シスターさんのお秘め事   作:とろみ

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13.降臨する『威厳』

 提案された取引を受け入れた後、モザイクはまず私の腕を見せてほしいと言ってきた。

 

 血が頭に回っていなかったせいでよく見えていなかった自分の腕を改めて見てみると、何度も切ったり刺したりした痕が無数にあって、その惨状は昔食べた赤カビが繁茂した食パンを思い出させる。

 

 差し出したその腕をモザイクが優しく握ると、時間が急に進んだみたいに傷口がふさがって、痛みも引いていく。

 

「確認なのですが、先ほどのあなたの儀式はあなた自身の血を贄にユスティナ聖徒会を顕現させるもの、という認識で構いませんね?」

 

 腕の傷が全て回復して見えなくなった後、モザイクは腕を離して話し始めた。

 

「うん。マダムにはそう聞いてる。必要なのは状況と祭壇、そして贄だって」

 

「ではなぜユスティナ聖徒会は未だ顕現していないと思いますか?」

 

「捧げる贄の量が足りなかったから……じゃないの?」

 

「そうですね、それも一つの答えです。ですが、『理解が足りなかった』というのが最も適格な答えです」

 

「理解……?」

 

「儀式を用いて何かを呼び出すには、呼び出す対象への深い理解が肝要です。今回であればユスティナ聖徒会についての理解ですね。それが無ければ儀式の燃費は酷く悪くなり、捧げなければならない贄の量は格段に増えます」

 

「ユスティナ聖徒会については本で色々見たよ。歴史、理念、活躍……、あとは影でしていたことも。儀式に必要だからって言われて全部覚えたけど……」

 

「感心ですね。ユスティナ聖徒会の歴史や理念、活躍などを知ることは、それらをイメージすることを可能にしたでしょう。では、『威厳』はどうですか?あなたの血に受け継がれた『戒命』とそこに宿る『威厳』。戒律の守護者と呼ばれたユスティナ聖徒会の『威厳』をあなたはイメージできていますか?」

 

 ……言われてみれば、イメージ出来ていない。

 というより威厳という単語をその意味以上に深堀りすることが無かった。

 堂々とした感じとか、立派で貫禄があることを意味する単語なのは分かる。

 けれどユスティナ聖徒会の威厳と言われても、具体的なイメージは湧かない。

 なんとなくすごい感じなのは伝わって来るけど。

 

 いや、この場合彼女たちの威厳はどうやって形成されたかに焦点を当てればいいのかな。

 聖徒としての品格、影の暗躍、魔を打ち払う聖性?どれもしっくりこない。

 

「ユスティナ聖徒会の『威厳』、それが指すものは……、おや?」

 

 モザイクが何かを感じたのか、台詞の途中でこの部屋の入口の先、暗闇が続く通路を見つめる。

 

 私もつられてそちらを見てみたけど、何もいない。 

 だが目ではなく足が違和感を覚えた。

 

 カタカタカタ、と地面が揺れている。

 ミサイルの着弾のように一度の揺れではなく、断続的な揺れ。

 それもだんだんと大きくなっていて、これは……。

 

「何かが近づいてきてる……?」

 

 疑念はすぐに解消された。

 暗闇の奥、そこに見えてきたのは窮屈そうに岩壁へ体を擦らせながら無理やりにこちらへ向かってくる紫色の塊だった。

 

 ……大きい。この調印台へと続く通路は横にも縦にも広く、大型トラックも走れそうな大きさだったのに、その通路を軋ませながらやってくるあの物体は一体……?

 生物にしては大きすぎるし、機械にしてはボコボコと収縮を繰り返す様が生物的すぎる。

 

 紫色の塊は入口近くまでやってくると、さっきまでの動きが嘘みたいにおとなしく静かになった。

 

 どうやらこの部屋までは入って来れないらしい。

 当然だ。この部屋に続く通路すら窮屈そうに進んできたのだから、それより小さいこの部屋の入口を通れるはずがない。

 

 しかし数秒後、私の楽観的な考えを馬鹿にするように、にゅるり、と軟体生物を思わせる動きでそれは一部だけ体を伸ばして入口から侵入してきた。

 紫の塊だと思っていたのは長い裾と頭巾を持つ紫色のローブであり、伸ばしてきたのは頭巾にあたる部分だった。

 

 水平にゆっくりと入ってきたその巨大な頭は、入口からこちらへ十メートルくらい進んだところで上を向き、顔に被さる布がはらりと開いた。

 

そこには何もなかった。

 

 正確には頭の輪郭があるのに顔があるべき場所は空洞で、木のうろのようにぽっかりと穴を開けている。

 にもかかわらず魂まで見透かす強烈な視線が私を貫いた。

 

 ……っ!

