見せるための場所。

 新田は端末を閉じた。

 

「行きましょう」

 

 ココが聞く。

 

「地図は見ないの?」

 

「見ます」

 

「でも信じない」

 

「はい」

 

 ロックが言った。

 

「声も聞く」

 

 ジブリールが続けた。

 

「でも、すぐには信じない」

 

 レヴィが銃を軽く叩く。

 

「で、ムカつく奴がいたら?」

 

 新田が即座に言う。

 

「子どもたちの近くでは撃たない」

 

「わかってるよ」

 

 ダッチが短く言った。

 

「行くぞ」

 

 川沿いの道の向こうに、廃測量学校へ続く古い道がある。

 地図には一本の線として描かれている。

 だが、その線の上を、彼らはそのまま歩かない。

 新田は先頭に立たず、少し横へずれた。

 ジブリールは隣の子のいない場所で、自分の足元を見る。

 ロックはココを見張り、ココはそれを知りながら前を見る。

 キャスパーは白い服のまま、汚れた道へ足を踏み出す。

 レヴィは文句を言い、ダッチは黙り、ベニーは嫌そうに端末を抱え、ワイリは楽しそうに測量塔の方を見ている。

 そして、どこかで教図係が見ている。

 声が線になるところを。

 線が乱れるところを。

 新田は静かに呟いた。

 

「見ていろ」

 

 それは挑発ではなかった。

 見られているなら、見せるものを選ぶ。

 敵が地図を描くなら、描けない余白を残す。

 それが、アラタ陣営の最初の反撃だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

JORMUNGAND:マージナル・チルドレン(作者:たこ焼き 龍月)(原作:ヨルムンガンド)

武器を売る少女は、世界を変えようとした。▼子供を使う青年は、子供を救おうとした。▼二人が出会ったとき、戦場は一つの問いを突きつける。▼――正しい大人など、この世界にいるのか。▼『ヨルムンガンド』×『マージナル・オペレーション』


総合評価:24/評価:-.--/連載:5話/更新日時:2026年07月15日(水) 18:42 小説情報

異世界食堂 二軒目!(作者:電動ガン)(原作:異世界食堂)

7日に1度、世界に現れる洋食のねこやの扉・・・▼だが!世界にはまだあった!!!▼ねこやの扉が現れるドヨウの日とは別に、スイヨウの日に現れた扉▼その扉は定食屋ふたばの扉であった。


総合評価:4514/評価:8.42/連載:59話/更新日時:2026年07月16日(木) 08:29 小説情報

魔法科世界の術式蒐集者(作者:パラレル・ゲーマー)(原作:魔法科高校の劣等生)

魔法が技術として体系化された世界――『魔法科高校の劣等生』の世界に転生した主人公・水瀬悠。▼彼が持つ固有魔法は《万象術式目録/アカシック・ライブラリ》。▼一度でも発動を直接観測した魔法式を完全複写し、精神領域内の目録へ永久保存するチート能力。▼しかも、魔法式を登録するたびにサイオン量、干渉力、演算速度、並列処理能力まで成長していく。▼強い。どう考えても強い。…


総合評価:7864/評価:8.27/連載:14話/更新日時:2026年06月02日(火) 19:37 小説情報

ブレイザー・ヴィリー(作者:ヤン・デ・レェ)(原作:BLACK LAGOON)

ひょんなことから『BLACK LAGOON』の世界に転生した男が、危険な女性たちと出逢い関係性を深めながら、悪党としても栄達する話。▼*pixiv様にも同時投稿しております。▼*pixivでリクエストを頂いて、現在進行形で執筆している二次創作です。主人公の名前、背景、外見などについては、リクエスト主様にご提出いただいた設定に基づいております。


総合評価:8929/評価:8.46/完結:9話/更新日時:2026年06月18日(木) 00:00 小説情報

魔法科高校の熱を愛する者(作者:パクチーダンス)(原作:魔法科高校の劣等生)

呪術廻戦の秤金次っぽいオリ主を登場させました。


総合評価:4279/評価:8.28/連載:17話/更新日時:2026年05月22日(金) 20:30 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>