シスターさんのお秘め事 作:とろみ
見渡す限り緑が広がるトリニティの片田舎。
雲一つ無い空から太陽が照りつける時間帯、少しくたびれた自動車がところどころひび割れたアスファルトの上を走っている。
(……ぬるい。風が生ぬるいです)
もうそろそろガタがきてるな。クーラーがクーラーしていない。
(かといって窓開けても蒸し暑いだけですし)
本来涼やかな風を送るはずの吹き出し口から出る生ぬるい風を浴びながら、いよいよこの車も廃車だな、なんてひとりごちる。
……まあそんなことを思いつつ前回も車検を通したのだが。
私も他のシスターよろしく、知らず知らずのうちにこんなおんぼろ車に愛着が湧いてしまったのかもしれない。
いやそれはないか。
私にあんな子猫や子犬に接する時のように赤ちゃん言葉で喋りかけながらボロ車を整備する趣味はない。
シスターフッドにそこそこいるタイプのシスターたちを思い出し、考えを否定する。
……車について話す時の勢いすごいんですよねあの子たち。たまにグッドネイバーのメンバーに相談されている時を想起させる熱量でボロ車の可愛いところを挙げてくるし。
赤信号で一時停止していると車内全体が大きくガタガタ振動して震えだすんですけど、それがまるで、早く走りたいよ!って言ってるみたいで可愛いんです!なんて語られた時は本当に反応に困った。
停車しただけで車がガタガタ揺れ出すのは普通に怖いと思う。
でも彼女たちみたいな子が出てくるのも仕方ない事情があるのでなんとも言えない。
献金や寄贈を多くしていただいている手前、まだ使えるものをわざわざ取り換えるのは聖職者として良くないよね、という昔ながらのシスターフッドの方針があるため、シスターフッドが所有する車は大抵数世代前のものだったり中古車だったりするからだ。
そして古さゆえに何度も修理したり綺麗に掃除したりしているうち謎の愛着が湧いていき、最終的に車に猫なで声で話しかけるシスターが誕生するのだ。
もともとこのキヴォトスでわざわざ聖職者になるような信心深く情も深い者が多く所属しているのがシスターフッドなので、そうなるのも当然だったというべきか。
……いやまあそんなシスターフッドの裏話はどうでもいい。
問題はこれからこの車に乗る予定のもう一人だ。
冷え性である私としてはこの生温かさでも構わないが、普通の人が耐えられるか。
と思ったが、そういえばあの子はここよりずっと暑い地域出身だったな。
なら暑いのには多少耐性あるだろうし大丈夫か。
道中アイスでも買ってやればいいですかね。
✚ ✚ ✚
ガダダダダダ、とブレーキペダルを踏む足裏に振動を感じながら車を止め、やって来たのはこれまたおんぼろな小さい教会。
無駄に広い敷地にぽつんと立つ、長年雨にさらされて外壁の表面がでこぼことしたその石造りの古い建物は、過疎化が進んでほとんど住人もいないこの地域で唯一の教会だ。
聖堂にエアコンなどは備え付けられていないので、涼しさを確保するためにドアや窓の全てが開け放たれているのが外からでも見える。
両脇に花が植えられたプランターが置いてある道を通り、その辺で拾ったのであろう大きめの石で雑に止められたドアを抜け、教会の中に入る。
入ってすぐに見える誰もいない聖堂は、綺麗に掃除されている木の長椅子と大型の扇風機が一台あり、その風景は寂れよりもどこか懐かしさを感じさせた。
「シスターウツ……」
「あっ!アルマちゃん!」
目的の人物を呼ぼうとしたところで、元気な声が割り込んでくる。
そして奥のバックヤードに通じる廊下からどたどたと騒がしい足音と共に、声の主はライムグリーンの髪をたなびかせてやってきた。
「いらっしゃいアルマちゃん!待ってたよ!」
シスターベールを貫通しているでっかいアホ毛をひょこひょこさせて走り寄ってきたのは
私がこの教会に軟禁している少女だ。
ここへ来たのは彼女を連れ出すため。
今日は大体一ヶ月に一、二回の頻度で行っている外出の日だからだ。