 アレが何なのかは知らないが、どのような存在かは気配で理解した。

 生まれてからずっと過ごしていたアリウス自治区では似た気配をよく感じていた。

 喉笛からほんの数センチ前の場所にナイフを突きつけてくるような、そんな気配を放つ存在や現象はアリウスにたびたび現れていたから。

 

 そして不用意にその存在がいる領域に踏み込んでしまえば、取り込まれて二度と帰って来れなくなる。

 それは実際に消えてしまった何十もの被害者が証明している。

 アレもきっとそうだ。

 人の根幹、魂の深いところまで冒涜の限りを尽くす。

 

 冒涜的な気配に慄然としているうちに、ペンを握りしめた手や、燃える心臓が象られたメダリオンを着けた胴体、土くれで構成された足も続けて侵入してくる。

 あっという間に全ての部位を部屋に入れる事に成功した巨人は、続いて天井へと空っぽな顔を向けた。

 その巨躯に対して天井の高さが足りていないので、座ったまま首を後ろへ直角に曲げて、天井に手のひらと顔だけ付ける奇怪な姿勢をしている。

 

「何をしているの……?」

 

「アツコさん、こちらへ来てください」

 

 常に視界からあの怪物を外さないようにしていると、モザイクの冷静な声が聞こえた。

 当然のように私の名前も把握しているのが気になったが、言われるがままモザイクの方へ身を寄せる。

 近くにはいつの間にか集めていたのか、他のアリウス生たちもいた。

 

 怪物の様子ばかり見ていてモザイクのことは意識外になっていたが、知らず知らずのうちに行動していたらしい。

 

「私がもういいと言うまで少し目を閉じていてください。それとできれば腕でも目を覆ってください」

 

 指示に従い、目を閉じる。

 一瞬でも警戒を解いたら即殺されそうな埒外の怪物を前にしたままただ目を閉じるというのは精神が削れるもので、多分十秒も無かった真っ暗な時間は一分にも十分にも感じた。

 

「もういいですよ。ゆっくり目を開けて下ください」

 

 恐る恐る開けた目が最初に感じたのは眩しさ。

 それも目が痛くなるくらいの光。

 

「なっ……」

 

 光がこの地下空間を照らしていた。

 炎だとか軍用ライトの人工的な光じゃない。正真正銘、空から降り注いだ太陽の光。

 それが天井から差してきていた。

 

 見上げるとそこには地下から地上までの地層を貫く、幅三十メートルもありそうな大穴が出来ていた。

 

 誰がそれをしたのかは明白だった。なぜならその穴は、先ほど巨人が顔をべったりと付けていた所を中心にして空いていたから。

 

 冷や汗が垂れる。

 私が目を閉じてたほんの少しの間で、あの怪物は音もなく地上までの四十メートル、全ての地層を消し飛ばしたんだ。

 

 頭上を邪魔するものが消えた怪物は地面を揺らしながら立ち上がり、四本あるうちの二本の手を組んで頭を後方へ少し逸らし空を見上げる。

 その様は天からの光に歓喜する敬虔な信徒にも見えた。

 

「───ヒエロニムス」

 

 隣に立つモザイクがつぶやく。

 それと同時くらいに怪物が天を仰ぎ佇むのを止め、こちらを向いた。

 

「……『太古の教義の受肉』とまで形容されていたにしては、想定よりいささか矮小でしたね。卑俗なパリンプセストの具現化と言った方が正確でしょう。しかしちょうど良いところでした」

 

 すでに巨躯の怪物は虚ろな顔をこちらに向けて迫って来ているというのに、モザイクは気負った様子を見せず逆に怪物を冷静に見定めていた。

 

「アツコさん、あなたの血に刻まれた戒命、『威厳』を顕現させるには強く明確なイメージが必要です。よく見ていてくださいね」

 

 モザイクはいつの間にか取り出していた銃を片手に、怪物の方へ歩いていく。

 無謀だ、とは思わなかった。

 一歩進むごとに増していくプレッシャーは怪物のそれと並びたち、ついには超えるまでに感じたから。

 

「ユスティナ聖徒会の『威厳』を形作るのは聖性でも慈悲でも権威でも愛でもありません」

 

───全てを押し潰す、圧倒的な力です。

 

Vana Lamentationes

 

 幾千の甲高い悲鳴にも聞こえる不快な音を出して、モザイクの銃から身の毛もよだつ一撃が発射された。

 それは影を切り取って作られたかのような黒い跡を空間に残しながら真っすぐに怪物へと向かった。

 

