シスターさんのお秘め事   作:とろみ

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1.『リビング・デッド』

 視線の先には人間数人をバラバラにつなぎ合わせたような姿の異形。

 縦に伸びた楕円形の胴体からは長さの違う腕や足が生えていて、ふらふらとした足取り。

 時折甲高く不自然な発音で助けを呼ぶように喚き、自身の体から不規則に生えている皮の無い腕や足を引きちぎり、いくつかある口で喰らっている。

 

「たスケて!タすケテ!だレか!だれカ!」

 

 今は街が夜の闇に包まれる時間帯、私は「幽霊が出る」と噂の郊外から離れた廃ビルの中にいた。

 

 ここに来た理由は件の幽霊を倒すため。

 大真面目に何言ってんだ、そもそも幽霊なんている訳ないだろうという人もいるかもしれない。

 私も昔はそう思っていた。

 

 だが実際、壁に隠れながら先の様子を伺ってみると、やはり飽きもせず自身の体を引きちぎりボリボリと貪る異形がいる。

 その骨が砕ける音や腐った肉の甘い臭いは、間違いなく現実にいるという確信を与えてくれた。嫌な確信である。

 

 

 あわよくばそのまま自滅してくれないかなー、という私の願いもむなしく、いくつもの腕を失ってなお元気に喚いている。

 それどころか異形は、どぼちゃっ、と音を立てて謎の汁を飛び散らかせながら新しい腕を生やした。

やけにねばっとした液体が私の隠れている壁近くにも飛んでくる。

 

「……」

 

 うわあ……。

 ほんとにもう絵面が、絵面がヤバすぎる。なぜこんなのがいるんだ……?

 ここは澄み切った学園×青春×物語RPGが売りのブルーアーカイブの世界なはず。

 

 対象年齢7歳以上のアプリの姿か?これが……。あれを見て欲しい。どう見てもR18-Gである。うわまた腕生えてきた。

 

 ……いけない。ここ最近働きづめだったせいか現実逃避をしてしまった。

 さっさとアレを始末して、今日は早めに帰って寝よう。

 

 傍らの銃を手に隠れていた壁から飛び出すと、異形はすぐにこちらに気付いたようだった。

 無造作に配置された口は弧を描き、まぶたのない目は喜悦を浮かべ、いくつもの腕と足を使って近寄ってくる。

 歩く度べちゃべちゃ、かちかち、とむき出しの肉と爪がコンクリートと当たる音が響く。

 その間、枝分かれに生えていき網目状になった腕や足が獲物を逃がさないようにか私の周りを囲う。

 赤い肉は瞬く間にコンクリートを覆い、無機物の壁や床は不気味に脈を打つようになった。

 

「たスけて!イキてル!ワたシ、まダ、イきテル!イキテル!」

 

 確かに活き活きとはしているな、残念なことに。だけど。

 

「いいえ。あなたはもう死んでいますよ」

 

「……ィィぃィィイいいイイイいイきてル!!!イキてル!ワタシイキテル!アナタモぉォ!!!」

 

 複数の口で一斉に喋るソレに事実を伝える。すると一瞬静止した後、体を掻き毟り引き裂いて、狂ったように叫ぶ。

 そのまま叫びながら動きを瞬時に加速させ、凄まじい速さで突っ込んできた。

 壁や天井に爪を立て立体的な動きで迫り来つつ、体中から生えた腕や足は我先にと限界まで引き延ばされこちらを狙う。

 

「死んだ者は死なねばなりません」

 

 哀れな肉塊の致死的な突進に対し、正面から銃を向ける。

 

「タ゛ァスウゥゥケ゛エエェテエェエェエエエ!!!」

 

「どうか、安らかな眠りがあらんことを」

 

 銃口から一つの重い音が轟き、廃墟は静寂を取り戻した。

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

 任務を終えて暗い廃ビルを出ると星が光る夜空、そして遠目には天にまで届きそうな塔が見える。

 塔からは一筋の光が雲より高く上空にまで真っすぐに伸びていて、その光を中心にして神秘的な光輪がいくつも積み重なったり、交差したりして浮かんでいる。

 地球ではどこに行っても見られないだろう幻想的な風景。

 

 それもそのはず、ここは学園都市「キヴォトス」。

 少女たちが時にすれ違い、ぶつかり合いながらも力を合わせて苦難を乗り越える。そんな物語が展開されるスマートフォン向けアプリゲーム「ブルーアーカイブ」の舞台だ。

 

 ……まあ私の知る限りで先程のようなグロテスクなクリーチャーは「ブルーアーカイブ」に登場してはいなかったけれど。

 結局さっきの奴は倒した直後、張り詰めた風船が破裂するように四方八方に骨混じりの肉片と体液をまき散らして爆散し、その結果戦闘が起こった一室の内装を全面赤と白のまだら模様にリフォームした。

 ……最後までグロたっぷりでげんなりする。

 

 真正面にいた私はというと、一応無事である。

 大迫力4Dスプラッタ映像を超至近距離で見させられた心はともかく、体にダメージは無い。

 咄嗟に防壁を展開したので飛んできた肉やら骨やらはちゃんと防げた。

 ……防げたはず。

 

 ちょっと心配になったので丁度近くにあったカーブミラーに自分の姿を映して確認する。

 

 そこには腰まで届く緩くカーブした長い金髪と、緑色の瞳を持った、

 厚く丈の長いシスター服に身を包んだ少女がいた。

 

 よし……、多分大丈夫。

 

 大部分が黒いせいで汚れが分かりづらいシスター服と、足元への視界を邪魔する胸のせいで確認に時間がかかったが、服や肌は無事だ。

 仮に髪にでも汚れが付いていたら面倒だった。この体にももう慣れたとはいえ、長い髪を綺麗に洗いきるのは時間がかかるので億劫なのだ。

 

 ……思えばキヴォトスに来てもう十数年も経つのか。

 最初は自分がどこにいるかもよく分かっていなかったが、日々そこら中で起きる銃撃戦や爆発で嫌でも理解させられた。

 

 キヴォトスでは日常の風景である、当然のように銃を持ち歩く少女達や、我が物顔で公道を走る戦車に面食らっていたのも昔の話。

 私も今では銃を持たないとちょっとそわそわしてしまうくらいだ。

 

 「例え銃弾が当たっても大したケガにはならないとはいえ気軽に人に向けるなんて狂ってる……!」と戦慄していたあの日の私、見ていますか。私はずいぶんこの地に馴染んでしまいました。                          

 今ではシスターもどきをしながら秘密組織の長を兼業する日々です。

 とても忙しいですが、自分の目的のためなので後悔はありません。

 

「影主様、影主様。聞こえますか?」

 

 ぼんやりと昔のことを思い出していると部下からの通信を聞き逃していたようだ。

 

「なんでしょう。何かありましたか?」

 

「突如霊体反応が現れました。それも影主様が居られる付近です」

 

 部下が言葉を言い終わるくらいに、少し先に見える道路標識の影が生き物のように伸び、立体的に盛り上がった。

 科学的には不自然なその動きは、それが超常的なものであることを如実に示していた。

 

「今目視で確認しました。こちらで対処します」

 

 まだ仕事は続くようだ。この分だと今日も床に入るのは遅くなってしまうな。

 寝不足をあの子にばれないようにしないと。

 

 

 

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