シスターさんのお秘め事 作:とろみ
「アリウス収容所での活躍を聞きました。アリウスの方々は心身ともに回復していっている、と。私もほんの少しの時間ですが収容所へ訪問し、彼女たちの様子を確認しました。彼女たちについて多くを知れたわけではありませんでしたが、それでも捕縛した当初に比べ顔色は良く、表情も豊かになったように見えました。改めてあなたの働きに感謝を」
朝のお祈りの後、私はシスターフッド中核メンバーのシスターに執務室へ行くよう言われ、アリウス生収容所及びそこで生活するアリウス生の現状についてサクラコと話していた。
しかし形式張った連絡は既に書面で終わっているので、この会話は雑談に近い。
紅茶と茶菓子が用意され、人払いも済ませているあたり休憩ついでだろう。
「感謝を受け取るには私のしたことは小さいですよ。施設の管理や業務は正義実現委員会が主にやっていますし、アリウス生の心身を回復させたのは他ならぬアリウス生自身の心の強さが大きいです」
謙遜ではない。
十数年に及ぶ洗脳教育に負けず、アリウス生たちはお互い励まし合いながら職業訓練や一般常識の勉強へ真摯に取り組み前に進もうとしている。
それも当初の計画では五年以上収容所へ拘束し一般的な生活に慣れさせる予定だったのを、この分だと一年以内に監視付きだが収容所の外での生活を検討していいかもしれないレベルにだ。
「ええ。正義実現委員会やアリウス生自身、その他数多くの方々がこの件について尽力しているのは理解しています。その上で私はあなたに感謝したいのです。あなたが頑張っていたのを見ていましたから。私を含め、多くの者が助けられました。ありがとうございます、アルマ」
「……そう、ですか。まあ、役に立ったなら……良かったです」
サクラコがあんまりにもまっすぐな目でこちらを見るので、つい目を逸らしてしまった。
それにいつもは大人が怯えるくらい裏で何か企んでそうな笑顔をするくせ、今回はまさに理想のシスターって感じに柔らかく微笑んできたのもよくない。
「こほん。それより、あなたは最近大丈夫なのですか?ここしばらく家にも帰っていませんし。ちゃんと休めているのですか?」
咳払いをひとつ挟み、生暖かい空気をリセットして次の話題へ。
「大丈夫ですよ。忙しくて寝る間も惜しかったのは事実ですが、充分な睡眠時間は確保してました」
「ならこれ以上とやかくは言いません。忙しかった原因は……、明日に迫るエデン条約調印式の準備ですか」
「はい。エデン条約は長年いがみ合ってきたトリニティとゲヘナ間に結ばれる平和条約。不備があってはいけませんからね。万全を期したつもりです」
「当日はやはり現地に?」
「その予定です」
「……既に懸念しているとは思いますが、アリウス残党の存在が不穏です。アリウス生たちを洗脳した者は何らかの理由でトリニティ、ゲヘナ両校に攻撃を仕掛けたいようですので、その両校の主要組織の長が集うエデン条約調印式は絶好の機会でしょう。それに加えエデン条約を良く思わない両校の内部組織からの攻撃も考えられます。わざわざあなたが現地まで赴かなくともよいのでは?」
「いえ、そうであるならばなおのこと私は現地に向かわねばなりません。万が一襲撃があった際、現地で指揮が執れる者は多いに越したことはありませんし、内部の敵性分子に対しては相互に監視の目を光らせておくべきでしょう。それに、私が不在にすればその不参加の意図を巡り余計な疑念と不信感を生みかねません」
サクラコ当人としても今日にいたるまで調印式の参加におけるメリットとデメリットを何度も考えていたのだろう。私の提案に対しすらすらと答える。
「なにより襲撃の恐れを理由にシスターフッドの首長が参列を拒んだとなれば、条約成立後にシスターフッドの発言権は参列した他組織に比べ小さくなるのは確実でしょう。それは避けねばなりません」
また個人的な話ですが、と前置きをしてサクラコは続ける。
「エデン条約はいがみ合い、反発を繰り返した者たちが結束をする最初の一歩だと私は考えています。そしてそれがゆくゆくは世界の平和に繋がるとも。ゆえに私の参列は絶対です」
そう宣言するサクラコの顔には信念が滲んでいて、決意を曲げる気は無いだろうことが容易に読み取れた。
「ふむ……意思は固いようですね」
「正義実現委員会からは委員長の剣先ツルギさんや副委員長の羽川ハスミさん、ゲヘナの風紀委員会からも空崎ヒナ風紀委員長が警備に当たり、シスターフッドも実力者や戦える人員を連れて行きます。調印式場周辺にはミレニアムサイエンススクールの無人ドローンも多数出動する予定です。なのでそう心配しないで下さい。きっと無事に終わりますよ」
「……ええ」
