シスターさんのお秘め事   作:とろみ

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16.勘違いの勘違い

 購買部にて無事に目的の品を手に入れた私たちは、差し入れを渡しに一度工事現場へ戻った後、古書館にたどり着いた。

 

「ウイさーん?……返事が聞こえませんね」

 

 古書館の扉を開け、入口からヒナタが呼びかけても反応が返って来ない。

 受付っぽいカウンターにも人は見えず、そもそも人けが全くない。

 

「うーん、今日私たちが訪ねることは知っているはずですし、入館証もあるので入っちゃいましょう」

 

 ヒナタの先導で明かりが少ないドアの先へ足を踏み入れる。

 古書特有のバニラやアーモンドのような匂いがただよう館内は、意図的にか窓があまり配置されておらず、少ないながらも存在している窓も閉め切られていた。

 そのため全体が薄暗く、本を読む、貸し出すというより、保管のための施設という印象だ。

 

 エントランスを抜けて奥の方へ進むと、年季の入ったうずたかい本棚が並んでいた。

 本棚にある本はやはりどれも古く、今ではそうそう使われない文体のタイトルや古語で記された書物もある。

 

 それらには特に興味も無いが、私は歩きながら収蔵された本を確認していく。

 霊的な存在を呼び出さないか、または本自体が霊体になっていないかの確認である。

 

 グッドネイバーは本や巻物などの記録媒体が集められた場所へ定期的に部下を派遣したり私も訪れたりしてそういった確認をしている。

 この古書館も例外では無くすでに確認はしているので心配はあまりないが、職業病というやつなのかつい確認してしまう。

 

 そうして流し見しつつ薄暗い中を進んでいくと、温かい光が周囲の本棚とを照らしている一角が見えた。

 

 近付くとそこには、うっすらと隈を目元に浮かばせた跳ねっ毛が目立つ長い黒髪の少女が本を読んでいた。

 少女が座っている大き目の執務机には、試験管や調合用のすり鉢にハケなど、本を修復するための道具が散乱している。

 

「ウイさん、こんにちは。お手伝いに来ましたよ」

 

「あっ、ヒナタさっ、───へあっ!?!!?」

 

 ヒナタに声をかけられた古関ウイは、本に向かっていた顔を上げヒナタへ挨拶を返したかと思えば、次の瞬間突如奇声を発して椅子から飛び上がり、後ずさりしながら私たちから数メートルほど距離を取った。

 それだけにとどまらず野生動物じみた威嚇までしだした。

 

(……?)

 

「ど、どうかしましたかウイさん!?」

 

 なぜか警戒心が最大になっている様子の古関ウイに、なぜそうなっているか分からないといった様子のヒナタ。

 

「そっ、そっちのっ、そのっ、その人はっ!?」

 

 ヒナタの質問に対し、古関ウイは声を震えさせながら私に向かって指をさした。

 

 ……私?

 

「えっあっ、この人は今日の手伝いに私が呼んだ方です!」

 

 何が何だか分からないが、ヒナタがしどろもどろになりながらも私のことを紹介してくれたので、とりあえず挨拶しよう。

 

「初めまして。私は来栖アルマと申しま……」

 

「へあっ!?!?」

 

 挨拶をしながら一歩踏み出すと、再びの奇声が聞こえた。

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

 実験の結果ひとまず分かったことは、彼女は私が近付くとそれに合わせて奇声を発するということだった。

 

 試しにすり足でにじり寄ってみる。

 

「ヘ~……ア~……」

 

 軽くジャンプしてみる。

 

「ヘアッ!」

 

 その場で小さく行進してみる。

 

「ヘアッ、ヘアッ、ヘアッ」

 

「んふふ」

 

「アルマさんストップ!ストップです!ウイさんが困ってます!」

 

 私が動くたびに変な鳴き声を上げるのが面白くてつい遊んでしまった。

 

「申し訳ありません。少しお遊びが過ぎていましたね。……ところでなぜウイさんはそのように私を警戒しているのでしょう?私はウイさんに何かしてしまっていたのでしょうか」

