シスターさんのお秘め事   作:とろみ

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3.道端の幸運

 エデン条約への積極的な干渉はしないと宣言して数週間が経ち、補習授業部の設立についての情報が入ってきた。

 これが意味するのは様々な謀略渦巻く「エデン条約編」が本格的に始まったという事だ。

 

 私が覚えている限りでエデン条約編で起こった出来事はいくつかのフェーズに分けられる。

 

 まずトリニティのトップである三大派閥の長の一人、百合園セイアが殺害され、その犯人探しとして補習授業部が創設される第一フェーズ。

 次にゲヘナ、トリニティ間での平和条約であるエデン条約の調印式をアリウス分校が襲撃したことから始まる争乱の第二フェーズ。

 最後に全ての黒幕であるベアトリーチェと相対し決着をつける最終フェーズ。

 

 ……どのフェーズにおいても少なくない人数が危機や苦悩に苛まれる。

 

 グッドネイバーを動かしエデン条約に介入することを考えたこともある。

 百合園セイア殺害犯の捕縛、エデン条約の強引な成立、アリウス分校の解体、黒幕ベアトリーチェの始末。

 

 しかしこれらを全て成し遂げたとして悲劇は発生する上に、根本的な解決にはならない。

 やはりいくつもの陣営の思惑や偶然が複雑に絡み合った中で勝利を掴み取った本編通り、先生や生徒たちに頑張ってもらうのがこちらとしても都合がいい。

 もしそれで失敗したならその後始末は私が請け負えば解決だ。

 

 トリニティ郊外での仕事を終えた昼下がり、シスターフッド大聖堂への帰り道にて私は改めて「エデン条約編」とそれへの対処を思い出していた。

 考えもまとまり、人通りも少ないのによく整えられた街路樹を眺めながら歩いていると、前方に人影が見えた。

 長い丈のシスター服に身を包み、可愛らしい猫耳のシルエットをベールに浮かべたその人物もこちらに気が付いたようで、とてとてと小走りでこちらに寄ってきた。

 

「こんにちは。シスターマリー」

 

「こっ、こんにちは。シスターアルマ」

 

 彼女はシスターフッド所属の一年生である伊落マリー。立派なシスターになるべく日々邁進している少女で、シスターもどきをしている私からすると眩しすぎて目を合わせるのが辛いくらいの良い子だ。

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

「あ、あの。もしよろしければもう少しお話ししたいのですが、お時間ありますか……?」

 

 あちらも仕事があるだろうしと、挨拶と簡単な世間話だけして別れようとした時、彼女がおずおずとそう言ってきた。

 時間はあるので了承し、それならば、と涼しい木陰にあるベンチへ移動する。

 

 ……隣にいるキラキラと目を輝かせてこちらを見る後輩に罪悪感が湧く。

 

 私が普段被っているシスターとしての外面に騙されてしまったらしいこの娘は、よりにもよってこの私を“立派な先輩シスター”として慕っているのだ。

 

「───またアルマさんが何十人もの方々を社会復帰させたと聞いたんです!どのようにしてそれほど多くの方々に寄り添えたのかお聞きしたくて!」

 

 いくつかの話題を経て、話題は私の表の業務についてに移っていた。

 

 私はシスターフッドにおいて、社会からドロップアウトしてしまった者たちへの社会復帰を支援する部署に籍を置いている。

 マリーはそこでの私の噂をどこかで聞きつけたのだろう。

 

「私は特別なことは何もしていませんよ。大勢のシスターの助力や、支援プログラムをこなす方々の真摯な努力が身を結んだだけです」

 

「……!!!」

 

 多分私が謙遜していると思って感極まっているマリーには悪いが、本当に特別なことはしていない。

 

 基本的にキヴォトスの住民は根が善良であるため、衣食住を用意して話を聞いてあげれば勝手に社会復帰していく。

 復帰者の数が多く見えるのも、霊的被害に会い精神を病んだ者を治療し、通常の社会復帰者と共に放り出しているからだろう。要するに実績のかさ増しである。

 治療したのも私の部下であるため、実質私はほとんど何もしていない。

 

 そんな私よりもマリーの方がよくやっている。

 

「私にそのようなことを聞かずとも、あなたは既に多くの人に寄り添えています。シスターマリーの献身は私含め多くの者が知っています。胸を張っていいのですよ」

 

「そ、そんな……。私などとてもアルマさんや他のシスターたちに比べたらまだまだです……」

 

 私の言葉に対しマリーは困ったように謙遜するので、そんなことはないと続けて何度か彼女を誉めてみるが、控えめなその態度は社交辞令ではなく、自身が本当に未だ至らないと思っているようだった。

 

 このお清楚シスターめ、謙虚な態度しおって。

 褒められたことをしているのだから少しくらい調子に乗ってもいいのに。

 理解(わか)らせなきゃ……!

