シスターさんのお秘め事 作:とろみ
アリウス生たちは殺意を持ってテロを起こした重罪人である。
しかしそれは洗脳によって強制的に持たされた殺意であり、彼女たち本来の意思ではない。
では誰が彼女たちに殺意を持たせたのか?
それは『ゲマトリア』と名乗る秘密組織に所属する、ベアトリーチェという大人だ。
アリウス生にはマダムと呼ばれる彼女は、十数年前にアリウス自治区を掌握し、そこにいた子供たちを自身の扱いやすい手駒にすべく、洗脳教育と厳しい戦闘訓練を施した。
洗脳教育には解釈を捻じ曲げた経典の一節と、アリウスの遠い昔トリニティに弾圧され逃亡した来歴が使われ、アリウス生は自分のものではない偽りの憎しみと殺意を埋め込まれた。
そうして道具とされたアリウス生は彼女の命令に従い、トリニティの三人いるトップの内、一人を騙し協力者にして、その後二人を襲撃した。
ベアトリーチェがこのようなことをしたのはトリニティに恨みがあったからではない。全ては人より上位の存在である『崇高』に至るため。
「よ、よくも……!わ、私はまだ……ッ!」
「終わりだよ、ベアトリーチェ」
だがその企みはシャーレの先生とトリニティ、ゲヘナの治安維持部隊、そして都合よく利用し使い捨てたはずの『アリウススクワッド』によって阻止された。
これがブルーアーカイブ『エデン条約編』の結末であり、ちょうど今起こった事実である。
✚ ✚ ✚
長い年月を経て、寂れ崩れてなお威光を残した至聖所の中、二人の大人が対峙していた。
だがその姿は対照的であった。
赤い肌の女、ベアトリーチェは無数にある目を全て憎々し気に細め、地を這いながら先生を睨んでいた。
対する清潔感のあるスーツに白いコートを羽織ったシャーレの先生は、細かな傷こそあるものの、しっかりと二本の足で立っている。
そして同じ大人でありながら、永久に分かり合えないであろう思想を持つベアトリーチェを冷たい目で見下ろしていた。
「たかだか儀式を妨害した程度で図に乗らないでください!まだ私にはバルバラもアリウスの兵力も残っている!
ベアトリーチェは威勢の良いことを言っているが、体は思うように動いていない。
無理も無い。
ついさっきまで崇高の一つである『色彩』の力を取り込み異形の姿へと変異していたのだから、その反動が来ているのだろう。
そんなベアトリーチェへ、かつかつと革靴の音を響かせて近づく先生。
もはや決着は誰が見ても明らかだった。
……はー、やっとエデン条約編も終わりか。
なにかおかしな展開にならないか警戒して、一応最後まで見届けるために来たけど杞憂だったかな?
この後は先生がベアトリーチェを捕縛する直前くらいで、ベアトリーチェと同じ組織に属する『ゴルコンダ』が救出に現れ、先生に長いお話をした後ベアトリーチェを連れて行く。
そこまで確認したら早いとこサクラコの様子を見に行こう。
もうすぐでサクラコ率いるシスターフッドがアリウスへと突入し、アリウス自治区にいるアリウス生残党を鎮圧しに行くのだ。
サクラコが防衛以外の目的で大っぴらに戦闘するところなんてあまり見られませんからね。
部下に録画を頼んでいるとはいえ、これは生で堪能するに限りますよ。
……ふふふ、どんな顔を見せてくれるのでしょう?
かつて袂を別けた同胞が秘境にて生き延び、果てに信念と誇りさえ奪われたその姿を前───
「は、離せッ!離しなさいッ!私を誰だとッ!ユスティナの亡霊共!聖女バルバラ!私を助けなさいッ!」
……あれ?なんか普通に捕まりそうになってるんだけど。
視界には縄で縛られそうになって、抵抗しようとみっともなくジタバタしているベアトリーチェが映っている。
こんな展開だったっけ……?
摩耗と欠落が多くて記憶の細部までは閲覧できていないが、エデン条約の終結はこんなんじゃないはず……。
おーい、ゲマトリアのみなさーん?お宅のベアトリーチェさん捕まっちゃいますよー?
助けなくていいんですかー?
心の中で呼びかけてみるが一向に彼らは現れない。
……ホントに来ない。
え、どうしよう。ベアトリーチェにはこの後『色彩』を呼んでもらう重要な仕事があるんだけど。
いや、先生はどうしようもない悪人相手でも命までは取らないだろうから、ゲマトリアとしてはここで救出しなくてもヴァルキューレの牢屋にぶち込まれた時にでも助けられるタイミングはあるし、別に今じゃなくてもいいってこと……?
