シスターさんのお秘め事 作:とろみ
突然自分の手の大きさを聞かれた時、具体的に答えられる人はどれくらいいるのだろうか。
もし昨日よりも一センチ小さく、あるいは大きくなっていたとして、ほとんどの人は気付かないのではないだろうか。
私は答えられる。縦に何センチで、横に何センチか。厚さはどのくらいで、それぞれ指関節の比率はいくつか。
でも今日の手は昨日の手とは違った大きさに見える。
昨日もそう見えたし、その前もそう見えた。
だから私はよく自分の手のひらを見る。
定規で計ってみると昨日と変わらない手のひらがそこにはあるのだが、どうにも違う気がするので目から遠ざけてみたり近づけたりして確認する。
✚ ✚ ✚
……いやほんとに大丈夫だよね?
普段相手にしてるやつらを考えると勘違いとも言い切れなくなるのが面倒過ぎる。
認識を塗り替えるやつとか物理的に変形させるやつ結構いるもんなぁ。
この間なんか小顔加工し過ぎて奇妙なバランスになった画像みたいにされてた被害者いたし。
しかも認識いじられてたから本人含め誰も気付いてないっていう。
「今、何をされていたのですか」
「へ?」
いきなり声をかけられたので変な声が出てしまった。
振り向くと妙に威圧感を出している少女が立っている。
害意や悪意を向けられた時は一瞬で察知できるのだが、そのような負の感情が無かったので気付かなかった。
「何を、と言われましても、次の授業は体育ですのでこうしてグラウンドで待機しているだけですが……?あの、ミネさん?なぜそんな物々しい雰囲気を出しているのですか?」
綺麗な青い長髪と、同色の大きな翼を背後に覗かせる彼女は蒼森ミネ。トリニティでもかなり古い歴史をもつ救護騎士団の当代の団長である。
彼女とはクラスメイトの間柄であるので、私がここで待機してるだけなのは分かっているはずだが……。
なんか怪しまれている?いやそんなわけないか、サクラコじゃあるまいし。
「何をしているか聞いたのはそちらのことではありません。先ほどから手のひらを遠ざけたり近づけたりして何をしていたのですか。……私にはあなたが何か『違和感』でも覚えているように見えました」
一文字話すごとに威圧感が大きくなっていく。
背後にゴゴゴ……と燃え盛る炎すら幻視する勢いだ。
ん~まずい。
多分さっきの私の行動がなんらかの病の症状だと勘違いされてる。
彼女、蒼森ミネは優しい心を持つ医療従事者なのだが、素早く確実に治すためなら暴れる患者を殴って黙らせることも厭わない一面を持つ。
というかその一面がとても多い。
トリニティの一般生徒にも『ミネが壊して騎士団が治す』と称されているくらいだ。
「お、落ち着いてくださいミネさん。先程の行動は小さい頃からの癖といいますか、とにかく問題は無いの───」
「救護ッ!!!」
「えぇっ!?」
ブオンッ!と風切り音を出して振りぬかれた剛腕を間一髪で避ける。
あ、あぶなっ!みぞおちを狙った躊躇無い一撃だった。決断が早い!
「ちょ、ちょっと落ち着きましょう?私はこまめに救護騎士団で検診を受けているはずです。つい先日、ちゃんと健康体だと他ならぬあなたが保証してくださったじゃありませ……んんっ!?」
話してる途中なのに再び拳が飛んできた。
「避けないでください。これ以上抵抗するなら、より強度の高い救護が必要になります」
一切の迷いの無い顔でそうのたまう暴走救護モンスターことミネさん。
も、問答無用過ぎる……!
というか強度の高い救護ってなんだよ。
どうにかこの状況を切り抜けないか。
パッと思いついたのは霊装や霊術の使用だけど、こんなしょうもないことに使ってたまるか。こちとら秘密組織だぞ。
何かないか。見る限り探してもここら一面グラウンドだから障害物が無い。
ん?あっ、あそこにいるのは……!
