シスターさんのお秘め事 作:とろみ
厳かな内装の会議室の中、十数人のシスター服を着た少女達がU字型の机に座り議論を交わしていた。
私はそのU字型の机の中央、ぽつんと配置された豪奢な椅子に座り、その議論を眺めている。
議論を交わしているのは、トリニティ総合学園にある『シスターフッド』に所属している者たちだ。
シスターフッドという組織は宗教組織であり、その活動内容は懺悔を通したカウンセリングに布教活動、そして慈善活動などを主にしている。
しかし目の前の議論では「反社会組織構成員の尋問結果」や「今月自治区内に出現した霊体の分布」など、シスターフッドの活動からは大きく離れた内容ばかりが話されている。
それもそのはず、ここにいるのはシスターフッドに所属しながら、裏では「グッドネイバー」という秘密組織にも所属している者たちだからだ。
グッドネイバーの活動内容を簡単に言うと、シスターフッドに近づく“悪いもの”を排除することである。
その“悪いもの”というのは「悪い人」だったり「悪い霊」だったりだ。
しかし相手が悪い人だろうと法を介さず私的に罰を与えるのは後ろ暗いことであるし、悪い霊がそこらにいることが知れたら社会に無用な混乱を招く。
そのためこうしてコソコソと影で情報を収集、精査したり、色々な計画を立案、実行したりしている。
つまりグッドネイバー構成員は、同僚であるシスターたちを守るため、正体を隠しながら日々活動しているのだ。
「では今回の最も大きな議題に移ります」
そう言ったのは今回の会議の進行役であり、霊的異常物品や最新のテクノロジーを活かしてキヴォトスに起こる霊的事件の情報を収集したり、事前に察知する部門を任されている幹部の少女だ。
「トリニティ、ひいてはキヴォトス崩壊規模の災厄が予測されました」
その発言が会議室に響き渡った瞬間、ざわめきが起こった。
「来訪地点の特定は済んでいるのですか?」
「時期は?どのくらいの猶予があるのでしょう?」
「止める?受け流す?それとも逃げる?」
「皆様落ち着いてください」
進行役の彼女が口々に質問を飛ばす少女たちをなだめ、議論を進める。
「概要についてですが、時期については今から一月から数か月後、そして災厄のきっかけとなるのはおそらく……エデン条約。
そして予測された霊的災厄はふたつ。ひとつが『ゴースト』の顕現、もうひとつが『終末因子』級の霊体の飛来です」
絶望的な予測に会議室が静まり返る。ここに集まっているのは全員が霊的現象に対するエキスパート。それゆえに事の大きさが理解できてしまったのだろう。
霊的災厄とは一般的な自然災害ではなく、物理法則から外れた超常的な災厄。
「ゴースト」の顕現とは、過去存在した何かしらが蘇ること。
「終末因子」級の霊体の飛来とは、世界を単騎で滅ぼせる力を持った存在、ブルーアーカイブ本編でいうなら「色彩」レベルの存在がやって来るということ。
つまり進行役の子が言っているのは、過去存在した何かしらが蘇る災害と、世界を単騎で滅ぼせる力を持った存在がやって来る災害が同時に二つも予測された、ということだ。
……控えめに言ってかなり絶望的な観測なのに、私はここから更に彼女たちを追いつめる発言をしないといけない。
「まずは我々がこの災厄に対し大まかにどのような動きをするのかを決めます。準備が出来た方から順に意見をお願い───」
「いえ、その必要はありません。我々グッドネイバーはこの件に積極的な関与をしません」
進行の言葉を遮った私の発言に、会議室にいた全ての者が目を見開き絶句する。
医療部門幹部に至っては私が発狂した可能性や操られている可能性を考えたのか霊装を構えている。
「影主様、恐れ入りますがもう一度お聞かせ願えますでしょうか。
わたくしの聞き間違いで無ければ、先程の発言は我々グッドネイバーの理念から外れているように聞こえました」
衝撃からいち早く復帰した戦闘部門幹部がこちらを見やりそう言った。
一切の冗談は許さないと、強い意志を持った目で見つめる彼女へ冷静に言葉を返す。
「それではもう一度言いますね。予測されたエデン条約を発端とすると見られる大規模な混乱に対し、我々は関与しない、と言ったのです」
彼女は信じられないものをみたような顔をして医療部門幹部の方に視線を向け、私が正気で先の発言をしたことを確認する。
「……ッ。それはっ、何故ですか!何もせずただ見ていろと言うのですか!?我々の大切な方たちに危機が迫ってるのです!その中にはあなたの『隣人』であるサクラコ様もいるのですよ!?影主様はそれを容認するのですか!?」
