Guns & Garlands — 銃と花輪   作:たこ焼き 龍月

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第五章 引き金と次の空

 

 

 ロアナプラの港湾地帯は、昼間だというのに夜のようだった。

 

 煙が空を覆っている。

 燃えた車両の黒い煙。撃ち抜かれた配電盤から上がる白い煙。倉庫街の奥で誰かが焚いた陽動の煙幕。海から吹く湿った風が、それらをまとめて街の上へ押し流していた。

 

 太陽はある。

 だが、その光は港の鉄骨と煙に裂かれ、地面に届くころには鈍く濁っていた。

 コンテナが積み上がる一帯。

 古い港湾クレーン。

 錆びたレール。

 崩れかけた倉庫。

 

 そして、PMCの残存部隊が守る指揮車両。

 ロアナプラの街は、そこへ向かって少しずつ圧力をかけていた。

 ホテル・モスクワは北側から。

 三合会は東側の道路を塞ぎ。

 暴力教会は西側の抜け道に武器と情報を流しながら、逃げようとする連中の足を止めている。

 そしてラグーン商会とココ・ヘクマティアルの部隊は、南側のコンテナ群を抜けていた。

 レヴィは歩きながら銃を回し、唇の端で笑っている。

 

「なあ、ロック」

「何だ」

「最終決戦って感じだな」

「そういう言い方をすると、だいたいろくなことにならない」

「じゃあ何て言えばいい」

「港湾地区における敵指揮系統の制圧作戦」

 

 レヴィは心底嫌そうな顔をした。

 

「お前、それ本気で言ってんのか?」

「かなり本気だ」

「つまんねえ。お前の言葉は時々、役所の壁みたいになる」

「銃撃戦を格好良く言い換えても、弾は軽くならない」

「格好良さは大事だろ。どうせ撃つなら、気分よく撃ちたい」

 

 横を歩くバルメが低く言った。

 

「気分で撃たないで」

 

 レヴィはそちらを見る。

 

「まだ言うか、優等生」

「あなたがまだやるから」

「俺は気分だけで撃ってるわけじゃねえ」

「そうなの?」

「半分は勘だ」

「もっと悪い」

「おい、半分って言ったぞ。お前まで感染したな」

 

 バルメは一瞬だけ黙り、顔をしかめた。

 

「……不覚」

 

 レヴィは腹を抱えて笑いそうになった。

 

「今の顔、最高だったぜ」

「忘れて」

「嫌だね。一生覚えとく」

「一生が今日で終わらなければいいけど」

「縁起でもねえな」

「現実的と言って」

 

 その後ろで、ルツが静かにスコープを覗いていた。

 

「二人とも声を落とせ。敵が近い」

 

 レヴィは振り向かずに言う。

 

「お前、いつも冷静だな」

「冷静にしていないと、誰かが勝手に前に出る」

「誰のことだ?」

「心当たりがないなら重症だ」

 

 マオが荷物を担ぎながら、ため息をついた。

 

「このチーム、戦闘前の会話だけ聞いてると遠足みたいだな」

 

 ベニーが端末を抱えたまま言う。

 

「遠足でこんなに弾薬持っていく学校があったら、即閉校だよ」

 

 ワイリが明るく言う。

 

「でも、爆薬を使う校外学習って面白そうだよね」

「やめろ。教育委員会が泣く」

 

 ココはそのやり取りを聞きながら、港の奥を見ていた。

 彼女の手には、地下通信室から抜き出した記憶媒体がある。

 花輪の断片。

 敵の計画。

 未来の火種。

 彼女はそれを握りしめている。

 ロックは、その手を見ていた。

 ココは気づく。

 

「何?」

「いえ」

「言いたいことがある顔」

「あります」

「今聞く?」

「聞きますか」

「半分くらい」

 

 レヴィが前から叫んだ。

 

「それ禁止だっつってんだろ!」

 

 ココは楽しそうに笑う。

 

「流行語になりそうね」

 

 ロックは笑わなかった。

 

「あなたは、そのデータをどうするつもりですか」

 

 ココの笑みが少しだけ静かになる。

 

「今ここで?」

「今ここだからです」

「撃たれるかもしれない場所でする話?」

「撃たれない場所で、あなたは本当のことを話さない気がします」

 

 ココはしばらくロックを見た。

 

「あなた、本当にいいチェス相手ね」

「その言い方で逃げないでください」

「逃げてないわ。褒めてる」

「答えは?」

 

 ココは港湾クレーンの方を見る。

 

 その先に、敵がいる。

 指揮車両。

 PMCの司令官。

 そして、おそらく花輪の最後の制御端末。

 

「使えるものなら、使う」

 

 ロックは眉を寄せた。

 ココは続ける。

 

「壊すべきものなら、壊す。隠すべきものなら、隠す。売るべきものなら、売る」

「売る?」

「武器商人だもの」

「人が死にます」

「何もしなくても死ぬわ」

「それは答えになっていない」

「ええ。答えにしたくないから」

 

 ロックは口を閉じた。

 ココは珍しく、笑っていなかった。

 

「ロック。私は、綺麗な答えを持ってない。あなたが欲しがるような、“これは世界を救うためです”なんて言葉は言えない。言ったら嘘になる」

「では、なぜ進むんです」

「ここで止まると、もっと嫌な人間がそれを持つから」

「あなたより?」

「私より」

 