それにベアトリーチェがわざわざ呼ばなくとも『色彩』は既にこの世界を捕捉して向かって来ているとは思う。
よくよく考えてみればベアトリーチェはもう用済み……?
なら問題は無いか小さい?この差異を許容するべきか……。
いやでもこれまでできるだけ原作に沿わせてきたわけで……。
「薄汚い手で私に触れるな!立場を弁えなさいッ!」
うんうん悩んでいると本格的にベアトリーチェが連れていかれそうになっていた。
やばい、早く結論を出さないと……。
……よし決めた!
やっぱりここは原作をなぞるべき!
何がどう未来へ作用するか分からないなら、可能な限りそれらしく繕うのが安パイ。
そもそも『色彩』さえ釣り出せればこっちのものなんだ。
偽装霊装の起動確認良し!万が一用の退路の用意良し!
な、なんとかなれーッ!
✚ ✚ ✚
「この私をっ……。────ッ! 」
捕まるまいと暴れていたベアトリーチェの動きが止まり、絶えず私に向けられていた敵意溢れる視線が外れた。
そして次には私の背後へと視線が固定される。
一瞬、子供じみた視線誘導をして現状から逃れようとしているのかと思ったが、その考えはすぐに否定された。
なぜならベアトリーチェの姿は今までの傲岸不遜なふるまいとは別物で、捕食者を目にした被食者のような、あるいは避けられぬ神の裁きを前にした罪人のような、異様な硬直をしていたからだ。
「……!!」
「ああ、落ち着いてください。驚かせたなら申し訳ありません」
意を決し後ろを振り向いた私にそう声をかけてきたのは、正面に絵画を抱えた首無しの男。正確には首無しの彼が持つ絵画に描かれた後ろ姿の男だ。
「ゴルコンダ……!」
彼のことは知っている。
ベアトリーチェと同じゲマトリアに所属する大人で、目的のためなら何をしでかすか分からない危険人物だ。
「そう警戒しないでください。私は戦いに来たのではありません。マダムを連れ戻しに来たのです」
「……それは許可できないよ。彼女にはこれから法に基づいて罰を受けてもら……」
「誰です」
うすら寒い緊張感の中ゴルコンダと会話を交わしていると、突如ベアトリーチェがゴルコンダに向かって不自然な問いかけを飛ばした。
「……」
ぴたり、とゴルコンダの動きが止まる。
元々顔も見えないのに、全ての表情が不自然に停止しているように感じた。
「あなたは誰ですか」
「おやおやおや……、マダム、一体どう……」
「その下手な芝居を止めて真の姿を現しなさいと言っているのですッ!」
甲高い声で糾弾するベアトリーチェの表情は真に迫っていて、目の前にいるゴルコンダにしか見えないこの男が本人ではないと確信しているようだった。
「今の私はより上位の知覚を手に入れている!貴様が姿を偽っていることなど……ッ!?そうか、お前は……お前が、まさか。か、『
「『このお話はこれでお終いです。』」
「グ、がぁッ……!?」
「……!」
まばたきもしていないほんの数瞬のことだった。
いつの間にか私たちの間にあった十数歩分の距離を詰め、ゴルコンダはベアトリーチェの首を掴み、軽々と宙へ吊り上げながらそう宣言した。
「『マダム。先生はあなたの敵対者ではありません。これはあなたの物語ではないのです。』」
「『あなたが起こした事件、葛藤、過程の数々……。それらは『知らずとも良いもの』に格下げされました。』」
「『あなたは主人公どころか……先生の敵対者でもなく、ただの『
「くッ……!ぐぁ……!?」
淡々と紡がれる言葉は一見すればマダムへの遠まわしな罵倒や悪辣な物言いに聞こえる。
しかしそこには何の感情も乗っていなかった。
あらかじめ録音していた音声がスピーカーを通して流されただけのような、もはや慣れすら感じる義務的な朗読。
「『先生……。あなたが介入してしまうと、すべての概念が変わってしまいます。元々この物語の結末はこうではなかったはずなのです。』」
ベアトリーチェへの言葉は済んだのか、今度はこちらへ体を向けて話しかけてきた。
「『友情で苦難を乗り越え、努力で打ち勝つ物語……?私が望んでいたテクストは、もっと文学的なものだったはずなのですが……。』」
「……」
「『ふむ……申し訳ありません。不快にさせてしまったようですね。』」
私が黙っているのは不快だからではなく、不可解だからだ。
私に話しかけているようで、そうではない。
空虚な独り芝居をする目の前のゴルコンダを装っている何者かの目的が見えない。
「『それでは、私はマダムを連れて帰ります。マダム、起きてください。』」
「……」
「『もしかして私の邪魔をするつもりでしょうか?どうかそのような決断はなさらないでください、先生。』」