 

 目の前でヒナタの後ろに隠れて、子猫のようにこちらに威嚇するウイさんに問いかける。

 サクラコじゃあるまいし、ここまで警戒される心当たりがない。

 彼女の中では私と初対面のはずなのだ。

 

 少し時間を空けてから、古関ウイは未だ警戒しつつものそのそとヒナタの後ろから出てきて言った。

 

「い、いえ、なんというか、あなた、普段人前では取り繕っていても、裏では良い笑顔で本とか燃やしてそうだなって……」

 

 ……。

 

「……え、ええ!?アルマさんはそんなことしませんよ!」

 

「そうですよ」

 

 まったくもう。

 

「ちょっとしか燃やしてません」

 

「アルマさん!?」

 

「やっ、やっぱりそうだった!」

 

「なーんて冗談ですよ」

 

「でっ、ですよね……っ!信じてましたよアルマさん!」

 

「ホントはいっぱい燃やしてます」

 

「!?!?!?」

 

「なああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?!?」

 

……この子ら本当反応良くておもしろいな。

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

 あの後は古書館は私が守る!と銃を取り出した古関ウイを二人がかりで宥めて、なんとか場は収まった。

 今は当初の予定通り清掃作業を手伝っている。

 古関ウイの指示に従い、三方に分かれての作業……なのだが。

 

(ジーーーーーー)

 

 し、視線を感じる。

 背中に穴が開いてしまいそうなくらい、若干の敵意が入った目で見られている。

 

 ……ちょっとふざけすぎちゃったかな?

 一応さっきの発言は百鬼夜行自治区で本を燃やして供養する『お焚き上げ』に参加した時のことだと話してひとまず納得してくれてたと思うんだけど。

 彼女は少し人見知りと人嫌いのケがあるとはいえ、ちょっと警戒されすぎな気が……。

 

 よ、よし。自然に話しかけるか。

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

 まさかあの件がバレていたとは……。

 後の祭りですが、ヒナタさんから追加で誰か連れてくるという連絡があった時点で断っておけばよかったでしょうか……。

 

 いや、それも無意味だったでしょうね。

 相手は秘密主義集団シスターフッド、遅かれ早かれこうなっていた。

 

 あの尖兵、来栖アルマと名乗っていた生徒。

 奴を一目見た瞬間感じた身の毛もよだつ悪寒!

 間違いない。私を始末しに来たのだと本能で理解した!

 

 本棚の暗がりに身を潜め、ちらりと様子をうかがう。

 

「あら、ウイさん?どうされました?」

 

 ばかな。奴がこちらに背を向けた時、ほんの一瞬覗いただけなのに。

 音だって出していない。それなのに気付いた?

 もしや……いや、やはり奴はシスターフッドのエージェント。この程度の隠密では通じませんか。

 

「……」

 

「何か追加の指示などありましたでしょうか?……ウイさん?」

 

「あなたの正体はお見通しですよ」

 

「えっ?」

 

「シスターフッド首長、歌住サクラコに近しい人物……そうですね?」

 

「へ?ええ、そうですが……、よく分かりましたね」

 

「やはりそうでしたか……そして歌住サクラコの命令で今日あなたはここに来た、というわけですね」

 

「はい……?いえ、今朝ヒナタさんに誘われてついてきただけですので、シスターサクラコに頼まれたわけではありませんよ……?」

 

「……今更とぼけても無駄ですよ。あの件で来たんでしょう?」

 

「あの……、なんの話でしょうか……?」

 

 あ、あれ。なんか想像していたリアクションと違う……?

 

 先手を取り話の主導権を握ろうと畳みかけてみるも、来栖アルマは不思議そうな顔をするばかりで、本当に心当たりがなさそうにしている。

 

「ほ、ほら。あれですよ。先日の……」

 

「先日?」

 

「あの、私が無断で経典複製したやつ……。あの件で来たんです、よね?」

 

「……えっ?」

 

「えっ?」

 

 二人の間に微妙な空気が流れた。

 来栖アルマは本当に今知ったみたいな顔をして驚いている。

 

 刺客ならここまできてとぼける必要もないし、本当にただヒナタさんの手伝いに付いてきただけ……?

