シスターさんのお秘め事   作:とろみ

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5.相談室

 ……気が重い。本当に気が重い。

 たまにある日をまたぐような霊体の討滅任務の方がまだ気が楽だ。

 

 グッドネイバー本拠点にある談話室に向かいながら心の中でぼやく。

 

 談話室に向かう程度でなぜ気が重くなるのか、と疑問に思うかもしれない。

 その理由は危険が迫っているのに日和見宣言したせいで部下につまはじきにされてるからでも、実は談話室というのは危険な施設の隠語だからという事だからでもない。

 

 確かにあの日から部下に「信じてますからね?」とジトっとした目で圧をかけられるし、告解室とは名ばかりの先日訪れた霊体収容施設もあったりするが、今向かっているのは文字通りただの談話室だ。

 

 そろそろ到着か、とげんなりしていると、くぐもった姦しい話し声、そして歴史ある厳かな内装に似合わないほど陽気に飾り付けられた目的地が見えてきた。

 

「はぁ……」

 

『影主様のなんでも相談室☆』とポップな字体で書かれた看板の前、私は今日何度目かのため息をついた。

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

 扉を開けると、中では大勢の影守たちがいた。

 談話室の名の通り、リラックスした様子で歓談しながら紅茶や茶菓子を楽しんでいる。

 

「あっ!影主様!ささこちらに」

 

 うわ、見つかった。

 未だ心の準備ができていないまま立っていると、すぐさま私が来たことに気付いた一人に背中を押され、部屋の中央に誘導される。

 

 そこには薄い布のパーテーションを挟んで質素な椅子と豪華な椅子が二脚向き合って置かれており、片方の豪華な方にはご丁寧に『影主様のイス☆』と書かれたポスタースタンドが付いていた。

 

 ……さっきからなんなんだその星マークは。

 

 抵抗してもしょうがないので観念してされるがまま座ると、パーテーションの向こう側の椅子にも影守が一人座り、私たちを中心にして周りを囲むように配置された椅子へ沢山の他の影守たちが着席する。

 その様はまるで小さな野球やサッカーのスタジアムのようだった。

 

「影主様、私は友人へ醜い気持ちを持ってしまいました。今、深く後悔しています」

 

 全員の着席が終わり、ざわめきも小さくなったところで対面の少女が話し出す。

 その声色は静かな悔恨の念が含まれていた。

 

 こんな開放的な場所でなければ、懺悔室での一幕に見える。

 

 ……はあ、私もいい加減腹をくくるか。

 

「なぜ、そのようにされたのですか?」

 

「嫉妬です。自分が彼女の一番の友だと驕り高ぶっていた私は、私の知らない方と笑顔で話す彼女を見た時、彼女に私以外の友など必要無いと、ほんの一瞬憎んでしまいました……」

 

「……あなたは親しい友がどこかへ行ってしまうように感じ、寂しくなってしまったのですね。しかし同時に、その寂しさを乗り越えようとしているように見えます」

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

「───あなたは良き隣人として、あなたの大切な友に新たな繋がりが出来たことを喜びましょう。そうすればきっと、あなたがたの友情は永遠のものとなるでしょう」

 

「影主様……!ありがとうございます」

 

 悩みを吐露し幾分かすっきりしたのか、彼女は最後にお辞儀をして椅子から離れて行った。

 

 ここまでの様子を見ると、なにも問題無さそうに見えるだろう。

 ただ少女が思春期にありがちな悩みを相談してきただけだと。

 

 無論その程度であれば私だって気にしない。問題はここからなのだ。

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

「影主様、私の親友が多分悩みを持っている気がするのです。しかし聞いても答えてくれず……。どうしたら良いでしょう?」

 

「影主様、近頃わたくしの永遠の友がなんだか冷たいのですわ。昨日なんて日課のハグを断られてしまいました。匂いを嗅ぐのも禁止され、わたくし狂ってしまいそうなのです」

 

「影主様、私が中学生の時から密かに応援しているお方の魅力がバレてきています。彼女の良さをもっと多くの方々に知って欲しいと思っていたはずなのに、私の胸は苦しくなるばかりです」

