シスターさんのお秘め事   作:とろみ

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23.真夜中の提案

 草木も眠る丑三つ時。

 

 現在私は表の業務をこなす一般シスターとしてではなく、グッドネイバーの影主としてアリウス生収容所に来ている。

 

 真面目に警備と監視を行っている正義実現委員会の少女たちをすり抜けて向かうは、アリウス生たちの居住区画。

 

 目当ての部屋にたどり着き、目的の少女がいることを鉄格子越しに確認して中に入る。

 左右に並べられた二段ベッドのうち、右側の一段目にいる黒紫色のショートヘアの少女が今回私がここに来た理由だ。

 

 この目の前ですやすやと寝ている彼女は(かけはし)スバル。

 最後まで抵抗を続けたアリウス生残党の一人であり、長年アリウス生たちの精神的支柱をしていた少女だ。

 

(ふむ。健康状態もだいぶ良くなりましたね。こけていた頬がこんなにもちもちを取り戻しています)

 

 こうして彼女がゆっくり眠れるようになったのは喜ばしいことではあるのだが、今日は彼女と話をする必要があるので、肩を揺らして起こす。

 

 ……起きない。熟睡している。

 

 うーむ、どうしたものか。

 あまり強引に起こして話ができなくなっては困るので、ぺちぺちとほっぺたを軽くはたくだけにとどめる。

 

「う、うぅ……」

 

 ぺちぺち、もちもち、とほっぺたをはたいたりつついたりを続けていると、とスバルさんは顔をしかめてうなり出した。

 

 お。起きたかな?

 

「や、やめてください……もう、んぅ?……ッ!?」

 

 寝ぼけながらふにゃふにゃとした抗議の声を上げていたスバルさんは、覚醒した途端に素早く起き上がり、こちらから離れられる限界である壁際まで距離を取った。

 それは少年兵として育てられ反射の域にまで落とし込められた警戒の動きであり、悪辣な大人の影響が色濃く残っていることの証左であった。

 

「……シスターアルマ?」

 

 そして遅れて焦点の合った瞳で今更ながらに近くにいた者の正体を把握したのか、呆気にとられた様子で私の名前を呼んだ。

 

「こんばんは、梯スバルさん。夜分遅くにすみませんね」

 

「な、なぜここに。というかどうやって」

 

「今日はあなたの現状を伝え、それを踏まえたあなたの展望を聞きに来ました」

 

「え?」

 

「要するに進路相談ですね。そう身構えなくとも大丈夫ですよ」

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

「あの、明日じゃダメなんですか?なぜ今ここでなんです?」

 

 深夜突然に現れたシスターに警戒しつつ小声で問う。

 

 目の前のシスターは日頃から私たちアリウス生のため色々と働いていて、トリニティに対して鬱屈とした思いがあるアリウス生の中でもその評判は悪くない。

 そして私も数回話した時に感じた印象からして、こんな夜中に不法侵入をしてくるようなイメージは無かった。

 

「声は抑えなくとも大丈夫ですよ。心配せずとも誰も気づきませんので」

 

 小声で話す私に対して、シスターは普段と同じような声量で話した。

 それどころか物音を出しながら隅に置いていた備え付けの机や椅子を動かしている。

 

 焦ってルームメイトの後輩たちを見るも、後輩たちは起きる様子も無く寝息を立てていて、夜中も巡回して監視している正義実現委員会もなぜかやって来なかった。

 

「さあどうぞ、座って話しましょう」

 

 この明らかにおかしい状況の中、いつものように穏やかな表情をしているシスターアルマはのん気に椅子へ勧めてくる。

 

「……それでさっき言っていた進路相談とはなんですか?」

 

 ひとまず促されるまま椅子に座り、身構えながら聞く。

 

「そうですね……まず前提として、これはアリウス生全体に行っているものではなく……、梯スバルさん、あなただけに行われる特別なものになります」

 

「私だけ……、なぜですか?」

 

「それはあなたに類まれな才能があり、その才能は放置しておけないからですね」

 

「才能?」

 