 

「───いえいえ、一般の生徒さんからも聞き及んでいますよ。マリーさんは優しく誠実でとても信頼できると。私もそう思います」

 

「へっ?え、あ、ありがとうございます。で、でも」

 

「……“でも?”おやおや現状に満足しないとは。マリーさんは勤勉ですね。私も見習わなくてはいけません」

 

「あ、アルマさん?」

 

「マリーさんの慈愛に満ちた心は、まるで皆を照らす光です」

 

「あ、あの」

 

「マリーさんのような方がいてくださることに、心からの感謝を」

 

「きゅう……」

 

 畳みかけるように褒め倒すと、マリーは顔を真っ赤にして目を回す。

 

 これで自分の良い子さ加減がわかったか。

 いつもいつも世の為人の為働きやがって。

 

 よお~~~~~~~しよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし!

 

「アルマさん……!あ、あのう……!」

 

 気が付くと恥ずかしそうに頬を染め、猫耳をぺたんと倒してくすぐったそうに身じろぎするマリーがいた。

 

 はっ!後輩が良い子すぎて思わず頭を撫でてしまっていた。

 幸い声は出ていなかったが、ニヤつきながら無言で後輩の頭を撫で続けるヤバい奴になってしまっていた。

 

「不躾に頭に触ってしまい申し訳ありませんマリーさん。どうかお許し下さい」

 

「い、いえっ!気にしてませんので!それにその、私も心地よかったので……」

 

 私の謝罪に、マリーは胸の前で両手の指を合わせて、もじもじとしながらそう言った。

 ……本当に可愛いですねこの後輩。

 

 マリーは許してくれたがお詫びに何かないかな。

 現金渡す?いやそれは絵面がさっきよりヤバいしマリーは受け取らないだろう。

 

 ……そうだ、いいのがあった。

 

「いつも頑張っているマリーさんにこれを差し上げましょう」

 

 そう言いながら、懐からもふもふしたものを取り出す。

 

「それは……なんでしょう?」

 

「これは『やわらかしっぽぬい』といいまして、著名なぬいぐるみ工房の職人さんがぬいぐるみの端材で作り上げた逸品です。レッサーパンダやリス、ワオキツネザルなど色々種類があるのですが、どれもとても素晴らしい手触りで、とても気に入っているのです。今手元にあるのはこのフェネックのものと、ユキヒョウのものがあるのでどちらかどうぞ。もちろん両方でも構いません。マリーさんが喜んでくれると良いのですが……」

 

「そんな!悪いですよ」

 

「迷惑、だったでしょうか……」

 

「あっ、で、ではフェネックの方を!ありがたく受け取らせて頂きます!」

 

 突然の贈り物に彼女は遠慮していたが、私が少し悲しんで見せると慌てて「やわらかしっぽぬい」を受け取ってくれた。ちょろい。

 

 そしてすぐに、わあ……ふわふわしてる、なんて小さく呟きながら両手で感触を楽しんでいる。

 

 ぬいぐるみが好きなことや、過去に私のおさがりのシスター服を欲しいと言ったことから、今回の贈り物はそこまで悪い選択ではないとは思っていたが、好みから大きく外れた贈り物ではなさそうでよかった。

 

 少し強引だったが「やわらかしっぽぬい」は私も全種類購入しているくらい良い品だし、渡したものには弱めだが汚れを弾く加護を付けているので、彼女の助けになるだろう。

 

 今日の予定について先程話を聞いたところ、マリーはこれから補習授業部の元へ行くと言っていた。

 本編通りなら補習授業部が生活する場所には罠が張り巡らされており、マリーはそれに引っ掛かってしまう。

 キヴォトス人であれば罠で体が傷つくことが無くても、服はいくらか汚れる。

 だが加護があれば爆発物によって服に付く灰や煤を半分ぐらいは軽減してくれるだろう。

 

「さて、そろそろシスターマリーのご用事もあるでしょうし、今日の所はこのあたりで失礼します。また近い内にお話しできる日を楽しみにしていますね」

 

「はいっ。お時間ありがとうございました!」

 

「足元に気を付けて下さいね。あなたに祝福があらんことを」

 

 随分長く喋ってしまっていたので会話を切り上げよう。

 マリーが時間は大丈夫と言っていたから本当に大丈夫ではあるのだろうが、万が一本編にてマリーがいたシーンに遅れたりしたら大変だ。

 

 その後はマリーを見送ってから帰ろうとしたら、マリーも同じ考えだったようで数秒見つめ合ってしまい、お互い少し笑ってしまった。

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