「落ち着いてください。理由は二つあります。一つ目に、エデン条約自体の取り消しや混乱の元凶への対処が難しいことがあります。正確にはそれをした場合、他業務が疎かになり、災厄とは関係ない霊的事件の多発、最悪の場合秘密組織である我々の存在がシスターフッドや世間に露見してしまう恐れもあります。二つ目に、これは表の方々で対処ができることであり、また対処すべきことでもあるからです。」
それっぽい理由を挙げる。だが本当の理由は本編通りに進んでもらうためである。
ブルーアーカイブの本編はいくつもの小さな要因が複雑に絡み合って出来たものであり、ここで私たちが変に動くと物語の行く末がどうなるか予想がつかない。
下手に介入して悪い結果になっては困るのだ。
「それは理由になっていませんっ!全ての対処ができないことと一切の手を差し伸べないことは別の話です!それに『ゴースト』の顕現や『終末因子』級の霊体の飛来はまさしく我々が対処すべき事柄です!それなのに何故そのようなご判断をっ!?」
彼女は納得がいかないようで語気を強めながらも、しかし冷静に私の詭弁に反論してくる。
流石に誤魔化せないか。しかし虚偽の証言の看破が得意な子もいるからいい加減なことも言えない。
この手は多用はしたくないのだが……しょうがない。
「申し訳ありません、初めから伝えるべきでしたね。今回の判断は私独自の経路にて入手した情報を考慮して決めました。しかし皆さんにはその情報の入手経路、及び内容については一切の開示は出来ません」
私がそう言うと彼女は勢いを弱めた。
この組織は人知を超えた物品や霊体を多数保管しており、その中には影主たる私しか使用出来ないものある。
それに加え、強力な効果の物品はそれに比例した重い使用条件があることも多い。彼女は私がそれらから情報を入手したのかと思案しているのだろう。
「そう……だったのですね。それでも、しかし……」
「ええ、納得出来ない者もいるでしょう。ですのでこの会議が終わり次第、影守全員に通達し、希望があれば騒乱の間、百鬼夜行自治区にそれぞれの『隣人』を連れて避難出来るよう図らいます」
✚ ✚ ✚
会議も終わり、私は帰路についていた。
思い出すのはつい先程の会議でのこと。
最終的にあちらが折れてくれて、エデン条約に積極的な関与はしない方向に話はまとまった。
だがそれは発言主である私の今までの功績を考えての苦渋の選択であり、ついぞ心配そうに顔を歪めていた。
あの反応は当たり前だ。今までシスターフッドの皆に迫る危機や悪意を事前に排除していたのに、突然リーダーが今回は見過ごしますなどと言い始めたら困惑するだろう。
しかし私は知っているのだ。これからキヴォトスには様々な試練がやってくる。
エデン条約を起点に巻き起こる騒乱すら前座になる強大な苦難。
それを乗り越えるためには表に住む彼女たち自身の成長が必要になる。
後は本編通りに事が進んでくれさえすれば……。
「上手くいってくれるといいのですが……」
本編通り進むか確証が持てていないのは、本当に小さいが原作と差異があるからだ。
それは───
「何が上手くいってくれると良いのですか?」
「ひゃっ。……さ、サクラコ?」
「ふふ、アルマの驚いた顔なんて珍しいものが見れました」
不意に後ろから話しかけてきたのは、シスター服に身を包み、銀の長い髪と切れ目な赤紫色の瞳を持つ少女、シスターフッドの長である歌住サクラコだった。
原作との小さな差異、それはこれだ。
プライベートな友人が皆無だったはずの歌住サクラコに、来栖アルマという幼馴染がいること。
「それで、なにか困りごとですか?」
「ええ、友達がいな……、年々増していくカリスマの代償に親しみやすさが減っていく幼馴染の今後を憂いていたのです」
「今友達がいないと言いかけませんでしたか!?なっ、なぜそんなことを……」
驚いた私を見て楽し気に笑っていたサクラコへ、話題逸らしついでに少しいじわるを言ってみれば、うぅ……、とサクラコは顔をしおしおとしぼませた。
その姿は小動物っぽく親しみやすさに溢れていて、こういう顔を普段から見せれば友達なんかすぐに出来るだろうに、と内心つぶやく。
「まあサクラコに友達がいないことなど今に始まったことではありません。そんなことより今日の夕食の方が大事です。なにかリクエストはありますか?」
「そんなこと……。か、構いません。あなたがいるのですから私は十分恵まれています」
「うっ」
こ、この不器用シスターめ、サラッとなんてカウンターを。
「……それで?なにか希望はあるのですか?」
「シチューはどうでしょう?アルマの作ってくれたパンが残っていますし」
「いいですね。そうしましょう」
もう少しだけ、サクラコの友達作りは難航してもいいな。なんて一瞬思って、その考えを頭から振り払いながら私は歩いた。