「はい。霊的な存在を認知でき、かつ干渉が可能という才能です」

 

「は、はい?霊?」

 

 シスターの口から出た突拍子も無い言葉に困惑する。

 冗談でも言っているのかと顔をうかがってみても、シスターはいたって真面目な顔をしていた。

 

「心当たりはありませんか?他の生徒には見えていないのに、自分だけには何かおかしなものが見えていた、なんて経験は?」

 

「い、いきなりそんなことを言われても……、あっ」

 

「何か思い出しました?」

 

「あるにはあります……けど、これは私の才能というよりアリウスの土地柄のせいかと。ここで生活するようになってから知ったことですが、アリウス自治区は時折良くない存在や現象が現れる、特殊なことが起きる場所でしたから」

 

「あー……、なるほど」

 

「ですから私にその才能があるというのは違うかと。他の生徒にもそれらは見えていましたし、私自身そんな才能がある実感もありません」

 

「ああいえ、合点がいったのは特殊なアリウス自治区の特性がスバルさんの才能の自覚を阻んでいた点についてです。あなたに才能があることは事前に確認できているので。……ふむ、直接見せた方が早いでしょうか」

 

 シスターはそう言って椅子から立ち上がり、ここらでいいでしょうか、と小声でこぼしながら少し移動した。

 

 そして体の正面をこちらに向けた次の瞬間、シスターは自分の指で自分の胸元を突き刺した。

 

「は?……え、何して」

 

 非現実的な光景に驚いているうちに、指先から手首、前腕の中腹までが入っていく。

 

「スバルさんがここへ収容され、早い段階でその才能の有無についてはある程度把握していました。我々はそういった才能を見つけ出す手法を確立していますから。ですが今回こうしてお話ししにきたのは単純な話、先日あなたが霊体の召喚と使役を行ったからです」

 

 私の驚きの声を意に介さず、シスターは自分の胸に腕を肘近くまで突き入れ動かしていた。

 腕が刺さっているというのに、胸からは一切の出血が無いことが一層気味悪さを感じさせる。

 

「召喚を察知した我々は対象の召喚された霊体を鎮圧し、捕縛しました。そして……」

 

 何かを探すように胸にさまよわせていた腕が止まった。

 続いてゆっくりと引き抜かれていく。

 

「コレがその召喚された霊体です」

 

 その言葉と共に、ずるり、と黒く大きな何かが引きずり出され、そのまま床に投げ落とされた。

 

「こ、れは……」

 

 目測で180センチほどの、人の胸から出されたにしてはあまりに不釣り合いな大きさをしたその物体は。

 

「ひっ、人……?」

 

「いいえ、人ではありませんよ」

 

 世間話かのごとく、なんてことない穏やかな声色で言うシスター。

 

 だがそれはどう見ても人の形に見える。

 マリアベールの下に見える肌に生気は無く、超然とした雰囲気を放っているが、人ではないと断言するには難しいほど少女の姿をしている。

 

「え……、でも、これは……」

 

「先ほど申し上げた通り、これはあなたが喚び出した召喚物であり、真っ当な生命ではありません。食事も睡眠もとらず、呼吸すら必要なく、必要なのは召喚者であるスバルさんの力だけ。繋がりのようなものを感じませんか?これに力が流れていく、またはこれから力が流れてきている感覚はありませんか?」

 

 こちらの動揺を無視して淡々と話を進めるシスターに深遠な恐怖を感じながらも、同時に私は彼女の言う通り、床に投げ出されたそれと細い管で繋がれているような感覚を覚えていた。

 

 繋がった細い管でやりとりしているのは感情。

 お互いの持つ憎悪と悲嘆を終わりなく循環させている。

 

 ……この異様な空間でおかしくなってしまったのだろうか。

 

 思わず自分の正気を疑ってしまう。

 そもそもよく分からないことが起きすぎている。

 

「ぐっ……、う」

 

 ……それらが全て真実だと考えるより、この女が私に妙な悪夢を見せていると考えた方が幾分か自然だ。

 憎きトリニティの手先。私を騙そうとしている。

 