 向かってくる一撃に対し怪物は虚ろな顔の中心に光を生んだかと思えば、次の瞬間まばゆい光線を闇の弾丸に向けて放つ。

 だが、つい先ほど天井を消し飛ばしたのと同じものであろうその光線は、もはや断末魔じみた声を出す闇の弾丸にあっけなく引きずり込まれ消える。

 

 それを見た怪物は、光を突破した闇の弾丸を防御しようとしたのか、それとも受け流そうとしたのか、腕を伸ばした。

 

 しかしいずれにしてもその行動は何の意味も無かった。

 

 弾丸は何の抵抗も許さず怪物の胴体中央に着弾し、同時に周囲の景色を歪ませる。

 光の軌道すら捻じ曲げ景色を歪ませたそれは、ブラックホールを想起させる引力だった。

 

 着弾した位置を中心にして、書き損じた紙を丸めて潰すように怪物は乱雑に圧縮されていった。

 空中に浮いたまま、腕や足はあらぬ方向に曲げられ何度も折りたたまれる。

 

 怪物も異常な耐久を見せその引力の渦から逃れようともがくが、その度に骨が折れ、折れた骨同士が擦れ合う耳の奥にこびりつく雑音を響かせるだけに終わる。

 

 どんどん圧縮され小さくなっていき、やがて怪物だったそれは小さな球となったあと、表面を影に覆い隠され黒く染められた。

 

 そして今更思い出したかのように本来の重力に従い落下した。

 黒いインクの雫にも見えるその球体は地面にぶつかると、しまいには球の形すら保てず、びしゃりと弾けた。

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

 光差し込む地下に静寂が訪れる。

 

 ……終わった?

 

 目まぐるしく変わる状況が落ち着き、脳がようやく現状を理解した。

 

「『威厳』は理解できましたか?」

 

 こちらに振り向いていたモザイクがそう聞いてきた。

 今しがた巨躯の怪物を押し潰して殺したとは思えないほど穏やかな声だった。

 

「……うん」

 

 多すぎる情報量に圧倒され呆けていたが、二つの強大な存在を前にして生存本能が働いたのか、なんだか頭はこれまでになく冴え始めている。

 

「今ならイメージできるよ」

 

 祭壇に向き直り、血濡れの紋様へ手をかざす。

 

 言われた儀式のやり方自体は間違っていなかった。

 でも私がやろうとしていたのはユスティナ聖徒会を丸ごと生き返らせるような無謀なものだった。

 だからいつまでたっても顕現は叶わなかったし、死ぬまで続けてたところでまともな顕現は成されていなかっただろう。

 

 必要なのは生前のユスティナ聖徒会ではなく、その力のみ。

 『戒命』に従い、何度死んでも振るわれる力。

 そこだけを顕現させる。

 

「来たれ」

 

「『不死身の軍団』、『戒律への自縛者』……すなわち」

 

「───(かげ)りし聖徒の霊像よ」

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

 儀式は過不足無く成された。

 

 血に濡れた呪いの紋様は脈動するように蠢き、赤黒い触腕となって調印書へと向かう。

 そして宙を這う触腕の先が調印書に触れた時、影が現れた。

 

 古めかしいシスター服、個の人格など見えない仮面。風も無いのに揺れるベール。

 青白い肌に、今にも消え入りそうな四肢の先端。

 砕けたヘイロー。

 

 それは過去の亡霊、ユスティナ聖徒会。

 数百年前に消えたはずの戒律の守護者。

 

 時代を超えて顕現したそれらは、機械的に此度の戒律に従い、裁くべき背反者の元へ向かうため、すぐさま空間に体を溶け込ませて消えていく。

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

 ……成功した。

 

 現れてはどこかへと消えていくユスティナ信徒たちを見送り終え、近場にあったちょうど良い高さの瓦礫に腰を下ろす。

 肉体的な疲労と精神的な疲労、どちらもがピークだった。

 

 目を閉じて、息を整える。

 ぼーっとしていた前頭部が幾分かマシになった。

 無意識に呼吸が浅くなっていたらしい。

 

 そうして少しの間休憩すると、戦闘は難しくても動くに十分な体力と気力が回復したので背後にいたモザイクへと視線を寄越す。

 だがそこには気を失って倒れている他アリウス生たちしかおらず、部屋を見渡しても見つからない。

 どうやらもう立ち去ったみたいだ。

 

 突然現れて、今度は忽然と消えた。

 

 ……幽霊みたいだったな、とひとりごちる。

 ユスティナ聖徒会なんて存在がいるのだから、モザイクも実はそうなのかもしれない。

 

