シスターさんのお秘め事 作:とろみ
ドカアアァァァァァン!!!
突如鼓膜が破れそうな程の轟音と大地を揺らす衝撃。
地下であるここでは天井が一部崩落して視界を砂埃が覆った。
(ふぅ……これならひとまず安心ですね)
知っているとおりに事態が進み、胸を撫で下ろす。
エデン条約調印式の騒乱は一発の弾道ミサイルで開始される。
キヴォトスにおいて最も科学を発展させたミレニアムサイエンススクールのレーダーすら捉えきれないミサイルが、警備していたトリニティ、ゲヘナ両校の治安維持部隊ごと会場を壊滅させ、アリウスは調印式を乗っ取るのだ。
そうしてこの通功の古聖堂の地下にある調印書を元に、不死身の軍隊である『ユスティナ聖徒会』を呼び出す。
つまるところミサイルが着弾したなら、そろそろアリウスの連中が……おお、来た来た。
白と紺を基調にした戦闘服を纏った生徒たちが、慎重にクリアリングをしながら私が潜む調印台のある部屋にぞろぞろと入って来る。
ユスティナ聖徒会を顕現させるためにやって来たアリウスの先鋭部隊だ。
後は彼女たちがユスティナ聖徒会を顕現させるのを見守って、顕現してきたユスティナ聖徒会の信徒を一体捕獲したら大体やることは終わり。
簡単な任務だ。
✚ ✚ ✚
……何をぐずぐずしているんだ?
瓦礫に身を隠した私の視線の先では、少女が儀礼剣で自身の腕を切りつけていた。
切りつけられた肌からは血液が溢れだしていて、調印台に敷かれた禍々しい紋様が刻まれた布に吸い込まれていっている。
ミサイルが落ちてからもうしばらく彼女はああしているが、一向にユスティナ聖徒会は顕現しない。
このままでは正義実現委員会と風紀委員会が態勢を立て直してアリウス生はあえなく鎮圧されるだろう。
……まさかユスティナ聖徒会顕現の手法を教えてもらっていない?
いや、彼女がしているのは間違いなくユスティナ聖徒会を顕現させるための行動だ。
なのに、なぜ?
……今の状況と本編にズレがないか考えてみる。
作中においては『
専門的な言葉を抜きに説明するなら、
原型に似たような姿かたちを作り上げ、張りぼての機能を顕現させる。機能は狭まり強度は脆くなるが、比較的燃費がいい。
対して仮面の少女がやっているのは『儀式』だ。
手順を守り、血肉を供物として捧げ、対価を得る。
言ってしまえばこれだけだが、供物の質と量を揃えれば比例して対価は大きくなる。
つまりこの二つは異なる系統の技術なのだが、それでも私が儀式を始める彼女を疑問に思わなかったのは、その行動はそう不自然なことでは無かったからだ。
何故なら儀式というのは基本的に燃費が悪いため、他の技術と合わせて使われることが多い。
なので儀式と
ベアトリーチェは
それとも儀式だけで顕現が出来ると踏んだ?
どちらにせよ今のまま血肉を捧げ続ければ、ユスティナ聖徒会っぽい肉塊の顕現は叶うだろうが、あの少女、秤アツコは死ぬ。
それは困る。
彼女はこの調印式の騒乱が終わった後にも、黒幕に生贄とされる役割があるのだ。
✚ ✚ ✚
マダムから聞いた儀式の手順はこれであっているはず、なのに。
まずトリニティとゲヘナに代わり、調印を行う。
次に調印台の上に紋様が刻まれた布を乗せ、祭壇とする。
最後に祭壇へ、私自らの手で戒命が乗る自身の血液を捧げる。
これで不死身の軍隊であるユスティナ聖徒会が顕現する、らしい。
気付け薬を使い手放しそうな意識を戻してから、再び手順に従って右手の剣で左腕を切りつけ、血を噴出させる。
鼓動に合わせ波うって出てくる血液を、紋様が刻まれた祭壇替わりの布の上に落とす。
しかし祭壇はうんともすんとも言わない。
捧げる血の量が少ない?
だけどもう血を失い過ぎて体が上手く動かなくなってきた。
芯から凍えるような寒さが方向感覚すら鈍らせている。
「───手を貸しましょうか?そのまま死ぬまで続けても、出来上がるのは模造品ですらない粗末な肉塊だけですよ」
出し抜けに脳に直接響くような、鼓膜を揺らさない声がした。
気付けば私の隣、数瞬前までなんの影も形もなかった場所に怪しげな女が立っている。
それの全身はまるでひどく低解像度のカメラで撮られたかのようにモザイクがかっていて、上手く認識出来ない。
分かるのは辛うじて見える体の起伏と服装から、女の聖職者に見えなくもないことくらいか。
……気味が悪いのは不審極まりないこの女に私は危機感や警戒心を十分に持てずにいること。
一体誰なのか、いつから、どうやってここに?
