シスターさんのお秘め事   作:とろみ

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22.わっぴー事変

 私はきっと油断していたのだと思う。

 物事を甘く見ていて、大したことにはならないと楽観視していた。

 離れたところから俯瞰して、まるで対岸の火事を楽しむような。

 

 ───だからこんな結末を迎えた。

 

 無数の刺すような視線の中、心の中でそう呟いた。

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

 エデン条約の後始末もようやく終わり、私とサクラコはちょっとしたお疲れ様会をしていた。

 いつもより少しだけ豪華な料理を並べ、少しだけお高めなデザートを楽しむくらいの小規模なものだ。

 

 サクラコはそこかしこへ出張して出先のホテルで過ごす日々に区切りが付き、私もつい数日前に『色彩』がこちらの世界へ向かっていることを無事観測できた。

 

 私の事情に関してはサクラコは知る由も無いが、とにかくお互い久方ぶりに肩の荷が下りた状態であった。

 

 普通の女子高生のようにわいわいとおしゃべりをするわけでもなく、黙々と料理に舌鼓を打ち、デザートを食べる時に一言二言だけ感想を共有する。

 おおよそにぎやかとは言えないお疲れ様会であったが、その静寂はむしろ心地良いもので、私もサクラコもリラックスできていた。

 

 食後も特に何か話すわけでも何かするわけでもなく、ただ共にゆったりとした時間を過ごす。

 最近顔を合わせる時は大抵仕事の話もしていたので、こうして何もしないひとときは久しぶりであった。

 

「そろそろ私は自室に戻ろうかと思います」

 

 そうして夜を過ごしていると、サクラコがそう言った。

 見れば時計の針は十時を過ぎるくらいで、お開きにはちょうどいい時間だった。

 

「もうこんな時間でしたか」

 

 体感より早く過ぎ去っていた時に驚きつつ、玄関に向かうサクラコに続いて私も見送りに立つ。

 

「明日の登校はどうします?」

 

「共に行きましょう」

 

 明日のことを話しながら私も玄関先へ行く。

 サクラコの部屋は私の部屋の真横なので見送りが必要かと言われれば怪しいが、いつもこうして廊下まで出て見送りをしている。

 

「また明日。おやすみなさい」

 

「ええ、おやすみなさい」

 

「それでは……」

 

「っ?」

 

 サクラコは自分の部屋へと向かい背中を見せたと思えば、バッ、と素早い動きでこちらに振り返った。

 しかもなんか気合いの入った表情をしている。

 

「ど、どうし……」

 

「───わっぴ~~~っ☆」

 

(ッ!?)

 

 それは不意打ちであった。

 

 後は別れのあいさつをして床に就くだけだと気を抜いていたアルマにとって、突然繰り出されたサクラコ渾身の可愛いダブルピースポーズとウインクのコンボは、アルマの思考を彼方に飛ばすのに十分な威力を秘めていた。

 

『わっぴー』

 

 ブルーアーカイブで歌住サクラコがモモトークにて突然に発した言葉である。

 

 何を意味するかは長年議論されており、世界平和を表す『World Peace』を縮めたとされる有力説から、平和のための闘争を表す『War For Peace』を縮めたとする説まで多様な説がささやかれている。

 

 サクラコ学第一人者を自称する来栖アルマ氏によると、

 

「サクラコという生物は世間知らずで流行に疎い、俗にいう箱入り娘なのですが、同時に若者たちの感性や悩みを理解したいなどの理由から、若者っぽい言葉遣いにたびたび挑戦するんですね。しかしなにぶん流行に対する感性がおばあちゃんなものですから、常人から見るとわけの分からない言動をしてしまうんです。今回の『わっぴー』に関しても、おそらくはその習性から来たものかと」

 

 との意見。

 

 それ以外にも『同僚のシスターたちに恐れられている現状を打破する目的ではないか』などの分析も───

 

「あ、あの。なにか変なことをしてしまったでしょうか……?」

 

 サクラコの不安げな色を帯びた言葉で我に返る。

 

 唐突なわっぴーに興奮してフリーズしてしまっていた。

 気づくとサクラコが不安げにこちらを見つめている。

 

 変なことをしてしまったか、だって?