「ヒナタさん!」
「はえ?」
そこにいたのはミネさんと同じくクラスメイトのヒナタ。
次の授業を待ちながら棒立ちで日光浴をしていたようで、呼びかけると気の抜けた返事が返ってきた。
今日も今日とてぽわぽわしている。
「少し手を借りてもっ?」
「えっ、あっ、はい!」
手を貸して、と言ったのをそのままの意味でとらえたのか、両手の手のひらを差し出してくるヒナタ。
違う、そうじゃない。
女子高生と思えないほど重厚な足音を響かせて追いかけてくるミネさんを引き連れながらヒナタに駆け寄り、そのまま背後へ隠れる。
ミネさんもすぐに追いつき、ヒナタを間にして私とミネさんが挟む形となった。
「ヒナタさん、どいてください。アルマさんには救護が必要なのです」
「えっ、あのっ、なっ、何かあったんですか……?」
「アルマさんは重大な病がある可能性があります。かばい立てするならあなたにも救護の手を伸ばします」
「救護の手を伸ばす……?で、でも一応アルマさんにも話を聞いたほうが……わあっ!?」
状況を理解できず、ひとまず穏便にことを済ませようとしたヒナタに対し、話が通じないなこの人……と言わんばかりにミネさんは拳を振りかぶった。
このままではぽわぽわシスターがぼこぼこシスターに転職してしまうように見えるだろう。
しかし。
「!?」
「わー!落ち着いて!落ち着いてください!」
振りかぶられた剛腕はヒナタに止められている。
そう、実はこのシスターヒナタ、強者ひしめくキヴォトスでも五指に入る怪力!
チェーンカッターも無しに鉄の鎖を指で引きちぎれるし、うっかりで石壁を粉砕するほどの身体能力!
「ヒナタさん……!これほどまでの力を持っていたとは……!」
続けざまに放ったもう片方の拳も止められ、ミネさんは驚きの声を上げる。
「話を!ミネさん話をしましょう!?」
どんどん気迫を増していっているミネさんを前に、ヒナタは慌てながらも両の拳をがっちりと掴んで止めている。
そしてお互いどれだけの力をこめているのか、二人が立つ地面にクレーターのような凹みができてきた。
迫力が増す勝負は一見互角のように見えるが、しかしながらヒナタの方がじわじわとミネさんを押さえつけてきている。
ふふふ、さすがの救護騎士団団長といえども、技量が関係ない純粋な力勝負ではヒナタには勝てまい。
さっきまでとは立場が逆転し、今度は私が彼女を好きにできるというわけだ。
✚ ✚ ✚
「アルマさん!アルマさんからも何か───」
「ふふふ……、勝負は付きました。あなたの負けです。ミネ団長」
「「!?」」
ヒナタさんの背後に隠れていたアルマさんはその姿をさらし、いつものような穏やかな微笑みではない、まるでサクラコさんのような何か含んだ笑みをしてそう言った。
「どういう、意味ですか」
「そのままの意味ですよ。あなたはヒナタさんに勝てない。拳は止められ、もはや私に振り下ろすことは叶わない……」
アルマさんは底冷えするような、普段とは違う雰囲気をまき散らしている。
「どうか落ち込まないでくださいね。あなたが負けてしまったのも仕方ありません。いえ、むしろ生身のままでそこまで食い下がれたことに拍手を送りましょう」
「生身……?一体何を言っているのですか!」
私がそう言うとアルマさんはわざとらしく肩をすくめた。
「おや、口を滑らせてしまいました。……そうですねえ。あなたに敬意を表し、冥土の土産にこんな噂話を聞かせてあげましょうか」
『シスターフッドは人体改造技術を使って『怪力シスターロボ』を開発している』
『『怪力シスターロボ』作成には運悪くその真実を知ってしまった生徒や何も知らないシスターが使われる』
『改造されてしまった生徒は改造された自覚もなく今まで通り生活していく』
「……ふふふ、なぜシスターヒナタがあなたを凌駕する力を持つか、理解出来ましたか?まあ理解したところであなたの運命は変わらないのですがね、ふふ」
頭を鈍器で殴られたような衝撃。
秘密の多い組織だとは思っていましたが、裏でまさかそんなことを……!
「なんと……!」
「ええ!?私ロボだったんですか!?」
「さあヒナタロボ、誇り高き騎士に引導をくれてやりなさい」
アルマさんは冷たいまなざしでヒナタさんに言う。
それは友人へのお願いではなく、道具への命令だった。
……本当に、嘆かわしい。
自分の胸の中で熱いものがふつふつと湧き上がっていく。
何も知らぬ無辜の民を自分たちに都合よく改造し、操るなんて許せない。
診察していたというのにヒナタさんが改造されていたことにも、凶行に及んでいたアルマさんにも気付かなかった自分が不甲斐ない。
そして彼女たちをこうさせた環境、到底看過できるはずもない!
