シスターさんのお秘め事 作:とろみ
一年前。
まさにシスターフッドにとって記念すべき日。
類まれなカリスマ性と優れた能力を持つ異才、歌住サクラコが新たなシスターフッド首長として、二年生の段階でその座に就いた。
慣習に反し二年生にもかかわらず彼女が首長に選ばれた理由は、高い能力があるからだけではない。
シスターフッドが抱えていたいくつもの問題の解決という功績も、首長就任への後押しであった。
卓越した政治手腕によるトリニティに存在する他派閥からの政治干渉の抑制。
古臭く手間がかかるだけの様々な組織内手続きの再構築。
バラバラだった思想の統制。
『雷帝』による信仰崩壊作戦の阻止。
それらにより今やシスターフッドはこれまでより更に強い立場と結束を手に入れられた。
彼女を見る者は皆、シスターフッドがこれから良き方向へ変わることを確信しているようで、今日この時を祝福し空気は喜びに満ちていた。
ステンドグラスから差す光が当たる壇上、そこに立つ幼なじみを私は遠い所から見ていた。
✚ ✚ ✚
「サクラコ、話があります」
彼女が首長に就任するその日、一日中予定で詰まっていてゆったりと誰かと話すなんてする暇が無いことを承知で、忙しなく動いていたサクラコを呼び止める。
サクラコは一言断りを入れて去ろうとしていたが、私の顔を見て動きを止めた。
「本気ですか?」
「ええ。本気です」
私の言葉足らずな問いかけは毅然とした態度ですぐに返される。
サクラコを首長にさせたくない私と、首長になりしたいことがあるというサクラコ。
これまでに何度も平行線に終わった議論。それはどのような決着になろうと今日で終わる。
「ふふ、稀代のリーダーだなんだと褒めそやされて乗せられてしまいましたか?」
「いいえ、これは私の意思です」
「……あなたのカリスマ性や功績を妄信し、無責任に持ち上げる者たちは、あなたが失敗した時も同じように無責任にあなたをこき下ろしますよ」
「彼女たちが私に向けているのは無責任な妄信などではなく、信頼だと思っています。そして仮に私がその信頼を裏切ってしまったのであれば、その時は再び信頼を取り戻すよう努力します」
「あなたは周りが言うほど優秀でも完璧でもありません。あなたは普通の学生が享受するありきたりな青春を切り捨て、その分のリソースを使い、なんとか誤魔化しているに過ぎません。これから先も多くの苦難があるでしょう。その時は何を切り捨てるのですか?」
「私に至らないところがあるのは重々承知の上です。だからこそ努力を重ね、これからも苦難を乗り越えていく所存です。その際私は私の青春を切り捨てませんし、これまで切り捨てた覚えもありません。」
呆れた。切り捨てた覚えがないときたか。
「愚かさもここまでくると清々しさすら感じますね。あなたが得るはずだった友は?傷つけられた心は?犠牲にした自覚すら無いのですか?ありきたりな青春を切り捨てたということは、単にその分の時間を失ったということだけではありません。得られたはずの友情は無くなり、受けるはずがなかった傷を負ったということです。あなたが必要に駆られ手にした地位、話術、全て畏怖されていますよ。それは友を作るには邪魔でしかありません」
脳が煮だっていく。しかし熱を帯びた頭とは反対に手足は冷たく凍えていた。
視界は闇に浸りだんだんと焦点が定まらなくなる。
「それに……、一月前あなたが清掃、補修した場所を覚えていますか?汚らしいゴミを片づけ、不愉快な落書きを消し、割られた窓を直した場所です。先日そこを見に行ったのですがね、元通りになっていましたよ?あなたが放課後、普通の学生なら遊んでいる時間も犠牲にして行ったボランティアはなんの意味もなかったのです。……ッ!この一回だけではありません。小さい時から何度も何度も!あなたの善意は踏みにジラれテた!感謝どこロか悪態を吐かレルことダってあった!コれから先もきット同じ事は何度も起キる!あァア、あナたはそれデも良いと言うンでショうけどワたシは、わタシハ!」
「……ありがとうございます」
「ハ?」
「先程の発言を訂正します。私はあなたの言う通り、私の青春を自覚無く切り捨てていました。」
「……!ヤ、やっと理解しましたか。ならばすぐに首長就任を辞退する旨を伝えにいきましょう。大丈夫です、驚かれてしまうと思いますが私も───」
「ですが私はこの道を歩みたいと思います」
「……はい?何を言ってるのです?あなたは『自身の青春を切り捨てていた』と認めましたよね?この期に及んでまだ下らない自己犠牲に酔っているのですか?自分すら大切に出来ない者が他者へ何かを与えられる訳がないでしょう!」
「アルマ。私は『自身の青春を切り捨てていた』と認めましたが、『自身の青春を失った』とは言っていません」
「一体なんの屁理屈ですか?言葉遊びをしているのではないのですよ」
「言葉通りの意味です。たしかに私は私の青春を自覚無く切り捨ててしまっていました。しかし、私が落とした青春をアルマが拾ってくれていました。だから私は私の青春を失っていません。先ほどお礼を言ったのはこのことに気付いたからです」
「な、何を言って」
「私の代わりに本気で怒り悲しんでくれる友人がいる。この幸福のひとときを青春だと言わずして、なんと言うのでしょうか」
「それはっ……!」
「アルマ。あなたがいるから私は頑張ろうと思えるのです。これからもあなたに迷惑をかけてしまうでしょう。それでも応援していただけませんか?」
サクラコは終始その信念を揺るがさなかった。彼女は既にきちんと覚悟出来ていたのだ。
私はただ勝手に恐れ、不安になって、サクラコの足を引っ張っていた。
覚悟が出来ていなかったのは私だけだった。
「……。きっといつか、後悔しますよ」
頭で理解していても恨み言が漏れる。
私は半端な覚悟をして後悔してしまったから。
「───就任おめでとうございます、サクラコ。あなたは必ず、良きリーダーになるでしょう」
✚ ✚ ✚
その日の夜。私はグッドネイバー本拠地にある聖堂にいた。
聖堂にいる、と言っても祈っているわけではない。そもそもグッドネイバーに祈る神はいない。
ここにいるのは宣言のためだ。
聖堂の正面、最も目立つ位置に掲げられたグッドネイバーのシンボルを見る。
中心に半開きの目、目を包むように広げる影の翼、そしてその背後にクロスした三つの銀の弾丸の輪郭。
名を『影の誓印』というその図形が示すのは、覚悟だ。
半開きの目は闇をも見通し『世界を監視』すること。
影の翼は悪から『善を守る』こと。
クロスした三つの銀の弾丸の輪郭は、過去・現在・未来にわたって『悪の討滅』を使命とすることを表している。
「アルマ影守、この事態はいったいなんのつもりなのですか?」
背後から声がかけられた。振り向くとそこにはグッドネイバー影主と配下の影守たちがいた。
顔は青く、額には冷や汗をかいていて、されど決死の覚悟を決めている顔だ。
絶対的な脅威を前にして、全員逃げるそぶりもない。守りたいもの、譲れないものがあるのだろう。
だが私の前に立ちふさがるなら全て排除する。
今日改めて、どうしようもないこの身の願いを自覚したから。