 逆に別れのあいさつにわっぴーと叫ぶことに変じゃないところなんてないだろ。

 

(まあ特に指摘はしませんけど)

 

「……改善の余地こそありますが、なかなか悪くない『わっぴー』でしたよ」

 

「っ!その口ぶり、アルマはわっぴーについて詳しいのですか?」

 

「ふむ、そうですね。わっぴーには一家言あります」

 

「!?ぜ、ぜひ私にわっぴーを教えて下さい!」

 

「私が知るわっぴーの作法はあなたが今しがた行ったものとは少し違いますが、それでも良いですか?」

 

「ええ!お願いします!」

 

 そう言うサクラコに対し、大仰にこほんと一度咳払いをしてみせる。

 それだけでサクラコはウキウキとして目を輝かせた。

 

「『わっぴー』とはこうしてウインクをした顔の横でピースサインを横向きに作り、上体を傾けて元気な笑顔を見せながら行うのが作法です。片足立ちで行うと更に良いですね」

 

「な、なるほど!可愛いですアルマ!あ、少しそのままでお願いします!」

 

 教えると、手首や指の角度まで細かく再現しようと、ちらちらこちらを見ながらポーズを真似るサクラコ。

 

 そうしていくらか時間が経った後。

 

「よ、よし。こうでしょうか。……わ、わっぴー☆」

 

「んっふ」

 

 そこには指示通りのポーズでわぴるサクラコがいた。

 

 わぁかわいい。眼福だ。

 なんてちょろいんだろう、本当に助かる。

 

「すばらしいですよ、サクラコ。まさにわっぴーです」

 

「そ、そうですか?上手くできているでしょうか……?」

 

「ええ、これから存分に使うと良いでしょう」

 

「……あなたにそう保証してもらえると、なんだかとても自信が湧いてきました!さっそく明日から使ってみようと思います!」

 

 嬉しそうに声を弾ませてサクラコはそう宣言した。

 

 ええ、その調子で最近モモトークを交換したという先生に一発かましてやりなさい。

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

 唐突にわっぴーを食らわされた次の日。

 

 サクラコと並んで学園へ行き、朝の清掃活動とお祈りをして、それが済んだら教室へ。

 

 こんな学生らしいスケジュールは久しぶりで逆に新鮮だなぁ、なんて思いつつ大聖堂から教室棟までのそこそこ長い道のりを行く。

 

 道すがら園芸部によって整えられた花壇を観賞し、新しく植えられていた花や近々ある園芸部との共同での活動についてたわいない会話をする。

 

 そうこうしているうちに教室棟の入り口に到着。

 私たち以外にもたくさんの少女たちが登校してきていて、校門前の階段が長すぎるとか、宿題写させてよ~、なんて声が聞こえる。

 

 そんなほほえましい会話を聞きながら私たちも教室棟に入り、教室へと向かう。

 

 トリニティがキヴォトスでもトップクラスのマンモス校なこともあって、朝の廊下はかなり人が混んでいる。が、私たちの周りだけはぽっかりと空間が空いていて、とてもスムーズに動ける。

 

 なぜなら大体のトリニティ生に恐れられているサクラコがいるからだ。

 サクラコの立場と普段の意味深な言動と振る舞いによって、大体の生徒は勝手にビビって逃げていく。

 昨日ゆっくり休めたおかげか、今日はやる気十分って感じに微笑んでいるのでいつもより更に人が離れている。

 

 サクラコと登校する時はこれがあるから楽だ。このカリスマ性あふれる幼なじみさまさまである。

 

 そうして他の生徒よりすいすいと校舎内を進み、数階分階段を上ったところで立ち止まる。

 サクラコとはクラスが違うのでここでお別れだ。

 

「ではサクラコ、また後で」

 

「ええ、それでは……」

 

 

「───わっぴ~~~☆」

 

 

(……!?)