「……ふふ」

 

 頭に浮かんだくだらない考察を止めて出口へと向かう。

 出口の先、床や壁は怪物が無理やり通ったせいで削れて通路の明かりは消えていた。

 しかし足を踏み入れたその闇は、来た時よりも薄く感じる。

 

 ハンディライトの細い光を手に、足場の悪くなった通路を歩きながらモザイクと交わした取引を思い出す。

 

 『私があなたに求めるのは、あなたの血に宿る古い『戒律』。』

 『全てが終わった後。この騒乱が一区切りつき、落ち着いた後に改めて取り立てる。』

 

 全てが終わった後とはいつなのか、戒律を取り立られた私はどうなるのか。

 分からないけれど、今は早く家族に会いたい。

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

 敵方の様子が一部記憶と違ったりするちょっとしたトラブルがあったが、無事にユスティナ聖徒会は顕現し、秤アツコも生存させられた。

 主目的だったユスティナ信徒の確保任務もすんなり終わった。

 

 顕現したユスティナ聖徒会には少し細工をしたし、想定外の動きをしたならこっちで原作通りに動かせる。ヒエロニムスも同様だ。

 これでもうエデン条約編の大筋は変わらないだろう。

 

 ……それにしてもヒエロニムスはあんな姿だっただろうか?

 実は私がいることによるバタフライエフェクトだったりしたら先が不安だが、それはもうしょうがない。

 

 私のブルーアーカイブ本編の記憶は、最終編と呼ばれるところまでなのだから。

 私が気にかけられるのはそこまでのストーリー、それもトリニティが関わることだけ。

 

「~♪~~♪」

 

 予定通り順調に事は進んでいる。

 そのことに気分が高揚して鼻歌まで歌ってしまう。

 

 そんな半分酩酊気味で本部への帰路に着いていると、シャッ、というインク不足の羽ペンが紙を擦ったような摩擦音が脳に響く。

 部下からの通信だ。

 

「影主様、推定ユスティナ聖徒会の幻影による被害が広がっています。ユスティナ聖徒会は通功の古聖堂周辺にとどまらず、トリニティ、ゲヘナの居住地区にまで進出しているようです。一分隊程度の治安維持部隊なら不死能力無しでも単騎で蹴散らせる信徒が、地表だけでなく地下水路や地下鉄にもまばらに出現しているので被害予想が追い付きません」

 

「そうですか。ユスティナ聖徒会の動きはそれだけですか?」

 

「え、ええ。はい。それと一部のアリウス生残党が一般生徒、市民問わず誘拐しています」

 

「誘拐?……ふむ、そちらは対処しましょう。残存している両校の治安維持部隊を現場へ誘導してください。それが叶わないなら人目が付かないよう救出と、周辺の人物に記憶処理を」

 

「分かりました」

 

 連絡事項はもう無いようなので通信を切る。

 

 ……アリウス生残党による誘拐とは。

 またしても原作にあったか怪しい展開だが、政治的な人質にしては無作為で不確実。

 十中八九儀式用の贄の確保が目的だ。それも恐らく秤アツコをユスティナ聖徒会召喚のために使い潰した想定での行動。

 ならば直に誘拐は諦め、部隊を引き揚げさせるだろう。

 極上の贄である秤アツコが生きているのだから、阻止され続ける誘拐にリソースを割くのはメリットが薄い。

 

「~♪~~♪」

 

 再度鼻歌が漏れる。

 楽しい。満たされていく。

 今外は大変なことになっていて、大勢の人たちが倒れ伏しているのに、この身の高揚は静まらない。

 

 一応言い訳をさせてもらうと、これは私の体質によるものであり私の性格から来るものではない。

 キヴォトスには特異な体質を持っている者が数多くおり、それは単純に頑健な肉体であったり、目的を偶然達成できるほどの豪運や、本の形をしていればそれがたとえ霊体であっても修復、複製ができるとんでもないものもある。それらは便利なことが多いが、大抵自発的にオフにすることができない。

 

 私のこの気分の高揚もそのような類のものなので、しょうがないのだ。

 まあ性格も悪いだろと言われれば否定はできないが。

 

 とにかく私のこれはいくつかある体質の一つによるもので、周囲に不安と恐怖が蔓延ると私の力は比例して強くなり、結果として軽い全能感と酩酊感が訪れてしまうのである。

 

 ……改めて考えてみると性格の悪さレベルマックスみたいな体質で自分でも笑えるな。

 

 霊体の討滅にも役立っているので、是非キヴォトスの皆様方にはお目こぼしいただきたい所である。

 

「ふふふっ、んふ。あは」

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