シスターさんのお秘め事 作:とろみ
身につけた通信用の霊装からいくつもの情報が流れ込んでくる。
その内容はどれも悪いものだった。
グッドネイバー本拠点の陥落、戦闘不能になっていく主要メンバーたち。
下手人の正体は特定出来ている。
来栖アルマ。戦闘部門幹部にして、第一霊体討滅部隊、『焚葬隊』隊長を務める少女。
幸いなんらかの霊体に操られたり発狂させられたわけではないことが先に倒れた者たちのおかげで分かっている。
しかしそれは正気でこのような事態を引き起こしてるということで。
……危うい部分があるのは分かっていたが、ここまでだったとは思わなかった。
影主である私が対処を誤っていたと言わざるを得ない。
空間転移移動システム『巡礼の門』を走り抜け、本拠点へと急ぐ。
そう時間はかけていないのに、少し前あれだけ絶え間なく響いていた連絡が次第に減っていく。
✚ ✚ ✚
「これは……ッ!?」
『巡礼の門』の本拠点側ゲートにたどり着いた私が一番に感じたのは、思わず膝を折ってしまうほどの重圧だった。
今まで重ねた経験から分かるのは、この重圧は攻撃ではないこと。
これはただそこに在るだけで放たれる強大な個としてのプレッシャーが、現実を侵食した結果実際の圧として表れたものだ。
とっさに聖句を唱え、いくつかの霊装を起動させることで床に倒れ込むのは阻止出来た。
それでも自分の体重が何倍にも思える歩き辛さは、まるで上から巨大な手で押さえられているようだ。
内部に進むにつれ歩く速度が徐々に落ちながらもそのまま内部を進んでいくと、通路には何人もの影守が倒れていた。
重圧にのまれ地面で呻いている者、迎撃を試みたのか攻性霊装を手に持ったまま気を失った者、皆一様に無力化されている。
バイタルサインを確認すると幸い命に係わる重症ではなかった。
横たわる彼女たちをその場に置いて更に進んでいくと、警備部門幹部の影守が壁に寄りかかりながらこちらに向かって来ているのを発見した。
「無事でしたかっ!」
今にも崩れ落ちそうな彼女に肩を貸し、壁に背を預けさせるようにして座らせる。
警備部門の長として防衛戦に優れた技術と霊装を持つはずのその少女の姿はボロボロで、喋るのもやっとといった様子だ。
「影……主様、申し訳、ありません。あの子を……アルマを止められませんでした。それどころか、メッセンジャーとして……見逃される始末で……」
「アルマ影守はなんと?」
「『聖堂にて待つ』……と」
「言伝は受け取りました。あなたはここで休んでいなさい」
「本、当に、もう……し……」
私にアルマ影守からのメッセージを伝え、彼女は意識を飛ばした。
倒れた体を動かし、手早く回復体位をとらせてから聖堂を目指す。
✚ ✚ ✚
聖堂へ向かう途中、被害を免れた影守や、私と同じように緊急連絡を受けて外から戻って来た戦闘部隊と合流し、共に聖堂に入る。
聖堂に近づくほど強くなっていった重圧は扉を開けたことで更に強くなり、背後で数人が倒れる音がした。
此度の事件の主犯、来栖アルマはこちらに背を向け、掲げられたグッドネイバーのシンボルを眺めていた。
その服装は赤黒く染まり、足元には血溜まりを作っている。
「アルマ影守、この事態はいったいなんのつもりなのですか?」
声をかけると彼女は一拍遅れてこちらへゆっくりと振り向く。
目尻を優しげに下げ、柔らかな微笑を浮かべるその表情は普段と変わらず、だからこそ恐ろしい。
「なんのつもり、というのは?」
「その身に宿る力を解放し、グッドネイバーの基幹機能を麻痺させている現状についてです」
「……ああ、そのことですか。これから私が運営する組織ですから、どの程度役に立ちそうか少し試してみてたんですよ」
全然ダメでしたがね、とこぼしながら足元に転がる警備隊を見る彼女。