「わ、わわ!急にミネさんの力が、強くなってっ」
「あっ、少しからかいすぎたかもしれません。……あのー、ミネさん?さっき私が言ったのは根も葉もない噂ですので、シスターフッドはそんなことしてませんよ?」
「よ、良かった……!私てっきり今日から食べるものが乾電池になるかと」
「なんであなたが騙されているんですか……。あっちょっと安心して力緩めないでください」
ロボットとなってしまった人々を探して治療をしなければ……。
探知方法は?私が気付けなかったことからバイタルデータからは探知出来ない。
ミレニアムに技術提供を求める?
しかし治療を妨害されないとも考えづらい。
まずは改造している本拠地を叩く?
いや考え方が違う、対症療法では駄目だ。
やるべきは根治療法。
そんな悲劇が起こってしまう土壌からの改善。いわば『環境型救護』。
そのためにはまず、ヒナタさんからの拘束を解く……っ!
「アルマさん、もう一回ミネさんに説得お願いしますぅ!ミネさんどんどん力が強くなっていってて、無理やり押さえつけたら壊してしまうかもしれないです……!」
「そのセリフ人と触れ合えない悲しきモンスターみたいですね」
「アルマさぁん!」
「……こほん。ミネさん、聞こえてますか?先ほどのは演技です。ごっこ遊びの悪役の演技です。ちょっとだけ魔が差してしてしまったと言いますか……。……あー、ダメですねこれ。ミネさん聞こえてません」
「なにを騒いでいるんですか!もう授業が始まりますよ!」
「ハスミさん!いいところに!手伝ってくれませんか!」
「へっ?いえまずは何故そんなことになっているのか聞きたいのですが……?」
「それについては私が説明しましょう。今は急を要するので端的に言うと、ミネさんの勘違いが加速していって現在こちらの話も聞こえていないようなのです」
「いつものですか……。分かりました。私が背中側から押さえます」
もう少しでヒナタさんからの拘束が解けそうだ。
できれば穏便に無力化したいので、このままおとなしくしてくれればいいのですが……っ!?
あとほんのもう少しで拘束が解けそうだったところで、背中側に誰かが組みついてきた。
一体誰が。アルマさんは変わらずヒナタさんの横、私の前にいるので候補から外れる。
ヒナタさんから視線を外すのはリスキーだが、ここは一旦後ろを確認しなければ。
一瞬目の前にいるヒナタさんから目を放し、背後を見る。
「なっ!?」
そこにいたのは羽川ハスミさんだった。
日々トリニティの治安を守っている正義実現委員会の副委員長である彼女が私を押さえつけようとしている。
秩序の徒であるハスミさんがなぜ?
……っまさか!
混乱の中、導き出されたのは一つの信じがたい真実。
ハスミさんの持つ黒い長髪、赤い瞳、発育の良い体。
これらは全てヒナタさんと同じ特徴だ。
これが意味するのは。
『シスターフッドは人体改造技術を使って『怪力シスターロボ』を開発している』
『『怪力シスターロボ』作成には運悪くその真実を知ってしまった生徒や何も知らないシスターが使われる』
『改造されてしまった生徒は改造された自覚もなく今まで通り生活していく』
つまり、こうだ。
正義を胸に抱き、生徒が改造されている現場へと潜入したハスミさん。
ですがシスターフッドに見つかってしまい、善戦するもあえなく捕まり、そして……。
「ハスミさん……っ!あなたもそうだったのですね……!」
「違います。あなたが何を想像しているか分かりませんが、多分違います」
おかしいのでは、と思っていた。
体の成長は個人差があるとはいえ、人は一年であそこまで大きくなるのかと。
身長や羽の成長率は高いですが常識の範囲内。しかし胸の成長率が類を見ないレベルだった。
検査しても異常が無かったのとデリケートな部位なのでそれ以上深くは関与しなかったが、それが間違いだったとは。
私が思うに、あれは改造された時に何か機械を増設されていたということでしょう。
……来栖アルマ、若葉ヒナタ、羽川ハスミ。
トリニティ総合学園に入学し、共に過ごしてきたクラスメイトたちがこんなことになっていたのに、私は彼女たちを止められずにいる。
私は、私は……。
「私は……弱いッ!!!」
「何言ってるんですかこの人」
「ま、まだ力が強くなってますぅ……!」
「なんでこの二人に挟まれてまだ倒れないんでしょう……?」
だが自分が弱いから、相手に敵わないからといって逃げるのか?
否!
救護騎士団団長たる私がここで退くなどありえない!