「三週間ぶりですね、ウツツさん」
「もうっ、二人の時はユメって呼んでっていつも言ってるのに~」
私の呼び名に対し、不満そうに口をとがらせる石榴ウツツもとい
彼女は私が偽名で自分を呼ぶのが不服らしい。
「嫌です。もしうっかり外で使ってしまったら面倒ですので」
しかしそんな余計なリスクを負うわけがないだろう。
うちの施設の名前だって外でポロッと漏らしてしまうリスクを考えて、一般の教会の施設や部屋と同じ名前にしてるのに。
「アルマちゃんと一緒の時は大丈夫なんじゃないの?」
「そうですが嫌です」
「ひぃん」
アホ毛までしおれさせてしょんぼりするウツツさんを無視して話を進める。
「出発の準備はできていますか?」
「もちろんっ!一昨日にはできてたよ!」
「水筒とコンパスは忘れてませんか?」
「ばっちりだよ!」
ほらっ、と両腕を広げて体に付けたコンパスが内蔵されたシルバーアクセサリーと肩掛けの大きな水筒を見せてくるウツツさん。
「なら行きましょうか」
満面の笑顔を浮かべるウツツさんを連れて外へ。
ちなみに窓やドアは開けっ放しのままだ。
前に聞いたところ、ここは地元のおばあちゃんたちの休憩所や集会所でもあるから、らしい。
いくら田舎だからといって不用心過ぎると思うが、まあいいか。
✚ ✚ ✚
数時間かけてトリニティ自治区を抜け出しキヴォトスの中心にあるD.U.地区へ。
ここまで来るのは長い距離だったが、ウツツさんはかなりよく喋る方なので、行きほど暇しなかった。
いつも地元のおばあちゃんたちがすごい量の野菜や惣菜をくれるだとか、そのせいで最近体重が……だとか、話題は尽きなかった。
ウツツさんの希望で植物の種や洋服を見回った後、ゲームセンターなんかにも寄ってお腹もすいたので、今はD.U.シラトリ区にある飲食店や屋台が立ち並ぶラミニタウンのレストランにいる。
「例の四人分の受け入れの件は申し訳ありませんでした。急いで準備してもらったのにもかかわらず、無かったことになってしまって」
注文した食事を待っている最中、対面に座るウツツさんにそう謝罪する。
「気にしなくていいよ~。賑やかになると思ってたからちょっと残念だけど、その子たちは他にしたいことがあったんでしょ?」
「はい。ですが彼女たちが選んだのは茨の道です。もし考え直した時のため、部屋の用意は引き続きしておいてもらえますか?」
「うん、まかせて!いつ来ても大丈夫なようにしとくね」
もし考え直したらと言ったものの、あの少女、秤アツコはユスティナ聖徒会の正当な血統なだけあって強情だった。
一度断った手前おいそれと意見を覆しはしないだろう。
……まったく、なぜわざわざ困難な道を選ぶのだろうか。
「アルマちゃんアルマちゃん」
「なんですか?」
「きっと大丈夫だよ」
気がかりが顔に出てしまっていたのか、ウツツさんがふわふわとした笑みを浮かべながらそう言ってきた。
「……あなたが言うと逆に不安になってきましたね」
「え、えぇ!?ひ、ひどいよぉ」
✚ ✚ ✚
十分に食事を取って満腹になったところで、腹ごなしついでにやってきたのはシラトリ近隣公園。
D.U.にある公園の中でもかなり大きい公園で、テニスコートや陸上競技用のトラックがあり、草花を楽しめる遊歩道も完備されている。
それでいて人もあまりいないので、ゆっくりと過ごすのに良い所だ。
今日のような日が照って暑い日でも、豊かな自然があるので木が天然の日よけになり、また今いる公園中央にある大噴水の近くは、水しぶきが打ち水代わりになっていてとても涼しい。
「あっ、ここ懐かしいねぇ。アルマちゃんと初めて会った場所」
噴水近くにあるベンチを指さしてウツツさんがしみじみと言った。
「ああ、そういえばここでしたか」
ちょうどいいし休憩しようよ、と言うウツツさんに手を引かれるまま少し塗装の剥げたベンチに座ると、当時の思いがけない出会いが思い出される。