 

「影主様、彼女が貢ぎ物を受けとってくれません。私は彼女になんでも差し上げたいのに……」

 

「嗚呼、背後からマリーさんのベールに頭ごと突っ込んで、ケモ耳の裏側の香りを堪能したいですわ。そうするとわたくしの突然の奇行にマリーさんは驚き、困った顔をして淑やかに制止してくるのです。その困った顔を見てハッと我に返ったわたくしは、心臓を刺されたような罪悪感の痛みの中で塵になりたい」

 

「影主様、私の友達が前より更に私にべったりなんですよ。いっつも一緒に居ようとして。もう、困っちゃいます☆」

 

 彼女たちの相談を聞き始めて一時間が過ぎた。

 

 最初から今まで相談の内容はずっと各々の一番の親友や幼馴染、陰ながら慕っているシスターのことについてだ。

 真剣な相談から惚気話まで同じようなものばかり。

 

 いや、仕方がないことではあるのは分かってる。

 グッドネイバーはそもそも、シスターフッドにいる友達から危険や苦難を遠ざけたい、助けたいと願う共通項を持つ者たちが設立した組織なのだ。

 それは今の時代になっても変わらず、グッドネイバーに加入するものは同じような思いを持つ者がほとんどである。

 つまり友達に対して人よりちょっと、いやかなり大き目の感情を向けている子ばかりで、したがって相談の内容もまた友達の話ばかりになる。

 

 まあここまでなら良い。普段一般生徒から相談を受ける時も同じような相談や悩みが続くことは多い。

 

 しかしこのグッドネイバーの連中の相談はそういう一般的な感じじゃないのだ。

 悩みの解決を願っているというより、私をサンドバッグ代わりして、表に出すつもりのない感情や秘めた熱い想いの丈をぶつけてストレス解消するのがメインになっている。

 その中には特殊な嗜好についての長たらしい自論もあったりする。

 それを私に聞かせてどうしろというのか。

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

 二時間後。

 

「───それでですね、って聞いていますか影主様」

 

「え、ええ。親友が自分ではない人と楽しそうに遊んでてもやもやとした気持ちがあるのですよね?それならあなたも遊びに誘って仲を深めればいいのではないですか?」

 

 何十人もの相談者に連続で言葉を浴びせられて疲労した私が少し投げやりにそう言うと、此度の相談者である彼女は一瞬で据わった眼になった。

 

あ、まずい。対応ミスったっぽい。

 

「……そんなことで解消出来る問題ではないのです。いいですか影主様。これはあの子の親友という神聖なポジションがとられてしまう危機なのです!私が、私があの子の需要を満たしてあげられないばかりにっ……!分かりますか?私といる時間なのに延々と他の女の話をされる私の気持ち!楽し気に話すあの子の笑顔を前にただそうなんだぁ、と相槌しか出来ない私の無念を……っ!……いやそもそも今考えても意味不明なんですよ!あのムシクイーンとかいうカードゲーム!カードゲームをするのに何でいちいちブリッジとかダンスとかしなくちゃいけないんですか!?プレイヤーの可愛さ次第で攻撃力が上がる倍率が違う、ってどこで判断してるんですか!?『踊る』と『ダンスする』の二つの違いなんて分かんないんですよ!私に分かるように教えて下さいよお!」

 

 もはや間の仕切りを吹き飛ばしそうな勢いで話す相談者。

 私は嵐が過ぎ去るのを待つかのようにじっと耐えるしかできない。

 

 それなのに周りに座る大勢の影守達はのん気に軽食や紅茶をとりながらこちらの様子を見て楽しんでいる。

 人がのっぴきならない状況だというのになんてやつらだ。

 

 近くで観覧している影守に目を向け、ヒートアップした彼女をなんとかしてくれと目線で頼む。

 

 すると何を勘違いしたのか紅茶の替えを用意してくれた。

 これじゃない違うぞ、と再びアイコンタクトを取る。

 今度は別のフレーバーの紅茶が来た。サンドイッチもついている。

 