「な、に……?」

 

 酷い頭痛と共に意識が混濁してきた。

 流れてくる感情によって自分の中にもう一つ別の意識が芽生えたかのように渋滞して、脳が上手く働かない。

 心が何かに誘導されていく。

 

 落ち着け、梯スバル。

 まずは深呼吸して、それから。

 

 それから……、『審判を下してやらなければならない』。

 

 視界が二つに分かれる。

 一つは元々あった自分の視界、そしてもう一つは地面に倒れているソレ、ラッパ吹きの天使の視界。

 

 私は地面から立ち上がり、手元にある柄が妙に細長いラッパを持ち上げ、吹き口に唇を添える。

 

「おっと。よっぽど相性がいいのでしょうか」

 

 しかし、ラッパが吹かれることはなかった。

 シスターアルマが天使の首を万力のような力で掴んでいたからだ。

 

「……!……ッ!」

 

 頸椎がギチギチと軋む音が直接脳に響く。

 

 発声する機能が無いのか、それともわずかにすら空気を漏らすこともできないほどに喉を締め付けられてるのか、はたまたその両方のせいかただ無言で苦しみ喘ぐしかできない。

 

 抵抗しようと首を掴む腕は振りほどこうとしてもびくともせず、むしろ暴れたことで更に苦しみは増した。

 

 人は窒息して五、六分もすれば気絶する。

 そのまま窒息させ続ければ、最初に脳が止まって、次に心臓が止まる。

 だから、脳を止める時間さえ稼げれば、心臓が動いていても人は殺せる。

 人を傷つける方法ばかり教わったアリウスでの記憶が不意によぎる。

 

 だが、その知識はなんの意味も無かった。

 

 窒息するより先に、ゴキャッ、と小気味良い音を立てて頸椎が折れたからだ。

 首という支えを失ってだらんと垂れた頭は自重によって後ろへ倒れ込み、椅子から床へずり落ちている私自身が見えた。

 

 そのまま反転した視界の中、私自身の姿が遠ざかる。

 同時にもう一つの視界では、首が折れたラッパを持つ少女の体がシスターの中へ取り込まれていくのが見えた。

 

 神経経路も途切れ、かすかにしか残っていない体の感覚でも分かる、刺すような冷たさの中へずるずると引きずり込まれる。

 足、胴体と順に飲み込まれていき、ついに口元まで取り込まれる。

 

 そして飲み込まれる瞬間、バツンと音を立てて打ち切られた視界が最後に見たのは、暗く淀んだ泥のような狂信だった。

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

「自身の持つ才能も自覚できたでしょうし、これから先の話をしましょうか」

 

 シスターは変わらず穏やかな様子で、床にへたり込む私を立ち上がらせて席へと戻し、自身も席に座りそう言った。

 

「必要な情報を順に説明していくので、それらを踏まえてあなたの選択を最後に教えてくださいね」

 

 私といえばさっきよりだいぶ落ち着いてきたとはいえ、未だ鈍く響く頭痛がしている。

 加えて首が折れた生々しい感触が残っていて話を聞くには少し難しい状況だが、それを伝える前にシスターは話し始めた。

 

「まずスバルさんの持っている力、その強度について。端的に言えば、非常に強力です。世界を支配することすら可能でしょう。───必然、あなたの悲願であるトリニティ、ゲヘナの殲滅も叶えることができる」

 

 衝撃で心臓が跳ねる。

 

 トリニティ、ゲヘナの殲滅。

 図らずも長年心中でくすぶっていた悲願を果たせる機会が巡ってきた興奮で、少し呼吸が荒くなる。

 

 私の真意が悟られていた事実や頭の痛みなんて気にもならなかった。

 

「しかし残念なことに、その力を使おうとすれば、トリニティ、ゲヘナどころか世界ごと滅ぼすことになるでしょう。なぜならその力は、知識も技術もないあなたでは制御できない強大な力だからです」

 

───無論あなたの後輩たちも皆死にます。

 

「え……?」

 