✚ ✚ ✚
あの日に彼女、梔子ユメと出会ったのは偶然のことだった。
私は偶然休みが被ったサクラコに誘われてD.U.まで来ただけでそれ以外に目的もなく、彼女と関わり合いになるつもりは微塵も無かった。
それどころか私は彼女のことを半ば忘れかけていたので、彼女が後輩であるピンク髪の人物を、ホシノちゃん、と名前で呼ぶまで気づきもしなかった。
自分のことながらそれも当然だとも思う。
なぜなら彼女は私が知る原作の中で、ほんの少しだけしか触れられない人物だったからだ。
ブルーアーカイブ本編、その最初の物語である『対策委員会編』にて出てくる重要キャラクター、
そのため原作にて彼女がどうなったかなんて知らなかった。
ただ仲違いしたまま卒業したのか、転校したのか、病気やケガでいないのか。
正直なところ死んでいたとしてもどうでもよかった。
だから本当に気まぐれだった。
たまたまサクラコがお花摘みに行ったタイミングで小鳥遊ホシノもまたどこかへ行き、たまたま私の座っていたベンチに彼女が座って、たまたま私が所有者の命の危機を他者に知らせる霊装を複数持っていた日だった。
なんとなく奇妙な縁を感じた私は、持っていたリボン型の危機通知霊装を胡乱な言葉と共に彼女へ渡した。
その偶然と気まぐれの行動がどのような未来に繋がるかなんて知らないままに。
✚ ✚ ✚
あの出会いが無かった原作において、彼女がどうなっていたのかは分からない。
ただ結果として言えるのは、私は砂漠で干からびかけていた彼女の命を助けることになったということくらいだ。
「まさか砂漠に住んでいながらコンパスどころか水まで忘れる人間がいるとは思いませんでしたね」
「ひぃん」
あの時は大変だった。
助けたはいいものの、本編と辻褄が合わなくなるのでそのまま帰すわけにもいかなかった。
そのため彼女を軟禁する場所の手配をしたり、身分の偽装のためにシスターとしての教育をするハメになった。
「あっ!アルマちゃん見て!バナナとり!」
当時の思い出話もそこそこに、大噴水をぼんやり眺めながら偽死体の用意や当時の上司への説得などの苦労を思い出していると、ウツツさんが大きく声を上げた。
「はい?すみません、今なんと?」
「バナナとりだよ、バナナとり!ほらあそこ!飛んでる!」
聞き間違いじゃなかったことに驚きつつ、彼女の指さす方を見てみると、たしかに黄色く妙に細長いシルエットをした何かがいる。
そちらへ小走りで向かうウツツさんに続いて近づいてみれば、そこにはバナナの皮でできた羽をはばたかせ、えっちらおっちらと空中を低速で進む、バナナと鳥が合体したようなへんてこ生物がいた。
……バナナとりだ。ホントにバナナとりがいる。
この妙な造形のキメラは、ウツツさんが愛用している手帳シリーズの一つである『たのしいバナナとり』の表紙を飾るキャラクターだ。
モモフレンズなどのタイトルに比べるとマイナーと言わざるを得ないので、多分キヴォトスでも知らないものが多い。
私も彼女にオススメされていなかったら知らなかっただろう。
「ほら!この表紙の絵そのままだよ!すごい!ほんとにいたんだ!」
ウツツさんは使い込まれた自前の手帳の表紙に描かれているバナナとりを私に見せながら喜んでいる。
いや、こんな奇っ怪なのが本当にいるわけないだろう。
弱すぎてここまで近づかないと気づかなかったが、これは霊体だ。
空中を飛ぶバナナ大のサイズのそれを掴んでみると、なおさらそれが現実の生き物でないことが分かった。
疑問なのは有名とは言いづらい、ただの手帳に描かれた表紙のキャラクターでしかないバナナとりがなぜ霊体として出てきたのか。
わざわざこの程度のものを作り上げるのはリソースの無駄だし、何かしらの実験だとしてもあえてバナナとりを使う意味が分からない。
となれば強い思念によって自然発生したパターンだと考えるのが妥当だが、一体だれがこんなのに並々ならぬ想いを……?