 や、役に立たない。

 私がなだめるしかないのか。

 

「あ、あなたが友のため奮闘し、それでもなお届かなかったこと、とても悔しいことだったことは想像に難くありません。人には得手不得手があり、あなたはその、む、ムシクイーン?には向いていなかったのでしょう。なので、その、それはもう致し方ないことなのではないでしょうか……?」

 

「……そうですね。影主様のおっしゃる通りです。───しかし、しかしですね。そのような正論で人は救われないのですよっ!影主様もわかるでしょう!?」

 

 う、うわ。こっちに矛先が向いてきた。

 どうしようもう止まりそうにないぞこれ。

 

「影主様だってもしサクラコ様が影主様以外の人とすっごく仲良さげにしてたら荒れますよね!?」

 

「え、いや、そんなことありませんが……?」

 

「影主様が分かんないことでサクラコ様が他の人と盛り上がってるんですよ!?共通の趣味を持った二人はそのままちゅっちゅっしてしまうかもしれないんですよ!?それでもいいって言うんですか!」

 

「ちゅ……っ!?それは……!ああいや、私はべつに、そんな、サクラコがそうしたいのなら、そうしていただいても、その別に……構わないと思ってます、けど……?」

 

「本当かしら?あやしいですわね」

 

「自分影主様がときどきジッとサクラコ様のこと目で追ってるの知ってますよー!」

 

「私の分析によると影主様はかなり屈折したツンデレなんですよね」

 

「……」

 

 相談会にかこつけてこちらの様子を見ながら楽しんでいた連中がやかましく妙なことを呟きだす。

 中にはヤジを飛ばしている者もいる始末。

 

こいつら……!

 

 

 

 

 

✚ ✚ ✚

 

 

 

 

 

 あの後熱がさらに加速していく相談者と野次馬共の中心でなんとか全員さばき切り、濃密過ぎる相談会を終わらせた私は執務室のソファーに体を沈めていた。

 大人数がいた談話室とは違い、今は私と私の補佐の二人だけで随分静かだ。

 

「お疲れ様でした影主様」

 

 紅茶のカップをこちらに渡しつつ、ねぎらいの言葉をかけてくる影主補佐の少女。

 すました顔をしているがこの女、ヤジにさりげなく参加してやがったのを私は知っている。

 談話室でのことは遺恨を残さないという暗黙の了解があるのでとやかくは言わないけども。

 

「相談室は今回も大成功でしたね」

 

「成功だったんですか……?アレ」

 

「ええ。大成功でした」

 

 彼女はニコニコと満足そうに笑いながらそう言う。

 ぶっちゃけほとんどの子は誰かに向かって不安と不満をぶつけたいだけで、特に助言が必要だったわけでも無さそうだったが。

 吐き出す先は木のうろとかでもよかった気がする。

 

「前も言いましたがあの相談室いります?不安や不満を吐き出す先が必要というのは分かりますが、聞き手が私であることや、わんこそば形式で次々相談者が入れ替わるあのシステム本当に必要ですか?」

 

「もちろん必要ですよ。ストレス解消のためでもありますし、グッドネイバーに在籍するメンバー同士の交流のためでもあります。霊体は我々の精神を汚染してきますからね。悩みの解決や仲間との団結は、精神を常に健全に保つのに必要不可欠ですから」

 

「いや、まあそれはそうなのですが……」

 

「それにアルマさんのことをよく知らない子もそこそこいますから。強大な力を振りかざし恐怖で私たちを支配してる、なんて勘違いしてる新入りの子もいましたし。敬われるのは良いですが、恐れられるのは違うでしょう?」

 

 上級生の誰かから話を聞いたのか、それとも自力で私の力を感じ取ったのかな?

 後者ならその新入りは優秀な影守になるだろう。

 

「……強大な力を振りかざし恐怖で私たちを支配してる、ですか。それは勘違いではなくただの事実の羅列でしょう。実際、私は力で影主の座を奪い取った訳ですし」

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