 炎のように猛っていた心は、さらりと最後に付け足された言葉によって、水をかけられたように強制的に鎮めさせられた。

 

「あなたには二つの道があります。一つはその力と今日の記憶を消して、日常へ帰ること。もともとあなたに妙な力なんてなくて、今日の夜もまた何もなかったことにするわけです。力と記憶を消す、と言っても後遺症などは残りませんので安心していいですよ。オススメはこっちですね」

 

「……もう一つは?」

 

「もう一つは我々の組織に入り、力の制御を学ぶこと。我々が集積してきた知識と技術を使えば、精密な制御は難しくとも、ある程度の指向性を持たせることは可能でしょう。それどころかもし上手くいけば、向かうところ敵なしになれるかもしれませんね?」

 

 シスターはいたずらっぽい表情をしてそう言った。

 

「ですが、この選択には多数のデメリットが付きます。細かく話すときりがないので、代表的なものを三つだけ話しますね」

 

 空気が変わる。

 空間が凍ったような、冷たくピリピリとした雰囲気が私に纏わりつく。

 

「一つ目に命を失う危険があること。我々の組織に入った者は全員、命を懸けた業務に就いていただくことになります。そして振り分けられた業務によって差はありますが、少なからず命を失うリスクがあります」

 

「命を懸けた業務……」

 

「ええ。我々の業務は主に、霊体の討滅や怪現象への対処になります。それらは人知を超えた特殊能力を備えていることが多く、だいたいは人を死に至らしめる結果を生みます」

 

 冗談を言っているわけではないのは分かる。

 アリウスからここへやって来てから久しく感じていなかった死の気配をその言葉から感じたからだ。

 

「二つ目に命を失えない危険があること」

 

「……はい?それはどういう……」

 

 さっきとは真逆の説明に思わず聞き返してしまった。

 

 失えない。つまり、命を失う危険が無いのならそれはリスク足り得ないのではないのか。

 

「うーん、こう言った方がより分かりやすいでしょうか。命を失えない危険があるというのは、『自分の命を自由にする権利』を奪われる可能性がある、ということですね」

 

「『自分の命を自由にする権利』を奪われる……?」

 

「はい、先ほど霊体は人知を超えた特殊能力を備えていることが多いと言いましたが、実際その特殊能力は多岐にわたり、中には対象を生きたまま体の自由だけを奪ったり、体の組成だけ組み替える、といった能力を持つ存在もいます。そんな存在に追いつめられてしまえば、もはや尊厳を守るための自害すら許されません」

 

 想定していたよりもずっと非道な所業に、冷や汗がつう、と垂れる。

 

「直近の事例で言えば、数百年に渡ってその魂を弄ばれ続けた者がいました」

 

「す、数百年……?」

 

「はい。老衰で死ぬことも叶わず、手慰みに正気と狂気を無数に行き来させられ、最期には存在を反転させられました。……まあそんなわけで、命を失えない危険があること。これが二つ目のデメリットになります」

 

 もはや唖然として声も出なかった。

 

「そして三つ目に魂が縛られること。これまでのものと違い、これは敵による加害ではなく、我々があなたに課す処置になります」

 

「……それは、脱走や裏切りの防止のため、ということですか」

 

 妥当、ではある。

 組織の統制のため、戦場から逃げ出す人間は厳しく処罰されるのは知っている。

 それこそアリウスでは酷い罰を受けることになった者を何人も見た。

 

「ああ、勘違いさせてしまいましたね。そうではなく、これは一定以上の力か知識を持つ人員は例外なく行われる処置になります」

 

 私の発言を受けて説明に補足を加えたシスターは、腰の後ろに手を伸ばしたかと思えば、どこからともなく黒く厚い本を取り出した。

 

「これは魂を冒涜する外道書のひとつ、名を『縛魂骸典(ばくこんがいてん)』と言います。この書の能力は名前の通り『魂を縛ること』」

 

 一見して表紙のすべてが革で覆われているフルレザーのその本は、硬そうな外見とは裏腹に表面がぐにゃりと蠢いたかと思えば、それを持つシスターの手や指にヘビのようにぐるぐると巻きつき、片腕に螺旋を描いた。