 

 わっぴ~☆

 わっぴ~……☆

 わっぴ~…………☆

 

 校舎内にこだまするわっぴー。

 日ごろの発声練習の賜物か良く通る声が響き渡り、周りにいた者らは全員こちらに視線を向けた。

 

「え、なに今の?」

 

「あそこにいらっしゃるのはシスターフッドのサクラコ様……?」

 

「まさか今のはサクラコ様が?」

 

 突然一体何を、と衝撃で固まると同時、昨日のサクラコの台詞を思い出す。

 

 『あなたにそう保証してもらえると、なんだかとても自信が湧いてきました!さっそく明日から使ってみようと思います!』

 

 や、やりやがった……!

 こんな人の往来の激しいところでわっぴーを……!

 何のためらいもなく……!

 

「ほらアルマも」

 

「へ?」

 

 目の前で行われた常軌を逸したわっぴーに戦慄していると、サクラコが何か期待するように待っていた。

 それは紛れも無いわっぴーの催促であった。

 

「わ、私も?」

 

「はい!」

 

「こ、ここで?」

 

「はい!」

 

 お手本にしたいくらい元気で良い返事だ。

 いつもそのくらいの声色と笑顔してたらシスターフッドの長は怖いなんて噂無くなるのにな。

 

 ああ、現実逃避してる場合じゃなかった。

 

「え、えと……、わ、わっぴぃ~……☆」

 

 最小限の動きと声でわぴる。

 サクラコが今しがたしてみせたような大振りのわっぴーとは違う、いわば省エネ版わっぴー。

 

 これが最善……!サクラコの要望を満たし、かつ余計な注目をされない。

 よくやったと自分に言いたい。

 

「ふふ、アルマ、私に気遣ってくれなくとも良いのですよ。あなたの完璧なわっぴーの前では私のわっぴーが霞んでしまうのを懸念してるのかもしれませんが、わたしはあなたの全力のわっぴーを望みます」

 

「……?」

 

 言ってることが一瞬理解できなかった。

 

 んんん……?

 んんんんんん!?!!?

 なに言ってんだこの超絶天然箱入り娘?!?!??

 

「アルマ?」

 

 あまりの事態に私が動けずにいると、サクラコはそわそわとしながら先ほどと変わらず期待したような目をして私の名前を呼んだ。

 

 ……な、なんだその目は。

 や、やめろ。そんな目で私を見るんじゃあない!

 周りを見てくださいよ周りを!あなたのせいでさっきまでよりすごい人数がこっち見てるんですよ!?

 

 心の中でそう叫んでもサクラコは変わらず目を輝かせて私を見つめている。

 

「……ぅ」

 

 い、いいですよ……!

 

 や、やってやりますよ!ええ!

 この世界であなた以上に優先するべきことなんてないですからねえ!

 こみ上げる恥ずかしさがどうとかこれからの学園生活がどうとか関係ないですよ!

 

 う、うおおおおおおお!!!

 

 目元に横向きのVサイン!

 片足を可愛く上げ、上体を傾けてコントラポストを意識!

 最後にとびっきりの笑顔を作って!

 

 せ~のっ!

 

「わっっっぴ~~~~~☆」

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

「今日もあなたが平穏なる日常を過ごせることを祈っていますよ」

 

 この場にいる者の内でただ一人、たった今私の平穏が消え失せたことなど考えもせず、満足げに去っていくサクラコ。

 

「わっぴー……?」

 

「わっぴーってなに……?」

 

「知らない、暗号か何か?」

 

「一応ナギサ様に報告を……」

 

 ひそひそとざわめく群衆の中、私は一人これまでの行いを深く反省した。

 そして同時に、やってやったぞ、と確かな満足感を覚えていた。

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