 ロックは黙った。

 

「私は危険。でも、少なくとも自分が危険だと知っている」

「それで十分だと?」

「十分じゃない。だから仲間がいる」

 

 ココは前を歩くバルメ、レーム、ルツ、ワイリ、マオ、そしてベニーを見る。

 

「私が間違えたら、彼らが止める。止められなければ、あなたが見てる」

「俺にそんな役目を押しつけないでください」

「押しつけてないわ。見てる人には、見てしまった責任がある」

 

 ロックは少しだけ笑った。

 

「ひどい理屈です」

「よく言われる」

 

     *

 

 港湾クレーンの周辺には、PMCの最後の防衛線が敷かれていた。

 大型の指揮車両。

 移動式通信ユニット。

 周囲を守る武装兵。

 コンテナの隙間に配置された射手。

 そして、海側には高速艇が二隻。

 

 逃走用か、あるいはデータを外へ運ぶためのものか。

 ルツはスコープを覗きながら言った。

 

「指揮車両の上にアンテナ。あれが制御端末だな」

 

 ベニーが端末を見て頷く。

 

「間違いない。花輪の残りの制御信号が、あそこから出てる。地下ノードを失っても、まだ周辺通信に干渉してる」

 

 ナタワットが震える声で言う。

 

「完全な花輪ではない。だが、十分危険だ。あれを使えば、港の部隊を誤誘導できる。三合会とホテル・モスクワをぶつけることもできる」

 

 レヴィが鼻で笑う。

 

「させるかよ」

 

 ダッチが地図を見る。

 

「正面から突っ込めば蜂の巣だ」

 

 レヴィが口を開く。

 

「俺は――」

「言うな」

 

 ダッチが遮る。

 

「まだ何も言ってねえ」

「言う前からわかる」

 

 バルメが静かに言う。

 

「敵の注意を割る必要がある」

 

 レームが頷く。

 

「ホテル・モスクワと三合会が外側を押している。こちらが内側から混乱を作れば、指揮車両まで届く」

 

 ワイリが手を上げる。

 

「混乱なら得意」

 

 ベニーが即座に言う。

 

「爆発以外で」

 

 ワイリは真剣に考えた。

 

「煙?」

「それもだいたい爆発の親戚だよね」

「親戚だけど、優しい親戚」

「親戚に優しいも怖いもない」

 

 ロックは敵の配置を見ていた。

 コンテナの列。

 無線アンテナ。

 港湾クレーン。

 敵の車両。

 そして、PMCの兵士たちの動き。

 彼らは整然としている。

 

 だが、整然としすぎている。

 ロックは言った。

 

「偽の無線誘導を使えませんか」

 

 全員が彼を見る。

 ベニーが眉をひそめる。

 

「偽の無線?」

「花輪は、通信を拾って、偽装して、誘導するためのシステムですよね」

「そうだけど」

「なら、逆に利用する。敵は花輪の制御信号を信用している。こちらがそれに似せた偽の命令を流せれば、敵部隊を動かせるかもしれない」

 

 ナタワットがすぐに首を振った。

 

「無理だ。認証が違う」

 

 ベニーが考え込む。

 

「完全な命令は無理。でも、ノイズとして混ぜることはできるかもしれない」

 

 ナタワットが見る。

 

「ノイズ?」

「そう。命令文じゃなく、位置情報の揺らぎ。敵端末に“味方識別がズレている”ように見せる。こっちが敵を動かすんじゃなくて、敵自身に疑わせる」

 

 ロックが頷く。

 

「部隊が一瞬止まればいい」

 

 ココが微笑む。

 

「その隙に、誰かが突っ込む」

 

 レヴィが笑った。

 

「ようやく俺の出番だな」

 

 バルメが即座に言う。

 

「あなた一人では行かせない」

「何だ、ついてくるのか?」

「ココのため」

「素直じゃねえな。俺と一緒に暴れたいって言えよ」

「絶対に違う」

「半分くらいは?」

「ゼロ」

「言い切ったな」

 

 ルツが言った。

 

「俺が上を押さえる。指揮車両のアンテナ周りを狙う」

 

 レームが頷く。

 

「では私は外側の圧力を調整します。ホテル・モスクワ側へ合図を」

 

 ダッチが低く言う。

 

「合図?」

 

 レームは少し笑った。

 

「バラライカなら、こちらの動きくらい見ているでしょう。必要なのは、始めるタイミングだけです」

 

 その時、ココの携帯端末が鳴った。

 表示はない。

 ココは少し笑って出た。

 

「もしもし」

『ずいぶん楽しそうだな、ヘクマティアル』

 

 バラライカの声だった。

 周囲が静かになる。

 ココは明るく言った。

 

「見てた?」

『見せているのだろう』

「話が早いわね」

『私は無駄話が嫌いだ』

「でも電話してきた」

『お前たちが動くなら、こちらも合わせる。港湾クレーン周辺の敵を挟む。だが、花輪の端末は破壊する。持ち出そうとすれば、お前も敵だ』

 

 ココは笑みを深くした。

 

「怖い」

『怖がっていない声だ』

「少しは怖がってる」

『嘘が下手だな』

「よく言われる」

 

 バラライカは冷たく言った。

 