マダムを連れ、こちらに背を向けたと思えばまたすぐに私に向き直った。
……意味が分からない。
私はあのゴルコンダもどきに対して何も言っていないし、何の行動も取らなかった。
ベアトリーチェを連れていかれるのを阻止することより、これ以上この男を生徒たちの近くに居させないことを優先したからだ。
それなのにこの男は、まるで私が止めたような口ぶりで話を続ける。
「『たとえば……私は様々な道具を生産できます。あなたが持っているその『ヘイローを破壊する爆弾』も私の作品ですので。』」
「『ああ……もちろん、それをここで爆発させるつもりはありません。あなたには効果もない上に、その実験は結局失敗だったようですから。』」
「『その爆弾が実際にヘイローを破壊できるかどうかを一度も確認できませんでした。私の計画は断じてそうではなかったのですが。まぁ、ですから、それは廃棄する予定です。』」
聞いてもいない情報を垂れ流すゴルコンダ。
その情報はゴルコンダのことなのか、それともゴルコンダのマネをしているこの者のことなのか。
『ヘイローを破壊する爆弾』が無くなるのなら願ったり叶ったりだが、話半分に聞くのがいいだろう。
「『マダム、今回の実験は失敗です。帰りましょう。』」
「ぅ……ぁ」
「『失礼しました、先生。それでは、また。』」
「……」
今度こそ私への話は終わったのか、気道を絞められたことで気を失い、力なくうな垂れるベアトリーチェを引きずりながらゴルコンダは消えた。
「……ふぅ」
張り詰めたおどろおどろしい気配も去り、一息つく。
ひとまず危機は去った。……と思いたい。
……『悔悟無き執行者』。ベアトリーチェと同じゲマトリアの一人、『マエストロ』も以前口にしていた人物だ。
『あそこに見えるは受肉せし教義、『ヒエロニムス』。私の作品……だったものだ。』
『失敗に終わったアンブロジウスとは違い、聖者を習合させたことで、かの福者は列聖されるどころか更にその先へと昇り至ることに成功した。』
『通功の古聖堂に大穴を開けたあれは、まさしく天上の光。神の都、楽園の証明すら可能だったかも知れぬほどの完成度だった。』
『……しかし、奪われた。『悔悟無き執行者』によって。』
『先生、あなたも気を付けるべきだろう。悔悟無き執行者は我々のような秘密組織をいくつも潰し回り、成果やオーパーツを奪ってきた。』
『あなたの持つシッテムの箱、そして大人のカード。それらを奪いに来る可能性はおおいにある。』
マエストロの言やベアトリーチェの推測を全て鵜呑みにするわけではないが、もし先ほどの人物が彼らの言う『悔悟無き執行者』だったとして、シッテムの箱や大人のカードを奪うそぶりが一切なかったことやゴルコンダを装っていたことに疑問が残る。
「……」
気になることが増えたが、今はいい。
生徒たちのもとへ行こう。
✚ ✚ ✚
表面だけだが原作の再現も無事に済み、私はトリニティの郊外にいた。
ベアトリーチェはてきとうに目立たない場所へ投棄した。
自力で帰るか今度こそゲマトリアの誰かが回収しに行くだろう。
そうならずともベアトリーチェには保険を仕込んでおいたから、何かあればこちらから操作してやればいい。
そんなことよりサクラコの動向だ。
サクラコの監視に付けていた部下に連絡を飛ばす。
「私です。そちらの状況を報告してください」
「現在シスターフッドは救護騎士団、正義実現委員会、ティーパーティ親衛隊と共同でのアリウス自治区の鎮圧作戦を成功させ、サクラコ様は戦後処理のため他首脳陣との合流を目指しています」
「……それはつまり、もうすでに戦闘は終わったということですか」
「え、ええ、……はい。おおむねは。アリウス勢力はごく少数が初撃から逃れ現在ゲリラ戦を仕掛けていますが、それもすぐに鎮圧される見込みです」
「…………そうですか」
「……影主様、あの、録画はできておりますので……」
「……はい、感謝を。監視はもう十分ですので、そちらも機を見て引き上げてください」
「了解しました。録画データは戻り次第送信いたします」
話は終わり、連絡を切る。
「はぁーーー……」
み、見逃した……。
もしかしたら今からでもまだ間に合うかと期待したけどさすがに無理かあ……。
く、くそぅ……なんでこんなことに。
……それもこれも全部ゲマトリアの連中のせいだ。
なんで回収に来なかったんだあいつら。ぐぬぬぬぬ……。
……唸っても仕方ない。
悔しいけど今回は録画で我慢しよう。そして次に生で見ればいいじゃないか。
『色彩』が来ればおのずとサクラコも動く。
その時改めて生で見ればいい。