「可愛いねえ。……ねえねえアルマちゃん、この子ウチで飼ってもいい?」
手の中に収まったバナナとりを見る。
結構がっしりと掴んでいるのだが、手の中のそれはむしろその圧迫感が心地良いのかうっとりと目を細めている。
「……」
研究のために生かす?
この程度の霊体を研究しても得るものがない。却下。
例の計画のために生かす?
霊体としての強度が加工に耐えられない。却下。
精神安定のために生かす?
霊体に精神の安定を依存するなど健全ではない。却下。
結論、生かす価値無し。
「キュヂデゥパッッッ!!!」
握る手に力を入れると、バナナとりは汚い断末魔を上げていとも簡単に爆散した。
よし、討滅完了っと。
「わ、わああああああああああ!?!?」
「何を騒いでるんですか。はしたないですよ」
「パァンって……!バナナとりさんがパァンってなっちゃった……!」
「もう、ウツツさん?バナナとりなんて生き物は現実に存在しませんよ?」
あんぐりと口を開け、わなわなと肩を震わせて放心するウツツさんに伝える。
だがウツツさんは私の声が聞こえていないのか、あわわ、と呻きながら涙目でバナナとりの破片を拾い集めようとし始めた。
なんて霊体だ、こんな良い子を泣かせるなんて。やはり霊体は悪。討滅して正解だった。
拾ったさきからパラパラと光の粒子となって消えていく破片を前に、ひぃんひぃんと鳴くウツツさんを見て素直にそう思った。
これだから霊体なんて見えない方がいいのだ。
もともとの素質か一度死にかけた経験によるものか、どうやっても霊体が見えてしまうなんて面倒な体質でなければウツツさんもこんなことにはならなかったものを。
「あ、バナナとりさん……生きてたんだね!」
地面に散らばった無数の破片が全て消えた頃、顔を上げたウツツさんは明るい声を上げた。
ついに幻覚を見たのかと気の毒に思っていると、ウツツさんの視線の先にはまたもやバナナとりがいた。
まだいたのか。えいやっ。
「キュヂデゥパッッッ!!!」
「わ、わああああああああああ!?!?……きゅう」
悪しき霊に心を弄ばれた憐れな少女の心はついに限界を迎え、気絶してしまった。
かわいそうに。
目を回してパタンと地面に倒れたウツツさんを背負い、駐車場へと向かう。
もういい時間だし、今日はもう帰ろう。
✚ ✚ ✚
「さあ、目を開けて」
声が聞こえる。
だれ……?
「私に死んだ者は救えません」
こんなに暑いのに芯まで冷えてしまった体へ、温かい何かが流れ込んでくる。
「だからどうか、生きてください」
何を言っているかはよく分からなかったけど、とても必死なことは分かった。
だからそれを無視するのはなんだか悪いなと思って、乾いて眼球に張り付いたまぶたを開ける。
「ぅ……あ」
視界に映ったのは、ずうっと見ていたはずなのになんだか久しぶりにも思える砂漠と、私をのぞき込む綺麗な緑の瞳だった。
「っ!私の声が聞こえるなら、手を握ってください」
いつの間にか私の手のひらには、心地良く染み渡るような温かい冷たさがあった。
それはいっぱい運動をした後のスポーツドリンクみたいで、体は勝手にそれを握った。
「名前は言えますか?息は苦しくありませんか?好きな食べ物は?何かしたいことはありませんか?」
「……?」
矢継ぎ早に浴びせられる言葉に追いつけないでいたが、最後の言葉はよく聞こえた。
したいこと……、したいこと。
ああ、そうだ。
「すぁ、まつり……。ぁ、びどすの。ホシノ……ちゃんと」
「……!ええ、生きていればきっと叶います。なのでその想いを強く持っていてください。必ず助かりますからね」
視界が回る。同時に心が安らぐ良い匂いがした。
気がつけば私は背負われていて、どこかへ向かっていた。
「大丈夫、大丈夫ですからね。ゆっくり呼吸をしていてください」
「ぁまえ、なまぇ、は……?」
今更ながら、この人は私に親切をしてくれてるんだなぁ、と気づいた。
だから後でお礼をするために名前を聞いた。
「私ですか?私はアルマと言います」
「そっ……か」
✚ ✚ ✚