『データも含めて、この街を実験場にした連中の手へ戻すな』

「それは同意」

『お前の手に残すことにも同意していない』

「交渉の余地は?」

『結果次第だ』

 

 ココは少しだけ黙った。

 

「了解」

『合図は?』

 

 ココはワイリを見た。

 ワイリは嬉しそうに親指を立てる。

 

「煙、三つ」

『派手すぎるものは撃つ』

「努力するわ」

『努力ではなく、成功しろ』

 

 通信は切れた。

 レヴィが口笛を吹く。

 

「怖い女同士の電話ってのは、聞いてるだけで胃に来るな」

 

 ベニーが力なく言う。

 

「僕は今日、胃が何回も死んでる」

 

 ダッチがまとめる。

 

「やるぞ。ベニー、博士、偽信号。ロック、お前が文面を見るんだな」

「文面というより、誘導の筋を組みます」

「十分だ。レヴィ、バルメ、前へ。ルツは上。レーム、ホテル・モスクワと合わせろ。ワイリ、煙三つ。壊すな」

 

 ワイリが微笑む。

 

「煙だけ」

 

 ベニーが念を押す。

 

「本当に煙だけ?」

「煙が出る過程で少し音がするかも」

「それを世間では爆発と言うんだ!」

 

     *

 

 最初の煙が上がった。

 

 コンテナの陰から白い煙が噴き出す。

 次に、二つ目。

 そして三つ目。

 港湾クレーンの周辺で、PMCの部隊が一斉に反応した。

 同時に、北側からホテル・モスクワの火線が伸びる。

 

 それは乱射ではない。

 必要な場所に、必要なだけ撃つ。

 敵を倒すより、動かすための射撃。

 

 バラライカの部隊は、PMCを指揮車両側へ押し込めていった。

 東側では三合会の車両が道路を塞ぎ、逃走用のルートを潰す。

 張は遠くの建物の屋上から、双眼鏡で状況を見ていた。

 隣の部下が言う。

 

「介入しすぎでは?」

 

 張は穏やかに答える。

 

「この街で店を開くには、店先を掃除する必要がある」

「掃除、ですか」

「今日は少し大がかりだがね」

 

 一方、コンテナの陰では、ベニーとナタワットが必死に端末を操作していた。

 ロックは横で敵の配置を見ながら、短く指示を出す。

 

「右側の部隊に、港湾クレーン西側へ移動するような偽の味方識別を混ぜられますか」

 

 ベニーが叫ぶ。

 

「命令じゃなくて、誤認を誘うだけならできる!」

 

 ナタワットがキーボードを叩く。

 

「だが長くは持たない。敵の指揮官が気づく」

「一分でいい」

 

 ロックは敵指揮車両を見る。

 

「一分あれば、あの二人なら届きます」

 

 ベニーはレヴィとバルメの背中をちらりと見た。

 

「僕はその信頼が怖いよ」

 

 ロックは静かに言った。

 

「俺も怖い」

 

 その時、敵の一部隊が動きを止めた。

 彼らの端末に、味方識別の矛盾が出たのだ。

 味方が敵に見える。

 敵が味方に見える。

 命令は正しいが、位置情報が違う。

 プロであるほど、一瞬確認を求める。

 その一瞬が、ロアナプラでは命取りになる。

 レヴィが走った。

 

「行くぞ、デカ女!」

 

 バルメも同時に走る。

 

「名前で呼んで」

「じゃあ、バルメ!」

「今さら素直!」

「うるせえ!」

 

 二人はコンテナの隙間を抜けた。

 レヴィは低く、速く、荒く。

 バルメは正確に、無駄なく、静かに。

 敵が気づいた時には、すでに近すぎた。

 レヴィが笑いながら撃つ。

 

「おら、こっちだ!」

 

 バルメが反対側から射線を潰す。

 

「前に出すぎ!」

「出なきゃ当たんねえ!」

「当てられる距離まで待って!」

「待つのは嫌いだ!」

「知ってる!」

 

 ルツの狙撃が、指揮車両の上部アンテナを狙った。

 

 一発。

 金属片が飛ぶ。

 通信出力が乱れる。

 ベニーが叫ぶ。

 

「今ので敵の統制が落ちた!」

 

 ロックが言う。

 

「もう一度、偽の撤退指示を」

 

 ナタワットが首を振る。

 

「それは無理だ。認証が足りない」

「命令ではなく、救援要請に見せる」

「救援?」

「指揮車両の反対側で味方が孤立しているように見せる。敵は部隊を割くはずです」

 

 ベニーが素早く打つ。

 

「それならいける!」

 

 ナタワットがロックを見る。

 

「君は、商社マンではなかったのか」

 

 ロックは画面から目を離さずに答えた。

 

「今はロアナプラの運び屋です」

「厄介な職業だ」

「ええ。最近よくわかりました」

 

 偽の救援信号が流れる。

 PMCの一隊が指揮車両から離れた。

 道が開く。

 レヴィとバルメが、そこへ飛び込む。

 

     *

 

 PMCの指揮官は、指揮車両の中で状況を見ていた。

 彼の名はグラント。

 かつて軍にいた。

 今は企業に雇われている。

 