マダムが協力者と言っていたあの木人形の仲間?そんな話は聞いていないが。
そもそも血を捧げて集中力が低くなっている私ならともかく、ここには私以外にもいる。
厳しい戦闘訓練を乗り越えてきたアリウス先鋭チームの護衛が侵入者に気付かないはずがない。
「……っ!」
既に始末された可能性に思い至り背後に目を向けると、この空間へ共に入ってきたメンバーは予想に反して一切の傷も無く立っていた。
だがその表情は虚ろで、そこにはいつも浮かべていた憎悪や恐怖、諦念は無い。
心から何もなくなってしまったかのようにぼんやりとしている。
何をされてしまったのか。
「私が何者であるか、どうやってここに来たのか、彼女たちに何をしたのか。そんなことは些事であり、さして重要ではありません」
一言も言葉を発していないのに考えを当てられた。
もしかして心が読める、の?
いや、動揺して目線で考えを読まれた?
血を流しすぎて戦う体力は残ってない。
私は死んでもいいが、儀式は必ず完遂させてユスティナ聖徒会を顕現させないといけない。
でなければ私の家族が、サオリたちがマダムに殺される。
「……なんであなたは私に手を貸そうなんて思ったのかな。理由を聞いてもいい?」
さりげなく祭壇と不審者の間に身を挟み、女と向かい合うように立つ。
この女の目的は分からないが、他のメンバーのように無力化してこないということは、私に自発的に何かをさせたいのだろう。
ならばそれを利用して今は時間を稼ぐしかない。
そうして稼いだ時間で血を注いで儀式を完遂させる。
「ふむ、あえて言うならば義理、でしょうか」
「義理?……ああ、マダムへのってこと?」
「いいえ」
「それなら私への義理ってこと?どこかで会ったかな……。気持ちは嬉しいけどあなたのこと覚えてないや。ごめんね」
適当に話を続けながら後ろ手に握った儀礼剣の剣先を肘の内側に突き刺す。
最初に比べてちょろちょろとしか出ない血は、見つかるわけにはいけない今の状況ではむしろ都合が良かった。
「あなたは?」
「ん?」
「あなたは誰かへの義理でこんなことをしているのですか?」
「マダムに言われたから、だよ」
「そうだったのですね。……私はてっきりあの少女たちのためかと思っていました。名前は確か、そう。錠前サオリ、戒野ミサキ、槌永ヒヨ……おっと」
時間稼ぎに徹しようとしていたのに、こいつがサッちゃんたちの名前を挙げるもんだから、反射的に持っていた儀礼剣を心臓に突き立てていた。
何度も繰り返した訓練の成果か、はたまた火事場の馬鹿力か、今までで一番冴えた一撃だった。
しかし胸部へ吸い込まれるように放たれた刃は、当たる前に難なく素手で止められた。
キヴォトス人の肌すら簡単に切り裂く刃だっていうのに直接刃を握って血の一滴も出ていないし、剣は押しても引いてもびくともしない。
「ごめん。手が滑っちゃった」
「ふふ。ええ、ええ。それでこそです」
ダメ元で苦しい言い訳をしてみると、帰って来たのはこちらを肯定するような言葉。
相変わらず顔はぼやけていてよく見えないが、攻撃されたにもかかわらず女は笑っていた。
マダムがするような邪悪な笑みではない。
さながら古い友人に送るみたいに優しい笑みだ。
「あなたがただの傀儡ではなく人であるなら、取引をしましょうか」
「……?」
「私があなたに与えるのは、あなたが無事のまま、『ユスティナ聖徒会』を顕現させるに足る支援。私があなたに求めるのは、あなたの血に宿る古い『戒律』。しかしその『戒律』を今すぐに取り立てられるのは都合が悪いでしょう。ですので、全てが終わった後。この騒乱が一区切りつき、落ち着いた後に改めて取り立てる。以上の条件が私の提示する取引の内容です」
───さて、ではもう一度問いましょう。手を貸しましょうか?
剣を突きつけられた直後にもかかわらず、目の前の謎めいた女は不気味な雰囲気を霧散させ、一方的に取引を持ちかけてきた。
……とんでもなく怪しいってことを除けば提示された条件は悪くない。
懸念事項である、取引が守られるかどうかというのも問題ないと感じる。
このモザイク顔を信用した訳じゃない。
私の血に宿るという『戒律』が、両者に必ず約束を守らせることをたった今魂に直接理解させてきたから。
本来であればそれでもこんな取引乗るべきではないが、早く決めないと時間がないですよ、なんて急かしてくるこいつの言う通り今は時間が無い。
先制攻撃でミサイルを落としたとはいえ、トリニティとゲヘナはすでに態勢を立て直している可能性だってある。
そうなればユスティナ聖徒会のような何か特別な力が無ければアリウスのみんなはやられてしまう。
「その取引、乗るよ。手を貸して」
「賢い選択ですね。……ここに契約は成り、これより私は助祭としてあなたを支援いたしましょう」
✚ ✚ ✚
「ところで、あなたのことはなんて呼べばいいの?」
「好きに呼んでいただいて構いませんよ」
「じゃあ全身ぼやけて見えるから“モザイク”でどう?」
「……いいでしょう」