心配などしていない。
むしろあるのは歓喜だ。
「予定通り、上手くいくといいですね」
用意されたお菓子の中にあったジャムドロップスを口に入れる。
小さい円盤状のそれはなんの抵抗も無く噛み砕かれ、中から赤いラズベリージャムをドロリと溢れさせた。
✚ ✚ ✚
エデン条約の締結は成されない。
その条約はベアトリーチェと呼ばれる悪い大人に奪われ、平和への架け橋としてではなく、不死身の軍隊である『ユスティナ聖徒会』を呼び出す為の道具として利用される。
これがブルーアーカイブ『エデン条約編』のあらすじだ。
そしてこれから起こる出来事でもある。
私はこれを止めない。
私の知る本編のまま予定通り進行させ、脱線は許さない。
というのもそれが都合がいいからだ。
理由としては、この出来事がサクラコをはじめとする生徒たちにとってちょうどいい試練であること、表に知られずにユスティナ聖徒会を確保できるチャンスであることがある。
特に後者が大きな理由だ。
しかしユスティナ聖徒会を確保したいのは戦力確保のためではない。
用があるのはその肉体だけ。
一体でもその肉体を確保できれば、私が求めるユスティナ聖徒会が過去闇へ葬った知識を手に入れられる。
もっともこの計画を知るのは私一人であり、部下にも伝える訳にもいかないが。
「───さて、では改めて明日の騒乱とそれに対する我々の動きを整理しましょう」
目の前にはグッドネイバーの幹部陣。
今はグッドネイバー本部で明日の騒乱についての最後の会議をして、進行役の部下がまとめに入るところだ。
「明日起こるとされる騒乱、その原因は『ゴースト』の顕現であり、実行犯はアリウス生残党、主犯はそれを洗脳したマダムと呼ばれる大人。場所は通功の古聖堂、エデン条約調印式が行われる会場です。これらは異なる体系の予知の一致と二時間前捕縛したアリウス生残党から得た情報で裏付けが取れました」
話を聞きつつ、脳内では考えても仕方ないことについて考えてしまう。
それはユスティナ聖徒会が喚び出され騒乱が起こることは確実であるが、原作通りに進むかは未だ未確定ということ。
その中でも一番の懸念点は弾道ミサイルの存在だ。
ストーリーではまず最初に通功の古聖堂へ弾道ミサイルを撃ち込まれる。
それもキヴォトスで屈指の実力者である剣先ツルギや空崎ヒナへ大ダメージを負わせるほどの破壊力かつ、地下に潜むアリウス勢力には被害を出さない程度の調整が加えられたもの。
このミサイルをきちんと敵側が用意しているかが問題だ。
敵がどこから材料を調達しているかが分からなかったので、ブラックマーケットの武器商人たちを最近まで野放しにしていたが、結局それらとは取引していなかった。
「我々グッドネイバーはこの一件に対し静観の構えをとります。グッドネイバーが保有する各施設の守りを固めつつ、注意深く事態を見守り、介入が必要だと判断した場合のみ追加で指示が出されます」
一応用意されていなかった場合を考えて自前で用意はしてみたのだが、通常兵器だと足がつきそうな都合上火薬による破壊力を使ったものではなく、弾頭に仕込んだ呪物による精神汚染での無力化を狙うなんちゃって弾道ミサイルになった。
だから原作と似たような結果は出せるが、本物が撃たれるならそっちの方が断然いい。
「防衛についてすべきことは大まかに三つ。一つ目は騒乱で引き起こされる恐怖と不安に引き寄せられた霊体の早期の発見、討滅。二つ目にグッドネイバーが保有する各施設の警備。そして三つ目に『不在証明書簡』の用意です」
……上手くいってくれるでしょうか。
ひとたび原作のルートから外れてしまえば、いくら予知でカンニングしたとしても確実に望む結果まで持っていける保証はありませんし……。
「一つ目に関しては普段の通常業務と変わりません。二つ目と三つ目に関しては顕現する『ゴースト』、それも古い時代のグッドネイバーやその前身であるユスティナ聖徒会の完全顕現を警戒してのものになります。ユスティナ聖徒会の時代から死後利用されないよう縛魂処理は行っているとはいえ、万が一生前の記憶まで保持した完全顕現でも果たされれば、霊体を討滅しうる力を持つ我々を最優先で襲撃してくるでしょう。そうなった場合は署名した存在を無かったことにする『不在証明書簡』にて消し去ります」
うー……、早いとこプレナパテスさん来てくださいませんかね……?
あなたさえ来てくれたら後は好きにできるっていうのに。
「以上が明日の騒乱とそれに対する我々の大まかな動きです。何か質問はありますか?……無いようですね。では会議は終了です。各々配置に着いてください」
はあ、うだうだ言ってても仕方ない。
私も現地に向かおう。