 彼にとって戦場とは、管理するものだった。

 人員、弾薬、通信、地形、損耗率、撤退経路。

 混乱も、数値化できるものだと思っていた。

 だがロアナプラは違った。

 ホテル・モスクワは、軍隊の顔をした亡霊のように動く。

 三合会は、商売人の顔をした蛇のように道を塞ぐ。

 暴力教会は、祈りの顔をした闇市のように情報を売る。

 そしてラグーン商会は、規格外だった。

 特に、二挺拳銃の女。

 グラントはモニターを睨む。

 

「通信補正はどうした」

 

 オペレーターが叫ぶ。

 

「花輪ノードからの出力が不安定です。味方識別にノイズ。偽信号の可能性があります」

「排除しろ」

「できません。信号が内部プロトコルに似ています」

「似ている?」

「完全ではありません。しかし、システムが一部を正規ノイズとして扱っています」

 

 グラントは歯を食いしばった。

 

「ヘクマティアルか」

 

 その時、車両の外で銃声が近づいた。

 護衛が叫ぶ。

 

「接近! 二名!」

「二名?」

 

 グラントは一瞬、理解できなかった。

 二名で指揮車両へ突っ込むなど、まともな戦術ではない。

 だが、ロアナプラではまともであることが弱点になる。

 車両の扉が衝撃で揺れた。

 続いて、外から女の声。

 

「開けろ! 宅配便だ!」

 

 別の女の声。

 

「黙って」

「何だよ、雰囲気出してんだろ」

「出さなくていい」

 

 グラントは拳銃を抜いた。

 扉が開いた。

 レヴィとバルメが同時に入ってきた。

 狭い指揮車両の中で、銃口が交錯する。

 レヴィは笑っている。

 バルメは笑っていない。

 グラントは即座に机を倒し、遮蔽物にする。

 レヴィが舌打ちした。

 

「おいおい、社長室にしちゃ狭いな」

 

 グラントが冷静に言う。

 

「ラグーン商会のレヴィ」

「有名人じゃねえか、俺」

「そして、ココ・ヘクマティアルの護衛」

 

 バルメが答える。

 

「バルメ」

「名前を覚える必要はない」

「なぜ?」

 

 バルメは銃を構えたまま言った。

 

「あなたはここで終わる」

 

 レヴィが口笛を吹く。

 

「言うねえ」

 

 グラントは低く笑った。

 

「君たちは自分たちが何を守っているのかわかっているのか。ヘクマティアルは、あのシステムを破壊するだけではない。彼女は使うぞ」

 

 バルメの表情は変わらない。

 

「知っている」

「それでも従う?」

「従っているだけではない」

「では何だ」

「見ている。必要なら止める」

 

 レヴィが横目で見る。

 

「お前もそんなこと考えてんのか」

「当たり前」

「忠犬じゃねえな」

「誰が忠犬?」

「俺じゃねえ」

「でしょうね」

 

 グラントは二人を見た。

 

「理想家に銃を渡すな。君たちはそれを理解していない」

 

 レヴィが笑う。

 

「俺に説教か?」

「経験からの忠告だ」

「忠告してやるよ」

 

 レヴィの目が鋭くなる。

 

「この街で、上から目線で説教する奴は長生きしねえ」

 

 グラントが撃った。

 車内で銃声が響く。

 レヴィは身を沈め、バルメが横から踏み込む。

 銃撃と近接戦が混ざる。

 狭い空間では、距離の取り方がすべてだった。

 

 レヴィは荒く、速く、危険に近い。

 バルメは相手の重心を読み、銃口を逸らし、隙を作る。

 グラントもただの指揮官ではなかった。

 元軍人らしい正確な動きで、二人を相手に粘る。

 レヴィが叫ぶ。

 

「こいつ、机仕事のくせに動けるぞ!」

 

 バルメが返す。

 

「油断しないで!」

「してねえ!」

「今した!」

「してねえって!」

 

 グラントが二人の間を割るように動く。

 その瞬間、バルメが彼の腕を押さえた。

 レヴィが反対側から銃を突きつける。

 グラントの動きが止まる。

 バルメは静かに言った。

 

「終わり」

 

 グラントは荒い息を吐いた。

 

「ヘクマティアルは止まらない」

 

 レヴィが答えた。

 

「止まらなきゃ、誰かが撃つだろ」

「君が?」

「さあな」

 

 レヴィは少しだけ笑った。

 

「俺は未来の予定を立てるのが苦手なんだ」

 

 バルメがグラントを拘束する。

 

「端末は?」

 

 レヴィが車両内を見る。

 

「あれだろ」

 

 指揮端末はまだ動いていた。

 画面には、花輪の制御ログが流れている。

 外部接続。

 バックアップ先。

 データ送信準備。

 レヴィは端末を覗き込み、顔をしかめた。

 

「読めねえ」

 

 バルメが通信を入れる。

 

「ココ。指揮車両を制圧。端末を確認」

『了解。ベニーを向かわせる』

 

 レヴィが端末を睨む。

 

「面倒だな。撃って壊しちゃだめか?」

 

 バルメが即答する。

 

「だめ」

「だと思った」

 

     *

 

 ロックたちは指揮車両へ向かった。

 

 途中、PMCの残存部隊が何度か抵抗したが、すでに統制は崩れていた。ホテル・モスクワが外側を押さえ、三合会が逃げ道を塞ぎ、ルツが高所から要所を潰している。

 