「アルマちゃん……、んぇ……?」
懐かしい記憶を見ていると、景色はいつの間にか夕暮れが見える車の中になっていた。
「……あれ、私寝ちゃってた?」
「あら、起きましたか。教会に着くまではまだ時間があるので、寝ていていいですよ」
私の隣から、アルマちゃんの声が聞こえた。
見れば私は助手席に座っていて、車は街を出て帰りの道を走っている途中だった。
「ううん、大丈夫」
うーん、とのびをしながら答える。
すごくすっきりした気分で、今からでももう一度遊べそうなくらいだ。
私どのくらい寝ちゃってたんだろう。
アルマちゃんと公園を散歩したことくらいまでは覚えてる。
その後突然現れたバナナとりをアルマちゃんが素手で握り潰してたような気がするんだけど……、そこは夢か。
まあとにかく。
「今日は楽しかったね!」
「そうですね、良いリフレッシュができました」
そうして今日のことを思い出して笑ったり、次のお出かけについて喋ったりしていると、アルマちゃんが何かを思い出したように、あっ、と漏らした。
「伝えるのを忘れてしまっていたのですが、今日はあなたに良いニュースがあったんでした」
「え、なになに?」
助手席から身を乗り出して聞く。
今日だけでも良いことがたくさんあった一日だったのに、まだあるなんて。
「後もう少しで、少なくとも半年以内にあなたをアビドスへ帰すことができるかもしれません」
「えっ?」
アルマちゃんの口からでた衝撃の言葉に一瞬呆けてしまう。
「超常の知識について他者へ伝達することは引き続き禁止させてもらいますが、あなたが梔子ユメとして好きに生きていくことはもう制限されません。軟禁生活も終わりになります」
「その、すごく嬉しいんだけど、……いいの?」
私としては治療後すぐにアビドスに帰ってホシノちゃんに会いたかったけれど、アルマちゃんが持ってきた契約書に迂闊にサインしてしまって、不思議な力であの教会や地域から出れなくなった。
なんでそんなことをしたのかはよく分からなかったけど、アルマちゃんは私がアビドスに帰ることや、生きていることを知られるのはとても都合が悪いみたいなのは分かった。
だから今突然もう帰っていいなんて言われるのはすごくびっくりした。
「以前話した通り、あなたを軟禁していたのはとある懸念があったからです。それがほとんど解消したので、もうあなたを留める必要は無くなりました」
「そう……なんだ」
この日を待ちわびていたはずなのに、少しだけ寂しくなった。
なぜならアルマちゃんは私を閉じ込めていたけど、同時にすごく親身になって助けてくれてもいたから。
遭難の後、砂を見るだけで息ができなくなったり足がすくじゃってたりしてた私をずっとアルマちゃんは面倒をみてくれていた。
もしすぐに戻っていてもホシノちゃんにすごい迷惑をかけるだけの存在になって、きっと私はホシノちゃんの先輩ではいられなくなっていたと思う。
だからすごく感謝してる。
「表向きには、あなたは事故によってここ数年の間記憶を失っていて、つい最近になって思い出したということになるでしょう」
「うん」
「様々な手続きについてはこちらで済ませられる分は済ませますが、それでもあなた自身が処理しなければいけない書類はかなりの量が残ります」
「うん……」
アルマちゃんの話す現実的な復帰までの道筋を聞いていると、心から不安の種がじわりと芽吹いてくるのを感じた。
アルマちゃんの治療によって、トラウマの症状はすごく小さくなった。
だけど実際にアビドスに着いたら?
もし再発して、動けなくなってしまったら?
「ユメさん」
止まらない不安のループは一つの呼びかけで断ち切られた。
「えっ、今……」
何度呼んでと言っても断られ続けた、私の本当の名前。
知らず知らずのうちに俯いていた顔を上げて、ハンドルを握る彼女を見る。
「きっと大丈夫、らしいですよ。今日誰かがそう言ってました」
アルマちゃんの目線は前を向いてるけど、その横顔は穏やかに柔らかい笑みを浮かべていた。
「……うんっ!えへへ。きっと大丈夫、だよね!」