 

「喚び出されたユスティナ聖徒会、聖女バルバラの姿を見ましたか?全身を拘束具で縛られていましたよね。あれはこの書の能力によるものです。ああして死後に呼び出されたときに面倒を起こされないよう、処置を行うのです」

 

 尋常ならざる知識と力を無制限に行使されては堪らないですからね、と軽く言うシスター。

 

「さて、これでおおよその説明は終わりです。どうしますか?能力と記憶を消し日常へ帰るか、我々の組織へ入り命を懸けた業務に従事するか。あなたの選択を聞かせてください」

 

 どうするか、なんて言われても、こいつらの組織へと入ることを選んだ際のデメリットが大きすぎる。

 こんな二択で誰が後者を選ぶというのか。

 よほどの死にたがりでもなければ、こんなメリットとデメリットのつり合ってない条件で……

 

 そこまで考えた時、ふと一つの推測が思い浮かんだ。

 

(……まだ、言っていないメリットがある?)

 

「スバルさん?どうされますか?」

 

「……メリットを教えて下さい」

 

「はい?それはあなたが力を制御できるよう助力を……」

 

「多分、それだけじゃないですよね?だってそれは私の事情ですから。我々、と言うくらいですからある程度人数がいるはずで、その全員が私と同じような事情を抱えているとは思えません。であれば、なにか他にメリットがあると考えるのが普通です」

 

「ふむ……」

 

 私が推論を話せば、シスターは自分の顎に指を当て、こちらをジッと見ながら考えこんだ。

 

 魂まで見透かして値踏みをするようなその目を前に、体が委縮する。

 

「……ええ、メリットは他にも存在します。むしろ組織に入る者はほぼ全員がそれを目当てに加入を決意しています。───それは加入者にとって大切な人物の絶対的な安寧の保証」

 

 シスターは間をあけてから静かに話し始めた。

 

「あらゆる手段をもってその者を悪と危険から遠ざけ、仮に加入者本人が死んでも、他メンバーが命を賭してその任を引き継ぎます。言い換えれば、自分を代価にした他人専用の箱舟への優先チケット、と言ったところでしょうか」

 

「箱舟への、優先チケット……」

 

 思わず眠る後輩たちを見てしまう。

 

 それが本当なら、もし世界が滅びることになってもあの子たちだけは生き残れる、そういうことだ。

 

「決断は今すぐにしなくても構いません。一週間後の同じ時間に再びここへ来ますので、その時にあなたの答えを聞かせて下さい。……ああ、念のため言っておきますが、このことを他者へ伝えれば、その時点で力と記憶を消すので悪しからず」

 

 シスターはそう言うと、混乱の中で何も言えずにいる私を置き去りにして、まばたきの間に消えた。

 

 頭ではぐるぐると今夜起こったことが繰り返される。

 私の才能、そしてそれがもたらした二つの選択肢。

 明りも無い夜の闇の中、私はしばらくの間呆然としたまま座り込んでいた。

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

「ふむ、ちょこっとおどかしたら記憶と力の消去を選択すると思っていたのですが、存外冷静さが残っていましたね」

 

 思い出すは先ほどの一幕。

 

「……いや、あれは恐怖によって動けなくなるのを訓練で無理やり矯正された結果でしょうか」

 

 それならば逆効果だったかもしれない。

 

「それか彼女の後輩たちに言及したことがまずかったか、ですね」

 

 ただ力を切望していただけならへし折れた。ただ積もり重なった恨みがあるだけなら塗り潰せた。

 だがあれは……。

 

 私があえて伏せていたメリット。

 それを聞いた彼女はどのような答えを出すでしょうか。

 

 ……いや、正直なところ彼女がどんな選択をするかは予想がつく。

 私の説明を聞く最中、何度も彼女が後輩たちへ向けたあの目。

 あれは私がよく目にするものだったから。

 

 一週間後、もし彼女が私の予想通りの選択をしたその時は……。

 

「はあ。なんとも……ままならないものですね」

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