 ロアナプラの街は、外敵を噛み砕きつつあった。

 指揮車両に到着すると、ベニーはすぐ端末へ取りついた。

 

「うわ、まだ送信準備してる。止めないと、花輪のデータが外へ飛ぶ」

 

 ナタワットが隣に座る。

 

「バックアップ先は?」

「複数。衛星経由で分散送信。全部止めるのは無理だ」

 

 ココが問う。

 

「どれくらい止められる?」

 

 ベニーはキーボードを打ちながら答える。

 

「全部は無理。でも、本命のパケットを潰せば使い物にならない断片にできるかも」

 

 ナタワットが画面を見る。

 

「いや、違う。これは囮だ」

「囮?」

「送信準備に見えるが、本当は受信待機だ。外部から最後のキーを受け取るつもりだ」

 

 ココの目が細くなる。

 

「本体がまだ外にある」

「そうだ。彼らは花輪を完成させるためのキーを、ここへ送ろうとしている」

 

 ベニーが叫ぶ。

 

「来てる! 外部接続!」

 

 ココが言う。

 

「止めて」

「止めると別ルートへ逃げる!」

 

 ロックは画面を見た。

 意味は完全にはわからない。

 だが、流れはわかる。

 複数のルート。

 偽装された送信元。

 

 自動的に最適ルートを選ぶ仕組み。

 逃げ水のように、止めるほど別の道へ流れる。

 ロックは言った。

 

「止めるんじゃない。受け取ったふりをする」

 

 ベニーが振り向く。

 

「またそれ?」

「本物のキーを受け取ったように見せて、偽の完了信号を返す。相手は送信が成功したと思う。実際には、こちらで空の器に受ける」

 

 ナタワットが目を見開いた。

 

「そんなことをすれば、端末内に不完全な花輪が生成される」

「使えますか?」

「使えない。だが、危険な断片にはなる」

 

 ロックはココを見た。

 

「壊すなら、その後です」

 

 ココはロックを見つめた。

 

「あなた、本当に盤面に乗ってきたわね」

「乗せたのはあなたです」

「降りる?」

「今さら」

 

 ココは笑った。

 

「ベニー」

「やってる!」

 

 ナタワットが補助する。

 

「偽の完了信号を作る。だが、署名が足りない」

 

 ココが記憶媒体を出す。

 

「これを使って」

 

 ロックが言う。

 

「それは地下で抜いたデータですね」

「ええ」

「だから持っていた」

「ほら、役に立った」

「後で話があります」

「生き残ったらね」

 

 ベニーが記憶媒体を差し込む。

 画面が切り替わる。

 花輪の断片データが、指揮端末の中で偽のキーとして組み替えられていく。

 外では銃声が続く。

 車両の壁に弾が当たり、金属音が響く。

 レヴィが外から叫ぶ。

 

「まだか! 客が追加で来てるぞ!」

 

 バルメも叫ぶ。

 

「長くは持たない!」

 

 ルツの声が通信に入る。

 

『南側から増援。数は少ないが、重装備』

 

 レームが続く。

 

『ホテル・モスクワが押さえますが、早めに終わらせたほうがよろしいですな』

 

 ベニーが汗を拭う暇もなく叫ぶ。

 

「今やってる!」

 

 ナタワットが声を震わせる。

 

「外部キー到達まで二十秒」

 

 数字が減っていく。

 二十。

 十九。

 十八。

 ココは静かに立っている。

 笑っていない。

 ロックは尋ねた。

 

「怖いですか」

 

 ココは答えた。

 

「ええ」

「そうは見えません」

「見せてないもの」

「あなたにも怖いものがあるんですね」

「いっぱいあるわ」

「例えば?」

 

 ココは少しだけ笑った。

 

「自分が正しいと思い込むこと」

 

 ロックは何も言えなかった。

 十。

 九。

 八。

 ベニーが叫ぶ。

 

「偽の器、生成完了!」

 

 ナタワットが続ける。

 

「完了信号を返す!」

 

 三。

 二。

 一。

 画面が白く点滅した。

 次の瞬間、外部接続が切れた。

 ベニーが椅子にもたれかかった。

 

「……騙した」

 

 ナタワットも息を吐いた。

 

「キーは空の器に入った。使えない。だが、ここに危険な残骸が残っている」

 

 ワイリが端末の後ろから顔を出す。

 

「今度こそ?」

 

 ベニーは疲れ切った顔で言った。

 

「今度こそ、壊していい。ただし、記憶媒体は抜いてから。いや、待って。電源を落として、ログを消して、それから――」

 

 レヴィが外から叫ぶ。

 

「長え!」

 

 ベニーが叫び返す。

 

「爆破ってのは、前準備が大事なんだろ!」

 

 ワイリが感動したように言う。

 

「ベニーがわかってくれた」

「君のために言ったんじゃない!」

 

 ココは記憶媒体を抜いた。

 ロックがそれを見た。

 

「また持つんですか」

「これは花輪そのものじゃない。抜け殻」

「抜け殻でも、危険です」

「ええ」

 

 ロックは手を伸ばした。

 

「俺に渡してください」

 

 ココは意外そうに見る。

 

「あなたに?」

「あなた一人が持つよりはいい」

「ロック、あなたはそれをどうするの?」

「わかりません」

「正直ね」

「でも、あなたが一人で決めるよりは、少しだけましです」

 