 体が勝手に警戒するあのヤバそうなオーラも、心なしか感じる紙を燃やした時の煙の臭いも全部勘違いだった……?

 もしそうだったら私一人で勝手に焦って自白したということ……?

 

「無断で複製……?えっ、ウイさんそんなことしてたんですか」

 

「……」

 

「ウイさん……?」

 

「していません」

 

「え、でもさっき……」

 

「聞き間違いです」

 

「……もしかして会った時から挙動不審だったのって」

 

「何のことですか?」

 

「いやさすがに厳しいですよ!?」

 

 複製の件が発覚していなかったのなら、ここは知らぬ存ぜぬで切り抜ける!

 ここでこのシスターさえ騙せれば何も問題なんて無いのだ!

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

「……はぁ、分かりました」

 

 数分後、追及を逃れ続ける私に根負けしたのか、来栖アルマはため息と共に私へ向けていたジトっとした目を閉じた。

 

 ……勝った!ついに逃げ切ったぞ!

 

「───ひとまずこの件は報告させていただきますね?」

 

 勝ってなかった!

 

「ちょっ、何しようとしてるんですか!」

 

 懐からスマホを出して操作し始めた来栖アルマの腕を慌てて掴む。

 

「何って上への報告ですよ」

 

「だっ、ダメです!そんなことされたら本格的に私殺されますよ!」

 

「殺されるなんておおげさな……。そんなことされませんよ……。ってうわっちょっと、やめて、引っ張らないでくださいっ!私も一緒に謝ってあげますからっ!」

 

「あなたはシスターフッドの闇を知らないからそんなこと言えるんです!」

 

「そこまで怖がるならなんでそんな危ない橋渡っちゃったんですか!?」

 

「知的好奇心と使命感ですよ!しょうがないでしょう!?」

 

「なに開き直ってるんですか!?そんなこと言ったって後から発覚した時の方がまずいですよ!」

 

「う、うおおぉぉぉおおおお!!!」

 

「ちょっ、わわっ!」

 

「よ、よし!」

 

 勇敢なる突撃が功を奏し、来栖アルマがバランスを崩して床に倒れたところを押さえてスマホは取れた。

 あとはこのマウントポジションを維持しながらじっくり説得して、報告を取りやめさせれば全ては闇に葬られる!

 

「へへへ……このことは黙っててもらいますよ……」

 

 ゴトン。

 

「んえ?」

 

 突然背後からした物音に振返ってみると、そこには今しがた落とされたと思われる段ボールと、信じられないものを見たような顔をしたヒナタさんがいた。

 

「ひ、ひ、ヒナタさん!?」

 

「ウイさん……?アルマさんを押し倒して、一体何を……」

 

「え?これは、えっと……何と言いますか」

 

 なにか上手い言い訳を……。とりあえず秘密をばらされないようにスマホを取ったこと以外の現状を客観的にまとめると……。

 

 私は奥まった暗がりの通路でシスターを押し倒して、『このことは黙っててもらう』と言っていた。

 

 ……ん?

 

 奥まった暗がりの通路でシスターを押し倒して、『このことは黙っててもらう』と言っていた……!?

 

「ひ、ひ、ヒナタさん!?これは、えっと違くてですね!?誤解というか」

 

「えっ、あっ、……そ、そうですよね!私もちょっとこう、何か変な勘違いしちゃいそうでし……」

 

 

「わ、私はやめてと言ったのに無理やり……、うぅ」

 

 

 よよよ……と乱れた服を直しながら、儚げに涙を拭うフリをする来栖アルマ。

 同時にピシリと石のように固まり絶句するヒナタさん。

 

「な、何言ってんですかアンタァァァァ!?!?!!」

 

 大声厳禁の古書館に一つの絶叫が轟いた。

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

 その後一応誤解は解けた。

 

 報告はされた。

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