心に刻んだ誓いを思い出せ。
信念の炉へ今一度火を入れろ。
「『救護が必要な場に救護の手を』ッッッ!!!」
「まずっ、押さえられません……っ!」
「きゃあっ!?」
───その日、トリニティには全てをなぎ倒す『救護の嵐』が吹きすさんだ。
✚ ✚ ✚
あの後はヒナタさんとハスミさんを救護し、ちゃっかり一人避難していたアルマさんを追いかけて救護したところで、通報を受けてやってきたツルギさんと戦闘。
体育の授業を受けるため手ぶらだった私は、万全の準備をしてきたツルギさんに敗北を喫してしまった。
それからツルギさんに間に入ってもらってから改めてアルマさんの話を聞くと、人体改造などの話は冗談であり、ヒナタさんの力についてはただ生まれ持った資質であるとのこと。
その後ヒナタさんやハスミさんに謝罪すると、二人ともに意外なくらいすんなり許していただけた。
アルマさんには、私たち両方に非があったので今度ぬいぐるみを扱う店に一緒に行き、お互いに何かプレゼントすることで今回の件は水に流そうということになった。
「はぁ、まったく……」
アルマさんはいつも穏やかで優しいのだが、時たま変なところでアクセルを踏む。
今回の演技なんて真に迫り過ぎだったと思う。
あれも小さな子どもや不良生徒が心を開く一つの要因だったりするのだろうか。
自室に掛けた壁のカレンダーを見る。
そこには今日の日付から数マス横の日付に丸がされている。
アルマさんと約束したぬいぐるみ店に行く日だ。
どんなものを送りましょうか。
彼女はぬいぐるみの形や色にはあまり頓着せず、とにかく柔らかさと手触りを重視している。
そのため可愛いものが好きで、その延長でぬいぐるみが好きな私とは選び方が違うのですよね。
やはりアルマさんの好みに合わせて、柔らかさや手触りが良いぬいぐるみを送った方がいいでしょうか。
いえ、そういったものは既に自身で購入している可能性も高いですし、単純に私が好きなタイプの可愛らしいものを送るのも悪くないはずです。
実際以前の交換会で彼女から送られてきたのは、縮んで丸まったセンジュイソギンチャクのぬいぐるみでした。
あれは彼女が好むような柔らかさが抜群のものでしたが、ビジュアルがだいぶリアル寄りで生々しかったんですよね……。
流石にもう慣れたので今では寝るとき胸に抱いたりもしますが、当時は手に持つのもちょっと勇気が必要でした。
「ふふっ……」
小さく笑い声が漏れる。
およそ一年前にセイア様が襲撃される事件が起きた。
私はセイア様の身の安全を確保するためセイア様が死んだと偽装し、共に一年近く学校を離れ、隠れ潜んだ。
そして最近ようやくその事件は解決し、学園へと復帰できた。
あの時の判断を後悔はしていないが、私の心は少し寂しさを覚えていたらしい。
形はともかく、久しぶりにクラスメイトたちと騒がしく過ごす日常は楽しかった。
「おや?」
今日あったことを書き終えて日記帳を棚へ仕舞おうとした時、ぱさり、と紙片が日記帳から零れ落ちた。
拾い上げて確認してみると、それは私が普段使っている大きめの付箋であった。
『何かを
覚えているのに
気にしなくなっていっている
救護を成せ』
そこに書かれていたのは走り書きの言葉。
よほど急いでいたのだろうか、インクがかすむくらい強い筆圧で書かれている。
かなり荒れているが筆跡は多分私のものだ。
『何かを 覚えているのに 気にしなくなっている』
患者の病態についてのメモ?
この短い内容では正確に判断できないが、記憶と感情・関心を結びつける脳のシステムに異常があるということだろうか。
考えられるのは解離性障害、ストレス障害、前頭葉機能障害などがあるが……。
いや、いずれにせよそういったものは全てカルテに記す。
患者の個人情報をいたずらに外には持ち出してはいないし、こんな断片的にしても意味がない。
『救護を成せ』
これは自分へ檄を飛ばしている、のだと思う。
……もしかして私がその患者だと言っている?
いつかは覚えてないが、セルフチェックで何か病の疑いがあって、それをメモした?
確かになんとなくだが昔このメモを書いた気がする。
念のため検査をしましょうか。
明日のスケジュールに、脳の検査をするよう書く。
医者の不養生とはよく言ったものだ。気を付けていたつもりだったのだが。
今日は早めに床に就こう。