 ココはロックを見つめた。

 長い一秒だった。

 やがて、彼女は笑った。

 

「半分だけ預ける」

 

 ココは記憶媒体を二つに分けた。

 一つを自分のポケットへ。

 もう一つをロックへ。

 

「これで共犯ね」

 

 ロックは受け取った。

 

「嫌な言い方です」

「でも正確」

「否定しません」

 

 ワイリが端末に仕掛けを置く。

 

「みんな、出て」

 

 ベニーが急いで機材を抱える。

 

「今度はどれくらい?」

 

 ワイリはにこりと笑った。

 

「ほどほど」

 

 全員が一斉に走った。

 

     *

 

 指揮車両が爆発した。

 大きすぎず、小さすぎず。

 中の機材を完全に沈黙させるには十分で、港湾地帯全体を吹き飛ばすほどではない。

 ワイリは遠くからその煙を見て、満足そうに頷いた。

 

「いい仕事」

 

 ベニーは息を切らしながら言った。

 

「いい仕事の定義について、いつか真剣に話し合いたい」

「今する?」

「絶対にしない」

 

 PMCの部隊は指揮系統を失った。

 花輪の制御端末も沈黙した。

 ホテル・モスクワと三合会に挟まれ、ロアナプラの路地を知らない彼らは、急速に逃げ場を失っていく。

 バラライカの部隊は、冷静に包囲を狭めた。

 張の部下たちは、港の出口を塞いだ。

 暴力教会は、いつの間にか撤退路の一部を有料化していた。

 エダはそれを見て呆れる。

 

「ヨランダ、商魂たくましすぎるわ」

 

 通信の向こうでヨランダが笑った。

 

『神は逃げ道にも値段をつけるのさ』

「その神様、絶対に地獄で商売してるわね」

『この街と大差ないよ』

 

 エダは港の煙を見た。

 そして、小さく呟いた。

 

「終わった……わけじゃないわね」

 

 ロックが近くで聞いた。

 

「どういう意味ですか」

「こういうのは、終わった瞬間から後始末が始まるの。誰が責任を取るか。誰が知らないふりをするか。誰がデータを持つか。誰が死んだことになるか」

「CIAは?」

 

 エダは肩をすくめた。

 

「さあ。きっと“そのような作戦は存在しない”って言うわ」

「存在しない作戦で、街が燃えた」

「この街では、存在するもののほうが少ないのよ。戸籍も、契約も、良心もね」

 

 ロックは黙った。

 エダは少しだけ優しい声で言った。

 

「ロック。ココから何か預かった?」

 

 ロックは答えない。

 エダはそれだけで察したように笑った。

 

「隠し事が下手ね」

「あなたほど上手くなりたくありません」

「いい返し」

「褒めないでください」

「じゃあ忠告。持ってるなら、誰にも全部は渡さないこと。ココにも、バラライカにも、私にも」

「あなたにも?」

「もちろん。私はいいシスターだけど、悪い女でもあるから」

 

 ロックは小さく笑った。

 

「自覚があるんですね」

「自覚のない悪人より、少しはましでしょ」

 

     *

 

 夕方。

 

 ロアナプラの港は、いつもの港へ戻り始めていた。

 煙はまだ残っている。

 壊れた車両も、穴の開いた壁も、焦げた地面もある。

 だが、作業員はもう動き始めている。密輸業者は損得を計算し、情報屋は話を売り、バオは店の修理代を怒鳴りながら書き出していた。

 

 この街は、壊れてもすぐに日常へ戻ろうとする。

 それは強さではない。

 そうしなければ生きられないだけだ。

 HCLIの船は、出港準備をしていた。

 ココの部隊は慌ただしく荷を積み直している。

 レームはダッチと並んで煙草を吸っていた。

 

「今回は、なかなか愉快な仕事でしたな」

 

 ダッチが横目で見る。

 

「愉快?」

「生きて終わった仕事は、だいたい愉快に分類することにしてるんです」

「便利な分類だ」

「年を取ると、記憶を整理しないと重くて持ち歩けませんからな」

 

 ダッチは少し黙り、言った。

 

「おたくの社長は、これからも面倒を起こすな」

「ええ」

「止めないのか」

「止めますよ。必要なら」

「止まるのか」

 

 レームは笑った。

 

「そこが問題ですな」

 

 二人はしばらく海を見た。

 ダッチが言う。

 

「また仕事を頼まれたら?」

 

 レームが答える。

 

「お嬢なら頼むでしょうな」

「俺は高く取る」

「それがいい。安い仕事ほど高くつきます」

 

 少し離れた場所では、レヴィとバルメが向かい合っていた。

 レヴィは煙草をくわえている。

 バルメは腕を組んでいる。

 

「で、帰るのか」

 

 レヴィが言った。

 

「ええ」

「寂しいか?」

「いいえ」

「即答かよ」

「あなたは?」

「清々するね。うるせえ優等生がいなくなる」

 

「あなたのほうがうるさい」

「うるせえ」

「ほら」

 

 レヴィは少し笑った。

 

「まあ、腕は悪くなかったぜ」

 

 バルメは静かに答える。

 

「あなたも」

「褒めるの下手だな」

「慣れてない」

「だろうな」

 

 バルメはレヴィを見た。

 