「その口ぶり、要求は影主の座、という訳ですか?」
「要求ではありません。ただの宣言です。今日より私が影主となり使命を遂行する、というね」
この場にいる誰よりも強い力を持つはずの彼女。
しかしそう宣言する彼女の姿は、自身の力不足を嘆いているように見えた。
「……シスターサクラコの首長就任が原因ですね?逸る気持ちは分かりますが、焦っては良い結果は得られませんよ。私たちが普段対峙する存在を考えればそれは分かるでしょう?」
説得を試みるも、アルマ影守は口を開かず無言でこちらを見つめるだけ。
すぐにでも実力行使をしてきてもおかしくない空気だ。
……仕方ない。こんなに早く話すつもりはなかったのだけど、このままでは最悪全員が共倒れだ。
「このことはもっと後に伝えようと思っていたのですが、今伝えます。次の影主にはシスターアルマ、あなたを任命しようと思っていました。あなたの優れた討滅能力、グッドネイバーの一員として相応しい思想、百に迫る強大な霊体の討滅や、多数の強力な霊的異常物品の収集という実績。全てが次期影主としてふさわしいものです。ゆえに私が卒業するまでの間であなたに必要な知識を伝えるつもりでした。ですから、矛を収めて下さい。私たちが争ったところで益はありません。」
「いえ、影主様たちには十分に教えて頂きましたよ」
───いかにこの組織が惰弱なのかはね。
「っぐぅ……!?」
皮肉交じりの拒絶。その直後、重圧はついに誰もその場から動くことさえままならない強さになった。
人は潰れ、聖堂は軋み、彼女だけが一人立っていた。
「このままでは我らに未来などありません。後どれほど封印が保つか分からない、複数の『終末因子』。それは復活すればどれも容易に世界を滅ぼしうる。その中でも『路傍の生骸』に至っては十年以上前から予言で既に出現していることを警告され続けているのに未だ見つけられていない。それなのに我々はいつまでも指を咥えて見てるしか出来ずにいる。悠長にしている暇などもう無いんですよ。だからこそこの組織を強くし、すぐにでも奴らを残らず討滅しなくてはならない」
……彼女の言ってることはもっともだ。
だがそれは極めて難しいことなのだ。
過去、討滅に成功した『終末因子』は、我々に有利な条件と対策があってなお討滅に数百の命が散るほどだった。
そして数百の人員が失われたグッドネイバーは大幅な弱体化。組織の存続さえ危ぶまれることになった。
人員の消失は他『終末因子』封印の人手が足りなくなることを意味し、長らくの間そちらにかかりきりになったグッドネイバーは、在野の霊体を放置せざるを得なかった。
一体の討滅ですらこの結果。
複数の『終末因子』や、それに比類すると考えられる『路傍の生骸』、同時期にこれらすべての討滅はまず不可能と考えていい。
ましてや残存している連中が持つ、理外の力への対策や討滅手段はまだ確立出来ていない。
痛恨の極みだが現在の我々に討滅は出来ない。
今出来るのは、奴らの理外の力を分析し、力を蓄え、次の世代に託すこと。
「アルマ……さん、どうか、冷静に……」
もはや私以外意識を保つ者がいない重圧の中、彼女を見据え説得を続ける。
すると私がここまで粘るのが予想外だったのか、小さく目を見開いた彼女は、懐に手を入れ何かを取り出す。
「それ、は……!?」
禍々しい瘴気を垂れ流す、一切の光を反射しないおぞましい黒。
それを掴んでいる彼女の指の爪は次々と剥がれ、反り返り、捻じれていく。
長年霊体退治に携わって培われた勘が、一刻も早くそれから離れろと全力で警告を発する。
「これは『終末因子』が一つ、『
「……ッ!?」
……霊核片とは霊核が砕けた後の破片のことだ。霊核は文字通り霊体の核であり、それを砕かれた霊体は消滅する。
つまり、取り出されたそれが本当なら奴を、『終末因子』を討滅した……?