「あなたは危ない」

「知ってる」

「でも、戦場では信用できた」

 

 レヴィの笑みが少しだけ変わる。

 

「それ、褒めてんのか」

「半分」

「まだ言うか」

「残り半分は、警戒」

 

 レヴィは笑った。

 

「いいね。俺も同じだ」

「また会ったら?」

「撃つか、飲むか、その時決める」

「私は飲んでもいい」

 

 レヴィは少し驚いた顔をした。

 

「お前、酒飲めんのか」

「人並みに」

「人並みってのは、この街じゃ基準にならねえぞ」

「なら、あなたより少なく」

「それは賢い」

 

 二人は短く笑った。

 仲良くなったわけではない。

 だが、互いの危険性を認めた。

 それは、この街では友情よりも信用に近いことがある。

 ルツはその様子を見て、マオに言った。

 

「あれ、別れの挨拶なのか?」

 

 マオは肩をすくめる。

 

「たぶんな」

「わかりにくいな」

「わかりやすい奴らのほうが危ない」

 

 ワイリはベニーの横で、壊れた端末の部品を眺めていた。

 

「これ、少し持って帰っていい?」

 

 ベニーが即座に言う。

 

「だめ」

「まだ何に使うか言ってないよ」

「言う前からだめ」

「信用ないなあ」

「君に爆発物と電子部品を同時に渡すのは、文明への敵対行為だ」

 

 ワイリは感心したように頷いた。

 

「その表現、いいね」

「使わないでくれ」

 

     *

 

 ロックは桟橋の端にいた。

 海を見ている。

 夕陽が水面に伸び、油膜の上で奇妙に光っている。

 綺麗とは言いにくい。

 だが、目を離せない光だった。

 ココが隣に来た。

 

「一人?」

「考えごとです」

「また?」

「ええ」

「今度は何酔い?」

「たぶん、ロアナプラ酔いです」

 

 ココは笑った。

 

「それ、治らないかも」

「困りますね」

「でも、あなたはもう慣れてる」

「慣れたくはありません」

「慣れたくなくても、慣れるものってあるわ」

 

 二人はしばらく海を見ていた。

 遠くで船の汽笛が鳴る。

 港の騒音は少しずつ戻ってきている。

 ロックはポケットの中の記憶媒体に触れた。

 

「これは、どうするつもりですか」

 

 ココは自分のポケットを軽く叩いた。

 

「あなたの半分と、私の半分。どちらか一つでは意味がない」

「それで安心ですか」

「少しだけ」

「俺を信用しているんですか」

「半分」

 

 ロックは苦笑した。

 

「それ、本当に便利ですね」

「でしょ?」

「もう半分は?」

「期待」

「重いですね」

「そう?」

「あなたの期待は、銃より重そうです」

 

 ココは楽しそうに笑った。

 

「やっぱり、あなたはうちに向いてる」

 

 ロックは彼女を見る。

 

「勧誘ですか」

「ええ」

 

 ココは冗談のように、しかし目だけは真面目に言った。

 

「ロック。うちに来ない? あなた、いいチェス相手になれるわ。戦場を見て、商売を見て、人間を見て、それでもまだ質問できる。そういう人は貴重よ」

 

「質問するだけなら、ここでもできます」

「ここでは、観客席に戻れる」

「燃えたんじゃなかったんですか」

「修理すれば座れるわ」

 

 ロックは少し笑った。

 

「俺は、ここに残ります」

「どうして?」

「この泥沼の観客席が、まだ俺には必要だからです」

「見るため?」

「たぶん、見ているだけでは済まないでしょうけど」

「なら、なおさら来ればいい」

 

 ロックは首を振った。

 

「あなたの船に乗れば、たぶん早く進める。今よりずっと遠くまで見える。でも、早すぎる気がする」

「怖い?」

「怖いです」

 

 ココは少し意外そうに見た。

 ロックは続けた。

 

「あなたが怖い。あなたの見る世界も怖い。そこに自分が慣れることが、一番怖い」

 

 ココは黙った。

 ロックは海を見た。

 

「ここも十分壊れた場所です。でも、ここではまだ、自分がどこに立っているのか、ときどき確認できる。レヴィがいて、ダッチがいて、ベニーがいて、バオが怒鳴って、エダが嘘をついて、バラライカが睨んで、張が笑っている。ひどい街ですが、まだ足場がある」

「私の船にはない?」

「あると思います。でも、俺には速すぎる」

 

 ココは静かに笑った。

 

「振られたわね」

「誘い方が軽すぎます」

「本気だったわよ」

「わかっています」

「だから断った?」

「はい」

 

 ココは少しだけ嬉しそうにした。

 

「いい答え」

「褒め言葉ですか」

「全部」

 

 ロックは初めて、その答えに少し笑った。

 

「珍しいですね」

「最後くらいはね」

 

 ココは空を見る。

 

「ロック。あなたは、いつか観客席を降りるかもしれない」

「もう降りているのかもしれません」

「そうね」

「でも、どの舞台に立つかは、自分で決めたい」

 

 ココは頷いた。

 

「それでいいわ」

 

 少し離れた場所から、レヴィが叫んだ。

 

「おいロック! 別れのキスでもしてんのか!」

 

 ロックが慌てて振り返る。

 

「してない!」

 

 ココは手を振った。

 

「してもよかった?」

 

 レヴィが爆笑した。

 ロックは頭を抱える。

 

「やめてください」

 

 ココは悪戯っぽく笑う。

 

「冗談よ」

 

 バルメが船のほうから冷静に言った。

 

「ココ。時間です」

「今行く」

 

 ココはロックに向き直った。

 

「じゃあ、またね」

「また会うんですか」

「この世界、狭いもの」

「嫌な予感しかしません」

「いい予感より当たるわよ」

 

 ココは歩き出した。

 だが数歩進んで、振り返る。

 

「ロック」

「はい」

「あなたが私を止める日が来たら、ちゃんと本気で来てね」

 

 ロックは答えに迷った。

 そして、静かに言った。

 

「その前に、止まってください」

 

 ココは笑った。

 

「善処する」

 

 レヴィが横から叫ぶ。

 

「しねえな、それ!」

 

 ココは楽しそうに笑いながら、船へ戻っていった。

 

     *

 

 HCLIの船が出港する。

 白い船体は夕陽を受けて、少しだけ赤く染まっていた。

 甲板にはココの部隊が並んでいる。

 レームは片手を上げた。

 ダッチも短く手を上げる。

 マオは煙草をくわえ、ルツは軽く頷く。ワイリはベニーに向かって何かの部品を振って見せ、ベニーが全力で首を振っている。

 バルメはレヴィを見た。

 レヴィは煙草をくわえたまま、手を振るでもなく、銃を軽く持ち上げた。

 バルメはそれに対し、ほんの少しだけ口元を動かした。

 

 笑ったのかもしれない。

 レヴィはにやりとした。

 

「またな、優等生」

 

 バルメの声は届かない距離だった。

 だが、口の動きだけは読めた。

 ――またね、問題児。

 レヴィは吹き出した。

 ロックはその隣で、白い船が港を離れていくのを見ていた。

 ポケットの中には、半分の記憶媒体。

 

 軽い。

 だが、重い。

 ダッチが隣に来る。

 

「受け取ったのか」

 

 ロックは少し驚いて見る。

 

「知ってたんですか」

「お前の顔を見ればな」

「どうします?」

「どうしたい」

「わかりません」

「なら、わかるまで持ってろ。ただし、持ってることを忘れるな」

「はい」

 

 ベニーも近づいた。

 

「それ、僕の近くに置かないでね。絶対に開けたくなるから」

「開けたいんだな」

「すごく。でも、開けたら今回の騒ぎの第二幕が始まりそうだから、理性で我慢する」

 

 レヴィが煙草を吐き捨てる。

 

「面倒なら海に捨てちまえ」

 

 ロックが言う。

 

「それで終わると思うか?」

「思わねえ」

「じゃあなぜ言った」

「言ってみただけだ」

 

 ダッチが低く笑う。

 

「うちらしいな」

 

 レヴィは白い船を見送った。

 

「あの白いの、また来ると思うか?」

 

 ロックは答えた。

 

「来るでしょうね」

「だよな」

「嫌か?」

 

 レヴィは少し考えた。

 

「半分」

 

 ロックとベニーが同時に笑った。

 

 レヴィが睨む。

 

「笑うな」

 

 ダッチも少しだけ笑った。

 

「流行っちまったな」

 

 レヴィは舌打ちする。

 

「最悪だ」

 

 その時、イエロー・フラッグの方角からバオの怒鳴り声が聞こえた。

 

「ラグーン商会! 修理代の話をしに来い! 逃げるなよ!」

 

 レヴィがうんざりした顔をする。

 

「聞こえねえな」

 

 ロックが言う。

 

「聞こえてるだろ」

「花輪のせいで通信障害だ」

「肉声だ」

「じゃあ心の通信障害だ」

 

 ベニーがため息をつく。

 

「それ、バオに通じるかな」

 

 ダッチが歩き出す。

 

「行くぞ。請求書を見るだけ見てやる」

 

 レヴィが驚く。

 

「払うのか?」

「見るだけだ」

「だよな」

 

 ロックはもう一度だけ海を見た。

 HCLIの船は、夕陽の中で小さくなっていく。

 ココ・ヘクマティアルは次の空へ向かう。

 ロアナプラは、いつもの泥沼へ戻る。

 だが何かが変わった。

 

 街ではなく。

 世界でもなく。

 たぶん、自分の中の何かが。

 観客席は燃えた。

 それでも、まだ座る場所はある。

 だが、次に舞台が燃えた時、自分は本当に座っていられるのか。

 

 ロックには、もうわからなかった。

 遠くで船の汽笛が鳴った。

 レヴィが振り返る。

 

「おい、ロック。置いてくぞ」

「今行く」

「考えすぎんなよ。考えて弾が避けられるなら、哲学者は全員無敵だ」

「名言だな」

「だろ?」

「半分くらい」

「てめえまで言うな!」

 

 ロックは笑った。

 

 ダッチも、ベニーも、少しだけ笑った。

 ロアナプラの港には、夕方が来ていた。

 朝は似合わない街。

 夜が終わらない街。

 それでも、次の一日は来る。

 銃声と冗談と、修理代の請求書と、半分だけ残された秘密を抱えて。

 白い船は遠ざかる。

 黒い街は残る。

 

 そして、引き金にかかった指は、まだ完全には離れていなかった。

 

 

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