一体どうやって。そもそもアレは生物には倒せないはず。
あらゆる概念と法則を覆す能力を持つ『顛倒の魔物』は、敵対者の生と死を入れ替えてしまうからだ。
文献によると奴を封印場所に誘導するだけでも何人も生と死を入れ替えられ死に、幾人かは眼球や内臓、皮や肉の表裏を何度も入れ替えられ殺された。
超遠距離からの射撃?認識の阻害による回避?無機物のみでの実行?違う。その程度で奴は攻略出来ない。
思考が混乱する。
そもそも根本的に違う、何か別の要因がなきゃ……。
……っ!まさかこの子は、この子が───
「約束しましょう。私が学園を去るその日までに、現在確認されている『終末因子』を、シスターフッドに迫る全ての脅威を討滅します」
「……っそれ、は」
当惑した考えは更なる衝撃でかき消された。目の前にいる彼女は、『終末因子』の討滅を成し遂げた英雄は、歴代のグッドネイバーが数百年の長きに渡って望み、されど先延ばしにするしかなかった悲願を口にする。
「本気……なのですか?」
「ええ。本気です」
呆気に取られ、掠れながら漏れ出した言葉は、泰然とした態度で肯定された。
本当に、叶うかもしれない。
影主としての計算と、ただのシスターとしての願い、二つがそう思わせた。
「……分かりました。シスターアルマ。あなたを、新たな影の主として認めましょう」
私がそう言うと、全てを押さえつけていた重圧が解けた。
✚ ✚ ✚
重圧が消え、上がっていた息も安定してようやく彼女と向き合って話せる体勢になれた。
彼女は影主となり、これからグッドネイバーに少なくない改革を行うのだろう。
しかし先代影主として、彼女が暴走し過ぎないようきちんと助言をしなければ。
「あなたが影主になることは認めました。しかし影主として受け継がなければならない秘、そして影主としての教育は受けて頂きますよ。……分かりましたか?……アルマさん?」
声をかけても返事が帰ってこない。任命して早々釘を刺したのが気に入らなかった……?説教臭かったですかね……?
し、しかし大事なことですし。
「も、もし?聞こえていますか?わっ!わ、わっあっ、アルマさん!?」
ぱん、と気の抜けた音と共に突然シスターアルマの肌にいくつもの亀裂が走り、そこから大量の血が溢れてきた。
次いで糸が切れたように倒れ込む彼女に、既に意識は無かった。
周りを警戒しつつ急いで回復を施す。誰かに現在進行系で攻撃されたわけではない。
霊装から伝わってくる感覚だと、傷は今出来たというより元々あった傷口が開いた、というのが近いか。
服をたくし上げ、より詳細に傷を確認する。
……やはりそうだ。
元々あった傷を表層だけ治してただけで、薄皮一枚隔てた先は酷い有様だった。
肌が無理やり引きちぎられ、更に肉をめくられたような痕がいくつもあり、内臓の位置や表裏もめちゃくちゃにされている。
未だ生きているのが奇跡なほどだ。尋常な傷ではない。
……そうか。彼女は今日シスターサクラコの就任式が終わり次第すぐに『顛倒の魔物』の討滅に向かった。
その後戦闘の傷をしっかり治療しないまま表面だけ取り繕い、この本拠地を制圧し影主の座を取りに来た。
酷い負傷による痛みで歩くのもままならなかったはずだ。
死に体の重症の中、どれほどの激情が彼女を突き動かしていたのか。
「アルマさん、必ず助けますからね。」
ぐったりと脱力している彼女を持ち上げ、医療施設へと運ぶ。
腕の中の少女と初めて会った頃を思い出す。
シスターフッドへ体験入部してきた、信心深く敬虔な銀髪の少女。
そして銀髪の少女に連れられた、内心では神など信じていなさそうな金髪の少女。
金髪の少女には素質があり、私は彼女をグッドネイバーに勧誘した。
その少女は、幼馴染に迫る脅威を退けたいと言い、正式にグッドネイバーの一員になった。
あの時言っていた想いはきっと今も変わっていない。
───だからこの子は大丈夫。